第62話



島の北側に船が回り込んだのはそれからしばらく経ってだった。

俺達は一応の準備を終えてデッキに出ていた。

島の様子を見渡すためだ。

ルーシー、クリス、フラウの他にも、ベイト、アデル、モンシア、アレン、ベラもいる。


船は沖合いに停泊し、救命艇で俺達捜索班だけで捜索を開始する通常の方法を今度もやる予定だ。


二番星の陸地の全貌が見えてきた。

一番星と違い緑がない。茶色い切り立った崖が連なる険しい島のようだ。

俺達は顔を見合わせる。

一番星より大きい島だ。大半はゴツゴツとした岩礁で崖の周囲を覆っている。これは厳しい捜索になりそうだ。

しかし、隠れる場所など、何かありそうな雰囲気だけは大いにある。


「これが二番星。ハーケンやロープの準備は多目に持っていった方が良さそうね。」


ルーシーが呟く。


「これじゃあローラー作戦はかえって時間がかかりそうだね。いや、時間はともかく危険性が高い。よし、思いきって今回は二手に分かれちまおう。ベイト、アデル、モンシア、アレンはこのクイーンローゼス号を拠点に周辺の島々を洗う。」

「え?周辺からですか。」


ベラの提案にベイトが驚く。


「ああ、勇者、ルーシー、フラウ、クリス、ロザミィの5人は二番星を捜索してもらう。ローラー作戦が使えない以上、荷物は常に背負って移動しながらの捜索になる。ロザミィに必要な分運搬してもらって出来るだけ身軽にやっていこうって事だね。」

