第43話
それからしばらく何をするでもなく風と波の音を聞きながら辺りを見回していた。
フラウの話ぶりにいつもと変わった様子もなく、それは一安心というところだが、なんで弓を杖にして歩いているのかが逆に不思議だ。
さらに時間が経過しルーシー達が出ていった場所より西側から帰ってきた。
「みんなお疲れさま。変わったところは?」
「今のところないわね。まだまだ10%も終わってないんだから落ち着いていきましょ。」
ポイントCに全員で移動だ。
次はルーシー、モンシア、フラウの留守番だな。
クリスの体力は大丈夫だろうか。
移動中に聞いてみる。
「大丈夫だけど。お昼はどうするの?」
「次捜索に出て帰ってきたらそこで全員で食べるんじゃないかな。」
クリスが昼食の話をするのは不思議だが、俺の唾液が欲しいと言っているのだろうか。
「私達でお昼の用意しときましょうか。楽しみにしててね。」
ルーシーが会話に入ってきた。
「俺も昼飯係か。簡単なものでいいよな?」
モンシアがうなだれている。
「簡単なものしか用意してないですよ。まあ食えるだけマシってことで。」
ベイトが答える。
「北端の崖の下にも何も無しだったのか?」
再び俺はクリスに訊ねる。
「うん。見たところ西の先の方にも何も無さそうだった。崖の方はハズレかも。」
「そうか。怪しい場所ではあるんだがな。」
「そう言えばアレンさんは北側が崖になってるのって知ってたの?」
ルーシーが質問する。
「いや、知らなかった。実際に見るのも来るのも初めてなんで情報はあんた達と一緒だぜ。じいさんの話も島自体の様子までは言ってなかったからな。」
「まあそうよね。こうして船が出せるのもつい最近のことだしね。」
「興味本意の質問で申し訳ないんだが、ルセットってどんな人なんだ?ホテルで泊まっていると何かの装置を開発していると聞いたんだが、それがなぜこの船に乗ることになっていたんだろう?」
俺もこの際聞いてみた。
「ああ、そもそもの研究対象は武装の方なんだ。その派生というか付随で色んな装置が出来ていったというか。まあ俺達ローレンスビル自警団がモンスター相手には遅れをとらなかったのはルセットのぶっ飛んだ装備のおかげって部分はあると思うぜ。」
ぶっ飛んだ装備?大きい椅子とか言ってたやつか?
名前だけではさっぱりイメージできない。
ポイントC到着、俺、クリス、ベイト、アデル、アレンでの捜索。
別状なし。何も発見できず帰る。
俺達が帰ってくるとルーシーとフラウとモンシアが昼食の用意を始めていた。
昼食はパンとチーズ。
俺達の用意した献立はそれだけだったのだが、ルーシーの気配りでスープも作ってくれているようだ。
野菜の入ったコンソメスープを作るルーシー。
火を起こし鍋をかけ野菜をカットしてオリーブオイルで炒める。水筒の水を加えてコンソメと煮込む。
塩で味付けして完成。
ルーシーが料理しているところを始めて見た気がする。
荷物の中に道具と材料を持ってきていたんだな。
スープものがあるとやはり心が落ち着く。それに美味い。
みんなにも好評だったようで、口々に美味いと唸らせていた。
俺は片付けを手伝いながらルーシーにお礼を言った。
「ありがとうルーシー。スープ美味しかったよ。」
「やーねー。簡単な料理よ。」
「男だけだけだったらパンだけで済ましてたんじゃないかな。」
「そりゃあ間違いねーなー。」
モンシアも火の後始末を手伝いながらうなずく。
なんとなくルーシーを見る目が少し変わったような気がする。
仕草の一つ一つに目が引かれてしまうような、手助けしてあげたくなるような。胃袋を鷲掴みされたというのはこういう事だろうか。
昼食後は15分ほど休憩。岩に座ったまま過ごしたり、その辺を散策したり、トイレに行ったり、装備のチェックをしたり。
俺はその辺をぶらぶらしていたが、不意に岩影から引っ張られた。
ビクッとしたがクリスだった。
「なんだビックリさせるなよ。」
「ルーシーのスープ美味しかった?」
わざわざ物影で聞くようなことかと思ったが、そう言うことか。
「ああ、約束だったもんな。」
「勇者ルーシーのことずっと見てた。」
「え?そうだったかな。ルーシーが料理するのはめずらしいかなと思ってさ。」
「そうでもないよ。メイド時代は私達と一緒にやってたんだし。」
「そう言えばそうか。」
「勇者。キスしていい?」
「ああ。頑張ってくれて助かるよ。」
「勇者がこうしてくれるなら、もっと頑張る。」
