第60話




藪の中という表現が正しい曲がりくねった道なき道の先に岩の段々が積み上がったような崖があった。

腰の高さほどの岩が何段もあって、登れそうではあるが緩やかと言うほど気軽に行けるものではなさそうだ。


だが、行ってみるしかない。ここに風船がある場合もあるが、島を見渡せるならここから発見できる可能性もある。


クライミングと言うほどではないが、一個一個腹這いになって登っていかなければいけない。最初は大丈夫だろうと思っていたが途中から命綱などが無いのは危ないのではないかと思い始めた。

しかもタオルを腰に巻いてるだけなのでわりと痛い。

せめて服を着てくれば良かった。


ここまで来たら後の祭りだと、そのまま登り続ける。

頂上まで残りあと三段くらいとなったとき、上を見上げると尻が頂上から降りてきた。


驚きとその光景に思わず手が滑りそうになった。

危ない危ない。ここで滑り落ちると怪我では済まない。


「あれ?勇者君が下にいるよ。」

「ここ来ちゃったんだ。」

「目立つとこだしねー。」


目の前の3つの尻が話している。お互い体をくの字に曲げているので、俺の視界には岩から下ろしている下半身しか見えないのだ。

マリア、ファラ、カテジナの声だ。


「こんばんはー。」


中央にいるマリアが顔を見せるように背筋を伸ばし声をかけてきた。

俺は固まっていたが、我に帰って返事をする。


「や、やあ。」

「ごめんなさいねー。今登るからー。」


3人は降りようとした岩を登って道を開けてくれた。

頂上から顔を出しこちらを見下ろしている。


「登っていいよー。」


俺は落ち着きを取り戻すように深呼吸をして岩に手をかけ、グイと登った。一段、二段、三段。


フーッと一息入れようと顔を上げると、3人が手を差し伸べて俺を引っ張っろうとしてくれていた。


「さ、掴まって。」

「もう少しもう少し。」


この子達は恥ずかしいとかの感情は無いのか。

全裸の彼女達を下から見上げると、その、目のやり場に困る。

ん?もう少し?


