第33話



それから船に上がった俺達はずぶ濡れになった服を脱ぎ、船にあったガウンを着せてもらっていた。


今ラウンジに俺達4人、ベラ、ベイト達3人、ビコックとアレンが集まっている。

そこでまずフラウが立ち上がりルセットの容態を報告する。


「ルセットさんは全身の傷を応急措置で塞ぎ命に別状はない程度に回復しました。いまは意識を取り戻し話もできますが、心のケアが必要と感じこの町の施設に預け回復に専念してもらう方がいいかと思います。いつどこで襲われたか、興味があると思いますが、しばらくその事は思い出させないよう取り調べは時間を置いていただきたいです。」


化け物に襲われ体内に傷を付けられた。

恐るべき体験だ。

フラウの言葉に同意だ。


一同もそれは同じだったようで黙って頷いている。


「君のおかげで大事な仲間を失わずに済んだ。礼を言うぜ。いくら命を失う覚悟があっても海に出る前に死ぬのはあんまりだ。」


アレンがフラウに感謝を述べる。


ビコックが頭を掻きながら言う。


「人員の補充は難しいと思います。アレン君には負担が増えてしまうかもしれませんね。いや、まさか我々がすでに目が付けられているとは思いもよりませんでした。」

「それを言うなら狙われたのは私達でしょうね。ルセットには申し訳ないわ。」


ルーシーが心痛そうに言う。


「いったい何が起きたのか俺達にはさっぱりだ。いったいルセットはどうなっちまったんだ?」


モンシアが唸る。


「何が起こっているのか。順を追って全て話していくから聞いてちょうだい。」


ルーシーが立ち上がりラウンジをウロウロ歩きながら話し始めた。


「まず、私、クリス、今敵として現れたセイラ、昨日の船を襲った化け物達。これらは2ヶ月前まで魔王に捕らわれ魔王の城でメイドとして働かされていた、いわば同僚なの。」


皆固唾を飲む。

いきなりキツイ話だ。


「知っての通り、その頃魔王は勇者に倒された。モンスターはいなくなり私達も解放され皆それぞれ故郷に戻った、はずだった。」


ピタリと止まり皆を見回す。


「ここで一旦私達に話を逸らすけど、私は兼ねてから魔王にその眷族の話を聞いていた。魔王には7人の娘がいると。」


さすがにざわつくラウンジ内。


「私は勇者を探しだし、アルビオン国王にその話をお伝えし、そして捜索の任務を私達に命じてくださるよう提案した。国王はこれに応じ、特別捜査室という部署が新設され、今こうして活動することとなったの。」

「へー。そういう事情だったのかい。」


ベラが俺を見てコクコクとうなずく。


「話を戻すと、故郷に戻ったはずのメイド仲間達がちょうどその頃から体に変化が起き始めた。どこをとっても人間だった彼女達が化け物のような姿に変化していた。私達はこれを魔人と呼ぶことにしてるけど、魔人となった彼女達は誰かに呼ばれるようにこの海域に集まってきた。昨日セイラと接触したとき、それとなく聞いてみたけど、やはり黒幕は魔王の娘の一人である可能性が高い事がわかった。つまり、私達が追っている敵の本丸は魔王の娘。というわけよ。」

「魔王の娘だって?そんなの聞いたことないぜ!そんなのと相手できるのかよ!?」


モンシアが声を荒げる。


「なんでこんな所に勇者殿がと思いましたが、話が大きすぎて理解が付いていけませんね。」


ビコックは頭を抱えている。


「で?倒せるのかい?その魔王の娘ってのは。」


ベラは割合落ち着いている。


「わからない。彼女が魔王同様何らかの力を持っているのは間違いなさそう。魔人化の原因にしろ、遠くの人間に呼び掛ける力にしろ。」

「そいつの目的はなんなんだ?」


アレンが質問する。


「それもわからない。ただ、セイラ達の言動、行動から推測するに、この海域に人間を踏み込ませたくないのかもしれない。モンスターがのさばっていた頃同様、自分が独占したいと。」