「4人くらいならロザミィの頭に乗って飛んで行けるかもしれない。空中からなら高低さがあっても楽に捜索できるよ。」


ベラとクリスはロザミィを使うつもりだ。一応敵なんだが分かっているのだろうか。


「ああああああっ!私ずっと飛びっぱなしなのに馬車馬のように使い潰そうとしている!私が一番働いているっ!」


ロザミィが船を牽引しながら叫んでいる。


「ハッハッハッ!そういうことならお互い頑張ろうぜ。」


アレンが俺達に言った。


「そうね。健闘を祈るわ。」


これはルーシー。


「また温泉が出てる島を見付けて来るから待ってなよ!」

「期待しとくぞ。」


モンシアに俺が答える。


「島々の捜索が終わり次第逆側からベイト達を向かわせるから、合流まで待ってなよ。どっちが早く終わるか分かんないけどね。」



そうして俺達の次の探索が始まった。

救命艇にテント、食料、水、衣料品、武装数日分を下ろし、長い単独行動の入念な準備をする。

ビルギットに連れられてその救命艇で俺達5人が二番星に上陸。

荷を下ろしてビルギットは救命艇で引き上げる。

後戻りはできない。次に船に乗り込むのは少なくても物資が尽きる数日後だろう。

岩礁に波が打ち付ける寂しげな海岸線が左右に続く。

広い岩礁の先には切り立った崖があり、行く手を遮っている。

高さは100メートルはいかないが数十メートルはあるだろう。

黒い岩があちこちに散乱して、これからの険しい道のりを暗示しているかのようだ。


荷物は多いが俺以外女性陣だけだ、運ぶのは・・・。


「ロザミィ荷物運んでくれる?」


変身、いや装甲を解除したロザミィがゴシックなメイド姿で付いてきている。クリスがそのロザミィに気軽に頼んだ。


「えー。一人で運ぶのー?」

「出来るよ。装甲に一緒に取り込めば全部運べるよ。」


わりと無茶な要求をしているようだが大丈夫だろうか。


「せっかく人間に戻ったのにー。あ、そうだ、勇者ちゃん私のお尻触ってみる?」


ロザミィは俺に背を向けスカートの裾をゆっくり上にたくしあげようとする。

なんでいきなり俺に尻を触らせようとしているんだ。急過ぎて反応できない。

するとクリスがロザミィの尻を両手で鷲掴みした。


「あん!」

「勇者はロザミィのおしりなんて触らないよ。」

「なに馬鹿やってるのよ。荷物を運べないなら小分けしてでもみんなで運ぶしかないけど、どうする?」


ルーシーが真面目な顔でそれを見ながら言った。


「やーん。私が運ぶよー。」


ロザミィは荷物の近くに立って装甲を纏いながら荷物を4メートル級の巨大鳥の中に取り込んだ。


「凄く便利ですね。荷物が全部ロザミィさんの体に取り込まれ、持ち逃げされたら私達は完全に干からびてしまいます。」


フラウが感心しているが、とても笑えないよ。


「ロザミィ、ありがとう。それじゃあここからは更に二手に分かれましょうか。私とフラウは周辺の地上を歩いて捜索するわ。クリスと勇者様はロザミィに乗って空から崖の上を観察して。」


ルーシーがプランを発表する。


「俺も空からか?」

「クリス一人じゃ大変だろうから。」

「大変だよ。勇者。」


クリスが岩礁をピョンピョン飛んで寄ってきた。

うーん。ロザミィの頭の上に乗って空中を飛ぶのか。少々不安だが。


「大丈夫だよ。私に掴まってれば。」


俺の渋い顔を見てクリスが励ましてくれる。


ロザミィが俺達に近付いて頭を下げる。乗りやすいようにしてくれているのか。

クリスはピョンと飛び乗る。

頭だけなら2メートルはないが、俺が飛び乗るのはちょっと大変だ。

くちばしに手をかけてまずそこに乗る。それから体を伸ばして頭に乗ろうとする。クリスが手を出して引っ張ってくれる。

当たり前だが、安定しない場所で空どころか今立ってるだけでも落っこちそうだ。本当に大丈夫か。


「勇者。私の腰に掴まって。」


へっぴり腰になっている俺はクリスの後ろから腰を掴むが、手を伸ばした状態ではぜんぜん安定した感じはしない。


「もっと私にくっついた方がいいよ。」


くっつく?腰を抱き抱えるようにクリスの背中にくっついた。

それでも不安定だが、なんかこの体勢ちょっと・・・。


「あ・・・勇者。このポーズなんか、すっごい。ドキドキする。」

「な、なんかやっぱり変だよなー・・・。もっとお腹辺りを持った方がいいのかな。」


腰を抱いていた腕を上に滑らせて胸の下辺りまで持っていった。


「ああぁっ!勇者。それ、凄い!」

「あ、ごめん。」


クリスは体を震わせて脱力した。


「勇者ちゃんなにやってるのよー!クリスお姉さんにいやらしいことしないで!」

「そんなことはしてないだろ!」


ロザミィが俺を非難する。

クリスが赤面して肩越しに俺を見る。何か言いたげだが離れた方がいいのかな。

と、俺の足が沼にはまったかのようにズボリとロザミィの頭の中に吸い込まれていく。

なんだこれは?腕を離しジタバタする俺。


振り返るクリス。


ストンと落ちて頭の上に出来た座席のような窪みに俺は座った。


「はい。勇者ちゃんのために椅子を作ってあげたわよ。」

「あ、ありがとう。」


腰辺りまでがスズメの頭の中に座れる御者席のようなものができた。

これなら安定感抜群だ。


「私も横に座りたい。」


クリスも窪みに降りてきた。

座席はちょうど二人が座れるくらいの広さがあった。

クリスは俺の右側に座り、キョロキョロしたり腰を弾ませて感触を確かめている。

なんか木製の子供のオモチャの乗り物に乗ってるっぽい感じがそこはかとなくして、ちょっと恥ずかしい。


「なんだが面白い形になってるわね。」

「オモチャみたいでかわいいですー。」


ルーシーとフラウが下から声をかけた。


「これなら風であおられて飛ばされずに済みそうだ。」

「それじゃ、そっちは任せたわよ。もうじき日が暮れるから2、3時間程で合流しましょう。出来るだけ島の全体を見渡してこの島の地形を調べてみてね。明日以降の捜索ルートを下見しておければ楽になるわ。」