反らした目を上に向けると、頂上だと思っていた場所がまだ中腹辺りで、まだ上があることにやっと気付いた。


気が遠くなりそうだ。


「勇者君危ない!」


3人が俺の手を引っ張り上げてくれた。


「す、すまない。ちょっと山登りを甘く見ていたよ。」


少し広い岩の高台に乗っかって、膝を付いて休憩を入れた。


「アハハ。砂まみれになってる。砂を落としてあげる。」


マリアは俺の体をポンポンはたいてくれた。


「勇者君ここが頂上だと思ってたの?」


ファラが問う。


「ああ。下から見上げるとここが出っ張ってるから、そう見えてしまったようだ。」

「まだ上が有るけど、どうするつもりよ。」


カテジナが聞く。

何も頂上まで行かなくても、島が見渡せれば・・・。

そう思って振り返ったが木の枝が邪魔でよく見えなかった。

ガックリする俺。


「ここからじゃ周りは見えないね。」

「まだ上に登る?」

「ここまで来たからにはな。一息休憩をして登ってみるよ。」

「んー。それじゃ危ないし時間も掛かりそうだから、魔法を使っちゃう?」

「魔法?」


マリアの提案に俺が聞き返す。


「私達が連れていってあげる。空を飛んで。」

「それが良いかも!」

「手っ取り早いよね。」


ファラとカテジナもそのつもりらしい。

ありがたくはあるが、それってどういう。


マリアは膝を着いて四つん這いになっている俺の右脇を両手で掴んだ。ファラは左側を。カテジナは腰に腕を回す。


そして彼女達の背中から白い翼が大きく開いていく。

これは・・・。


3人に持ち上げられ、空中に浮く俺。

急に地面の感覚がなくなり、浮遊感とアンバランスさで体が固くなる。


マリア達は翼をはためかせ垂直に上昇していく。

羽ばたく度にキラキラと光の粒が舞い落ちる。

これではまるで


「天使みたいだ。」

「うふふ。天使の輪は置いてきちゃった。」


俺の言葉にマリアがイタズラっぽく返答する。


俺は彼女達が空中を移動する際はハーピーの姿に変身しているとばかり思っていたが、どうやら情報が古かったようだ。

当然この翼の大きさでは物理的に空を飛べない。ロザミィのように空気を変化させて翼で漕いでいるのだろう。この光の粒がちょうどその残光というところか。


しかし、もしここで手を離されたらと思うとゾッとする。

俺は岩から滑り落ちて事故死したという事にすれば抹殺完了だ。


そんな心配をよそに岩場の頂上まで運んでくれる3人。

ゆっくりとその地面に四つん這いの姿勢のまま着陸する。


「到着。」

「勇者君。空中遊泳はどうだった?」

「あ、ああ。上に落っこちていくという感じかな。」

「なーにそれ。変な感想。」


マリアが屈託の無い笑顔で笑う。

空中を運ばれている時は必死でそれどころではなかったが、足を地面に着け立ち上がって、改めて周囲の景色を見てみる。

島を見渡せると言うのは本当のようだ。

さっきキシリアといた岩場の沢、ルカやエルといた迷路。皆が集まる浴場。北側の救命艇を停めた浜辺からの森の道のり。源泉が湧き出る袋小路。他にも俺が発見していないルートもあるようだ。

それぞれに探しているみんな姿も小さく見える。


俺の知らないルートにセイラとクリスが歩いているのを発見した。

向こうは気付いてないようだ。

仲良さげに手をつないで歩いている。表情までは判別できないが、船上で背中を刺したり、水中で止めを刺そうとしたり、切羽詰まった感じではないのは分かる。


俺はドキリとした。


二人の行動を盗み見てしまったということもあるが、俺はセイラを説得する事しか考えてなかったが、逆にセイラにクリスを説得されてクリスが俺達の元から去るという可能性も0ではないのではないか。


そう考えると不安が過るが、今はクリスを信じるしかない。


思ってもいない方向からの懸念材料に思考を一旦整理しようと、どこともなく視界に映る森の木を斜めに眺めていたら、ふと赤い何かが目に止まったような気がした。


夕焼けに染まり全体的に赤く色付いた景色に溶け込むように、見えづらい何かがどこかにあった。


「あった。」


俺達が最初に入ってきた南側の蛇行した広い通路。さっきロザミィとフラウもいた場所だ。その木の上の地面を歩いていたら絶対に視界には入らない高さ、有ると知って見上げなければ視線が届かない場所に引っ掛かっていた。


