16、一番星

第42話

16、一番星


朝。船は一番星と名付けた島の沖合いに停泊している。

クリスが鐘楼にジャンプして周囲を確認。

変身した状態の敵を見つける事ができるのは彼女しかいない。

ただ、ルセットのような場合もある。地面や岩の中に潜んでいる場合見つけられない。

今のところは異常はないようだ。

島への上陸の準備だ。


戦闘員8名。かなりの重量になる装備を担いでの捜索になる。

島の面積は一つの町ほど有ろうか。岩肌と生い茂った樹と半々といったところだ。見たところ高い崖等はなく島の中央は緩やかな丘になっている。

さすがに一番広い島だけあって捜索には数日はかかるだろう。


船体に船底を外側に向けて横付けされた救命艇がロープで降ろされる。

そこに装備、食料等が積まれ俺達が乗り込む。


「しっかり頼むよ!」


ベラが俺達に激励を贈る。


捜索の作戦はこうだ。まず全員がポイントAに移動。ポイントAに予備の装備や食料備品を待機させ3人が警備兼休憩につく。残り5人は周囲の捜索に当たる。

海岸沿いのポイントBに全員が移動、3人待機5人捜索。捜索班は反対側の海岸まで捜索してポイントBに戻る。

それを繰り返す。ローラー作戦だ。

クイーンローゼス号はポイント毎に俺達を追跡し沖を移動。いつでも合流できる位置につく。


「申し訳ないけどポイント間の移動以外はフラウは休憩に回らせて。何かあったとき彼女が頼みの綱になると思うの。」


ルーシーがベイト達に申し出る。


「構いませんよ。と言うか船に残っていても良かったんじゃないですか?」

「お嬢さんには危険だぜ。」


アレンも心配している。


「だ、大丈夫です。頑張ります!」


フラウは緊張からかすでに汗をかいているようだ。

まだ上陸してないのに。


救命艇を島に着ける。重い荷物を運び出し捜索開始だ。

救命艇は乗り込んでいたビルギットが船へと戻す。


「それじゃあ無事を祈りますぜ。」

「ありがとう。良い報告を期待してくれ。」


そう言って別れる。

開けた海岸にはさすがに何もないだろうな。

辺りを見回す。


こういう目的でなければなかなかいいロケーションだ。

綺麗な砂浜、澄んだ海。

俺達の重装備に場違いな感じも受ける。


ルーシーが立ち止まって何かを見ている。

近付いてみると特に変わりのない岩を見ているだけだった。


「この辺でかい岩多いわね。」


確かにゴツゴツとした大きな岩があちこちに転がっている。

物影に隠れられると厄介かもしれない。


「この辺はもういいだろう?さっさとポイントAに急ごうぜ!」


モンシアはやっとの出番に大ハリキリのようだ。

皆も足を進め始める。


フラウを見ると上陸したばかりだというのに弓を杖替わりにして腰を折って歩いていた。


「大丈夫か?気分でも悪いんじゃないのか?」

「いえ、そういうわけではないですよ。アハハ。」


本当に大丈夫なのか?汗もかいてるように見えるが。


心配をよそにフラウは足取りは悪くなくトコトコと歩きだした。


「しかし敵のアジトといっても、どんな所なんでしょうね。まさか塔や砦なんかがこれ見よがしに建ってる訳じゃあないでしょうし。」


ベイトが疑問を口にして歩いている。


「それよねえ。敵の能力的には城や豪邸なんかがあってもおかしくはないわね。空気からいくらでもブロックや煉瓦を作って積み上げれるはず。でも隠れ住んでいるのなら目立った建造物なんか建てないでしょうね。」


