第3話




俺は何も成せなかった勇者。

魔王を倒すこともできず、仲間の幸福にも気づけなかった。


アルビオンを去って2ヵ月が過ぎた。

相変わらずモンスターは出て来ず、俺達が廃業した事は確かなようだ。

嘆いているわけではないのだが。


俺は魔王を倒すための旅の途中、モンスターの襲撃から守り、何かあったら力になると声をかけてくれた、田舎の村の酒場のマスターの言葉を頼りに、今そのソドンという村の酒場で働かせてもらっている。

おそらく本気で言ったのではなかったのかもしれない。

何年も前の事ではあるが自分で言った手前、渋々承諾してくれたのだと思う。

客なんて村の連中ばかりだし、それほど儲かっているわけでもない。


仕事といっても街へと酒の買い出しに出たり、力仕事や用心棒として飲み過ぎたおっちゃんを叱ることくらいだ。

いなくてもいいくらいの事しか出来てないのは承知しているが、今の俺には他に行くところはなかった。


ただ、聞くところによると、モンスターはいなくなったが、山賊なんかが出没するようになったともいう。

魔王歴、と呼ばれるようになった魔王が支配した40年間にはなかったような問題が起き始めている。

今のところこの村には被害はないが、悲しいかな人間を守りモンスターを倒すために鍛えた剣技を、今度は人間に使わなければならないのか。


そんな事を考えながら、まさに今マスターが街に買い出しに出掛けている最中で、俺は真っ昼間の客のいない酒場で留守番をしているところだった。

昼間は開店休業状態が普通で、仕込みや買い出しがまだ任せてもらえない俺は、今までの日課の剣の修行をするより他にやることがない。


一段落済んで、店内に戻り一応様子を確認する。

いつも通り客は居ない。


と、安心していると俺の後から一人誰かが入ってきた。

村の者ではない。場所柄で言えばかなり派手な格好の女が肩越しに剣を下げ、ボロボロのずた袋を手に俺の後ろに立っていた。

白いワンピースと言うのか、胸元が大きく開いて、何と言わないが溢れそうだ。スカートの丈は膝より上だが、両方の腰当たりまで大きくスリットが入って前ダレのようになっていた。

金髪の長い髪がまぶしく輝いている。


「ああ、いらっしゃい。俺はここの店員だよ。何か飲みに来たのかな?」


まあ酒場に入ってきたんだからそうなのだろうが、接客がまだ慣れない。


「あーら、あなた勇者でしょ?こんなところで何してるの?」


そう言いながら女はカウンターの椅子に腰掛けた。

俺の事を知っている?俺はこの女性に見覚えはない。


「勇者なんてものはもういないよ。魔王歴は終わったんだ。」


努めて冷静に会話の流れを変えようとした。


「探したのよ。まさかこんな田舎の村に引っ込んでるなんてね。」


俺の事を知ってるばかりか、探していただって?

俺は誰にもここに居ることは話していないが、何故わかったのだろう?

マスターか?マスターが俺がここにいることを街で話したのかもしれない。

面倒な厄介者としてか、自慢話としてか、それはわからないが。


「ウイスキーにしようかな。」


女はいつまでもカウンターの外で突っ立ってる俺に頬杖をつきながら催促した。


「ウイスキー。」


おうむ返しにつぶやきながら、急いでカウンターに入りボトルからグラスへウイスキーを注いだ。

無言でそれを差し出す。俺は相手の真意を図りかね、その顔を正面からうかがう。

女は出されたグラスを手で弄びながら、その俺の視線に対峙する。

読めない女だ。


「あなた魔王討伐の褒美をもらわなかったんですってね?」


突然何を言い出すかと思えば。

その話は終わっていることだ。

やれやれと言わんばかりに、息を吐いて一息に言ってやった。


「魔王を倒したのは俺達じゃないからな。どこで尾ひれが付いたのか知らないが、そもそも俺達にもらう資格はないんだよ。」

「そうかしら?あなた達がいなかったらあいつの背中を取ることなんか出来なかったし。十分魔王討伐の立役者だったと思うけど?あなた達にも資格くらいはあるんじゃない?」


電撃が走った!

あの時の事を知っている!?

この金髪の長い髪!

顔は覚えていないし、格好もメイドの服だったから印象が大分違うが、まさか、まさか。


「うっふっふ。思い出した?まあ、謝りに来たというわけよ。横から獲物をかっさらっちゃって悪いことしたわねぇー。褒美がかかってるなんて知らなかったのよ。でも、あんなチャンスは滅多に無いことだったし。」


「本当にあの時の女なのか?だとしたら謝る必要は無いよ。というより、むしろ救ってもらったのはこちらの方だ。褒美どころか俺達はあのままでは死んでいたろう。」

「ふーん。」


女は何を考えてるのか、グラスに口を付けると俺の顔をまじまじと眺めている。

信じられない。あの時の女がわざわざ俺を探して謝りに来たというのか?


