37、理想郷

第110話

金髪のルーシー37、理想郷


「研究所は西とか東とか建物が分かれてるのか?」

「ああ。見ての通り中央とそれぞれ四方に、東西南北のビルが建ってる。」

「ビルごとに役割が決まってたりするのかしら?」

「大まかなカテゴリー分けはしてるみたいね。穀物果実は北、動物魚は南、材木鉱物は西。」

「材木?鉱物?」

「ああ、食い物だけじゃなく、この街で必要な資材まで生産してんだとよ。こんなビルどうやったらこの島の資源で建てれるんだっていう答えがそれだ。」

「魔人の力を生み出したリーヴァが根底に居るのだとしたら説明はつくわね。」

「何でも創れる何でもある。まさに理想郷ね。ただし造るスピードには限界があるし、量も無限ではない。住民全員を一度に豊かにはできない。そういう時間差がこの理想郷でも格差を産み出していたりするのね。」


俺、アレン、ルーシー、ルセットは朝食をとった後に最初に救命艇で乗ってきた島東部へ歩いていた。

俺達だけなら乗り合い馬車の時間を待つより歩いた方が早い。

クイーンローゼス号からも見えた巨大な長方形の建物が行く手に聳えている。


「中央と東には何があるんだ?」

「中央は管理棟ね。生産の状況はもちろん、島中のリソースを一括管理して一部が枯渇するようなことが無いようにバランスを保つよう情報を統制しているって話よ。東は・・・聞いてないわね。アレンは聞いた?」

「いや。立ち入り禁止ってのは見たな。」


立ち入り禁止?まずいぞ。アレンやルセットの様子からわりと自由に見学できるのだと思っていたが、着く前から暗雲が立ち込めてきた。


俺はルーシーを見た。ルーシーも不安そうに俺を見る。

だが、行ってみて状況を見てみないと何もできまい。予定通り行くしかない。


俺達は中央の管理センターに入っていった。


入り口は白い壁で挟まれ飾り気のない無骨な広いガラス張りの見た目だった。

入るとそこはこの研究所の仕事内容を紹介をするための展示場になっていた。

誰も居ない。迎える従業員も、来客もない。


「なんだ。ここに説明してるスペースがあるんだな。」

「なんだ、というと?ここに来たのは初めてか?」

「ああ、東とここには来てないな。昨日北側でここに行くといいって教えられたんで来てみたが。」


入り口無人だし、パッと見何の建物か分からないからな。


入って正面に台があってミニチュアで5つのビルが作られている。

東は説明なし。他はルセットが言った通りの説明が簡単に書かれている。

そこから三方に部屋が分かれていて、農園での生産方法の概要が書かれている。

物質を構成する元素を生成配列し構築していきます。人工的に環境を作り出し加速させることにより生産スピードを向上させます。なんだこりゃ。


昨日食べたパスタ。原料である小麦、それを土地の無いこの島で作るのに種の段階から生成複製、ビル内の農園で環境を加速させ収穫までやってしまう。ということか。

いきなりパスタを作ってしまわないのは温泉でのセイラ達が言っていたように、味や感触にズレが生じてしまう可能性があり、不確かだからか。

つまり不味いものと美味いものの区別が生成段階では不明ということ。

小麦の成長過程をちゃんと踏ませることで小麦本来の質を保つと。


無人の展示場を4人でのんびり眺めていると入り口のガラス戸が開き人が入ってきた。


「おーおー。来てるじゃないの。なんかカップルが増えてるね。独り身のあたしに対しての嫌がらせかいな。」


ミネバみたいな白衣の人物が俺達を見回す。


「ミネバじゃないか。生きてたのか?」


俺は驚いて口に出した。

そんなわけないとは思ったが気軽に言ってしまった。


「昨日もそれ言われたけど、あたしはそんな花も恥じらうような麗しい名前の女の子じゃーないよ。」

「麗しいて。」


「このレンダさんは昨日私達を案内してくれたここの職員さんよ。」


ルセットが紹介してくれたがどう見てもミネバだ。


「熱心に農園を見学してたみたいだから、今日は特別にこの管理センターを見せてあげちゃおうと思ってね。上がるよね?」

「よろしくお願いするわ。」

「ヌフフ。よろしい。ついてきたまえ。」


レンダと呼ばれたミネバは奥のエレベーターに歩いていく。それについていくルセット。それを追うようにアレンが。そのアレンに近付く俺とルーシー。


「ミネバだろ、あれ。」

「信じられないわ。あの子は私が・・・。」

「うーん。俺も驚いたが本人は違うと言ってるんだよな。民宿の大家さんもキシリアにちょっと似てるし、まあ他人のそら似ってこともあんのかな?」


ルカとエルに似た人もいた。そんなことあるのか?


