第52話
チビチビと飲みながら回りの様子を見ていたが、ジュースが底を尽きると、俺の飲み干したグラスに手を出して空気に戻すセイラ。
グラスを持っていた手を握り俺に抱き付いてきた。
「勇者ちゃん。そんなに私達のアジトに興味あるのなら、私達と一緒に行きましょうよ。」
以前も誘われたがキッパリと断ったはずだ。
「さっき私達の後ろ姿見とれてたでしょ?みんな勇者ちゃんなら喜んで見せてあげるわよ?みんなで一緒にキモチーことだけして過ごしましょう?」
見とれてたのは否定出来ないが、後ろに目でもあるのか。
「魅力的なお誘いだが、あいにくまだやらなければならない事がたくさんあるんだ。隠居生活を送るつもりはないよ。それにクリスとルーシーが心配するし。」
「勇者ちゃんはクリスとルーシーが良いの?」
ちょっと拗ねたような表情をするセイラ。
「良いってどういう?」
「あーん。確かにクリスとルーシーは女の私から見ても綺麗よね。嫉妬しちゃうほどに。くやしいなー。私はいつも負け組人生。」
「そんな・・・。」
言葉が続かなかった。彼女の生い立ちを思うと軽々しく俺がどうこう言える立場じゃないし、彼女が俺の体に手を這わせるように触り始めたからだ。
それ以上下に手を這わせるのはマズイ。
俺は彼女の手を湯船の中で握る。
俺にはルーシーやクリスのような戦闘力はない。だが、俺なりの戦いは出来るはずだ。クリスに最初にやったように、彼女を説得しさえすれば戦わずに済む。全く話の通じない相手ではない。
俺は覚悟を決めた。
手を握られたのが好印象になったのか、物凄い近い位置で見つめられている。
「セイラ。君達も人間を襲うのを止めて俺達と一緒に来ないか?ロザミィがどういうつもりで着いてきてるのかは知らないが、人間を襲わずにやっていけるなら何も敵対する必要はないだろう?」
無言のセイラ。何を考えているのかわからないが、俺を見つめたままだ。
「クリスにも言ったが、俺にもう一度君達を救わせて欲しい。」
セイラだけでなく、回りの全員が俺の言葉に視線を向けている。
いや、セイラの返答に注目していると言った方が正しいか。
セイラは深い息をついて、目を閉じた。
「今さら人間の生活に馴染む気はないわ。私達は人間の血が必要。人間の暮らしとは相入れない存在。」
「だ、だが・・・!」
「それにね、私達が人間を捨てたのは何もこの体になってからじゃない。魔王に捕らわれあの城で生け贄として捧げられたとき、私達の人間としての生活は終わった。人間に捨てられたのよ。助けに来てくれたのは勇者ちゃんだけ。私達を無視し蔑ろにした人間に今さら何の未練もない。今さらルールや法に従うつもりもない。私達を無視し続けた人間には私達だって自由にさせてもらうわ。」
セイラの痛いほどの気持ちが伝わる。
だが、生け贄とはなんだ?
「そうでしょ?」
詰め寄るセイラ。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「人間のために言っているんじゃない。他人のために言っているんじゃない。俺は君達のことを思っている。このままだと俺達は戦わなければならなくなる。戦って勝つのはどちらかわからない。だが、どちらも無事では済まなくなる。俺は君達と戦いたくはない。」
「海に入らなければとりあえずの安全は保証されるわ。後はロザミィみたいな突発的な事故が起こるかもしれないけど、魔王に拐われたと思って見て見ぬふりして無視してたらいいんじゃない?私達みたいに。ウフフ。」
駄目だ!話が通じない訳ではないが、人間に対する怨念というか敵対心で固まっていて取りつく島もない!想像以上に説得は困難だ。
俺は回りの女達を見回した。
誰もセイラの言葉に反抗する素振りはない。
彼女達も同じ気持ちということなのか。
あまりセイラの機嫌を損ねるような事を言うと俺の身が危ないか。
そうでなくても丸腰で密着した状態では、抵抗する暇もなく首筋を切り落とされかねない。
「そうそう、血に関しては必要ないかもしれないんだったわね。前に試したときは一瞬で振り払われちゃったけど、じっくり試したらうまくいくかも?」
ここで口付けをするというのか?全裸で?
「恥ずかしいんだったら向こうで二人きりになりましょうか?キスだけじゃ済まなくなるでしょうけど。」
真面目な顔をしていた女達が一斉にきゃーきゃー騒ぎだした。
「うほー!セイラのスケベー!変態ー!いいぞもっとやれ。」
モンシアではなく変な言葉遣いの娘だ。
「いや、ここでいいが、もしうまくいったら共存の道も考えてくれるのか?」
駆け引きを持ちかける。そうでなければ試す意味もない。
考えるセイラ。
「いいわよー。その時は私が勇者ちゃんの奴隷として心も体も、主に下半身を捧げてあげる。」
言い方がイヤらしいな。
しかもそれはさっきのそっちの誘いと変わらないじゃないか。
だが、争いを回避出来るというならやってみるしかない。
「わかった。今度は振り払わない。」
俺は目を閉じた。
「勇者ちゃんがやって。クリスがしてるみたいに私にやってみて。」
え?俺がするのか?