「もっと怒られるかと思ったんだけど。」

「いやいやまさか。感謝こそすれ、怒るなんて。褒美と言うなら魔王を倒したのは君の方だ、受け取る資格があるのは俺じゃなく君なんじゃないか?」

「アハハ。私が魔王を倒しました褒美を下さいって?」


うーん。当然資格があるのはこの女の方だと思って口にしたが、確かにそう上手くいくとは思えない。

この女が魔王を倒したのは見ていた俺でさえ証明はできない。


「それじゃ、魔王を倒したのがどちらにしろ、二人一緒なら褒美をもらえる資格は有るってことで良いわよね?」


褒美?やけに褒美にこだわるが、もしや褒美が目当てなのか?

聞き伝わるところによれば、アルビオンに魔王を倒したのは自分だと名乗る金髪の長い髪の女が数人出ていると聞く。

もちろん褒美目当ての不届き者で、曖昧な説明で化けの皮が剥がされたというが。

まさか。

俺にこの人ですと証言させれば、褒美にありつけると手の込んだやり方を考えた、実は全くの別人ということは?

国王に報告したことは、ただ、魔王を倒したのは金髪の長い髪の女であるということだけだ。

そこから当たり障りのない情報で話を合わせて成り済ませば、出来ないことでも無いように思える。

何度も言うが俺にも断言する事は出来ないのだから。


俺の顔はみるみる雲っていった。

何か哀れむような目付きになっていたに違いない。

女はそれを知ってか知らずか、満面の笑みでこう言った。


「私とパーティー組みましょ?勇者様。」


焦る俺。


「いや、待ってくれ。俺が何でこの村に居ると思っているんだ?」

「面目丸潰れだし。女にふられたから?」

「うっ!何で知ってるんだ!それはいいが、俺はアルビオンに戻るつもりはない。いったいどんな顔で街を歩けと言うんだ。」

「それはどうかしら?気にしすぎなんじゃないの?」

「そうかもしれないが・・・。」


思わず言葉に詰まる。

確かに、口にするとなんて情けない理由だろうか。


「私に褒美を受け取る資格があると言ったわよね?でも、私もあなたにそう思う。あの千載一遇のチャンスをつくったのはあなたなのだから。それまで、誰もあそこには辿り着けなかった。それだけでもあなたは勇者と呼ばれるのにふさわしい活躍をしたんじゃない?それに、止めを刺した者だけが討伐者なら仲間のお二人にはご褒美をあげないつもりだったのかしら?」


