金髪のルーシー

@nurunuru7

01、長い金髪のルーシー

第1話

01、長い金髪のルーシー


俺達は今、4年の歳月をかけて辿り着いた最後の目標。魔王の目前にいる。


モンスターの蔓延る森を抜け、城門を越え、薄暗い内部を不気味な静寂の待つ最深部まで入っていくと、ポツンと置かれた玉座の奥の暗がりから突然雷光が走った。

不意を突かれた俺達はその雷光を避けきることができなかった。


不覚だ。

ここは敵の本拠地。しかも魔王の城だ。

細心の注意を払って、尚、警戒を怠るべきではなかった。

不意討ちとは卑怯だ、と言った所でどうなるものでもない。


暗がりから出てくる巨体の男。

初めて目にするが、間違いない。魔王だ。

青い肌の色、白い短髪。一見して人間でないとわかる。

不敵に笑いながらも魔王の手からは雷光は放たれ続けている。

その雷光は一瞬で全身の自由を奪い、反撃を試みるどころかその場を動くことも出来ない。


「よくぞここまで来た。人間。しかし身の程を思い知るだけだったな。」


魔王の言葉には何の感慨もない。


「この場所に人間が踏み入ったのは始めてのことだ。その勇気だけは褒めてやろう。だが、その勇気だけでこの俺に勝つつもりだったのかな?愚かなことだ。」


魔王の冷徹な視線に睨み返し、剣を握る手と両足に力を込めようとするが、無慈悲にも更なる雷撃が全身を襲う。

膝から力が抜けていくのを感じ、その場に立つことすら困難になっている。


そういえば後ろにいた二人の仲間は無事だろうか?

ぶっきらぼうだが俺達を先頭で引っ張って行ってくれたアーサーは?

ヒーラーとしていつも影から支えてくれたアンナは?

先までは悲鳴とも叫びともつかない声を放っていたが、それももう聞こえない。


俺達の戦いはここで終わるのか・・・?

魔王の城までやって来て、結局一太刀も振るうことなく終わってしまうのか・・・?



いや、まだだ。


たとえ俺達がここで力尽きようと、まだ人間は魔王と戦える。

俺達が辿ってきたこの道を、誰かがまた辿ってきてくれるはずだ。


だから、目を伏せて死ぬわけにはいかない。


せめてもの反抗に顔を上げ、目を見開き、お前の思う通りにはいかないという意思を見せようとしたが・・・。


ぼやける視界の中に妙なものが入ってくる。


魔王が隠れていた暗がりから、もう1人別の人物が出てきた。

現実に引き戻されるような、夢に追い込まれるような、どちらとも言えない妙な感覚。


そこにはメイドのような服を着た長い金髪の女性が立っていた。

薄暗く、視界がボヤけているため、顔はよく見えない。

そしてその女はさもそこに居ることが当然というように堂々と、魔王の背後に近づいている。

魔王は俺の方を見ていてそれに気付かない。



「うごぉぉぉぉぉぁぁぁぁあああっ!!」



金髪のメイドが魔王の巨体に隠れ、俺の視界から消えたすぐ後、静寂を破る魔王の咆哮が城に響き渡る。


いったい何が起きたのか・・?


崩れ落ち、前のめりに倒れる魔王。

その背後に立つ金髪のメイド服の女。


魔王の手から放たれていた雷光はすでに消えている。

体への継続的な負荷から開放された俺は、情けないことにそこで体力と気力が尽きてしまっていた。

膝をつき倒れる体。


遠のく意識と薄れゆく視界の中で、金髪の女は、確かに、そこで、微笑んでいた・・・。






目が醒めたのはそれからどのくらい時間が経ってからだろう。

冷たい空気に冷やされて気がついた。


全身が痛みすぐには立ち上がれない。

窓らしいものがなく、真っ暗なこの城内では時間の感覚も計れない。


しばらく体に力が入らずそのままもがいていたが、ふと、アーサーとアンナの事が気になった。

そうだ!2人は無事か?


痛む体をたたき起こし、振り返って2人を見る。

2人は倒れているが、まだ息がある。

良かった。気絶しているだけのようだ。


ひとまず安心してさらに振り返る。

仲間の安否も重要だがやはり気になるのは・・・。

魔王は、魔王はどうなった?


痛む体を引きずり、魔王の元まで足を運ぶ。

一応辺りの警戒は怠らないつもりだが、この有り様でいったい何が出来るだろう。

しかし、魔王の城に入ってきたとき同様、城内は静寂のままだ。

目的の場所に来た。剣先が届く距離。

俺の最後の記憶と同じように、魔王はうつ伏せのまま倒れている。

倒れている場所、倒れた格好、姿形はどうやら同じようだ。

ただ一つだけ記憶と違うのは、有るべきはずの首から上、魔王の頭部がそこには無かった。


俺は愕然とした。

気絶している間にいったい何が起こったんだ?

記憶がおぼろげだが、そこには金髪の女が居たはずだ。メイド服の。

ということは、彼女がやったのか?

よく見ると首は一太刀でスッパリ切り落とされているように見える。

いや、それより何故魔王の頭部を切り落とし持ち去ったのか?

しかもそこからは血が一滴も流れていない。

魔族には血が無いのか?


俺は辺りを見回した。

魔王は本当に死んでいるのか?これは本当に魔王なのか?何かの罠にでもかけようとしているのか?

そんな不安を感じたからだ。

しかし城内は静寂のままだ。


もう一度倒れた魔王を見る。

背中には短剣が突き刺さっている。

これが致命傷になったのか。

刃の部分が根元まで体に突き刺さっているので、長さも太さもわからないが、柄の部分を見る限り果物ナイフ程度の代物のようだ。

これも一刺しで根元まで突き刺し、背中から心臓まで達しているようだ。

肋骨を避け、一撃で止めをさしたというのか?

