12、襲撃

第31話

12、襲撃


俺はベラとビコックとでデッキに残り、床の補修のことで話をしていた。


「これを全部補修するには費用はともかく、時間はどのくらいのかかるんだ?」

「発注はもう終わってるよ。今日中にでも届くだろうよ。明日一杯もらえりゃ、アタイらの準備は完了さ。」

「そんなに早いのか?」

「いやー優秀ですね。それでそっちの方はいかほどですか?費用の方ね。」

「アハハ。気にしなくていいよ。特に勇者君は青い顔しなくたって大丈夫だから安心しな。」

「いや、しかし。モンテレーからここに来てもらったのは俺だし。」

「昨日まではね。化け物の追跡はアタイの仕事さ。こっからは責任は自分で持つよ。」


そう言ってもらえるのは助かるが、床の傷は昨日の戦いでついたものだし、そこはまだ俺の要請の範疇ではないかと思える。


船尾楼からルーシーとフラウが出てきた。ルセットを部屋に案内したと思ったがすぐに出てきたな。

部屋の入り口まで連れていくだけなら時間はかからないか。

だがルセットは一緒じゃない。


俺の視線を察してルーシーが口を開く。


「ルセットは部屋を見たいから先にデッキに戻っててって。」

「そうか。いい部屋だからな。」

「クリスさんはいないんですか?」


フラウがデッキを見渡す。


「一緒じゃなかったのか。」

「いいえ。来てなかったけど。」


いつから居ないんだろう。行く場所といえばラウンジか部屋しかない。

昨日おんぶとか頼んでいたし、やはり体力が消耗してるのだろうか。

だとしたら部屋で休んでるのかもしれないな。


「そうだ、一応今からベラに許可をもらいたんだけど。」


ルーシーはベラに話しかける。


「なんだい?」

「化け物を倒すのに油と火を使う必要があると思うの。船上では使わないけど、持ち込みの許可を事前にもらいたくって。」

「危険物ってことかい。確かに船の上は困るけど、相手が相手だ。緊急事態ってことで許可するよ。」

「ありがとう。やつらのアジトが見つかったら、ベイト達にも油を染み込ませた布と弓矢で戦闘をすることを提案しとくわ。」

「昨日のやり方じゃ倒せないってのかい?そういや勇者君が人間に変身するなんてのも言ってたね。」


ルーシーが俺に目で同意を求める。


「ビコックさん。何も言わなくて悪かったけど、実は私達も昨日の夜この町でやつらに襲われたの。」

「なんですって?犯人を知ってるんですか!?」

「港の入り口の十字路と今何も搬入してない倉庫の近くにこの船にばらかれたのと同じような針とそれが突き刺さった跡があると思う。私達はなんとか撃退したけど逃げられた。追跡もかわされた。その場に居たわけではないけれど、十中八九それが昨夜からの事件に繋がってると思われるわ。」

「なるほど。それで現場を見たいと。それならそうと言ってもらえれば良かったのに。」

「それは悪かったと思ってる。でも、この件はできるだけ私達だけで片付けようと思っていた。町に被害が出てしまった以上、私達だけの問題ではなくなってしまったけど。」

「まあ、仕方ないですよ。あなた達は旅の人なんですから。

でも待って下さい。今人間に変身とか言いませんでした?」

「そう、だから町でやつらが入り込んでいても見分けがつかない恐れがある。そして不死身の体を手に入れたやつらは、焼き殺す以外に倒す手段が今のところ思い付かない。」


ベラとビコックは顔を見合わせる。

今までのモンスターとは次元が違う相手だ。

戸惑うのも無理はない。


「また後でみんなが集まったら一から順を追って説明するわ。」


ルーシーはある程度の情報を皆と共有した方がいいと考えているようだ。

それには俺も賛成だ。命を預けて戦う事になるのだから。


俺はクリスの事が気になっていた。話が切れたので様子を見に行ってみるか。


「ちょっとクリスを見てくるよ。」


ルーシーにそう言って船尾楼へと入っていく。


ラウンジのドアの前を通ったが、中からベイト達の声が聞こえた。

アレンとも話をしているようだ。


やはり部屋で休んでいるのか。


クリスとフラウが使っている部屋のノックする。

返事はない。眠っているのか。一応様子だけでも見ておくか。


ドアを開けた。


「クリス大丈夫なのか?」


そこには想像していた光景は無かった。


ベッドに上半身を起こしたクリスと縁に座っているルセットがいた。

ルセットがクリスの口を塞いでいる?