感情が激流のように飛沫を上げる。

褒美はともかく。マスターに迷惑をかけながらこの村に逃げ隠れて暮らすのもカッコ悪いかもしれない。

既にこの女が俺の居場所を突き止めて来ているんだ。

どちらにしろ、無理な話だったのだろう。


俺は諦めにも似たような、清々した気分のような、なんとも言えない感情で、彼女の提案を承諾することにした。


「わかった。一緒にアルビオンに行こう。」

「そうこなくっちゃ!」


女はいやらしくニンマリと笑った。

本当に大丈夫か。


「私はルーシー。よろしくね。」

「ああ、よろしく。俺は






その夕刻。酒場のマスターが街の買い出しから帰ってきた。

俺は今まで迷惑をかけたことを謝り、また旅立つこと告げた。

マスターは困惑した顔で俺を引きと止めてくれた。


「どうしても行くのか?」

「え、ええ。新しい仲間ができたんです。」


後ろで椅子に腰掛けながら手を振るルーシー。

正直マスターが困惑していることに俺も困惑している。

厄介払いができて喜んでくれると思っていたからだ。


「そうか、やっぱりあんたは冒険者、いや、勇者なんだな。その方が様になってる。」

「勇者なんて、もうこの世界には必要ありませんよ。」

「いや、勇者はいつの時代にも必要だ。何も魔王と戦うのだけが勇者というわけではないだろう。」


考えてもみなかった。

しかし俺はこの村に逃げ隠れるためにやって来た落第者だ。

その肩書きは相応しくない。


マスターを説得した俺達は早速アルビオンに向けて旅立つことした。

ルーシーが乗ってきていた馬車を酒場に付ける。

俺の荷物は剣と衣服くらいなものだ。

俺は馬車にのりこむ。あっという間の2ヶ月だったがマスターとはこれで別れだ。


「お世話になりました。どうかくれぐれもお元気で。」

「あんたがこの村に頼って来てくれて本当に嬉しかったよ。また、次の冒険が終わったら寄っていっておくれ。」


ハッとした。

俺は面倒な厄介者と思われているとばかり思っていた。

俺の鈍感は今に始まった事ではないが、勝手にドアを閉ざしていたのは俺だけだったのではないか。


何か言おうと思ったが、御者台から横目で見ていたルーシーがそこで馬に鞭を入れた。

走り出す馬車。


「ありがとうございましたー!」


そう叫ぶのがやっとだった。

どんどん小さくなるマスター、俺を受け入れてくれたソドン村。

早速一抹の寂しさが沸き上がる。


「さあ、私の馬は速いわよ。感傷に浸っている暇は無いんだから。」


みるみるうちに村が遠く離れて行くような気がしたが、気のせいではなかった。

実際怖いくらいの早馬だ。馬車で使っていいのか。


この調子なら数日でアルビオンに着くだろう。

そして俺はこの数日を使って、出来るだけこの女が、ルーシーが魔王に止めを刺した女本人かをさりげなく探りを入れておこうと思った。


女が登場して俺が意識を失うまで、5分、いや3分もかかったろうか?

あの時起こった事を確認するといっても、俺達が雷撃で痺れされていたこと。女が魔王の背後から短剣で心臓を刺し貫いたことくらいしか確認事項はない。


あとは魔王の背丈とか容姿の特徴、椅子が何脚あったか無かったか。

大広間の間取りや窓の有無等々。

根掘り葉掘りに聞けばそれなりに確認はできるかもしれないが、それを聞くのはあなたを信用してません。と直接言うのに等しいので、できれば使いたくない手ではある。

第一、覚えてないと言われればそれで終わりだ。

魔王を退治するのに椅子が何脚あったか覚えていなければならないなんて法はない。

ある程度の信用が無ければ、この話題を一度出して回避されたら2度とは使えない。2度とこの話を引き出すことは出来なくなる。


そしてもうひとつ。直接的な証明にはならないし、これも、知らない、私じゃないと言われればそれまでなのだが、俺が目を覚ました後に重要な変化があったことを思い出している。

ハッタリとしか使えない。だが国王にも報告していないこの事実は、切り札になるような気がしている。

もちろん。この事を俺から喋ることの無いよう気を配らなければならない。



夜。街道から少し外れた林の開けた場所に野宿する事にする。

馬はよほど腹が減ったのか草をむしゃむしゃ食べている。

それを見ながらルーシーは馬を撫でている。

俺はマスターから餞別にもらったパンを木箱に並べている。

なんとなく懐かしい雰囲気だ。


ルーシーが馬から離れて気箱の近くに来る。

そして木箱には俺と対面にパンを並べてあるのだが、わざわざ俺の隣に腰を下ろす。


「さて、私らも食事にしましょうか。って、取りにくくない?」

「そらそうだろうよ!」


俺は勇者をやめて漫才師にでもなったのか。


「勇者様あれからずっと私のこと見てたでしょ。そういうのわかる。」

「え?」


俺とピッタリと体をくっつけながら、猫のようにスリスリと動かす。

俺は背筋がゾワゾワして思わず立ち上がる。

確かに見ていたかもしれないが、それはあの時の女なのかまだ信用していないからで、いや、それを口にするのはまずいか。

何も言えずに座っていた場所の対面に俺が座り直す。


「あはは。お色気戦法第一段は失敗か。」

「第二段も失敗だからもうやめてくれ。」

「はーい。」


俺を懐柔しようというのか。確かにそうなれば仕事がしやすくなるだろうな。だがそうはいかない。

その後は馬鹿な様子もなく大人しく食事をとる俺達。


「しかし、君はあの後どこにいったんだ?城内を探したんだが。」

「野暮用で先に帰ったのよね。あなた達を放置して行っちゃったのは、悪かったわねー。大丈夫だった?」


野暮用で先に帰った?野暮用とはなんだ?どこに帰ったというんだ?

曖昧な発言が増えてきたんじゃないか?


「ああ、俺達は大丈夫。」


一瞬考えてから返答したので変な間ができてしまった。

怪しまれないように気を付けなければ。


「ちなみにその時の拝借したのがこの馬。名前は・・・考えてない。」


魔王の馬だったのか。どういう理屈かはわからないが、速いのはそのためだろうか。


「考えてよ。」

「え?何を?」

「この馬の名前。」

「速いんだしブースターとかでいいんじゃないのか。」

「なにそれ適当。でも気に入った。」


馬の近くに再び寄っていくルーシー。馬を撫でながら。


「あんたは今日からブースターだってよ。よろしくね。ブースター。」


まだ草を食べ続けている馬は鼻息で返事をした。


「馬なのにぶー、スターだって。アハハ。」


そんなことは考えてないが、アッケラカンとした彼女の自然体な態度に次第に怪しむのもバカらしくなってくる。


彼女の誘いに承諾したものの、果たしてこのまま国王の元へ訪れていいものか。

我ながら後先考えずに冒険を再開したものだ。


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