「くれぐれもお気をつけてー。」

「そっちもな。よし!ロザミィ、頼んだぞ。」

「はーい。」


ロザミィが頭を上げ翼を広げる。

バサバサと大きく羽ばたいて空へとゆっくり上昇。

見た目のその大きな動きと連動せずに、頭や胴体はほとんどぶれずにスーっと真上に上昇していく。

かなり違和感がある。もっとしがみついてないと飛ばされそうになると思っていた。

とはいえ上空を吹き付けている風は、当然ながら遮るものはないのでそれなりに強い。


クリスは右側の座席の縁に手をかけて、右の地上を見ている。

俺も左側から下を覗く。

グングン地面が遠ざかる。下から見上げていた崖が目の下に映る。

おおっと声を出して思わず頭を引っ込めた。


「勇者。高いところ苦手なの?」


クリスが面白そうに背中を見せながら顔だけこちらに振り向いた。


「落ちたら死ぬ。」

「そうだけど。それなら私の腰に掴まっておく?ピッタリくっついてぎゅーってしてていいよ。」

「大丈夫、大丈夫だ。それは別の意味で危ないから。」


外に目を向ける。

崖の上は平らになっているが所々に亀裂が入っていて、その亀裂の影に何があるかは近付いてみなければ分からない。

大きな亀裂だ。人が入る余裕は有りそうなものが並んでいる。

崖を造り出す峰は島に4峰ある。直径数百メートルくらいあるだろうか。不毛の岩肌だ。

これらを捜索するのが今回の任務になりそうだ。

地上の方は海岸沿いの岩礁を入ってもゴツゴツとした岩が積み重なって起伏を作り出している。

歩いて捜索するのは大変だろうな。

空から見下ろすと小さな島だ。実際は一番星よりは大きな島なのだが、捜索などすぐに終わってしまいそうだ。

空を飛んでいるから簡単に見る事が出来るのだが、もしロザミィなしの場合を考えると、この崖をハーケンとロープで登り、亀裂にも注意し、同じようにハーケンとロープで降りなければならない。

かかる時間と危険性は段違いに上がるだろうなぁ。


ロザミィに感謝か・・・。複雑だが。


横に目を向けるとクリスが床に膝を立て腰をこちらにつき出し、縁を手で掴んで座っていた。


「勇者。私の腰を掴んでていいよ。」

「大丈夫だって。もう慣れたから。」

「え?もういいの?やだよ、さっきのまたして欲しい。」

「駄目だって。あんなの恥ずかしいよ。」

「勇者お願い。もう一回だけ。キスも一緒にしてあげるから。」

「それって完全にクリスの願望だけじゃないのか・・・。」


クリスがわがままを言うのは珍しいな。いや、珍しいのか?

