第32話
「いったい何だったんだい!?」
ベラ、ビコックはデッキで船尾楼を見上げている。
こっちには来ていないのか。ブリッジの方に行ったかもしれない。
船尾楼の上にある縄梯子を引っ張りだしプールがあった場所に登ろうとする。
海面に水飛沫が上がる。続けざまに2回。
船尾側だ!
登るのをやめ、皆で船の縁の手すりに身をのりだし海面を見る。
ここからでは何も見えない。
いったい何が起きているんだ。
「舵を狙っているのかも。もし舵が破壊されたりしたら・・・。」
ルーシーがベラを見て続きを促す。
「デリケートな部分だ。つぎはぎってわけにはいかないよ。出航がだいぶ遅れちまう。」
海に沈んでいる船体に人が通れる程の大穴を開けられても一大事だ。
沈没してしまう。
セイラを止めたいが水中で何分、いや何秒戦えるだろう?
2回目の水飛沫はクリスなのだろうか?
彼女も水中で戦うことなどできるのか?
迷っていても仕方がない。
俺は海に飛び込んだ。
後ろで俺の名を叫ぶみんなの声が聞こえる。
海面に3回目飛沫があがる。
「救命艇を出すよ!」
ベラの声も聞こえた。
俺は船尾の方へ泳ぎ始める。
改めて見ると大きな船だ船尾まで距離がある。
服を着たまま剣を携えたままでの泳ぎは波が穏やかでも泳ぎにくい。
海面に顔を出し呼吸をはさみながら舵の見える角度まで来た。
舵を背にクリスが何者かと相対している。
何者かと言ってもセイラしかいないのだが、水中でその姿が再び変化している。
下半身が魚の姿。人魚のような見た目に変身していた。
しかし、肘からは鋭い骨針が突き出ている。
人魚になったセイラは縦横無尽に海を駆け回る。
そして時折加速を付けてクリス、いや舵へと骨針を前にして突撃してくる。
それをクリスが手に持った骨針で払いのける。
「クリス。やっぱりあなたは邪魔ね。何故私達と一緒に来なかったの?あなただって本来はこっち側の人間だったはずなのに。」
水中でも話ができるのか、セイラはクリスに問う。
「私はそんな姿を人に見られたくない。」
「たったそれだけの理由で?人間の皮を被ってたってあなたも私達と同じ化け物でしょう。隠したところでそっち側の人間にはなれはしない。」
そんなことはない!クリスの心は人間のままだ!
水中でなければそう言いたかった。
「勇者が守ってくれる。助けてくれる。それだけでいい。」
「ふん。守ってくれればね!」
8の字を書くように水中を漂いながら舵に執拗に攻撃を繰り返すセイラ。
それを寸でのところで守りきるクリス。
俺は一旦海面に顔を出す。
まだ救命艇は来ていないようだ。
息を吸い込み再び潜る。クリスの近くに行って加勢しないと。
クリスの元までやって来たが、上下左右打点をずらし高速で突進するセイラの攻撃に俺の泳ぎでは付いていけない。
クリスは息継ぎもしないでセイラの動きを目で捕らえ、水中を華麗に動き回っている。
セイラはしびれを切らしたのか、やはり8本の骨針を背中から蜘蛛の足のように広げる。
部屋の天井のようにあれで舵を破壊するつもりだ。
一度後ろに骨針をたわませてから、勢いを付け一点を狙ってきた。
クリスにあの骨針8本を正面から受け止められるだろうか。
俺はセイラがそれを出した瞬間、その軌道上に泳ぎ出していた。
「勇者!」
クリスが俺の名を叫ぶ。
「勇者ちゃん!」
攻撃してきた本人のセイラまでが俺の名を叫ぶ。
だが安心しろ。俺達のパーティーには優秀な施術士がいる。
部屋の前の廊下をすれ違うとき、フラウが俺の背中に触れたのを今度は見逃さなかった。
骨針が俺の体に正面から追突する。
しかし衝撃は吸収され軌道が脇にそれる。
それを両腕で脇を絞めるようにガッチリと掴む。
今朝クリスが言っていたじゃないか。骨針を拘束されれば変身が出来なくなると。
こうして俺が骨針を掴んでいる間は変身による再生や物質を変化させて針を飛ばすことも出来ないはずだ。
俺はクリスを振り向き顔だけで合図を送った。
今だ!
クリスがそれに気付き、セイラの元へ泳ぎ出す。
セイラは人魚の姿のまま一瞬は逃げようとする。しかし捕まれた骨針によって今までのような自在な水泳はできない。
クリスがセイラに迫り、骨針の剣を降り下ろす。
セイラはそれでも逃げようと狭い範囲の中で身を翻そうとした。
剣はセイラの腕をかすった。辺りに血がにじむ。
まずい。この作戦の欠点は俺の呼吸がいつまでも持つかということだ。
口からゴボゴボと息が漏れる。
だが拘束を今緩めるつもりはない。
「どうして?痛いのに変身で元に戻せない。」
セイラは困惑しているのか。
動き回っていた足を止めその場で立ち尽くすように浮かんでいる。
「セイラのこと嫌いじゃなかった。けどサヨナラ。」
クリスが大きく振りかぶり剣を降り下ろす。
その瞬間にセイラはクルリと反転して背中で剣の軌道に突進した。
俺の掴んでいた骨針に衝撃。その後力を失ったかのようにゆらゆらと水中に漂う。
しまった!クリスが斬ったのは背中の骨針だ!
骨針の拘束を解かれ自由になったセイラは水面に上昇しながら体を光らせる。と同時に漂っていた8本の骨針も消えてなくなる。
絶望して立ち尽くすふりをしてクリスの止めの一撃を誘ったんだ!
骨針を切断してもらうために!
「勇者ちゃん慰めて?暗殺も失敗。船の破壊も失敗。お姉さん落ち込んじゃうわ。」
セイラは昨日のハーピーの姿に変えながら戦線を離脱している。
かける言葉はない!というか喋れない!
「私達を探すというなら探してご覧なさい。楽しみにしてるわ。」
とても届きそうにない場所まで離れていく。
一応無事に終わったということか。
「ああ!」
クリスはショックを受けているようだ。
だが仕方がない。相手が一枚上手だった。
限界の俺も海面に上昇する。
すでに空中高くに飛行するセイラ。
それを見上げる救命艇に乗ったベイト、モンシア、アデルの3人。
「昨日のやつですか。」
「アデル狙え!」
「言われなくてもやってる。」
弓でセイラを狙うアデル。
しかしフラフラと漂うように飛ぶセイラには当たらない。
たとえ当たっても変身で再生するセイラには効果が無いかもしれない。
何本かの矢を放ち、もう射程外へと飛び立ってしまったセイラを見送ると。ベイトは俺に手を差しのべて救命艇へ引き上げてくれる。
「遅れました。守りきってくれたんですね。」
「ありがとう。なんとか撃退できたみたいだ。」
上がってくるクリスにモンシアが手を出す。
「お嬢ちゃん。頑張ったな。」
一瞬ためらったが、手を取り引き上げられる。
「ありがとう。」
見上げるとブリッジ辺りからルーシーとベラが顔を出していた。
ルーシーが小さくグーをしながら笑顔を見せた。
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