なにをしている?


ルセットの首が奇妙な曲がりかたでこちらを振り向く。

肩を動かさずに頭だけで後ろを向くような。


クリスの口を塞いでいた左手をこちらにむける。


「勇者!危ない!」


口を解放されたクリスが叫ぶ。


俺はすでに剣を抜いて部屋に駆け出していた。

左手から伸びた骨針を剣で払いながらクリスの元へ近付く。

払った骨針が背後でカーブして再び俺に向かってくる。

それに構わずルセットらしき人の胸に剣の腹を叩きつけ息を詰まらせようとする。

腰が折り畳まれるように背後に曲がり、剣筋が空振りする。

背後から迫る骨針が俺の首筋を狙う。

それも剣を盾にして直撃を防ぐ。が、さらに後ろに回り込むような形で俺の体に巻き付くように縛り上げる。


しまった!だがまだ足は自由だ。


剣先程の距離のルセットらしき人へ体当たりをしながら、まだ手に持った剣を盾にして突進を図る。


ルセットの体から骨針が数本突き出てくる。

骨針は俺の剣に巻き付き、強い力で固定する。


なんて力だ!進むことも引くことも出来ない!

ルセットの頭が本来あるべき位置と向きに直り俺を見てニヤリと笑う。

いったいどうなっているんだ?ルセットではないのか?


固定されたのが剣だけなので、剣を手放し体だけで突っ込む。


距離がもう無かったからか、ルセットは俺の更なる抵抗を予期できず体当たりをもろに受ける。


クリスの背後のベッドに二人突っ伏した形になる。

胴体と剣に巻き付いていた骨針がスルスルとほどける。


クリスの背中を見るとルセットが右手から出した骨針を突き刺していた。

なんてことだ!ずっと刺されていたのか!

俺はベッドに落ちた剣を握り直しその骨針を断ち切ろうとする。

骨針は難なく切断された。


ルセットがベッドから離れ入り口まで飛び上がる。


「残念。また暗殺失敗ね。案外難しいのね。」


セイラの声か!だがどうなっているんだ!?


「ルセットの中にセイラが・・・。」


クリスはベッドに突っ伏して教えてくれる。


ルセットの中!?ルセットの体に入り込んでクリスの目から逃れ近付いたのか!


ルセットの口から青い腕が伸びる。

おそらく体を小さくして口の中に入っていたのだろう。頭、足と続きセイラが姿をあらわした。

青い肌。魔人の姿だ。当然服は着ていない。

力を失ってその場に倒れるルセット。体は大丈夫なのか?

まさかこの船にすでに潜入しているなんて!


しかし入り口を押さえられた。逃げ場はない。


「私達を探すんですってね?フフフ。歓迎してあげるのは勇者ちゃんだけよ?」

「歓迎してもらえるならアジトの場所を教えてもらえるかな?」


俺は剣を構えセイラを見据えながらベッドから降りようとする。


「場所なら連れてってあげるから安心してね。みんなで歓迎パーティーしてあげる。」


ベッドから降りようとする俺をクリスが半身を起こし抱き止めるようにして妨げる。

背中の傷が気になるが、セイラに隙を見せる訳にもいかない。


「クリス。大丈夫か?」


視線をセイラに向けたまま声をかける。


「勇者。キスして。」


クリスが応える。


こんなときに?と思ったが、そうだ、クリスは体力の消耗を唾液で補うんだ。背中の傷で消耗でもしているのだろうか。


しかしセイラを前に隙を見せていいのか。

残念ながら俺一人の力でセイラと対等に戦えるかは不安だ。クリスの力も借りたいのは山々だが・・・。


クリスは答えあぐねる俺の顔を自分の方に向け唇を合わせてきた。

最初にクリスと出会ったときのような熱烈な口付けだ。


グズグズしている暇があるならということだろうか。

しかしセイラが気になるが・・・。


クリスは俺の体を抱き締め、むしろ押し倒そうとするぐらいグイグイ迫ってくる。

長い口付けだ。セイラの方に視線が向いてないのでなにをしているのか気になる。

俺はクリスの体を抱き抱えセイラを視界に入るように方向を変える。


セイラは入り口で立ったままだった。

俺達をじっと見ている。


あまりの予想外の行動に驚いてクリスを口から離した。

クリスも肩の力が抜けたように俺の腕の中で体を預けた。


「ふーん。そういう補給の仕方もあるんだ。」


セイラが感心して言った。


セイラの声に体をビクッとさせてそちらを振り向くクリス。


まさかとは思うがセイラの存在を今忘れてたんじゃないよな・・・?