そう言って俺の首筋に腕を回して唇を重ねてきた。
なんて意地らしいことを言うんだ。
俺はクリスの背中を抱き締めた。
クリスの息に熱がこもる。
休憩の時間をギリギリまで使って俺を攻める。
背中に回した手をポンポンと叩いてそろそろ行かないとと合図する。
やっと口を離したクリスだが、首筋の腕は離さない。
「勇者。もう一回ギュッてして欲しい。」
「え?いいけど。」
俺はクリスをもう一度抱き締めた。ベアハッグのように。
「これいい。充実感すごい。」
猫が狭いところを好むみたいなものだろうか。圧迫されることである種のマッサージになっているのかもしれない。
クリスは後ろ髪を引かれるようだったが遅れてしまうのは申し訳ないので急いでそこの岩影から出ていく。
皆荷物の場所に集合していた。
次はポイントDまで全員で移動だ。
ルーシーが岩影から出てくる俺達を見ていた。
ドキッとする。
「あらあら。栄養補給はバッチリみたいね。」
「うん。充実した。」
クリスも恥ずかしげもなく答える。むしろいい笑顔でこっちが恥ずかしい。
「ふーん。」
ルーシーが俺を見ながら肘でつつく。
「な、なんだよ。」
何も言わずにつつき続けるルーシー。
「こそばゆいよ。」
ポイントDEF何も発見できず。その日は暗くなってきたので捜索は明日に持ち越し。砂浜で夜営をすることになる。
簡単にはいかないだろうとは思っていたが、1日かけて痕跡ゼロは堪えるな。
テントを2張り用意する。男性陣5人用と女性陣3人用だ。
夕食も昼と似たようなものだ。バゲットをサンドイッチにしてレタスとソーセージとチーズをはさむ。
ルーシーがまたスープを作ってくれる。
海藻とキノコの鶏ガラスープだった。
「これで水筒に持ってきたスープ用の水は終わりね。どこかで湧き水が湧いてればいいんだけど。川とか無かったわよね。」
「船に戻れないかな。だったら野宿しなくてもいいか。」
「さすがに行って戻ってより野営の方が早いでしょうからね。」
「そろそろ煮たったかな。キノコ入れていい?」
「いいわよ。3分火にかけててね。」
テントを張り終えた男性陣はルーシー達のスープを待って岩場に座っている。
「いや、華やいでますね。」
それを見ながらベイトが溢した。
「はー。もっと殺伐としたもんだと思ってたが、心が安らぐね。」
モンシアも溢した。
「明日はメンツを入れ替えよう。同じ顔ぶれでは作業になっちまう。」
アデルは実質的だ。
「体力が残ってる者が出るでいいんじゃねーか。順番にこだわる必要はないな。」
アレンも同じか。
フラウがバゲットを配ってきた。
「どうぞ。中身が溢れないようにしてくださいね。もうすぐスープもできそうですから。」
弓を杖にせずしっかり立っているようだ。全員にバゲットを配る。
「ありがとう。」
「できたわよー。熱いから最初は置いておいてねー。」
紙製のスープ皿を安定した場所に起きスープを注いで回るルーシーとクリス。
飲んでみる。これも美味い。さっぱりした味と程よく腹に入る具材が心憎い。バゲットサンドも食が進む。
夜風が寒くなってきた気温に熱いスープが染み渡るようだ。
俺達はポカポカになってテントの床に就いた。
久しぶりの一人寝だな。
そう思っていたが甘かった。
夜が更けた頃男性陣のテントにルーシーが入ってきた。
「ちょっと勇者様借りるわよ。」
と言って俺を引っ張り出していった。
暖まった体が一気に冷えてしまいそうだ。
「おいおい。」
「だって勇者様がいないと眠れないんだもん。」
「おいおい。」
それ本気だったのか。
女性陣のテントまで引きずられるとフラウはもう寝ていたがクリスは上半身を起こして待っていた。
「勇者。来たんだ。」
「どう見ても連れて来られてるようにしか見えないだろ。それに体を拭いてないから汗臭いぞ?」
「大丈夫よ。気にしないから。」
「私も気にしないけど、勇者は気になる?」
「え?お、俺も、大丈夫、かな。」
「なに挙動不審になってるのよ。明日も早いんだしもう寝るわよ。」
そう言って薄いシーツに潜り込むルーシー。
ここまで連れて来られてはどうしようもないのでルーシーの隣に入る。
クリスも隣まで自分のシーツを引っ張ってきて、俺の横に寝る。
「パンツ見えたわよ。ジャンプするときずっと見えてるけど。」
「見てもいいよ。」
「鋼の心だな。」
「じゃあおやすみ。」
「おやすみ。」
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