第2話
40年前魔王の進行は少しずつ起こった。
人里を離れた山中、渓谷、海原に黒い霧が立ち込めるようになった。
そしてその霧の中から狂暴なモンスターが発生するようになったのだ。
モンスターは人里を目指し大群で押し寄せた。
各国は迎撃の騎士団を作るもモンスターの物量に疲弊していく。
黒い霧をなんとかしないと状況が好転しない事は明らかだった。
だが、黒い霧が発生した場所は人間が分け入ることすら困難な場所であるのに加え、すでにモンスターの巣窟となっている。
簡単に手を出せないことに苛立ちながらも、各国は防衛の手段を模索するようになる。
街や城に防壁を造り、物理的なモンスターの侵入を防ぐ手段にでる。
だが、この方法は防壁を造る予算のない貧しい村などには不可能だった。
俺達の住んでいたベース村はそんな貧しい村の一つだった。
騎士団の力も借りられない。ちゃんとした防壁を造る事もできず、形ばかりの土嚢と櫓でモンスターを警戒し、もし襲撃があれば自警団で戦わなければならなかった。
物心つく頃からそんな生活を見てきた俺達は、当然自警団として村を守るようになった。
ある日、数体のモンスターが西から接近との報告に俺達3人を含む村の自警団が討伐に出た。
しかし、村に帰ってみるとなんと、村は別のモンスターが襲撃されていた。
毒を放つ始めて見るタイプのモンスター。
村で避難していた俺達の家族を含む村人達は、その毒によって全滅。
いったい何処からこのモンスターは現れたのか。
悲しむ間もなく襲い来るモンスターの群れ。
俺達自警団にも死人が出た。そうしてやっと撃退したとき、このモンスターの出現場所がわかった。
この村の中心部に黒い霧が発生していたのだ。
こんなことは始めて聞いたことだった。後で判ったことだが、実際始めてだったらしい。
黒い霧が突然人里に現れるなんて。
後の話になるが、この事件をきっかけに各国の防衛は根本が覆ってしまい、混乱が生じたという話だ。
ベース村の土壌は毒で汚染され、臭気と立ち込める黒い霧で村を封鎖せざるを得なくなった。
もっとも、黒い霧からはその後モンスターが発生しているという報せは聞くことはなかったが。
どちらにしろ危険だということなので俺達の家族は今も死んだままの状態で放置されている。
4年前のことだ。
ふと、焚き火の弾ける音で目が覚める。
魔王の城から出て数日、馬車でアルビオンを目指している旅路に、夜がふけ野宿で休んでいるときだ。
あれから旅の途中でモンスターとは出会っていない。
いつもなら黒い霧からさ迷い出たモンスターの一匹二匹を見かけているはずだ。
何故だか涙が滲んできてしまう。
焚き火を囲んで、アンナはまだ起きていた。俺を見るとクスクスと笑う。
「なあに?夢でも見てたの?」
「いや、平和ってこういうものなのかって。」
「そうね。静かね。」
アーサーの姿は見えないがテントで休んでいるのか。
俺はこの戦いの中でアンナに言えなかった事を言う時が来たのだとおもった。
いつも俺達の側で勇気づけてくれた、励ましてくれた。
俺達に付いてきてくれた。戦ってくれた。
アンナが居なければ果たしてここまで来れただろうか?
俺は決心した。
「アンナ、この旅が終わって、全部が片付いたら。」
「え?」
「君さえ良かったら、ずっと俺と一緒に居てくれないか。」
精一杯の気持ちを込めて言ったつもりだった。
だがアンナは困ったような顔だ。
流石に鈍感な俺も返事がイエスなのかノーなのかわかった。
何か言葉を探そうと考えるが、上手く見つからない。
「その言葉は嬉しいんだけど、でも、わたし。」
「い、いや、良かったらでいいんだ。無理にというわけでも。」
自分でも何を言ってるのかわからない。
こうなるときになんと言うべきかまでは考えてなかった。
「わたし、アーサーの子供が・・・。」
そう言ってアンナは自分のお腹をさすった。
言葉を失った。自分は鈍感だとは気付いていたが、ふたりがそんな仲だったとは今の今までぜんぜん気付かなかった。
あまりに滑稽な自分に絶望さえした。
「そ、そうだったのか。おめでとう。」
「うん。ありがとう。」
アンナは照れ臭そうに笑った。
そして立ち上がり、俺に背を向けテントへと向かった。
そして向こうを向いたままでなにかを口の中で呟いた。
「もう少し早く、その言葉を聞きたかったな。」
そう言ったような気がしたが、聞き返す意味など無いことは明白だった。
きっと気のせいだろう。
静寂を吹き抜ける夜の風が、鈍感な俺を嘲笑っているんだ。
それから先の旅は簡単なものだった。
モンスターを退治しながら4年かかった道も、数週間で目的地へとたどり着いた。
アルビオンは元より大陸中がモンスターの出現が無くなった事を知っている。魔王が退治されたことを知ってる。
俺達が魔王の討伐に向かっていたことも知っている。
だから出来るだけ速やかにこの旅の目的を終えるため、人目を避けて全速力で走ってきた。
勘違いで俺達が歓待されるのを防ぐためだ。
魔王を倒したのは俺達ではない。
アルビオンの高い城壁も黒いフードを被り人目を避けて入城した。国王に謁見するときも出来るだけ俺達の存在を知られないよう頼んだ。
そして、魔王が死んだこと、倒したのは金髪の女であること、20人程の女性が捕らわれ解放したことを、手早く報告した。
国王は困惑していた。
魔王を倒したのをてっきり俺達だと思っていたからだろう。
大臣と顔を見合わせ何やら相談している。
魔王討伐の褒美をどうするか迷っているのか。
それは当然俺達が受け取れるものではない。
俺はこれまでの支援のお礼と、ここまで旅が続けられたことの感謝を述べ、そこを後にした。
アーサーとアンナはアルビオンに近い街にでも行って暮らそうということになったらしい。
アーサーは俺にも一緒にと言うが、二人の、いや、三人の生活の邪魔をしてはいけない。
新しい家族の幸せを祈り、逃げるようにアルビオンから立ち去った。
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