「とんでもない理由だね。交渉の余地なしだ。」


ベラはあくまでファイトを失ってないように見える。


「こうなってしまった以上、まさに乗り掛かった船という所でしょうね。向こうが危害を加えるつもりなら誰かが対処しなきゃならい案件だ。」


ベイトもやる気は失っていない。


「元同僚が化け物、いや魔人になっているってのに気丈に頑張っているお嬢さん方がいるんだ。見て見ぬふりはできないよな。な?モンシア。」


あまり口を開かないが言うときは言うアデルがモンシアを焚き付ける。


「お、おう!それが言いたかったんだ!」


一同が笑う。さきの言葉とニュアンスがだいぶ違うようだが。


「もともとこの海域で起こったこと。どちらにしろ俺達がやらなきゃならなかったことだ。こちらが頼むのが筋ってもんだぜ。ねえ主任。」


アレンもビコックを先導する。


「そうですねぇ。まさかここの海域がアーガマのようになるなんてのはごめん被りたいですからね。しかし事が大きい。本国の騎士団やアルビオンにも応援を要請した方がいいんじゃないですか?やるにしてもね。」


アーガマ。ルーシーの故郷とも言っていたが、大陸の北端、同時にアーガマの北端でもある北の果てに俺達が戦った魔王の城がある。

魔王歴中そこは何人たりとも通ることが出来ない不可侵地帯となっていた。

今ビコックが言ったのはその事だ。


「最終的にそうなる可能性もあるけど、現時点ではまだ材料が足りないわ。いるらしい、というだけでは。」


ルーシーの言葉にやっぱり頭を掻くビコック。


「そうですよねー。大人数の人間を巻き込むことになるわけですから、先見隊が情報を確定させないとねー。それがこの船ってことになるんですよねー。」


間を置いて。


「ところでこの話は船員達にも話していいのかい?何も知らせず同行させるのは酷だけど、あいつら酒のつまみになんでも喋っちまうから、守秘義務なんて無いようのものだよ。」


ベラが問う。


「考えてたことが2つあって、まずこの魔王の娘が存在するという情報を世間一般に広めてしまうと人々の混乱もそうだけど、今まで存在をひた隠しにしていた娘達を刺激してしまう事になるんじゃないかという恐れもあった。

それに私達特別捜査室が結成されてまだ10日程。活動報告なんて一回やっただけでアルビオン側も今後の動向なんて決まってないと思うの。秘密裏に処理できるのか。国家間で包囲網を作り捜索に当たるのか。まだ私達の活動の結果次第という部分もあった。

けどこうして人間に危害を与える行動に出たというなら話が変わるわ。みんなにその存在について警戒心を持ってもらう必要がでてきた。別に極秘任務という訳でもないのに今までこの話をしなかったことで私達に秘密があるように感じるのもまずかった。だからこの情報はむしろ一般に広めていった方がいいのかもしれない。今はそう思ってる。」

「私も追加の応援を自警団で協議してみますよ。この話を持っていってね。」

「ありがとう。助かるわ。」


ビコックの応援に礼をいうルーシー。


「さて、前置きはここまでで、本題に入りましょうか。」


みんなを見回すルーシー。


「ん?私の話長い?」

「いや、そんなこと気にしなくていいから・・・。」


俺は苦笑いした。


「本題はやつらの倒し方、やつらの能力についてよ。魔王の娘についてはさっきも言った通り詳細不明。ただ、当面の敵になる魔人について情報を共有しておくわ。」

「ルセットに何が起こったか、まだよく分かってないんですよね。」


ビコックも興味を示している。


「やつらには自身を変身させる能力、他者や物質を変化させる能力がある。応用がききすぎて多種多様な使い方をしてくる可能性が非常に厄介。その中で共通の能力としてまず上げられるのが、自身の骨の一部を変化させ刃物のように使うこと。」


