23、二番星

第61話

23、二番星


翌日。午前中に三回の捜索を繰り返し、一番星の捜索を終了。

予想通りなにも発見出来なかった。

昼前に拠点を片付けて船に乗り込む。


ルーシーが言ったように、2つの謎を解かなければセイラ達のアジトの場所を発見出来ないのではないか。そんな気がする。

ロザミィの言葉の意味。こんな場所とはどんな場所なのか?

行方不明者が吊るされた木を捜索後に消した意味。


今俺はベッドの上で横になっている。

久しぶりのふかふかのベッドだ。体を伸ばさせてもらおう。

このあと北東の二番星と名付けた島に到着したらまた捜索開始だ。


ルーシー達はシャワーを堪能している最中だ。

昨日の温泉といい、汗を洗い流せるのは心地いい。

俺も次に使わせてもらおう。


のんびりしていると眠ってしまいそうだ。

デッキに出て風でも当たってくるか。


デッキに出るとベラが外を眺めていた。


「よう勇者君。風が気持ちいいね。」


船は帆が張られてない。ロザミィが牽引して航行しているからだ。

なるほど通常の速度の倍は出ていて早いわけだ。

風もその分強くあおられている。


「あれが二番星か。」


海には島がもう見えていた。

南側が絶壁に塗り潰され、誰の侵入も拒んでいるように見える。

一番星とは反対側が絶壁になっているが、ひょっとして北側は穏やかな海岸線になっているのではないか?


「更に向こう側に見える三番星もそうだけど、3つの島は海域の中心付近に向かって崖になってる。魔物が出る海域って言うにはピッタリだね。まるで魔物が手のひらを海の上に掲げてるみたいじゃないか。アタイらも昔の言い伝えに習ってその海域は避けて航行することにしてる。上陸は北側からになるよ。」


魔物が出る海域か。

それも謎の一つだったな。


「勇者。シャワー入るなら入っていいよ。」


船尾楼のドアからクリスが出てきて俺に声をかける。

濡れた髪が風になびいて非常に美しい。


「ああ、そうさせてもらおうかな。こんなに早くシャワー室を実現させるなんて優秀な人材がそろってるな。」

「アハハ。期待には応えないとね。」


ベラはそう言って手を振った。

俺は船尾楼に入り部屋に通じる通路を歩く。クリスもついてくる。


「勇者。私も一緒に入っていい?」

「え?いや、それはどうかな・・・。もう入ったんだろう?」

「うん。勇者の背中を流してあげる。」

「裸同士で入るのはちょっと・・・。」

「どうして?昨日も裸だったでしょ?」

「タオルは巻いていたよ。」

「セイラ達は裸だったよ。勇者、ルカとかキシリアとかマリアの裸をじっと見てたじゃない。」


ドキッとする。心ここに在らずだったのにそういう所は見ているのか。


「ああ堂々とされたら恥ずかしがってるこっちがおかしいのかと思って普通に接してたけど、別にじっと見てたわけじゃないよ・・・。」

「セイラ達の裸は良いのに、私の裸は見たくないの?」


クリスは不満そうに俺を睨む。裸を見ないからといって怒られるのは理不尽過ぎないか?


