02、アルビオン

第4話

02、アルビオン



わかっていたことだが。本当にモンスターはどこにもいないという事が改めて実感する。


もちろんソドン村にもいなかったが、元々集落は討伐隊が村を護っているはずなので、不意に出くわすということは稀だった。


街道を数日馬車で走っていて、これほど何事も起こらないというのは、最早剣を帯刀している意味が失われているのだろうか。



もうすぐアルビオンだ。魔王討伐に旅立つ前に俺達もここに滞在していた時期もあった。


あの頃とはここの雰囲気も大分変わっているだろう。



ブースターの手綱を握りながら、どうどうと速度をゆるめさせる。


城門が見えてきた。



アルビオン。一際高い城壁で囲まれた城。その周囲に多数の国民が営む城下町を有し、近隣の国で唯一無二の発言力を持っている。


国王シナプス・A・アルビオンは賢王との誉れも高い、国民にも絶大の信頼を与えている良き王だ。


先代の王から続き、魔王の卑劣な攻撃から国民ならずと、大陸の多くの人間達を守ってきた。


彼等の手腕が無ければ人類はもっと疲弊していたことだろう。


俺自身も多大な支援を受けたことで、旅を続けられたのだ。



さて、俺はといえば、結局ルーシーを証明できるような情報は聞き出せなかった。


ルーシーが俺に何を期待しているかは知らないが、国王の前で俺は俺のわかることを述べるだけだ。


あの時の金髪の女と証明はできないと。


その後俺も含めて引っ捕らえられるかどうなるかは神のみぞ知るだ。



ルーシーが肩越しに車体から乗り出す。



「ついに来たね。」


「ああ。お望み通りにな。」


「んん?引っ掛かる言い方じゃない?まるで私だけが望んでいたみたいな。」


「いやいや、実際そうだろう。俺は断ったじゃないか。」


「そうだっけ?あーもう忘れた。」



そう言って車体に引っ込んだ。



城門の前は人で溢れていた。


城下町へ入るためには許可証なり身分証なりを衛兵に見せねばならない。


その順番待ちで人や馬車が並んでいるし、その並んでいる人達を目当てに商人が忙しそうに何かの品を披露している。


中には何かの芸やら歌やら曲やらで待ち人の退屈しのぎをやっている人もいる。



俺達はその最後尾に並んだ。


しばらく城門前の雑踏の様子を眺めていたが、不意に馬車に近付く見回りの衛兵に声をかけられた。



「これは勇者殿ではありませんか。お戻りになられましたか。」



近くにいた数人の人達がその声で俺達に視線を送る。



「ああ、ちょっと野暮用で。」



出来るだけ目立たないように小さな声で言ったのだが。



「勇者殿がお帰りだー!道を開けてくれー!」



衛兵は余計な親切で思いっきり目立たせてくれた。


ざわざわとどよめきながら道を開ける群衆。



「あ、ありがとう。」



早く消え入りたいがために、好意を受けて門の中に入る。門番も敬礼をして俺に挨拶をする。



「国王があなたをお探しです。会われて下さい。」


「そうでしたか。いずれ伺います。」



俺はここでは顔パスだ。そのまま城下町に入る。



「ふーん。顔が広いのねえ。」



ルーシーがまた肩越しに冷やかす。



「それがあだとなるときもある。だからここにはいられなかったんだ。」


「それで?これからどうするの?国王様に早速会いに行く?」


「いや、まず泊まる場所を探そう。以前使ってた酒場兼宿屋の安い所がある。そこに世話になろう。」



城門前も凄い賑わいだったが、城下町の賑わいはそれ所ではなかった。


メインストリートの左右には人がごった返し、騒音とも雑音とも言える人々の怒号やら歓声やらで、まるで生きている何かがうねりを描いているようだった。


4年前も他と比べて賑わっている場所であったが、想像を遥かに越えた喧騒だ。


農村に引っ込んでいた俺には目が眩むような状態だ。


しかもこれはお祭りでもやっているのではなく、日常的にこうだというのか。



だが喧騒のおかげで、俺のことに気付いた者がいなそうなのは良かったのかもしれない。



メインストリートからは外れた静かな通りに、俺が言った酒場兼宿屋の看板がある。名前はキャロットだ。何故かは知らない。


以前も使わせてもらっていた馬車の置き場がある。馬屋にブースターを繋げる。宿屋としてはあまり繁盛してないのか。他に馬は置いていない。


1階は酒場、2階は宿になっている。案外部屋数も多く、10部屋はある。


中はかなり狭く質素だが。ほぼベッドが置いてあるだけだ。



ルーシーに先を促す。


頷いて店内に入るルーシーとそれに続く俺。



まだ昼間だからか、酒場は人がまばらだ。


店主がカウンターで暇そうに何か読んでる。懐かしい顔だが、相変わらずのようで安心した。



「久しぶりマスター。部屋を2つ貸してもらえるかい。」



ビックリして俺を見上げるマスター。



「あ、あんた勇者じゃねぇーか!?いったい今まで何処行ってたんだい。」


「いや、いろいろあってね。」



別に何もありはしないが。こう言うしかない。



「おい!みんな!勇者のご帰還だ!今日は一杯奢りだみんな飲んでけ!」


「マスター?」



意外な対応にたじろぐ俺。


ざわつく店内。呆然と立ち尽くした後、我に返って外に飛び出す奴もいる。


突然歓声が上がる。



「勇者様!待ってました!」


「世界を救った真の王!」


