第134話 傷心の改造兵

「――――なあ…………本国まで戻って来たのはいいけどよ…………メラン、本当に大丈夫なのかよお…………?」





 ――ニルヴァ市国の戦いでエリーたちに圧倒され、激しく傷付きながらも生還したライネス。ガラテアの旗艦で治療を受け、本国で重ねて治療を受けた彼らは一先ずの待機場所として広々とした応接室に居た。ライネスは落ち着かないのか、机の上で胡坐をかいてふらふらと身体を揺らす。




「――さアなあ……あのタイミングでアルスリア中将補佐閣下が出撃されて良かったってトコだろうなあ……」





「――けっ……あの作戦は最悪だったよ。強者が揃ってんのに、1人もぶっ殺せやしなかった。欲求不満だよ……ああ~イライラするう~……メランがいればなぁ~…………エッチした~い。」





 ――バルザックと改子は、グロウの練気チャクラを通した石つぶてをまともに喰らってしまったメランをそれほど心配していないように見える。バルザックは暇が出たとばかりに携帯端末から小説投稿サイトへ投稿する小説の続きを太い指で操作しながら書き、改子は行儀悪く立ったり座ったり、ナイフを抜き放つ練習をしたりとライネス以上に落ち着かない。





「……お、おめえら……メランのこと…………気にならねえのかよ…………?」





 ――グロウの精神干渉を受けてからメランと共に、本来の人間らしい感性を取り戻したと見えるライネスは、まるで仲間の無事を意に介さないバルザックと改子へ不安感を募らせる。






「――むゥん? まあ、そりゃあ元気に戻ってきて欲しいたァ思うが…………何をそんなに心配するってんだああ?」




「――ハアァ~? 何言ってんのライネス。あたしらいっつもお互いの命の心配なんかしたことないじゃん。全力で強い敵ぶっ殺しに行って、全力でぶっ殺されて終わり。いつもそんなノリでやってきたじゃん。たかが死ぬことの何が恐いってのぉ? まあ、メランみたいなセックスフレンドが近くに居ないとムラムラしっぱなしだけどさあ。」




 ――改造兵特有の、一般人とは大きく隔たりのある認知の歪み。生命への意識の軽さ。ライネス自身も、そんなことは改造兵になって以降、グロウの精神干渉を受けるまでは蚊ほども意識したことが無かったが――――





「……おい、改子!! てめえ、本気でそう思ってんのかよ!?」





「……ああん?」





「――メランはてめえを庇って……死んで欲しくなくて楯になったんだぜ!? てめえの為に…………それがわかんねえのか!? 仲間を想って…………!!」





「――ハアん? 何ぃそれえ。ライネス。あんたやっぱあのグロウとか言うガキになんかされてから変だよ。仮に死んだって、また代わりの改造兵が仲間に加わって殺し合いに行く。それの何がそんなにキョドってるわけえ~?」





「――――こォのッ…………!!」





 ――ライネス自身、己の胸の内のモヤモヤした感情が何なのか上手く理解出来ていないし、言葉にも出来ない。





 だが、ライネスの心の真芯は、重傷を負った仲間を蚊ほども思わない者への義憤と不安感に満ちていた。改子の心ない言葉に、堪らず胸倉を掴んで引き寄せる――





「――てめえッ……もう一遍言ってみやがれッ!! メランは……おめえの彼女みたいなもんじゃあねえか!! そんでそれ以前に俺らの仲間だろ!! マジで、何も感じてねえってのか!!」





「――んっ……マジで何言ってんのォ、ライネス? メランは、別に彼女じゃあねーし。つーか、殺し合いとセックスし合う以外の恋人同士の遣り取りなんざ、あたしが知ってるわけねええぇし。つか、久々にやる気……? いいよ。あたしイラついてしょうがなかったし。ライネスも、イラついてんっしょ…………?」