女達ばかりかベイト達も騒ぎだした。
「見せ付けてくれますねー。」
「旦那。しっかりしてやんなよ。」
「きゃーきゃー!キスだってー!」
「やだー。恥ずかしい。」
「じゃあ見なきゃいいじゃない。」
「素敵ですー。愛し合っている者同士の触れ合いは尊いですね。」
「おっしたおせ!おっしたおせ!」
「思考にリンクさせてもらっていいかしら。」
「うんうん。すっごい興味ある。」
やっぱり向こうに行けばよかった。
「こらこら。私の思考にリンクするのは止めなさい。止めなさいって!」
セイラが女達に向かって言い放った。
思考のリンクって、普通に使っているのか。
「おっしたおせ!おっしたお、ムグムグムグ。」
「うるさいです。」
「さあいつでもいいわよ。勇者ちゃん。」
セイラは目を閉じ顔を上げる。
俺の肩に手を置き体は密着状態。
無だ。無の境地になって何も考えず、何も感じずにやるしかない。
セイラの顎に指を添えてちょうどいい角度に合わせる。
そして唇を合わせる。
「んっ・・・。」
セイラが吐息をもらす。
何も考えてはいけない。
だが、これで終わりではない。クリスはもっと積極的だった。
あれをやらなければならないのか・・・。
回りはギャーギャー騒いでお湯をバシャバシャかいだり、うねっている者もいる。
「さっすが勇者殿、女の扱いに長けてらー!」
「大人のキスだー!」
「こんなの見てていいのかな。」
「後で怒られるかも。」
俺はセイラの口の中に舌を入れた。
クリスがやっているように。
セイラは体をビクリとさせる。だが、俺を素直に受け入れてくれた。
無になったつもりだが、それは無理というものだ。
俺の体は茹で蛸のように真っ赤になっているだろう。
涙目にもなっているだろう。
こんなことをするつもりではなかったのだが。
「ギャー!舌入れてるー!ディープなやつだー!」
「積極的ですね。素晴らしいです。」
「リンク拒否られてる。」
「近付いてみようか。」
セイラは俺に体を預け崩れていきそうだ。
ひとしきり舌を絡ませた。もう十分なはずだ。
俺は口を離した。
そして崩れそうなセイラを支える。
「どうだ?エネルギーの補給は出来たのか?」
ボーッとして俺を見つめたまま答えないセイラ。
「どうなんだ?」
肩を掴む俺の手にセイラが手を添える。
「もっと。してくれないと、わからない。」
嘘を言え。わかっているはずだ。
これ以上はさすがに恥ずかしい。
「教えてくれ。どっちなんだ!?」
フーッと息を吐くセイラ。釣れない俺に愛想を尽かしたか。
「少しはチャージされてるわね。でもほんの少しね。クリスはよくこれだけで済ましてるわ。もっと褒めてあげなきゃダメよ。勇者ちゃん。」
ほんの少し・・・。
「ふふふ。勇者ちゃんと一緒にいると心が暖まるわー。でも勇者ちゃんに付いていくのはやっぱり駄目ね。あの人が私達を待ってる。」
「あの人って・・・。」
「リーヴァ。魔王の娘。私達にこの力をくれた人。」
魔王の娘が待っているだって?