あの場所はフラウを呼びに行ったとき見ていたから探すのを失念していた。いや、俺以外の誰かが探しに行ったとしても見つけるのは困難だったろう。


「えー?どこどこ?」

「あ!本当だ!あんなとこに引っ掛かってる。」

「なんだここから見えたのかー。さっき見た時は気付かなかった。」


しまった。声に出してある場所を教えてしまった。

俺がここから岩場を降りてあの場所に行き高い木を登るよりも、翼を使って飛んでいく彼女達の方が断然早いだろう。

なんという凡ミス。かつ痛恨のミス。

フレンドリーな彼女達の態度に警戒心を忘れてしまった。


「さ、勇者君。掴まって。」

「え?」

「ここから降りるの大変だろうから、私達がまた連れていってあげるよ。」

「だが・・・。」

「見つけたのは勇者君なんだし、あれを手にするのは君の方が相応しいよ。ね?」


マリアの言葉にファラとカテジナは頷いた。


「うん。そうだね。」

「セイラに怒られるかもしれないけどねー。」


なんていい人達なんだ。

俺が感動していると、両脇と背中から胸に腕を回して3人が空中に引っ張ってくれた。


「じゃあ行くよー。」


3人の気持ちと、幻想的な翼の羽ばたきで心を洗われるような気分なのだが、3人の胸があちこちから俺に当たって気恥ずかしく思う。


それも束の間。空中に投げ出された俺の下半身はバスタオル一枚巻いているだけだ。下から見上げられるとさっきの3人みたいに丸出しになってしまう。


島全体に響き渡る羽の音を聞き、地面にいる捜索中の皆が上を見上げている。

手を振って答えるどころではない。これは恥ずかしい。

3人は大丈夫なのだろうか。まあ大丈夫だから俺の前でも堂々としているんだろうが。


高台の岩場を抜け、浴場を抜け、風船のある蛇行した通路に近付く。

確かに風船が風に泳いでいる。もう少しで手に届きそうだ。


と、その時。


地面から空中に勢いよく飛び上がって来たものがある。

その巨大な鳥は赤い風船の紐をくちばしにくわえ、勢いのまま空に飛んでいった。


一瞬の出来事で俺もマリア達も声を出せずに空中で立ち止まった。


「え?嘘でしょ?ロザミィが持っていった!」

「あー!ズルい!」

「アイツ!」


空中でロザミィが旋回しながら飛んでいる。


「わーい。風船見つけたー。」


唖然。


「あー、さてはアイツ最初からここで番をしてたな!誰かが持って行きそうになったら横取りするつもりだったんだ!」

「ロザミィそう言えば、スタートするとき居なかった!」

「なるほどー。セイラが負ける可能性のある戦いなんて仕掛けるはずないと思ってたけど、最初から仕込んであったのね。」


今の話が本当ならルーシーの言う通り最初から勝ち目は無かったというわけか。

ロザミィがここで潜水していたのも伏線だったと言うわけだな。

きっと俺達男性陣が岩場の上でルーシー達の着替えを待っている間に作戦は伝えられていたのか。


だが更に疑うならこの3人の娘も思考のリンクを使わずとも島全体に聞こえる羽の音で合図を送ったとも考えられる。

俺に高台で風船を発見させたのも彼女達の手伝いあってだ。

そして高台の存在を俺に教えたのはミネバ。

ミネバとキシリアに俺が居る場所を教えたのはルカとエル。


全て最初から筋書き通りの茶番であったというわけか。

アジトのヒントという最初から失うものの無い餌を盾に茶番を演じたと言うのは分かる。だが理解出来ないのが、いったい何のため?

セイラ達がこの茶番で得るものも何もないのではないか?

それこそキャスティングボートという主導権を握り、翻弄される相手を見て楽しんでいる。

たったそれだけのための出来レースだったという事なのか?