俺は魔王の存在とは別の何かに身震いをした。


俺が魔王の死体?を見ていると、ちょうどアーサーが目覚めた。

アーサーは状況を思い出すとキョロキョロと辺りを警戒した。

そして俺と近くに倒れた魔王見ると、表情を明るくさせ、飛び上がらんばかりに喜んだ。


「やったのか!」


俺の顔はアーサーと対照的に複雑な表情だったろう。

なんと説明すればいいのか、とにかく起こったことを伝えなければ。


「いや、俺じゃないんだ。俺は結局手も足も出せなかった。」


体の痛みも忘れて駆け寄ってくるアーサーを制しながら、金髪の女の事を説明した。

怪訝そうなアーサー。


「夢でも見たんじゃないのか?」

「現実に魔王の頭部が持ち去られている。」

「じゃああれか、魔王に拐われた女がこの城に捕らわれてるかもしれん。その女がやったのか。」


そうだ、魔王がこの大陸に現れたのは約40年前。俺達が生まれるもっと前からだ。

そして魔王はその間に各地から自分の分身であるインプを使って若い女を次々に拐っている。

40年の間にどれくらいの人数が拐われたのかは最早数え切れない。

そして拐われた女たちがその後どうなったかは未だに不明のまま。

誰一人帰って来た者はいなかった。


アーサーの言うように、捕まった女たちがここにいてもおかしくはない。

俺達はアンナを起こし、城内をくまなく捜索することにした。


いつどうやって造られた城なのかはわからないが、城の内部には寝室や居間、キッチン等の生活できる空間が設けられていた。

意外に人間とそう変わらない生活をしていたのだろうか。

どれも田舎の村出身の俺には見たことも無いような豪華な家財が使われていたが。これもどこからか強奪してきたのもなのだろう。


女たちはキッチンで食事の用意をしていた。突然ボロボロの俺が入ってきたときは一様に目を丸くしたが、魔王が死んだこと、助けに来たことを告げると、泣き崩れる者、抱き合いお互いを称えあう者、放心して動きを止める者と、こちらもつられて感極まってしまいそうになるように喜んでいる。

彼女たちを救えて本当に良かった。


魔王に捕まり、絶望と不安の中で、助けが来る見込みもなく死ぬまでここを出られないという境遇はどんなに辛いものだったろうか。

想像を絶する恐怖だ。


ただ、ここにいたのは20人程で、40年間に捕らわれたであろう人数には到底及ばない。

年齢も最古参であれば50から60歳の女性もいてもいいはずだが、ここには若い女性しかいない。

聞けば、何処かに連れていかれた者は2度とここには戻らないという。

魔王が死んだ今、その何処かは永遠に不明である。


その他の場所も探してみたが、どうやらここに居るのはキッチンにいた人々だけだったようだ。

食料を貯蔵している地下室。なにやら得体のしれない器具が置かれている倉庫。女たちが使っていた狭い部屋。誰が使うのか2階の広い廊下の左右にあるおびただしい豪華な部屋。魔王が使っていたと思われる寝室。

それらには人影は無かった。


俺が見た金髪のメイド服の女は何処にいったのか?

キッチンに居た女たちの中にはいない。

女たちに金髪の長い髪の女はいないのかと訊ねるが、首を横に振るだけだった。


いないものは仕方がない。

ならばここで長居は無用だ。

俺達はもう一度城の最深部、魔王の倒れた大広間に戻ると、その首の無い死体に火を着けた。

血の出ない死体。不気味に感じられて、そのまま放置しておけなかったからだ。

死体はズブズブと焼け焦げていった。これが魔王の最後か。

この40年でいったいどのくらいの人達が犠牲になったのだろう。

その精算というには余りに無機質だ。


さて女たちを故郷に帰さなければならない。

俺達はこの城の近くまでは馬車で来ていたが、20人を乗せる程の大きさではない。

どうしたものかと悩んでいると、女たちのリーダー格の一人が提案してきた。

城の馬屋には馬が繋がれているらしい。馬車を数台用意できると。

自分たちは、それぞれ帰る方向で乗り合わせて各自で帰路に付くと言い出した。


俺が思っているよりも彼女達はたくましい。

境遇がそうさせたのだろうか。


万事用意が整うと、女たちは別れを惜しみながらも城の外、人間の世界へと戻っていった。


外はまだ闇の中だ。


俺達3人が逆にポツンと魔王の城に残された形となった。

慌ただしく過ぎていったが、やっと少し落ち着いたか。


俺達はそれぞれ顔を見合わせる。


終わった?

実感がわかないがこれで全て終わったんだ。

魔王が死んだ。

魔王は死んだ。

40年実質的に支配されていたこの大陸は解放された。

今、ここで。

止めを刺したのは俺達ではないが、そんなことはどうでもいい。

戦いは終わったんだ。


「やったね。勇者君。」

「ついに村のみんなの仇をとったな。」

「みんなありがとう。お疲れさま。」


朝日が昇り始める。

感慨が胸に込み上げてくる。


しかし、俺達の戦いは終わったが、旅はこれで終わりではない。

そもそもこの旅が始められたのは、田舎者の冒険者の妄言を聞き入れてくれたアルビオン国王のバックアップあってこそだ。

資金に装備に乗り物の工面などに、多大な援助を受けている。

村を失って無一文同然の俺達に用意できるはずもなかった。

魔王を倒せば褒美を送ると言うことも言われていたが、残念ながら倒したのは俺達ではない。

とはいえ、今この場で起こったことを、魔王が死んだということを報告する義務が俺達にはある。


そして俺達は長い帰路へと付いた。





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