「あんたのお陰だ、あんたのお陰で俺達は救われたんだ!」



「ま、待ってくれ!」



口々に俺を称えて騒ぎ始める客達。俺の言葉も遮り勝手にお祭り状態だ。


みるみる人が増えていっているような気がする。


さっき出ていった奴が呼んだのか。


数人だった客も店内には入りきれない程に膨らんでいった。


最早何を言っているのかも聞き取れない。


キャーキャー言ってる女の子が何故か俺の服を引っ張ったりもしている。


引っ張ってどうするつもりだ。



俺はひときわ大きな声で騒ぐみんなを制した。



「待ってくれ!ちょっと待ってくれ!」



静まる一同。


一息つく俺。



「勘違いしているようだが、魔王を倒したのは俺じゃないんだ。俺はみんなの期待には応えられなかった。がっかりさせるようだったから、俺はここを離れたんだ。盛り上がっているところで申し訳ないんだが・・・。俺に歓迎を受ける資格はない。」



静まり返る観衆の中、マスターが後ろから肩を叩いた。



「何を言ってるんだい。魔王を倒したのがあんたじゃなくたって、この4年間魔王を倒すために危険を侵してみんなのために戦ってきたのはあんたじゃないか。」


「そうだそうだ!それを止めをささなかったからって褒美を渡さず追い返したってんだから、王さまは随分ケチくせえやつだ!」



そこからまた歓声が沸き上がる。



俺は歓迎されているのか?


魔王を倒せなかった勇者の俺が?


考えもしなかった。成すべき事を成せなかった愚か者、どの面下げて戻ってきたのかと非難されているものだと思っていた。



恥ずかしながら、涙を押さえられなかった。


俺の中から熱いものが後から後から込み上げてくる。


ずっとわだかまっていた何かが取れたような気がした。



ふと、照れを感じてルーシーの方を見た。


ルーシーはニヤリと笑っている。


まさか、ルーシーはこうなることを知っていたのか?


俺がこの街で歓迎されてるという事を。



いや違う。知らなかったのは俺だけだ。


だから彼女は俺をアルビオンに連れて来たんだ。



憎らしく笑う彼女にお返しだ。



「魔王を倒したのは俺じゃない。魔王を倒したのは、ここにいる金髪の長い髪の女だ。」



一瞬、騒いでいたみんなの動きが固まる。


マスターでさえ目を丸くする。


それから後はまるで爆発したような騒ぎになった。


ルーシーはやりやがったな。と言わんばかりに俺を横目で睨む。



噂が噂を呼んで、その日一日キャロットには人が絶えなかった。


ここまで来たら俺もなんだかよくわからない騒ぎに加わってビールを飲み続けた。


ここに滞在していたのは4年前の少しの間なので知り合いと言うほどの人はそんなにいないはずだが、まるで旧知の仲とばかりに次々と乾杯したり同席して話し込んだり、別れ際に誰だっけ?となってもひっきりなしに続いて、そんなこと気にしていられないという塩梅だった。



ルーシーはというと、不意に現れた英雄にまるで神様の如く奉られていた。


本人は酒を飲んでいた。



夜になっても人は絶えないが、流石に気分が悪くなってきたので、マスターに上の部屋を借りて休ませてもらうことにした。


ルーシーもそうすると言う。


2部屋と言ったはずだが、何故か相部屋に通された。



いやいやちょっと待て。



「ははは。あんた達のお陰で今日は相当儲かったよ。途中で酒蔵が空になって隣まで買いにいったくらいだ。」


「それは良かったけど、なんで相部屋なんだ。と言うか相部屋なんてあったのか。」


「いろんな客がくるからねぇ。」



言葉を濁したが聞きたいのはそっちじゃない。



「いいのいいの。今までだって一緒に寝てたでしょ。」



野宿とはちょっと違うんじゃないかな?


とはいえ気分が悪いのでもうどっちでもいいから横になりたかった。


単純に以前あった2部屋を壁をぶち抜いて1部屋に改修しただけで、ベッドも2つを隣にくっ付けただけの質素な部屋だった。



硬いベッドで横になる俺達。



一息つくと、なんとなく気まずい雰囲気になる。


すぐ横でルーシーが横になっている。



「ねえ。」



ルーシーが話しかける。



「ん?」



チラリとルーシーの方を見たら、ルーシーは俺の方を見ながら横になっていた。


俺は思わず焦って天井を見る。



「吐く時は言ってよ?お互いゲロまみれは嫌だからね。」



プッと吹き出す。



「確かにそうだな。トイレは廊下の突き当たりだから。そこまで頑張ろう。」


「フフ、このパーティーの最初のピンチがこれとはね。」



暫しの沈黙。


ただ、不快な沈黙ではない。俺はこのルーシーに打ち解けた雰囲気を感じ始めていた。


俺は言う。



「ありがとう。」



「何が?」


「この事を知っていたから俺を呼んでくれたんだろう?」


「買いかぶりすぎじゃないかしら。」


「あんたには何でも見透かされてる気分だ。」


「単純だからね。」


「そうなのか?いろいろ考えてるつもりなんだけどな。」


「フフフフフ。」



明日、は無理かもしれないが、近いうちに国王に会いに行こう。


会ってどうなるか、も、わからない。


わからないが、それでこの短い旅も終わりだ。


短い旅も。





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