「何故魔王の娘に従っているんだ?力をくれたからか?操られているんじゃないのか?」
「そんなんじゃないわ。あの人は同じ魔族の血を集めたがっているだけ。魔族は魔族同士で生活した方がいいでしょ?」
今考えたが、もし逆に魔王の娘が魔人を元の人間に戻す事が出来るなら、セイラ達と戦う必要はなくなるのではないか。
セイラ達がそれを望むことは無いだろうが。
「さーて、余興は終わりね。朝から何度も入ってるからそろそろ私達は出ましょうか。」
ザブンと立ち上がるセイラ。そしてそれを見て追随する女達。
「それじゃーね。」
「もう少し居たいけど、行かなきゃ。」
「一人で残ってればいいんじゃないの。いや、駄目か。」
「またお会いしましょう。」
「良い湯だった。またこよ。」
脱衣場になっている岩場に向かって歩いていく。
急に人肌から離れて手持ちぶたさになる俺達。
モンシアの隣にいた二人が俺に寄ってきた。
「はい。これ。記念にあげる。」
「ルーシーとクリスには内緒だよ?」
透き通った鱗のようなアクセサリー?のようなものを手渡された。
「あ、ありがとう。」
そう言うとニッコリ笑ってセイラ達を追っていった。
湯船から上がり全身を晒しながら振り返るセイラ。
「今日は楽しかったわ。今度会ったときはせーしをかけてやりあいましょーか。うまくアジトを見つけてね。」
生死を懸けてか。
脱衣場で体を拭いたりきゃーきゃー言っている女達。
「あんた達私にリンクしまくらないでよね!」
セイラが女達を嗜める。それでさらに女達がきゃーきゃー騒ぐ。
何とも仲が良さそうな和やかさに毒気を抜かれる。
人間の着る服を置いているのか、下着やスカートなんかも履きだした。
俺達は顔を見合わせる。
これ以上この島の捜索は必要あるのだろうか。
あるとしても今彼女達の中に入って続けるのはどうかと思う。
一旦救命艇に戻り、別の島の捜索でも始めた方がいいだろう。
俺達は頷きあい荷物を持って来た道を下がって行った。
道のりの途中、バサバサと翼の音が聞こえた。
彼女達の飛んでいく方向がアジトのある場所なのだろうか。
だが木が邪魔で方向がよく見えない。
モンシアが途中で突然嘆きだした。
「なあ、本当かよ!?あんな良い娘達が敵なのかよ!?素直でかわいい娘達じゃねーか!?本当に戦わなきゃいけねーのか!?」
そういう気持ちは分からんでもない。いや、まったくの同意件だ。
「戦いたくはないが・・・。」
「だがあいつらは船を3隻沈めている。あんな顔して中身はとんでもねえぜ。」
アレンは冷静だ。
一番の被害を出したのは60人以上を殺害したロザミィだが、今彼女は船を引いている。
「人間に対して殺すことを何とも思ってないというのは恐ろしいですよ。我々にとってはね。」
ベイトも警戒を緩めてはいない。
「次はこうはいかんだろう。化けの皮が剥がれるだろうぜ。」
アデルもか。
「あー。名前くらい聞いておけばよかったぜー。」
モンシアは惜しそうだ。
「いや、でも美人だったなー。なかなか見ないぜ。」
アレンも惜しそうだ。
「さすがは魔王に思し召されただけあってレベルが高いですね。かわいそうな部分もある。」
ベイトも情が移っているのか。
「最後に全員で立ち去る姿は壮観だったな。」
アデルも評価は上々だ。
「俺の横に居た二人は何とも癖のある二人だったが、それが癖になるというか、正直別れるのが惜しい気がするぜ。あ、いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。」
アレンが思いを打ち明ける。
変な娘とおしとやかな感じの娘か。見ていて飽きないのは分かる。
「いやー、分かりますよ。」
「そりゃそうだろ!裸のねーちゃんだぜ!」
「あんなのに出くわす事はこの先ないだろうな。」
「なんだみんな一緒か。アハハ。だが、この先やりにくいな。」
次会ったとき、彼女達がどんな姿をしているのか。
想像もできない。
ロザミィの巨大鳥が有りならなんでも可能だろう。
突発的な邂逅だったが分かったことが少しある。
魔王の娘の名前はリーヴァ。
魔人はおそらく残り8人。
思考のリンクという能力を全員が使え、離れた場所でも会話が出来るだろうということ。
当然ロザミィもその能力を持っているのだろう。
そうなるとロザミィの行動原理に疑問が出てくる。
島を捜索していた俺達を襲撃した点、敗北したあとルーシーに付いて回り弱点を探そうとしている点、これはロザミィ本人にしろ誰かの指示にしろ理屈は分かる。誰かというかおそらくセイラだが。
だが、雲行きが怪しくなって突然自害しようとした事が理解できない。
なんとか一命をとり止めたが、灰になりそうになっていた。
あれはロザミィ本人の意志か?
そうは思えない。だとすると誰かに指示されてやったのか?
和やかな雰囲気で過ごしていた彼女達からは想像できないが、自害しろと指示されたのだろうか。
今もロザミィの名前を出していたが、一応心配はしているようにも見えた。
何かこう納得できないものがある。
命の感覚が軽薄なのか?
その後ケロッとしているロザミィにも驚嘆だが。
当然と言えば当然だが、アジトの場所は教えてはくれなかった。
このあともまだまだ捜索が続きそうだ。
酒場から出てあの娘が良かっただの、どの娘がどうだっただの言いながら帰るような、なんとも世間的な雰囲気になっているが、この先にも大変な仕事が待っている。
敵だと分かっていても、危険だと分かっていても、美人な女性には弱いのが男の性というやつなのか。
彼女達の華やかな幻影を追い求め、地味な作業を繰り返すため元の場所へと戻る俺達だった。
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