クリスが床に座り込み縁にかけた腕に顔を沈めてぐずついた。


「勇者ちゃん!クリスお姉さんを泣かせないで!お空にぶん投げるわよ!」


ロザミィが叫ぶ。さっきと言ってることが違うだろう。

しかもしれっと怖いことを言っている。


「後で、後でな。今はホントに危ないから。」

「ホントに?」


鋭い目でクリスが睨んだ。


「本当だよ。それより捜索を続けよう。時間はまだあるしな。」

「うん。」


なんとかクリスを説得したが、後でと言ってしまった。どうしよう。


一番手前の崖の上に降りてみる。

亀裂が列を成している以外はまっ平らな岩場で、直径800メートルくらいのいびつな円形だ。風が強く髪がなびく。

天盤には一目で何も無い事が分かる。

問題は亀裂の底に何か有るのかだ。

この峰には亀裂は4本。人がすっぽり入るほど広く、かなり深い谷底になっている。


「私が調べてくる。」


冷静さを取り戻したクリスが亀裂の中に飛び降りる。

それを上から眺める俺と巨大スズメ。

しばらくクリスは辺りを調べているようだ。


「そう言えばロザミィ。昨日の風船。やっぱりあれはマリア達が言ってたように、最初からセイラに見張り番させられていたのか?誰かが見つけたら横取りしろって。」

「えー?何の事かなー?」


しらばっくれるつもりか。


「いや、感心してるんだよ。さすがセイラだなって。」

「ありがとうね勇者ちゃん。でもそういうことは言わぬが花っていうのよ。だって。」


だって?セイラの言葉か、今の。

うーん。ここまで堂々とスパイされてるのもどうなんだ。

複雑な心境になりつつクリスが戻ってきた。


「下は何もない。ただの亀裂。底に小石や砂が溜まってちょっと足場になってた。随分昔に出来た亀裂みたい。」

「そう言えば温泉島でも人工物が昔作られてたとか言ってたな。もしかしたら大昔にこの辺りで地震でも起きたのかもしれないな。」

「昔の自然現象か。向こうのやつも調べるね。」


クリスが他の亀裂も調べてくれた。

その間に俺は周囲の絶壁を上から眺めていた。

空中から見てもそうだったが、特に横穴とか隠れられそうな場所もない。

島全体から漂う何か有りそうな雰囲気とは裏腹に、怪しい場所は見つからない。

キョロキョロしているロザミィを見ながら渋い顔をする俺。

コイツはアジトの場所を知っていて付いてきているんだよなー。


クリスが帰ってくる。

首を横に振り収穫なしを告げる。


さて、そろそろ夕暮れだし引き上げるか。パッと見て地上にテントを張れそうな広い空き地はない。この崖の上は広いが風が強くてテントを張るには向かない。寝袋で夜を過ごすしかあるまい。


俺がボーッとしているとクリスはロザミィと遠くの海を眺めているようだ。小島が見える。

俺はクリスの背後に近付きさっきあとでと約束したあれをやろうと思った。みんなの前でおねだりされるとさすがに恥ずかしい。


後ろからクリスの腰辺りに腕を巻き抱き寄せた。


「約束だったな。」


クリスはハッとして体を捩らせる。


「勇者!?」


クリスがもがき、俺の腕から離れようとする。


「あ、ううっん!」


なんだ・・・?てっきり喜ぶのかと思ってやったのだが、これではまるで後ろから襲いかかってきた変質者だ。

俺は腕を緩めた。


「すまん。突然過ぎたか・・・。」

「駄目だよ勇者。手を緩めちゃ。がっちり拘束されて、もがいてもふりほどけないのが良いんだから。」


要求のレベルが斜め上過ぎてよく分からないよ。


「もう一度やって。」


クリスに叱られてしまった。

緩めた手をペチペチ叩かれて仕方なくもう一度腰に抱き付く。

それをもがいてふりほどこうとするクリス。

何のためにやってるんだこれは。

だが簡単にふりほどかれてしまうのも情けないので意地を見せたいとムキになってしまう。


「クリス、あんまり動かないでくれるかな?そんなに動くと・・・。」


言い様のない何かが込み上げてしまう。

しばらくするとクリスの体に力が抜けて俺に寄り掛かるようにガックリと後ろに体重を預けた。


「大丈夫?クリスお姉さん。」


横で見ていた巨大スズメが翼をバタバタさせて尋ねた。


「はあっはあっ。勇者に満たされちゃった。」

「ま、満足してくれたなら、良かった。」


一面に広がる海と夕焼けの空。高い崖からの一望。

ロケーションは最高なのだが、この状況で満喫できないのが残念だ。

だが、こうしてクリスと二人、いやスズメも居て3人で風景を眺めているこの瞬間はかけがえのない瞬間だ。

きっと忘れることは無いだろう。


「立ったまま後ろから襲われてるみたいで凄くドキドキした。」


放心したクリスが言う。

綺麗な思い出としての記憶が台無しだ。

まさかの変態行為の黒歴史として刻まれてしまったようだ。

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