 俄かに練気を立ち昇らせ、臨戦態勢に入ろうとする改子。応接室が殺気で満たされる――――





「――くっ…………そうじゃあねえ…………そうじゃあねえんだ…………俺がやりたいのは、そんなことじゃあねえんだ――――!!」





 ――ライネスの、これまで感覚的に経験したことの無い、苦悶。それは闘争によって生じる傷からの痛覚などではなく――――紛れもなく、仲間を想う親愛の情だった。ライネス自身、その情を頭と心で理解し切れずに戸惑い続けているのだった。





「――ハア? じゃあ一体何だっつーのよ。あんただって暴れたいんだろうが。」





 ――殺気立った改子が、ナイフを抜き放とうとする刹那――――






「――――2人共、やめてぇ!!」





 ――俄かに、応接室に飛び込んできた、メランの声が響く。いつもの通り甘ったるい声質ながら、その声色は切実だ――――





「――め、メラン!! 無事だったのか…………良かったぜ! もう戻らねえのかと…………!!」





「――おっ! 戻ったのか、メランんん。重傷を負ったはずだが…………問題ねえのか?」





 ――バルザックは仲間同士の私闘、またその発端となりかけたメランが戻って来たというのに、やはり気の抜けたような声で言う。





 ――メランは本国の医療機関に担ぎ込まれてはや一ヶ月近くの療養をしたが……玉のような美しい肉体のあちこちに、痛々しい傷の縫合痕が見える。紫色の髪も艶やかで美しかったはずだが、今は伸び方も疎らなボサボサの長髪になっている。極めつけは――――





「――お、おめえ…………その左目――――!!」






「……ええ……そうよン…………完全にあの子……グロウくんの石つぶてが眼球を砕いてて、治すには改子とおんなじようにぃ…………細胞から作り出す再生医療が必要で、時間がかかるってぇ――――」





 ――――メランの左目は、砕かれて失明していた。代わりに、改子と同じ電子視覚センサーを埋め込まれ、視覚情報を補っていた。ガラテア軍の技術力ならばセンサーアイひとつで視力は回復したも同然だが――――





「――メラン……嘘だろ…………おめえまで、そんな身体に……そんな目ん玉になっちまうなんて――――」





 ――ライネスは意気消沈とした。再生医療でいずれは完全回復出来るとは言え、深手を負った仲間の痛ましい姿に…………助け切れなかった自分の弱さに頭を垂れてしまった。





「――おーい。ライネスぅ、何処見てんのォ? あったしのこのイライラムラムラを収める為に…………殺し合ってくれるんじゃあないのォ!? ゴラァッ!!」





 ――しかし戦闘モードに入った改子は収まりがつかない。自身の右目のセンサーアイを明滅させ、今にもライネスにナイフを突き立てようとする――――





「――やめてえ、改子っ…………!!」






「――あ……?」






 ――全身を傷みながらも、駆け寄ってふわり、と改子を抱き締めるメラン。改子は一瞬呆気に取られたが、すぐにメランから消毒液と血と、香水の混じった心地良い香りがする。





「――おオい、お前ら、やめとけエい。もうすぐここにリオンハルト准将閣下が来られるんだぞ。私闘は厳罰処分。給料さっぴかれるんじゃあ済まねえぞおン。」





「――あ~……ちょっと消毒液が邪魔だけど…………やっぱイイ匂いするわあ~…………メラン~…………あたし、今すぐバチコリ、ヤリ合いたいだけどお…………」





「――――うん、うん!! セックスなら後で干からびるまで相手しちゃうからあン…………仲間同士で殺し合うのは、もうやめてえン――――!!」





「――メラン…………おめえ――――」





 ――バルザックと改子は気付きもしなかったが…………メランの右目からは、改子を抱き締めつつ――――温かな涙を流していた。自らは重傷を負いながらも、何とか帰還した全員の無事と……要らぬ争いをして欲しくない、慈愛から来る落涙だった。ライネスは、そのメランの涙を見遣り、何か心をチクチクと刺されるような感覚を覚えた――――





「――――バルザック曹長の言う通りだぞ、諸君。友軍同士の私闘は許さん。睦み合うのもプライベートの範疇にしろ。それから……これからの作戦に向け、私の話を聴き給え。」






 ――メランの後を追ってきたのか、リオンハルトが例の冷たい鉄のような顔をしながら、応接室に入ってきた――――

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