「セイラもやってみる?」


クリスが妙なことを言い出した。


「じゃあちょっと。」


セイラも照れた顔をして乗り気になっている。


俺は今何をしているんだ?錯乱しそうになる。

セイラが一歩ずつ近付いてくる。

今俺達を攻撃していたやつだぞ?近付かれて刺し貫かれれば終わりだ。


俺は剣を手にしてセイラの行く手を阻もうとする。

だがセイラが目の前から消える。


気体に変身した!


「後ろ。」


クリスが声を出す。


その声で咄嗟に後ろに振り向く。

後ろから肩を抱き抱えるように首筋に両腕を絡ませ振り向いた俺の口にセイラの口が重なる。

セイラは人間の姿に変身していた。


甘い香りがした。


俺はそれを振り払おうとした。


「ふざけるな!ルセットや町の男たちを襲ったお前とじゃれあうつもりはない!」


セイラはすぐに口から離れてまた消えてしまった。

クリスを見る。

クリスは上を見上げている。

天井?


それにつられて俺も天井を見る。

天井に蜘蛛の巣に張り付いた蜘蛛ようにセイラが屈んでいる。


「フフフ。残念だけど血の味を先に覚えた私には空腹は満たせないみたい。でも続きはまた今度しましょう?勇者ちゃん。」


骨針を体から出し、天井に円を描くように突き刺すセイラ。


まずいぞ。天井に穴を開ける気だ!


「暗殺は失敗したからあなた達はもういいけど、私達を探そうとするこの船にはいたずらしておいてあげる。」


円を描くように天井に突き刺さった骨針が、ベキベキと音をたてながら丸を描く。その部分を突き破りセイラが外に飛び出していく。


なにをするつもりだ!?船を破壊されればアジトの捜索など不可能だ。

なんとしても止めなければ。


「私が追う。」


クリスが光に包まれて背中の傷が元通りに修復される。

やつらが使っている能力。クリスにもそれが使えるのだ。


「船にはみんなが乗っている。みんなの前で力を使うのはまずいんじゃないのか?」

「でも追わなきゃ船が壊されちゃうんでしょ?」


その通りだ。天井は高い。俺がそのまま追うことは出来ない。


「頼む。」


苦いものを吐き出すように言葉を放った。クリスに頼まざるを得ない。


クリスはニッコリ笑うと高い天井に開いた丸い穴からジャンプして出ていった。


こうしてはいられない。俺もデッキに戻りセイラの動向を掴まなければ。

だが、ルセットの状態も気になる。部屋の入り口で倒れている彼女に駆け寄る。


「大丈夫か?」


返事はないがまだ息はある。

所々骨針で体に穴を空けられているんだ、無事なわけはない。

だが俺にはどうすることも出来ない。フラウを呼んでこなければ。


部屋を出ようとすると、物音に気付いたベイト達がラウンジのドアを開けこちら側の様子を伺おうとしていた。それにデッキからの連絡通路のドアを開けてルーシーとフラウが合流していた所だった。


「何の音!?」


ルーシーが叫ぶ。


「後ろの部屋からです。」


ベイトが答える。


俺もそれに合流する。


「ルセットの体にセイラが潜り込んでいた!今上に飛び出し、クリスが追ってる!」


ルーシーなら何のことか理解できるだろうが、ベイト達には理解できただろうか。とにかくありのままを手短に叫んだ。


ラウンジにいたアレンが顔を強ばらせる。


「ルセットの体だって・・・?」

「おいおいセイラって誰なんだ!?」


モンシアが当然の疑問を叫ぶ。


「フラウ、彼女の容態を見てやってくれ!君の部屋で倒れている!」

「わ、わかりました。」


一人にしておくのも危険かもしれないが、今はセイラの動向を知りたい。


「とにかくデッキに戻りましょう。」


ルーシーが皆を先導する。


ドカドカとアレン以外の5人がデッキに走る。

アレンは俺と入れ違うようにフラウと共にクリスの部屋に向かった。

セイラによって穴だらけにされてしまった彼女の姿を見るのは酷なことだろう。


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