第111話


「お疲れさん。そろそろ昼だからここで休憩するといいよ。ここは休憩所で食堂もあるからゆっくりできる。」


70階。最上階。展望台としても使われているのか横一面ガラス張りの白い床、白い天井、白いテーブルと椅子が並べてある広い部屋だった。中央に厨房があり、そこで職員が並んで注文を受け取っている。

テーブルには多くの人が座って食事をしたり、書類を見たり、雑誌を読んだり、それぞれくつろいでいるようだった。


俺は東棟が目の前に見えるフロアへとフラフラ歩いていった。

近くにこれ以上高いビルは無い。当然手に届くような目前にそれは見える。

しかしガラス戸に日の光が反射して中は見えない。

俺に翼があったなら、ここから飛んで行けただろうに。


「凄い景観ねー。頭がクラクラしそうだわ。」

「この建物傾いたりしねーのか?おっかねーな。」


ルセットとアレンは中央寄りのテーブルに適当に座った。

俺は東側の一番端のテーブルに。それについてきてルーシーも俺の横に座る。

レンダはその間の席に一人座る。


「なあ、あの東側には何があるんだ?」

「あそこはスタッフオンリーで立ち入り禁止なんだけど、ここまでに無かったものと言えばだいたい想像つくでしょ。」

「無かったもの?」


俺はレンダに直接聞いてみたが、よくわからない問題が返ってきた。


「医療品とか?」


ルーシーが答える。


「それもあるけど、あんたらが背中に背負ったり腰に差したりしてるもんがあるでしょうが。」

「武器か。」

「武器、兵器、薬品。いわゆる危険物だわな。」


なるほど。立ち入り禁止なのは頷ける。


「ところで腹減らないの?あたしのオススメで良ければ頼んできてやろうか?」

「オススメ?じゃあ、それをご馳走してもらおうか。」


レンダが厨房のおばちゃんに注文を頼みに行く。

後で出来上がりを取りに行くと、大きなどんぶりに盛られたカツ丼が仕上がっていた。


元の席に戻って食する俺達。


「んー。サクサク、カリっと揚がった衣に中はジューシーなカツ!」

「味もご飯に染みて美味しいわー。」


アレンとルセットは大喜びしている。


「とろみがサイコーね。量が多いのは勇者様には嬉しいわよね。」

「美味いな!これを食べるのにここに見学に来る価値はある!」


ルーシーも俺も舌鼓を打っている。


「そうでしょう。そうでしょう。研究の成果が出てるのね。ヌフフフフ。」


よくわからない自信満々のレンダ。ガツガツカツ丼を食べ始める。


「ところで船に置いてる薄い絵本はどうするんだ?クリスが預かるって言ってたけど。」

「あー、後で取りに行くから置いといて。」

「え?」

「ん?」


カツ丼を食べてるレンダに不意打ち気味に質問をぶつけた。

レンダの返答に皆の手が一瞬止まる。


「急に何の話してんのさ。思わず乗っちゃったよー。」


またカツ丼を頬張り始めるレンダ・・・いや、ミネバだろ。


「サンダーダンサー全巻俺が預かってていいのかよ?」

「どうせあたしの金で買ったんじゃないし、別にいいよ。」

「おい・・・。」

「ん?」


アレンも質問をぶつける。何でそんなこと知ってるんだ。


「やだなー。変なこと聞かれても知らないなー。」


またカツ丼を頬張り始めるミネバ。


「自害するつもりってキシリアは言ってたけど、あなたそのつもり無かったでしょ?」

「どうせやっちゃうんなら、あわよくばって、何を言わすんだい。」


ルーシーが冷ややかな目でミネバを見ている。


「ねえ、アレンと二人っきりで部屋に泊まったとき、なにしてたの?」

「ぶっ!!何を聞いとんじゃー!」


ルセットの質問にご飯を口から噴き出して立ち上がるミネバ。


「それは俺もキツイぜ。何にもねーつうの。」


アレンがひきつる。


「ミネバ。お前ミネバなんだろ?」

「さー、知らない人ですねー。そういう方をお探しならここの情報網でお探ししましょうか?ここの人じゃないなら見つからないかなー。ニュ・・・。」

「にゅ?」

「乳房がこぼれて変な感じだなー。パイポジ直すからちょっと待って。」


俺はいい加減白状したらどうかと促したが他人のふりを決め込んでいるようだ。

わざとらしく胸辺りを触って整えるミネバ。


とはいえ、俺は見ていないがミネバはルーシーが倒したと言っている。

嘘をつく必要なんてないだろう。第一ルーシーも困惑している。

なぜ生きているんだ?

まったく分からないが、だとしたら・・・。シノさん・・・。彼女もキシリアに似ているだけではなく、まさか本人なのか・・・?

