第51話




目が覚めた。辺りはまだ暗いが東の空は陽光が射し始めている。

大きめの水筒に作り置きしてくれているコーンスープが入っている。

朝くらいはスープを食べようと思って用意を始める。


外に出てルーシーやクリスがやっていたように火を起こして鍋を置き、水筒の中のコーンスープを温める。

冷めた状態でも飲めるようにしてくれてるのだが、温かいスープは染み渡るからな。


そうしているとみんなも起きてきた。


「悪いですね。料理させてしまって。」

「いやいや、俺が食べたいだけだよ。」


とベイトが申し訳なさそうに言うのを俺は制した。


「あー、女性陣のスープはありがたかったなー。」


と、モンシアが昨日までの思いを馳せる。

それは間違いない。


「さーて、いよいよもやが立ち込める島に行けるな。気になって眠れなかったぜ。」

「んあ?一番にグーグー寝てたようだがな?」


アレンにモンシアが突っ込む。


「はっはっは!普段はもっと早いんだよ!」


笑うみんな。


温まったスープを紙の器に注いでみんなに受け取ってもらう。

それを飲むと気力が湧いてきそうだ。


さてと、日が昇ってきた。捜索再開だ。


まずは怪しい島の手前の小島を手早く捜索する。


小さな島だったのでこれは問題なかった。

岩と木だけだ。


そしてもやが立ち込める問題の島だ。

何かが有ることは間違いないだろう。何があるのか。

俺達の小さな冒険心が刺激される。


浜辺に上陸。救命艇を陸に上げロープをその辺に縛る。

鬱蒼とした森になっているのか他の島よりも自然が多い。

もやは霧のように小さな水蒸気になって島全体を包んでいる。

そして、独特の臭い。熱気。

むっとするような熱気がこの島だけ広がっている。


森に分け入る俺達。

何かある。何かが。


そう思って警戒していると突然モンシアが大笑いしだした。


どうした?


「なんでい!これだったのか!この湯気の正体はよ!」


湯気?


俺達はモンシアの見ている先を見た。


森の合間から蒸気が立ち込める。

地面には、いやそこには沸き立った水辺があった。


「温泉!?」


なんとそこには温水の泉と言うのか、温泉と言うしかない池があった。

森の木々を壁にして細い泉は曲がりくねった先に続いているようだ。


「なんだ、もやの正体は温泉の湯気だったってわけか。」


アレンは少しがっかりしている。


「なんで島に温水が涌き出てるのかは十分不思議ですよ。」


ベイトはそっち方面の興味をもったようだ。


「さて、どうする?先が続いているようだぜ。捜索するなら入って行かなきゃならない。」


アデルが現実的な事を言う。


当然捜索する必要はある。


「そりゃ服でも脱いで入るしかねーんじゃねーのか。」

「幸い女性陣は居ませんしね。荷物は首にでもかけて入るしかないでしょうね。」

「マジか。あんたらと居ると退屈しねーな。」


モンシア、ベイト、最後に呆れた様子でアレンが話す。


え?服脱ぐの?当然下着もって事だよな?

恥ずかしがっても仕方ない。

男しかいないんだし気にせず行こう。


モンシアがさっさと支度して温泉に入った。

腰ほどの深さがあるようだ。

下は何で出来ているのか。


「ふー。こいつはいいな。暖まるぜ。」

「裸足で大丈夫なのか?」

「大丈夫みてーだな。岩場に温水が溜まってるみてーだ。」


顔を見合う俺達。


男5人、全裸で首に荷物を背負って温泉に入り、先を進む姿はなんだか冗談のようだ。


モンシアの言う通り下は岩場だ。滑ったりゴツゴツしてたり、段差があったりと、見た目ほど易しい道ではない。


曲がりくねった道が長く続く。広くなっている場所もある。

深くなっている場所もある。


長く温泉に入ってのぼせているからか頭がうすぼんやりとしてくる。

夢でも見ているのかと錯覚する。

同じ様な風景が続いているせいもあるのか。


ふいに前方で物音が聞こえた。曲がりくねった木の影の先だ。

バシャバシャと水をかく音。


俺達は一瞬で頭が覚醒した。

物音を立てないよう注意して顔を見合わせる。


動物ではないだろう。何かが跳ねた音か?

耳をすますと女の声が聞こえてくる。


こんな場所に俺達以外の人間がゆっくり観光している筈もない。

間違いない。セイラ達の仲間だ!