ルーシーの説明に今まで黙っていたクリスが立ち上がる。


「こんなふうに。」


みんなの前でガウンの袖をまくり肘から骨針を出して見せた。


「クリス!?」


突然の行動に戸惑う俺達。いや、知らなかったラウンジにいた全員も目を丸くする。


「一緒に戦う以上見せないのは無理だよ。私も化け物と同じ体。以上。」


顔をそむけながら着席するクリス。


顔を見合わせる一同。


「ヤバいじゃねーか。あんなもの見せられてもガウン姿の色っぽさしか目に入らないぜ。」


モンシアが冗談をいい放つ。

再び笑う一同。


「いや、失礼。今のはこいつなりの励ましであって悪気はないんだ。許してやってくれ。」


ベイトがクリスに向かって話す。

クリスも驚いた顔をしてうなずく。


「いいけど。怖くないの?」

「ハハハ。この船を守った人を怖がりませんよ。それと、昨日俺達を船内に押し込めた理由がこれなんですね?」

「それもあったかもしれない。すまなかった。」


ベイトが俺に矢先を変える。俺もそれに答える。


「話を続けるわ。やつらの変身能力には鳥になったり人間になったり、私達の目には見えない空気に変身したり、傷ついた体から傷のない体に変身することで無敵の体を手にいれたりしたわ。これはあいつら自身昨日気がついたことで、昨日の朝方に会ったあいつらとは劇的に戦いにくい存在になってしまった。」

「なんだそれは。」


アレンは笑顔から一転して呆然とする。皆もそうだ。


「応用が効きすぎなのよね。何も考えてなかったときは良かったけどセイラが力を使いこなしてきた。

それで私達には見わけがつかないけれど、今見せたように同じ力を持っているクリスにはそれを見分ける事ができる。たとえ空気のような気体でも。

その目を掻い潜るために起きたのが、たった今起きたルセットの体にすっぽり入って外からでは見えないようにクリスに近付くセイラの作戦だった。ってわけね?」


ルーシーは俺に確認した。俺はうなずく。


「ルセットにはかわいそうなことになりましたね。そういう訳だったんですね。」


ビコックがやっと納得いったようだ。


「本当に申し訳ないわ。セイラの作戦に思いもよらなかった。」

「それで、火と油を使って焼き殺すってのが倒す手段なのかい?」


ベラが話を進めようとする。


「変身で体を再生されても燃え付いた火まで消えるわけではないと思うの。正直抵抗はあるけど、魔王の娘の手足になって悪行を繰り返すより、終わらせてあげた方が彼女達のためだと割り切るしかない。」

「装備の新調が必要だな。」


ベイトが洩らす。


「まあ、今後の装備の見直しもあるし、今日のところはこれで私の話は終わり。ベラからは何かある?」

「そうだね。人類の命運を分かつ戦いになるとは思わなかったけど、よろしく頼むよ。あんたたち。」


それぞれ返事を返す。


そう言って皆立ち上がりそれぞれの目的に合わせて次の行動を開始する。


フラウ、ビコック、アレンは本来あてがわれたルセットの部屋に行き、寝かせてあるルセットの様子と今後の処置を。


ベラとルーシーはクリスが使っている部屋に空いた大穴の様子を見に行った。


ベイト達3人は船を降り、早速装備の買い出しに向かったようだ。




俺とクリスは乾かしている服を見るために、俺が使っている部屋に。


さすがにまだ乾いてないか。


部屋にかけてある服を見ながら思案する。


「勇者、ごめんなさい。」


突然クリスが謝罪する。


「どうした?」

「せっかく勇者が作ってくれたチャンスだったのに、セイラを逃がしちゃって。」


クリスはうつむき目元を手で押さえている。


「気にすることはないよ。クリスが居なかったらこの船はかなりのダメージを負っていた。船を守れたのは君のおかげだ。」

「でも。」


少し考えてから。続きを話す。


「それに、クリスにセイラのとどめを刺させなくて良かったと思ってる。」

「どうして?」


顔を上げるクリス。目には涙が溢れている。


「だって、嫌いじゃないんだろ?セイラが。」


「勇者。」


クリスの目に大粒の涙が溢れる。


考えてみればそうだ。まだ俺とクリスは会って5日しか経っていない。

魔王の城でセイラとは3年も共に過ごしていたんだ。

絶望の闇の中で身を寄せ合い苦楽を共にした仲間を、簡単に割り切れるはずはない。


俺はルセットへの仕打ちを見て怒りで拒絶してしまったが、セイラだって魔王の娘による被害者なのだ。


もう一つ疑問があったのでクリスに聞いてみた。

さすがに鈍い俺でも答えはなんとなく察するが。


「なぜセイラにも俺と口付けをするよう勧めたんだ?」


グスグスいいながらクリスが答える。


「血なんて飲まなくていいなら、セイラも人間を襲わなくていいと思って。」


俺はクリスの肩に手をやって元気付けた。


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