マリア達は俺を地面に降ろしてくれた。

皆納得いってないのか無言で浴場まで歩いて戻っている。

ロザミィは先に飛んで行ったようだ。


「残念だったね。折角発見したのに。」

「ルールではセイラの所に持って行った者が勝利者だからな。発見しただけじゃ意味はない。それに・・・。」

「それに?」

「セイラの頭に感心してるんだ。素晴らしいよ。」


3人は顔を見合わせる。


「心が広いんだね。」

「君達だって俺を運んでくれたじゃないか。ははは。」


浴場に戻ると、最後なのは俺達だったようで、全員そろっていた。

すでに日は落ち、月明かりの下での集まりになった。

脱衣場への階段にセイラとロザミィが立っている。セイラの手には赤い風船が握られていて、ゲームが終わった事を物語っている。

西側にルーシー、クリス、フラウと男性陣4人。

東側にキシリア、ミネバ、ルカ、エル。そして俺と一緒にやって来たマリア達も合流した。


クリスがこちらサイドに立っていた事にひとまず安心だ。


「さて、お疲れ様。ゲームは終了ね。勝者はロザミィ。」

「わーい。賞品は別にいらないや。」


セイラが場を仕切り、ロザミィが喜びの声をあげる。


「じゃあ私が。」

「いえわたくしが。」

「あたしが。」


誰か数人が口をそろえて喋った。


「インチキゲームに賞品はいらないわね。最初から仕組んでたわねセイラ。」


ルーシーがセイラに凄むがセイラは意にも止めず堂々としている。


「答えはノーよ。信じてもらえないのは仕方ないけどね。」

「あなたのやり方はよーく分かったわ。今後あなたの誘いには二度と乗らないから!」

「そんな悲しいこと言わないでよ。また明日ここで集まりましょ?」

「残念だけどそれは無理。明日の昼までには一番星と名付けた島の捜索は終わるわ。午後には別の島に船で移動する。手漕ぎのボートじゃ遠すぎる。」

「あらそうなの。じゃあこことももうお別れなのね。」

「そうね。お湯はいいお湯だったわ。でももう暗くなったし帰らないと。」

「わかった。楽しかったわ。付き合ってくれてありがとね。」


お開きの流れのようだ。

だが俺にはセイラに聞きたいことがまだある。


「待ってくれ。セイラに確認したいことがあるんだ。」


ルーシーやセイラに及ばず、全員が俺の顔を見る。


俺はクリスの顔をチラリと見る。

クリスは表情を変えず心ここに在らずという感じだ。


「昨日の朝、ここで会ったときに君は人間に捨てられた、生け贄になったという事を言ったな。覚えているか?」

「そう言ったわね。」


セイラが肯定する。


「あれはいったいどういう意味で言ったんだ?長い間助けが来なかった事を言ったのか?まさか、誰かに何かを吹き込まれたんじゃないのか?誰に何を聞いたと言うんだ?」


セイラは俺の質問の意図を理解したようだ。

ニヤリと笑い、事も無げに答える。


「ええ。助けに来なかった事を嘆いたわけじゃない。リーヴァに教えてもらったのよ。私達が人間に売られたって。」

「バカな!そんな事実はない。いったい何の事を言っているんだ!」


激しく訴える俺にあくまで冷静に落ち着いた様子で佇んでいるセイラ。両腕を腕を組み思い出を話すように口を開く。


「昔、4年ほど前にベース村という所で村の中に黒い霧が発生した事件が起こった。覚えているわよね?その最初の事件。」

「覚えているも何もない。それが俺の故郷だ。そしてその事件が俺達が魔王退治に出向くきっかけとなった出来事だ。」

「え?そうなの?」


知らなかったと見えて、いきなり出鼻を挫かれたセイラが俺の方をハッと振り向く。

セイラだけではなく皆が俺を見ている。

ルーシーにも言ってなかったので、彼女も目を白黒させている。


「それじゃあ家族や親い人を一度に失ったと言うのは勇者ちゃんのことだったの。可哀想に。辛かったでしょう?」


セイラが俺を気遣ってくれるが、今はその話をしたいわけではない。


「話を続けてくれ。それが何の関係があると言うんだ?」

「そう?それじゃあその後、黒い霧が人里に発生した件数を覚えてる?」


詳しくは知らない。だが俺達が旅の中で見聞きしたのは十数件だ。

基本的に防壁に囲まれた町や村で一度被害が出れば、損害や死傷者が桁違いに多くなる。発生した場所での扱い事態はかなり大きな影響を近隣にも及ぼす。

それ故に件数が少ないと感じた事はない。無いのだが、今こうしてセイラに問われると少ないように感じる。

だが、それが何だと言うのか?


「4年で20件あるか無いか。よね?少ないと思わない?魔王はいつだって黒い霧を発生させる事が出来たのに。」


何が言いたい?何を言うつもりだ?

俺の頬に冷や汗が垂れる。


「各国首脳は魔王と密約を結んでいた。女達の誘拐を邪魔しないように裏取り引きをしていた。私達を差し出す代わりに人里での黒い霧の発生を抑えるよう契約していた。」

「バカな!」

「そんなことはねえぜ!」

「嘘だ!」


俺だけではなく、当時自警団であったモンシアやアレンなんかも声を出して抗議した。


「そんな話は聞いたことがありませんよ。3年前、モンテレーの町でここに居るクリスの誘拐が起こりました。残念ながら俺達は救出する事は出来なかったが、女を最初から見過ごすつもりなんて全くありませんでしたよ。もし、上からそんな命令をされたとしても守る気はありませんがね。」


ベイトが熱弁する。名誉のためだ。


「それはそうよ。末端に至るまでそんな命令を下したんじゃ密約が密約じゃなくなるでしょう?でも4年前からあなた達に変化がなかったかしら?」


俺達男性陣は顔を見合わせてゾッとする。

覚えがあるからだ。


黒い霧の町中での発生。その異常事態に素早い対応が出来るよう、当時から町中の見回りがきついシフトになった。

昼も夜もなく、自警団の全員が町中を見回った。

4年の旅でやつれた自警団の連中を見るのが日常となっていた。

異常事態が異常事態すぎる事なので不満や疑問を言う者は無かったが、もしそれに本当の目的が別にあったと言うのなら・・・。


自警団の連中を疲弊させ、待機しているはずの詰所から団員を引っ張り出す口実だったとしたら?