そういえば昨夜羽の音を聞いたような気がする。

鳥の居ないこの島では、その音は魔人であるハーピーの羽音だ。


まさかアジトを探して本人達に出合うとは。


敵がどんな奴かわからない。今出合うのはまずいかもしれない。

武器は首に背負っているが全裸だし、いろいろ危険だ。


物音を立てないように後退する俺達。


しかしそれは土台無理な話だ。チャプンと音がして向こう側が騒がしくなる。


「何か音がしなかった?」

「誰か居るのかな?」

「お化けかもー?」

「お化けはあたし達でしょーが。」

「化けて出たわけではありませんよ。」

「ここに誰か居るんなら誰か決まってるでしょ?」

「そうよ決まってるわ。」

「決まってるー。」


ゾロゾロと木の影から顔を出してくる女達。


「やーっぱり。勇者ちゃんみーつけた。あらー、覗きに来たの?」


全裸のセイラと仲間達が俺達を出迎えた。

皆人間の姿で一糸纏わぬ素っ裸だ。恥ずかしげもなく堂々と腰まで浸かって影に居る俺達を見ている。

やたら俺を覗き魔みたいにみんな言うが、そんなことはないぞ。


俺達は顔を見合わせる。一様に血の気が失せた顔色だ。

全員で8人いる。残っている魔人全員がここにいるということか。

俺達が戦って勝てる見込みは、残念ながら・・・。


「やあ、先客が居るとは思わなかったよ。邪魔しちゃ悪いから俺達は戻ろうかな。」

「そうだそうだ。戻ろう。」


モンシアが後退る。


「そんなこと言わないで。せっかくなんだし一緒に入りましょう。ここ女湯ってわけでもないのよ?さあ、こっちに来て。」


セイラが俺の近くに寄って手を引く。


それを見たセイラの後ろの魔人達もドヤドヤとやって来てベイト達の手も引いて連れていこうとする。


ベイト達は船の上でハーピー姿のセイラ達と直接戦ったわけではないが、旋回している姿を見ている。船上の惨劇も知っている。

アレンもロザミィの襲撃を間近で見た者の一人だ。


一見すると魅力的な女性に囲まれて混浴温泉というのは嬉しい状況のように思えるが、相手は裸であっても体を変化させいつでも首筋に刃物を突き立てられる連中なのだ。

しかも森で見かけた果実をもいで食べるように、人間を襲い血を啜る悪意のない殺意を秘めている。


みんなも今さら説明するまでもなく、危険な状況だということはよくわかっているだろう。


「ルーシーとクリスは一緒じゃないのね。うふふ。いや、それは知ってたけど。」


セイラ達の手に引かれ広い露天風呂に連れていかれる。

無下に手を払って断れば彼女達の機嫌を損ねるかもしれない。

怒りを買ったり興味を失われたりしたら、その先どうなるかわからない。

こんな所で男5人全裸で全滅というのだけは避けたい。

ルーシーやクリスに合わせる顔がない。

慎重な判断が要求される。


「ねえ。聞いてるの?」

「あ、ああ。彼女達は町に戻って買い出しだよ。俺達は君たちのアジトを探してるってわけだ。」


腕に体をべったりとくっ付けてセイラは甘えたようにすがってくる。


危ない危ない。いきなり怒りを買うところだったか。

それに全裸同士だ。非常に危ない。


俺の言葉を息を飲みながら聞いているベイト達4人。

アジトを探してるって言っちゃったのはストレート過ぎたか。

だが俺達の目的は既に知っているだろうし、下手に嘘をつくよりも正直に話した方が好印象を与えるかも、どうだろう。


「私達の居場所を探したいの?いい線行ってるわよ。探してみてちょうだい。」

「教えてくれると助かるんだがな。」

「ウフフフ。それはダーメ。」


露天風呂には座れる高さの石が置いてあって肩の高さまでお湯に浸かれるようだ。セイラ達は俺達をそれぞれその椅子に座らせてのんびり過ごすつもりらしい。


「こっちこっち!」

「ここ座れるよ。」

「荷物は後ろに置いとけば。」


荷物と言うか武器を取り上げられると困るのだが。


ベイトとアデルをサンドして3人の女、アレン、モンシアの両側に二人ずつ。俺にはセイラがしがみついて横に接待してくれている。

言われた通りに荷物を木と草が生い茂った足場に置き、腰を下ろして肩まで浸かる。


両手に花と言うより両手を押さえられた丸腰の捕虜状態だ。


「ロザミィはどう?迷惑かけてるんじゃない?あの子考えなしに動くから。」

