第173話 格闘の末に得て来たもの

 ――――艦内にはゴッシュたち武闘派の冒険者ギルド関係者が新設したのだろうか。無機的な艦内にそぐわない、木製の板をベースに構成された道場もあった。




「――せいッ!! ふっ……はあっ!!」





 ――聴き慣れた、女性のハリのある掛け声と、道場に響き渡る地を蹴る音や空を裂く風の音。セリーナが稽古に打ち込んでいるようだった。





「――セリーナ、お疲れー……この戦艦、道場なんかあったのね~…………やっぱあの『キャプテン』ゴッシュさん……めちゃくちゃ鍛えまくってる武闘派だわ…………。」






「――ああ。エリー、お疲れ。私も見付けた時は内心小躍りしたぞ。これだけの広さの道場があれば、普段の体術と槍の稽古はもちろん、練気チャクラの修行にも余念なく打ち込める。身体を動かしていれば……先の見えない不安や憂さも少しは晴れる……。」





 ――かなり長時間運動しているようだが、さすがに練気も含めて鍛え抜いているセリーナ。汗ひとつかかず、息も乱れていない。





 だが――――





「――――セリーナ。あんたも本当は不安に感じてんのね…………これからのこと。幻霧大陸へ行くこと…………。」





「――むっ。」





 ――――半ば衝動的に『そんなわけがあるか!』と言った鋭い一瞥を返してしまうセリーナだったが……すぐに冷静になり、一旦槍の構えを解いてエリーに正面を向く。





「――ふうー……っ。ああ、悔しいが間違いない。私も恐れている。これからどうなってしまうのか…………もはや私がミラに見合う強さを探求する…………などと言っていられない状況かもしれん。」





 ――グロウが決意を固めた以上、幻霧大陸の何処かにあるはずの創世樹での生命の刷新進化アップデート。それはもう避けられそうもない。しかも、どんなに自分たちで手を尽くそうが、結局は創世樹内部でアルスリアと融合するグロウの意志力にかかっている。他の仲間たちには特別何か助力することは難しい。






 そんな運命が目の前に迫っている中、個人の格闘の実力を高めることに、意義など無いのかもしれない――――






「――そうだよね……どうする? せめてセリーナだけでもミラさんのところへ戻ったら――――」





「――いいや。それは無いな。」





「……セリーナ?」





「――――確かに、これから幻霧大陸で待ち受けているとてつもなく巨大な自然現象を考えれば…………私のようなたかが格闘家崩れの冒険者がこうして稽古をすることなど焼け石に水だろう。生命の刷新進化を止めることはおろか、命を落とすかもしれん。だがな――――」





 ――セリーナはおもむろに、片手を掲げ、練気を集中して小さな、トカゲほどのサイズの幼竜を具現化した。腕に這わせ、愛おしく見遣りながら話す。





「――――私はもう、多くのものを貰ったし、会得したし、学ばせてもらったんだ。エリー。貴女はもちろん、他の仲間たちやこれまで出会った多くの人からな。それは、独りだけであてのない旅をしていたり……ましてや、ファラリクス家の屋敷に引き籠もっていたりしていただけでは決して得られないものだったよ。」






「……得たもの?」






「――――まずは、力。多くの実力者にもまれて稽古をしたり、練気の修行を経て得られた武芸の力は、私自身の予想や希望を遙かに超えていた。格闘家として高みに立てた。次に、冒険の旅路そのもの。自分が見聞きしたことの無い多くの人間や自然や歴史、風俗文化に触れられたことは、私の頭と心を豊かにしてくれた――――だが、その2つはごく小さなものだ。本当に大きかったのは――――」





 ――刹那、セリーナは練気をさらに集中し、トカゲほどから一瞬で大型の鳥ぐらいのサイズまで幼竜を進化させ、肩に停まらせた。






「――――仲間、そのものだった。エリー。貴女をはじめガイにテイテツにグロウにイロハ…………個性も強さも異なる仲間たちは、皆それぞれ違う強さと違う優しさを持っていた。恐らく、1人でも違う仲間と行動を共にしていたのなら、私はここまで心が変わらなかったと思う…………出会った当初では、ただの戦闘狂に堕して死んでいくだけだったはずの私が、何度となく生まれ変われたのだと思うよ――――。」





「――セリーナ…………。」





「――私を仲間に加えてくれたことを改めて感謝する。ありがとう、エリー。幻霧大陸でガラテア軍が狼藉を働くようなら、共に蹴散らしてやろう。グロウがこの世界を救ってくれると信じて…………。」





 ――そう言って、セリーナは微笑んだ。そこにかつての獣に堕した醜悪さはもう微塵も感じられなかった。





 エリーもまた、快活な笑顔をセリーナに向けた。仲間の希望と、成長に心から感謝した。





「――もっちろん!! 頼りにしてっからね~。セリーナ!!」





「――ああ。どこまで出来るかわからんが……ミラのもとへ帰るまではくたばってたまるものか。ははっ!」






 ――そう言って、エリーとセリーナはお互いの鍛え抜いてきた拳骨を、ごつん、と突き合わせた――――

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