シモンが言っていた。クリスの誘拐を気付いたのは住民で、その後自警団が駆け付けたと。


もし、住民が詰所に着いたとき自警団が待機していたら?

住民が詰所で待ちぼうけをくらったり、どこにいるかわからない団員を探し回ったりしたとして、そのタイムラグが誘拐を阻止できるかの決定的な差になっていたとしたら?


それは人災だ。


ここに居るセイラの仲間達がどういう経緯で誘拐されたのかは知らない。だが基本的に密集した町中での誘拐だ。悲鳴を上げれば秒の差もなく周囲の誰かが気付いたろう。それを阻止する自警団を遠ざけられれば、誘拐は容易に完遂できたのではないか?


あまりにもゾッとする仮定だ。


「だがそんな証拠は無い。密約があったということを証明することは出来ない。アルビオン国王、その他の首脳も聞いた所で否定するだろう。そもそも何故そんな話を魔王の娘が知っているんだ?セイラ達を引き入れるための作り話なんじゃないのか?」


俺も必死に抵抗した。

自分が信じたものが壊れてしまいそうになったからだ。


「私達の思考のリンクの能力。これは元々リーヴァの力なの。リーヴァの呼び掛けで私達は再び集まった。二人を除いてね。その力を分けてもらっている。」


セイラはまた話しだすが、二人とはクリスとライラの事だ。


「リーヴァは最近まで魔王とも遠距離で会話をしていた。魔王が何をしているのか知っていた。」

「嘘でしょ?」


ルーシーが口を開く。驚きの声で唖然としている。

再びセイラが話を続ける。


「黒い霧の作り方も教えてもらってるそうよ。またどこかに発生するかもしれないわね。気をつけてね。」


また魔王歴と同じ事が繰り返されると言うのか。

いや、脅しか。


「だがその話すら嘘かもしれない。魔王と会話していたこと、会話の内容。リーヴァからの話以外で証明できるものはない。ただひとつを除いて。」


俺はルーシーを見た。

ルーシーも頷いた。


「証明できるもの?それはなに?」


セイラが食いついた。


「今すぐにと言うのは無理だが、魔王に直接聞けばいい。密約していたのか、していなかったのか。」


皆が固まった。


「魔王はアルビオンの宝物庫で首だけになって生きている。目が開くのを見たからには口も開くはずだ。」


セイラが明らかに狼狽えた。

いや、全員が狼狽えたから真偽を判別するのは難しい。

ソワソワと話すセイラの仲間達。唖然とする男性陣。


「あいつ生きてたの。フフフ。それならちょうどいいじゃない。聞いてみればいいわ。魔王の口から各国首脳のスキャンダルが語られるなんて、何を信じればいいのかわかったものじゃないわね。」


セイラはあくまでリーヴァの言葉を信じているのか。

だが、言ったようにすぐにとは無理だ。

アルビオン国王が密約を確かめるために魔王と会わせてくれと言って宝物庫に入れてくれるわけもないが。


これ以上セイラを追及しても仕方ない。彼女はそう思い込んでいる。事実はどうであったとしても、それは変わらない。

俺が口を閉じるとルーシーが話し出した。


「でもこの事で各国首脳や人間そのものを恨むのは筋違いだわ。何十万人、何百万人を人質に取られ、首筋に刃物を当てられた状態で従えと言われれば、それが倫理に反する事であっても、或いは正義に反する事であったとしても、従わざるを得ないのが人間ってものよ。

今すぐに死ぬわけではない十数人と、モンスターが町中に発生し何百万人が路頭に迷えばコミュニティとして崩壊してしまう事と天秤にかければどう選択するべきかは明らかでしょう。最も忌むべきはそれを強制していた最悪最低の魔王の方だわ。」


ルーシーが俺を見る。


「それにアルビオンでは同時に別の手を打ってる。勇者様を派遣することで事態を収拾しようともしていた。」


魔王と俺達と同時に契約をしていたと言うわけか。


「そして最近その最悪最低の魔王と同じような事をしてる連中がいるらしいのよ。見せしめに船の乗組員を皆殺しにしたり、町を襲って自分達の養分にしたり、海を我が物にしたいがために恐怖で支配しようとしている最悪最低の輩が。それについてはどう思う?」