「いやいや、別に見たくて見たわけじゃないし、クリスは特別な存在で、大切な人だから軽く扱いたくないんだよ。」


クリスが大きく目を見開いて顔を赤らめた。

俺の背中に抱き付く。


「私も勇者のこと特別で大切だから、シャワーで背中流してあげる。」


話が堂々巡りしてしまった。だが、こうまで言われたら断れない。


「タオルを着けてなら、お願いしようかな。」

「うん。いいよ。」


部屋に入るとルーシーとフラウがベッドに座って荷物の準備をしていた。食材やお菓子類がバッグに詰められている。

二人とも濡れた髪にタオルを乗せて乾かしている。


「勇者様、シャワー?」

「ああ。入るよ。」


それだけ言ってシャワー室のドアを開ける俺。後ろからクリスもついてくる。

それを見てルーシーが唖然とする。


「ちょっとクリス。なにやってんの?」


答えずにドアを後ろ手に閉めるクリス。二重のドアのシャワー室側の鍵を閉める。通路側のもう一つのドアも。

ちょっと強引じゃないだろうか。ルーシーに後で説明しないと・・・。


カーテンを閉めて俺は脱衣場で服を脱ぎ腰にタオルという昨日と同じスタイルになる。カーテンの後ろではクリスも服を脱ぎ始めている。

分かっていてもドキッとする。


俺は先に浴室に入りシャワーを見てみた。


ホテルと同じように出来ている。

さすがに浴室の広さは全く違うが、この部屋自体も結構な広さがあるのでひけをとらない。


一旦バルブをひねり体を濡らす。

うーん。気持ちいい。


バスタオルを体に巻いたクリスが入ってきた。

浴室に置いてある腰掛けを俺の後ろの足元に置く。


「はい。勇者。ここに座って。」


言われた通り座ると、小瓶に入った液体を手に取り出し手で揉み泡をたてはじめる。


「頭洗うね。」


それを頭につけてワシワシと両手で洗いだした。

頭が泡だらけになる。


「勇者。気持ちいい?」

「ああ。脱皮してるみたいだ。」

「したことないからわからない。」

「いや、俺もないけど。」


シャワーで頭の泡を一気に落とす。

今度はタオルに液体をつけて泡立たせる。それを首筋、背中、腕とゴシゴシと俺の体を拭いてくれる。


クリスが昨日セイラと何をしていたのかは自由だしそれをとやかく言うつもりはないが、セイラがクリスを引き抜こうとしていたのかは気になっている。それだけは聞いておきたい。


「なあ、クリス。言いにくい事なら言わなくていいんだが、もしセイラがクリスに仲間に戻ってこいと言ったらどうする?」

「え?勇者と一緒がいい。」


即答かよ。ちょっと嬉しいじゃないか。


「どうしてそんなこと聞くの?」


胸を洗うために俺の前にクリスが出てきた。バスタオルで隠していても、スタイルの良さと胸の谷間は隠せてない。

息を飲み、思わず見とれてしまう。

返答が遅れたからか、俺の視線に合わせて顔を覗きこむクリス。


俺は狼狽して答えた。


「いや、昨日セイラと仲良さそうに手を繋いで歩いてたからさ。」

「え?勇者見てたの?」


弾かれるように身を引くクリス。


「マリア達と高台に登ったときチラッと見えただけだよ。」

「恥ずかしい!」


クリスは両手で顔を覆った。


「ああああぁ!勇者に見られてた!誰も見てないからって言ったのに!セイラの嘘つき!」

「大丈夫だよ。何も見てないから。」


なんとか肩を軽く叩いてなだめようとする。


「勇者、私何も隠してない。」


顔を覆ったままクリスが訴えている。

隠すってなんだ?ただセイラと仲睦まじく過ごしていたのを恥ずかしがってるのかと思ったが、何か様子がおかしいぞ。


「クリス、何か隠し事をしているのか?」

「してないよ!何も隠してない。」


顔を隠したまま即答で答える。


怪しい。悪意の無い相手との他愛ない隠し事なら黙って見過ごすが、相手は策士のセイラだ。それが後で致命的な情報になりかねない。

隠すということは、当然隠す理由があるからだ。

クリスには悪いが、なんとか聞き出さなくては・・・。


「何か隠し事をしているのなら教えてくれ。」

「してないよ。」


駄目か。押してダメなら引いてみるしかない。

子供騙しの手だが効いてくれるか?


「うーん。クリスとキスしたかったんだがなー。教えてくれないと気になってそれどころじゃなくなっちゃうなー。」

「え?勇者、私とキスしたいの?」


顔を上げて俺を見るクリス。

引っかかったが、引っかかるなよ。


「気になってそれどころじゃないよ。」


クリスは俺の胸をゴシゴシと洗いだした。

困り顔で時折俺の顔をチラリと覗きながら上半身を洗い終える。


「勇者。私とキスしたいの?」

「隠し事はないか?」


クリスはイタズラが見つかってげんなり肩を落とした少女のように、べそをかいた表情で白状した。


「勇者ごめんなさい。昨日セイラに言わない方がいいって言われて黙ってることにしてた。」

「何を?」

「私はロザミィとキスしたとき気付いてたけど、魔人同士でキスするとエネルギーが急速にチャージされるみたい。ロザミィが巨大鳥の姿を長時間維持してるのはそのせい。昨日私とセイラがラーメン食べてる勇者の横でキスしたとき、セイラもそれに気付いた。」


エネルギーの急速チャージ?


「でも気付いているのは私とセイラだけ、ロザミィは勇者とキスしたこと無いから人間と魔人の違いをわかってない。だから、この事は二人だけで秘密にしておこうって。」


思っていたような緊急な情報ではないようだが、何故秘密にしたのだろうか?