「早く乗らないと置いて行っちゃうよー。」


不敵な顔をしてエレベーター内で待つレンダとルセット。俺達も急いで乗り込んだ。

レンダはエレベーターのボタンのある壁にカードのようなものをかざしてボタンを押した。

俺は不思議そうに見ているとレンダが答えた。


「特定の階へはカードキーがないと止まれないようになってるんだよ。勝手には入れないてわけ。」


なるほど。万全のセキュリティというわけか。忍び込むのは難しそうだ。

レンダが白衣の胸ポケットにカードを戻すのを見ながら後のことを考えていた。


エレベーターは10階へ止まり開いた。


「到着ー。ここは情報統合センター。島全体に出荷していく物質をタグ付けして管理、物資の在庫をリアルタイムで集積、供給のバランスを管理するってわけ。」


白い部屋の壁に大きな装置の画面が貼り出されている。

そこには島の絵が大きく描かれていて、点滅しているポイントが多数表示されている。


「これは?」


ルセットが画面を見ながら食いついた。


「それは街に存在する店とかを印してるんだね。店舗の全体の在庫が逼迫していれば赤く点灯するようになるよ。まあ、バランスよくやってるからそんなこと起こらないけどね。」


部屋には壁の画面に向かって3列くらいのテーブルが並べてあり、そこに何かの装置とにらめっこしながら、多数の職員が仕事をしているようだった。


「主任。ちょっと。」


職員の一人がレンダを呼び止めてなにやら耳打ちしている。


「なんと。不届きものがまた現れたんか。あ、よく見ると赤く点灯してるじゃん。」


見逃していたが、確かに北東の小さなポイントが赤くなっていた。


「困った奴等がいてね。窃盗グループが商品を根こそぎ盗んでいくんだ。時間的リソースは限られてるから回り回って住民全体の被害になりかねん。」


ベイト達が追っている連中のことか。昨夜盗みを働いたのなら今頃忙しく捜査しているだろう。


「この人達は何をしているの?」


ルセットはそれに構わずにレンダに聞いた。


「全島店舗の在庫を管理、消費傾向を調査、情報を統合してもらってるよ。」

「ここで座ってできるんだ。便利ね。」

「情報化の時代からね。ヌフフ。」


俺達には何をどうやっているのかさっぱり分からない。

俺、アレン、ルーシーは後ろで呆然と見ているだけだった。


「横の部屋は資材の状況が同じように管理されてるね。今は大規模工事は無いから供給は低水準で安定してるけど、急な災害、事故、メンテナンス用に備蓄も保管しておかなくちゃね。逆の部屋は生鮮食品の扱いだね。」


レンダはなおも説明を続ける。


「じゃあ、ここはいいかな?次に行こうか。」


エレベーターに乗り込み、カードキーを使って20階に上がる。


「ここはインフラの管理。水道、ガス、エネルギーの安定供給、ゴミや下水の処理も統合して管理してる。それぞれ施設が独立して運営されてるけど、ここでは情報だけ集積してる。どこかで問題があれば直ちに修理保全を行えるってわけだね。」


同じように壁に装置の画面があり、島の状況を見ることができる。ラインが至るところに伸びていて点滅している。


街の見た目だけではなく、あらゆる部分が未来的で生活水準が他を圧倒している。


「じゃあ、次に行こうか。」


さらに30階へ向かう。

そこは工場というか研究所というか、広い場所に様々な部屋が薄い透明な布で仕切られており、それぞれの部屋で何人もの人が作業着で手作業をしている。


「ここは製品開発の部署だね。陳情なんかを参考に生成する製品の質を向上したり類似の製品を発展させたり、新たな需要を満たす研究が行われている。」


その階を一通り巡ってみたが俺には何をやっているのかさっぱり分からない。

他に研究所そのものの技術開発、装置機器の修理メンテナンス、服飾のデザイン縫製、装飾の製造、遊興品の受注に製造、人材育成の研修など、それぞれの階にそれぞれの部署があってただただ目を丸くするだけだった。

ルセットはうんうん頷いて大喜びだが、俺達はなんというか疲れた。


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