ルーシーの挑発が鋭すぎる。


「貴重なご意見として伺っておくわ。それに、ルーシー。あなたこの事にさして驚いたりしていないわね?あなた、最初から知ってたのね。密約があるってことを。」


なんだって?俺が今度は目を白黒させる番だ。


「知っていたわ。いや、正しくは疑念があった。だって町中で黒い霧が発生した場所は全てインプを撃退した地域だったから。初期に起こった二例を除いてね。どちらにしろ卑劣なやり方が許せなかった。だから私は魔王の城に潜入しあいつを暗殺しようとしていた。」

「ルーシーあなた・・・!」


驚くセイラ達。


「残念ながら私一人では隙を作れなかったけど、勇者様がやってくれたわ。」


セイラだけではなくマリア達、キシリアとミネバ、ルカとエル。

ルーシーを驚きの目でうかがっている。


「そう、あなたただ者じゃないとは思ってたけど、最初からただ者ではなかったわけね。弱点を探す必要性がやっと分かったわ。」

「私はあなた達と違って特殊な能力を持ってるわけじゃない。弱点なんかないわよ。」


無言のにらみ合いがしばし続く。


しかし肩の力を抜いてセイラが息を吐く。


「それじゃ、今日はここまでにしましょうか。もう質問は無い?勇者ちゃん。」

「ああ。」


「私達は飛んで帰るけどあなた達大丈夫?暗くなったから危なくないの?」

「月明かりがあれば大丈夫よ。」

「そう。じゃあまた。」


セイラ達の背中に白い翼が生えてくる。

息を飲む俺達。幻想的な姿はマリア達の時と一緒だが、一度に全員がこの姿になると圧倒されてしまう。

相手は人ならざるものだと、改めて思い知らされる。


セイラ達が次々と空中に飛び上がっていく。

その中で少し遅れてキシリアがこの場に残る。


「勇者さん。考えてみましたけど、やっぱりまだ駄目です。わたくしはみんなのアジトの場所を知っている。あなたと仲間になれば今の仲間を裏切ってしまうかもしれない。だからまだ行けません。でももし、勇者さん達がわたくし達のアジトを見つけたら。その時はまた考えさせてもらっても良いですか?」

「そうだな。その時は・・・。」


キシリアはニッコリ笑うとセイラ達の待つ上空へと飛び上がっていった。

そしてセイラ達は追跡を逃れるためか、四方に散らばって空中の何処かへと消えていったのだった。


あっという間の別れだった。

取り残された俺達はお伽噺話から現実に帰ってきたような、なんとも侘しい気分になっていた。


強烈なキャラクターのインパクトに触れて、俺の心はかきむしられるような心持ちになる。

これが戦わなければいけない相手なのか?


放心してしまいそうになるが、こうもしてはいられない。男性陣がまず脱衣場で体を拭き服を着る。岩場に上がって女性陣を待つ。


セイラの告発が痛手となったのか、男性陣は意気消沈という感じだ。

やむを得ない。俺もセイラの説得どころではなくなっていた。


女性陣が上がってきた。


「お待たせ。さあ、戻りましょうか。」

「ああ。」


月明かりがあるとはいえ、木の影で暗がりができて足元は危険だ。

慎重に進まなければ。


黙々と帰りの道を進んでいく俺達だが、俺はクリスの様子がどうも気になっていた。

ずっと心ここに在らずという感じのままだ。

セイラにやはり何か言われたのではないか?


俺はボーッと歩いていたクリスのそばに寄り、そっとそのまま聞いてみた。


「クリス。大丈夫か?もしかしてセイラに何か言われたり、されたりしたんじゃないのか?」


俺の声にハッと振り向き、顔を赤らめて答えるクリス。


「な、なにもしてないよ!」


こ、この反応は、もしかしてあまり詮索しない方がいい感じのやつか・・・。


「勇者なんでそんなこと聞くの。私達なにもしてないから。」

「う、うん。わかったよ・・・。」


早口で何かを強く否定するクリス。

そう言えば続きをどうとか言っていたかな。いや、これ以上は考えるのはやめよう。

これはこの間のクリス編は書かせない方がいいな。


「あ、ラーメンの作り方教えてもらえばよかった。」


我に返ったクリスがやっと言ったのがその言葉だった。




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