ルーシーが歩きながら答える。


「何を探しているのか分からねえとは困ったもんだなあ。」


モンシアが溢す。


「でも集団で生活しているのだから何か形跡は残っているはずよ。それを探さないと。」



海岸沿いの砂浜を歩きポイントAに到着。ここからは二手に別れ行動する。

重いバックパックを下ろして周囲の捜索だ。反対側の海岸まで歩いてUターンして戻る。

所々旗を立てて捜索済みをチェックしておく。

フラウ、アデル、アレンが残る。名前順だ。


「見張りは頼んだ。」

「わかった。先に休ませてもらう。」


ベイトとアデルが話す。


「どのくらいで戻って来れるかな。」

「まだ島の端っこだからすぐ戻れるんじゃないかしら。」


最低限の装備だけで動けるのは楽だな。


岩肌の緩やかな坂を登りつつ辺りに目を向ける。

やはり海岸沿いと同じく大きな岩が多い。

目に入るのは今のところそれくらいだ。


後ろを振り向くと荷物に背をもたれて休憩しているフラウが見える。


「フラウ、大丈夫なのか?ずっとああだが。」

「緊張してるのかもね。後でベロチューでもしてあげたら?」

「それで回復するのはクリスだけだろ。」

「そうだっけ?ウフフ。」


ルーシーが妙なことをいう。


すぐに鬱蒼と生い茂った原生林に入っていく。

空が見えないくらいに青々とした樹木で覆われている。

日陰が歩きっぱなしの汗ばんだ肌には心地いいが、視界はだいぶ悪くなって油断はできない。

ここでも大きな岩があちこちに転がっている。


魔王歴中どころかそれ以前にも人が立ち入らなかった島だ。

生い茂った木は我が物顔で生えっぱなしになっている。

幹は太くグネグネと自由な方向に伸びている。


そういえばまだ鳥や動物の鳴き声や姿を見聞きしていない。

完全に植物の楽園となっているのだろうか。


捜索はクリスのおかげでかなり効率よく進めることが出来ている。

高い樹にジャンプで登って辺りを見回してくれたり、俺達なら20分30分かかって迂回しなければならない傾斜もひとっとびで行って帰って来てくれる。

難点は短いスカートでジャンプするので下から見ていると確実に下着が見えるということだ。

ベイトやモンシアも何であんな格好してるんだ?と言いたげに見ている。



原生林を抜けると反対側のような海岸が広がっていると思っていたのだが、それは間違いだった。


なんと林を抜けるとすぐに絶壁が足元に広がっていた。


俺達が南側から見たこの島の穏やかな風景は、文字通りこの島のたった一面で、その裏には険しい断崖の二面性を持っていたのだ。


「こいつは・・・。」

「足を踏み外したらえらいことになっちまってたぜ。」


ベイトとモンシアが絶壁を見下ろして言う。


「魔物の棲む海域にはうってつけのロケーションね。」


ルーシーも驚いている。


「この崖、ずっと横に続いてるね。」

「島の北側はずっと崖になっているのか?」


クリスと俺は左右に広がっている足元の絶壁を見回している。


「どうしましょうね。ロープを持ってきてないので降りていけませんが、ここは一旦後回しにしてポイントB出発時に道具を揃えて一緒にここら辺りも見てみましょうか。」


ベイトが提案する。


崖の中腹辺りに洞窟や横穴でもあれば、そこがアジトにつながっている可能性もある。見落とすわけにはいかない。


「私が行って見てくるよ。」


クリスが言う。


「いくらあなたでもこの高さではジャンプで戻って来れないんじゃないの?」


ルーシーが止める。


「大丈夫。骨針を突き刺して登ってくるから。ちょっと待ってて。」


クリスはそう言うと、スルッと崖の下に落ちていった。


俺達は呆気にとられて声を出せずに見送った。



「なんてフィジカルのお嬢さんだ。むしろうらやましいってもんだぜ。」


モンシアは今までのクリスの超人的な働きに感嘆している。


「そういう一面だけでは測れないって所でしょうね。」


ベイトは複雑な顔だ。


「しかし魔人って言ったか。敵がみんなこの身体能力とでかい鳥みたいな変身能力を持ってるってのはゾッとするけどな。」

「正直なところかなり危険よね。よくこの戦いに参加する気になったわね。」

「雇われ人ですからね。」


ルーシーの質問にベイトはあっさりと答えた。


「アッハッハッ!ちげえなーな!ん?待てよ?ひょっとしてこれで俺達も勇者の一行ってことか?」

「別に俺が指揮を執っているわけじゃないが。」

「ウフフ。まあそれでいいんじゃない?」

「いやー、これでかかあに自慢できるなー。帰ったらなー。」

「帰れたらですけどね。油断大敵。」


そんな話をしているとクリスがぬっと崖を登って帰ってきた。


「下は地面はないみたい。海から崖が生えてる。ここ辺りには見たところ入れそうな横穴はないよ。」

「そうか、ありがとう。君のおかげで助かるよ。」

「いいよ。」

「それじゃあ少し西側に移動しながら引き返しましょう。ここに旗を立ててね。」


俺は用意していた木の棒に荒布を付けた旗を地面に刺した。

皆は西側に歩き出している。

俺を待っていたのかクリスが俺をじっと見ている。


「俺達も行こうか。」

「うん。私ずっと捜索班で行動するよ。私がいた方が早いでしょ?」

「それは助かるが、無理をすることはないぞ。」

「大丈夫だよ。その代わり・・・。」


俺の腕をつねるクリス。

俺の唾液をくれということか。


そんなもので良ければいくらでもあげるが、それで体力が持つのだろうか?