ミネバと違って姿形はそのままというわけではないし、年齢も違う。だがそれは変身できる彼女達にとって造作もないことではある。

逆にわざわざ似ている姿で俺達の前に出てくる理由が無いともいえる。

いやいや、彼女が灰になっていったのを俺は見ている。

そんなはずはない・・・。そんなはずは・・・。


ふと、昨日シノさんが自分のことを「わたくし」と言ったことを思い出した。

帰りの馬車で、わたくし1日中外で遊んだことがあまり無いので、と言ってなかったか?

わたくしなんて誰だって使う言葉だ。言ったからといってキシリアだという確証なんてない。だが、普段使わない言い方を日常の会話で使うだろうか?

まさか、まさか・・・。


「それじゃあたしは1時まで一旦自分の部所に戻るから、引き続き見学したいなら好きに見るといいよ。行ける階は限られるけどね。1時から続きを案内しよう。」


そう言ってレンダはエレベーターに乗ってどこかへ行ってしまった。


「やっぱりアイツなのか?」

「意味が分からないわね。何で他人のふりをする必要があるの?変身の能力があるなら気付かれないようにまったくの別人にだってなれたでしょうに。」

「一つ確かなのはクリスの目にはレンダがミネバかどうか判別できるということね。そもそもミネバ達は魔人の体を変身させて人間になっているのだから、どんな姿でも見分けはつく。」


アレン、ルセット、ルーシーがレンダの去ったエレベーターを眺めながら話し合っている。

そうだった。クリスに聞けばハッキリする。ということはシノさんに何の反応も示していないのでキシリアの変身では無いということか。

そうだよな。彼女のわけはない。分かっている。分かっているのに・・・。


今日もクリスはフラッと何処かに出掛けていった。しかしクリスは通信装置を持っている。

どこにいるのか聞いて、レンダを見てもらうよう頼んでみるか。


「クリス、今どこにいる?」


俺は通信装置の送信オンにして話してみた。

返事が無い。


受信は常にオンになっているはずなので聞こえないということはないはずだが・・・。

ルーシーも隣で不安そうにしている。


「あの子本当にどこに行ってるのかしら。朝に聞いておけばよかったわ。」

「クリス、大丈夫なのか?クリス。」


やっぱり返事は無かった。心配だ。


「どうする?こっちは後にして探しに行ってみる?」

「いや、何か言えない事情があるのかもしれない。様子を見よう。」


心配ではあるが危険があるなら向こうから通信が来るはずだ。


俺は皆を休憩所に残しエレベーターで地上に降りた。

東棟を見てみたかったからだ。

東棟の麓をぐるりと回る。立ち入り禁止と言っていたが柵などの物理的な仕切りはない。

昼時だからか職員が出入口から出入りしている。

外から見える範囲では特に通行証などの確認をしているようでもない。

建物に入ること自体は簡単に出来そうだ。

要するにカードキーというやつがセキュリティを難攻不落にしているのだろう。

管理センターでもエレベーター以外の階を昇降する手段は無かった。

エレベーターが動かなければどうにもならない。


あまりじろじろ見てると怪しまれかねないのでそこそこで引き上げる。

元の中央管理センター70階まで一気に上がる。


1時になってレンダが再び休憩所に上がってきた。


「こんにちは。ずっとここに居たんかい?まあ良い眺めだからね。」

「俺はちょっと降りてたけど。」

「ん?あ、そう。じゃあ、午後の部行ってみようかね。」

「その前に・・・。」


エレベーターへと俺達を引き連れて舞い戻ろうとするレンダを引き止める。


「ん?」

「その前に話があるんだが、この研究所にリーヴァという科学者が居ないかな?会わせてくれると嬉しいんだが。」


俺は正面突破で直接聞いてみることにした。

こそこそ盗み見たってカードキーが無ければ始まらない。

後ろめたいことなんてないんだから、ならば聞いてみるしかない。


「んあ?居るよ。会いたいんなら担当に聞いてみるといい。」

「居るのか!?」


なんと呆気なく答えてくれた。


「うん。所長は忙しいからアポとっても会えるまで3ヶ月はかかると思うけどね。」

「3ヶ月!?」


正攻法でいけるかと思ったがやっぱり駄目だそんなには待てない。


「食事中とか移動中とかでもいい。ほんの少しだけ話をしてもらえるだけで・・・。」

「そうそう。それが予定びっしり詰まってるのよ。」


やはり駄目だ。そんなに忙しくいったい誰と会うんだ。

呆然としながらエレベーターに乗り込む俺。皆も表情は硬い。

俺達の最終目的、リーヴァ。それがここにいる。おそらくすぐ隣の建物に。

その最上階が奴等のアジトなのかは分からないが、ここまで来れば似たようなものだろう。

そこに辿り着く手段がない・・・。

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