「どうして隠しておこうと?」

「だってロザミィとキスしてエネルギーの補給ができるなら、勇者がキスしてくれなくなると思ったから。」


涙目で顔を真っ赤にして上目遣いで俺を見上げるクリス。

クリス、お前ってやつは・・・。


俺はクリスの肩に手を置いた。


「そんな心配しなくっても、そもそも俺達の仲間になったとき、俺の唾液が条件のうちだったんだし、約束を破ったりはしないよ。」

「あ、そうだった。じゃあしょうがないからキスしてあげる。勇者、しょうがないなー。」


調子に乗りやすいが、子供騙しの手とはいえ言った約束は守ろう。

クリスがいつものように俺と唇を合わせた。


誰も見ていない個室のせいか、二人ともタオル一枚というせいか、俺は体を強張らせた。

そんな俺を知ってか知らずか、俺の体に胸を預けるクリス。

クリスの体も泡だらけになった。


だが、気になるのはセイラの方だ。この事をマリア達にも秘密にしたというなら、その目的はあくまで自分達は人間の血の必要としていると誤認させるためだ。

自前でのエネルギー供給が可能なら、人間を襲うことに躊躇する者も現れるかもしれない。

人間を襲う建前が無くなれば、戦う必要自体が無くなる。


彼女達を説得できるかもしれないという気持ちで俺は息が弾んだ。


そのとき身を捩るクリスの体からバスタオルがポトリと落ちた。


「キャッ!」


そう言って俺は目を閉じて飛び退いた。


「あーあ、バスタオルが落ちちゃった。勇者激しい。そんなに私とキスしたかったんだ。ふーん。困ったなー。これからもやってあげないとなー。」


クリスはシャワーを俺に浴びせる。

俺と自分の泡を洗い流してタオルも流してパンパンと叩く。

隠し事は頂けないが、体の方は早く隠してくれ。


とりあえずシャワーは終わり。

ともあれスッキリした。このあと捜索を続ける事になるが、次いつサッパリ出来るかわからないから、出来る内にやっておかないとな。


服を着て部屋に戻ると、ベッドの上にルーシーとフラウが座っていて、ジロリと俺を見た。

クリスは後ろからついてきて笑顔でこっちを見ている。

ルーシーとフラウは目を逸らした。

と思ったがチラチラと俺の顔を見ているようだ。

なんだ?俺の頭にまだ泡でも乗ってるのか?


「さて、そろそろ次の島に到着するから準備は怠らないようにね。」

「そうですね。どんな島なんでしょうね。」


ルーシーとフラウが話している。

チラチラと俺を見ながら。


気になって衝立の裏の鏡を見に行く。

なんか付いてるのか?

いや、何も無いな。


「どうしたの勇者?」


衝立から出てきた俺にクリスがニコニコしながら寄ってくる。


「なんか顔に付いてるかと思って。」

「別に何も付いてないわよ。」


ルーシーが答える。


「じゃあどうして俺の顔を見てるんだ?」

「見てないわよ。」


ルーシーがチラリと俺の顔を見ながら答えた。

なんなんだよ。


「勇者が髪の毛ボサボサだから気になってるんだよ。」


クリスが俺の頭をツンツンした。

そんなに気になるほどボサボサか。


「勇者もベッドでルーシー達と一緒に準備しなよ。」


クリスが俺を引っ張ってベッドに連れていく。

クリスに突き飛ばされルーシーとフラウが座っている後ろにポスンと四つん這いになる。

準備と言ってもさっき引き上げた装備をそのまま持って降りるだけだからな。


「何か手伝おうか?」

「べ、別にいいわよ。横になってたら?」


俺だけ休んでるのもな。


「あー。これ子供の頃に食べたことあるなー。懐かしい。」


俺はルーシーの肩越しにバッグに詰められている缶に入った飴玉を見つけて顔を乗り出した。


ルーシーが肩をビクッとさせて俺を見る。

近い位置に顔が寄ってしまう。

ルーシーは赤い顔で目をパチクリさせていた。


「勇者様はボサボサ髪のせいでイケメン指数が上がっているんですから、ルーシーさんをあまり刺激しないで下さい。わりとポンコツになってしまいますから。」


フラウが横で変な注意をする。なんだそれは・・・。

まあいいや。


「あー、今クリスが白状したけど、魔人同士での口付けでエネルギーの急速チャージが可能なんだそうだ。セイラはその事を隠したがっているようだが、ひょっとしたら仲間達は人間を襲わないよう説得出来るんじゃないかな。」


「え?そうなの?」

「うん。」

「凄いじゃないですか。和解の希望がぐっと現実的になりますね。」


ルーシー、クリス、フラウが話す。


「どうかしらね。セイラが隠してるってことは逆に言うと和解するつもりがないということだし、セイラの言うことならあいつらは聞かざるを得ないでしょう。」

「な、何故だ?セイラは中心的な人物だが、支配しているわけではないだろう?」

「してるとも言えるわね。」

「どうして?」

「昨日ルカとエルがご招待とか言ってたけど、セイラはあの中で崇拝に近い扱いを受けてたわ。セイラの言うことが絶対という雰囲気があった。」


「私は特にセイラと仲が良かったからお姉さん的な扱いをされてたけど、私はみんなをまとめるのは苦手だからセイラに任せっきりだった。」


クリスが付け加えてくれた。

セイラによる光と闇。

暗闇の中で信仰に近い光の存在になりつつ、みんなを意のままに手足として動かす闇の支配者に登り詰める。

彼女達を説得するには、セイラ自身を一本釣りするか、セイラの洗脳を解くことが必要なのかもしれない。


簡単にはいかないものかと考えながら俺も上陸の準備を始める。

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