「そんなことはないよ。今のところは・・・。ルーシーやクリスとも馴染んでいるみたいだ。」


セイラはやたら俺に顔を近付ける。引き気味に答える俺。


「そんなに固くならなくていいのよ?クリスもルーシーも居ないんだし、戦ったってしょうがないでしょ?」


俺達は戦力として眼中になしか。

情けないような、ホッとしたような。

だが、いつ気分を変えるかわからない。


「そうだ。果物を絞ったジュースがあるから、それ持ってこよう。」


ベイトとアデルの真ん中にいた女がそう言って立ち上がった。

アレン、モンシアの隣の一人ずつ、それにセイラががそれに追随して立ち上がり、俺達が来た方の逆側の足場に上がっていった。


お湯から体を出して全身を晒す。

こっちがこっ恥ずかしくなるが、整った体型に思わず見とれてしまう。


向こう側は岩がゴツゴツと並んでいて、セイラ達は脱衣場として使っていたようだ。ゴソゴソとバッグから何か取りだし、手に作り出したグラスに注ぎ出した。


ベイトの隣の女がベイトに話し掛ける。


「お兄さん達は何処から来たの?」

「え?俺達はモンテレーという町からローレンスビルに寄って、ここに来たんですがね。」

「あー。聞いたことある。クリスが居たところだ。じゃあ一緒に来たの?」

「船に乗ったのは一緒でしたね。それまでは彼女のことは知りませんでしたが。」

「私らが針でめちゃくちゃにした船に乗ってたんでしょ。私らが半分死んだやつ。」


アデルの横の女が会話に入ってきた。

かなりヒヤッとする内容を話し出した。

普段無口で冷静なアデルも生きた心地がしないのか、目を丸くして固まっている。

俺もベラを救うためとはいえ、一人手にかけている。

動悸が早くなる。


「おまたせー。」


セイラ達が戻ってきた。それぞれグラスを持って元居た場所に帰っていく。


手渡されるグラス。白濁したジュースが入っている。

香りは甘酸っぱい果汁の匂いだ。


「ささ、遠慮せずに飲んで。」


俺の前で仁王立ちして見下ろしているセイラ。

これは飲んで大丈夫なのか?


「大丈夫よ。人間の血とか、毒とかは入ってないから。リンゴを絞っただけよ。」

「ああ、ありがとう。」


俺は覚悟して飲んだ。

言う通りのただのリンゴジュースだった。

だが冷たく冷えている。どういうことだろう。


「冷たい。おいしい。」

「おいしいでしょー。私もお気に入り。」

「飲めるのか?」


クリスは唾液以外口にしてなかったから意外だった。


「味覚を楽しむだけなら出来るわ。エネルギーとして分解されないからそのまま、って変なこと言わせないでよ。」


そのまま出てくるってことか。

うん。変なことを聞いてしまった。



「ここは地獄なのか?天国なのかー!?」


裸のねーちゃんに飲み物を勧められ、両側からニコニコ接待を受けているモンシアが突然叫んだ。極度の緊張から頭がパンクしてしまったのか。


地獄という表現に思わずドキッとしてしまう。

怒らせはしないだろうか?


心配は無用だったようで、両側の女達はコロコロと笑っている。


「天国は地獄の底にあるものよ。」

「ようこそ。天国の入り口へー。」


笑いながら不穏な事を言っている。

魔王に捕らわれ地獄の底に行き着いた女達の言葉は重さが違う。



アレンは肝が据わっているのか、渡されたグラスをグビグビ飲みながら普通に女達と話をしている。


「この温泉は君達が作ったものなのか?こんな所に温泉なんてちょっと信じられなかったが、それなら納得だ。」

「うんにゃ。あたしらは入りやすいように整えたりはしたけど、温泉自体は天然で涌き出てるものだよ。」

「この先に湧いている場所があるんですよ。熱いですからわたくし達は立ち寄らないですけど。」


温泉の通路はまだ先に続くらしい。


「そうなのか。まさかとは思うが、この海域に棲む魔物と関係あるんじゃないだろうな。」

「魔物ってなんじゃい。」

「そういう言い伝えがあるんだよ。この辺の海域にな。」

「ふふふ。おかしな言い伝えですね。モンスターが現れる以前の大昔の事なんでしょうか?でしたらそういったモノは見かけませんでしたけどね。」

「あたしら以外にゃね。ニュフフ。」


どうでもいいが変な言葉遣いの娘が居るな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る