100メートル西に移動してポイントに戻る。

所々に高くなった岩場や窪んだ穴はあるが、アジトになりそうなスケールのものではない。


この捜索がどのくらいで方がつくのか今は分からないが、このポイントを起点とした捜索方法はいいやり方なのかもしれない。

全員で重い荷物を持って一日中這いずり回るより、小さな目標を区切って順番に休みながら行動した方が気持ちと体をリフレッシュできるし、徐々に進んでいるという実感が持てる。

たくさんある島を全て捜索するとなれば集中力も長く持たないだろうからな。

ベラによる作戦だったが、うまく考えたものだなあ。


そう考えながら歩いているとルーシーが俺を肘でつついて言う。


「今ベラのこと考えたでしょう?」


何で分かったんだ?

いつかクリスにもルーシーの事を考えてることを当てられた気がするが、俺の顔には考えてる人の名前でも出てくるのか?


「いや、この捜索方法は上手いやり方だなって。」

「ああ、説明してるベラのこと思い出してたの?女上司好きなんだもんね。」

「待て待てそれは誤解だ。」

「私も女上司風に長いセリフ言ってみようかしら。そしたら勇者様に思い出してもらえる?」

「誤解だというのに。」



多少緊張が解れたのか冗談を言いながら戻る俺達。

ポイントAに到着。今度は全員でここからポイントBに移動だ。


フラウ、アデル、アレンという珍しい組み合わせがどんな会話をしていたのか気になるが、いちいち聞くのも変なので黙って荷物を運ぶ。

フラウは相変わらず弓を杖にして歩いている。


ベイトがアデル他待機組に北側の崖のことを話す。


「北側はこちらと違って切り立った絶壁でしたよ。クリスに下を見てもらいましたが念のためにロープも持っていった方がいいでしょうね。」

「不気味な島だな。気候はいい景色もいい、だが何か不気味だ。」


アデルが感想を言った。


静かすぎることも一因だろうか。


次の待機はベイトと俺だ。

ルーシーに連続では疲れるだろうから順番を変わろうかと言ったが平気だと言われた。


「まだ始まったばかりだし平気よ。でも気にしてくれて、ありがと。」


俺、ベイト、フラウを残し他5人は捜索へ出る。

気になるのはフラウだが、本人が大丈夫と言っている以上それを信じるしかないか。


「ふーっ。一息つけますね。」


ベイトは手頃な岩に腰を下ろして5人を見送っている。

俺もそれに習う。


「船もこっちに移動してきてるみたいだな。」


沖に停泊しているクイーンローゼス号に向かって手を振る。

きっと鐘楼でビルギットが見ているだろう。


「それで?勇者殿の経験から見てこの島は当たりそうですか?」

「ハハハ。俺にそんな予想能力はないよ。でもこれだけ大きい島なら確率は高いと思うんだがなあ。」

「時間はかかりそうですね。」

「敵が潜んでいる可能性がある以上、バラバラで単独行動は危険だ。ひとかたまりで行動すれば捜索に時間がかかる。倍の人数でもいれば捜索をさらに2班に分けて時間を短縮できるだろうが・・・。」

「お金がかかりますからね。人件費、装備、食料。雇い主の懐事情にはさすがに何も言えません。それに人数が増えれば能率も落ちる。モンシアなんて見えない所でサボっていたでしょうね。」

「最後のは聞かなかったことにしておこうかな。」


アッハッハと笑い合う俺達にフラウが弓を杖にしながら片手でコップを差し出してきた。


「特製のフルーツジュースを作ってきました。良かったらどうぞ。」

「ああ、ありがとう。いただくよ。」


リンゴがメインだが、喉ごしがよくスッキリして飲める。

ベイトも受け取る。


「染み入りますね。こりゃどうも。」

「アハハ。アレンさんはお酒の方が良さそうでしたけどね。」

「まさか酔っぱらって捜索というわけにはいかないでしょう。」

「そうそう、この前ルセットさんにお見舞いに行って経過を見てきたと言ってましたよ。順調そうだったそうです。」

「それは良かったな。」

「襲われた時の記憶も覚えてて、それほどパニックにはなっていないそうです。思ったより気丈な方だったんですね。」

「いったいどこで襲われたんだろう?確か急な出向で船に合流するのは直前に決まったんじゃなかったっけな。」

「そうです。あの自警団の詰所の部屋で襲われたそうです。あの時私たちもあそこに居ましたね、待合室に。セイラさんもその時私達のそばに居たということです。」


ゾクリとした。クリスの目から隠れて俺達を追っていたというのか。


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