第44話
朝だ。まだ薄暗い中朝食を食べる。
乾いたパンと干した肉。
テントを片付けてポイントGへと移動。
これまでの砂浜の景色から岩場に移る。だが嬉しいことに更に先に行った場所に川が流れているのを発見。
ポイントの位置をずらしてそこの近くで待機させることにする。
川と言っても湧き水が少し流れ出ている程度だが、水が貴重なのでそれでもありがたい。
俺とルーシーが残り水汲みをすることに。
鍋に水を汲み火で一度沸騰させる。
それを冷まして水筒に。
これを何度かやる。
見るとフラウがまた弓を杖にしている。
夜は大丈夫そうだったのに?
ポイントGからHは一旦移動せずに水の確保を続けることにする。
戻ってきた捜索班のベイトとアデルが水汲みの作業を引き継いでくれる。
俺、ルーシー、クリス、モンシア、アレンで本来のポイントHのルートを行く。
ここで発見があった。
反対側の北側まで半分ほど行った場所だった。
岩がせりだし高い壁になっている。当然向こうは見えない。
回り込んでみると壁は3方を囲んで小部屋になっている状態だった。
人工的な様子はないが自然にこんなになるものだろうか?
その小部屋になっている真ん中に比較的大きな大木が生えている。
一本の木だが幹が3方に別れ大きくうねっている。
小部屋の入り口付近に俺達は集まる形になった。
当然正面の大木が目に入る。
「なんだこりゃあ!」
モンシアが声をあげる。
俺達も息を飲む。
大木にではない。
大木に吊るされた15人の男女の死体にだ。
高さもロープを縛られている位置もバラバラだ。
首、両足、腰。地面すれすれ、遥か上空。
ほとんど男だが一人だけ女性がいる。
男は着衣だが女性だけ全裸だ。痛ましい姿だ。
全員傷だらけで死後随分経っているらしい。
死因は胸にある大きな傷痕。だろう。
血はもう出ていない。
一様に苦悶の表情で、腐乱が始まりかけている。
「これ、ローレンスビルの行方不明者じゃないかしら。」
「あの娘の下着を剥ぎ取ったんだね。ロザミィ。」
ルーシーとクリスが顔をしかめる。
船で一日かかるこの島になぜわざわざ持ってきたのかはわからないが、酷い惨状であることに代わりはない。
「見つからないわけだ。こんなところにいたんじゃあな。」
アレンも心痛な面持ちだ。
「これで奴等が、いや少なくともロザミィがここに居たということは確かになったわけだな。」
「そういうことね。他に何か無いか辺りを探してみましょうか。」
ルーシーの言葉で皆で辺りを捜索してみた。
クリスの目に変化した物体が写らないか、動かせる岩のようなものはないか、小部屋になっている周辺に他の形跡はないか。
できるだけ入念に調べてみた。
ここがアジトというには狭すぎる。単にロザミィが死体を放置するために使った場所なのかもしれない。
ここからは何も出ないだろうと、俺達は捜索を終了する。
「この亡骸、降ろしてやれないかな?」
俺は大木を見上げた。
「そうしたいところはやまやまだけど・・・。」
ルーシーが言葉を止めた。
俺と同じように大木を見上げたからだ。
空に大きな影が横切った。
皆も空を見上げる。
大きな、とても大きな羽の音が聞こえる。
全員が警戒体制に入る。
「まずいわ!ロザミィ本人がここにいる!」
「冗談キツいぜ!いきなりあんな化け物と遭遇かよ!」
モンシアの言い種ももっともだ。
俺達が探し当てたというより、奴からやって来たという方が相応しいだろう。俺達は追跡されていた。
「この軽装ではロザミィとは戦えないわ!フラウ達の居る川辺のポイントに合流しましょう!」
ロザミィは空中を旋回しているようだ。高い木々が邪魔だったのだろうか。原生林を抜けて空が見える場所では逆に不利になるかもしれない。
だがルーシーの言う通りこの装備では戦えない。一度装備を整えなければ。
俺達は来た道を走った。
それほど遠くはないはずだ。
しかし、空を羽ばたく敵の動きの方が早い。
俺達の頭上を影が覆い被さる。
敵の攻撃が始まった!
上空から鈎爪付きの触手が伸びてくる。
クリスが背中から骨針を出しながら、木を足場にして跳ね上がり、触手をいくつか切り落とす。
ルーシーも走りながら剣を抜き、振り向き様に触手を落とす。
二人がしんがりを務めてくれている。
俺達にそんな余裕は無かった。
前を見ながら走らないと木にぶつかってしまう。剣を出して戦うと枝や幹に取られてしまう。そもそも傾斜やぼこぼこの地面ばかりで走るのもおぼつかない。
ジャンプしてるクリスはともかく、走りながら剣を振れるルーシーが異常なのだ。
一旦空に舞い上がり俺達の頭上を通り過ぎるロザミィ。
クリスが大きくジャンプして俺達より先に進む。
このまま行けばフラウ達の所にロザミィが現れる。さすがに異変には気付いているだろうが、開けた場所で荷物を守りながらは対処できないかもしれない。なんとかクリスが援護してくれれば。
巨大鳥に襲撃された日、フラウは倒す策があるように言った。
それを信じるしかないが、今フラウは何故か弓を杖にしている状態だ、作戦を実行できるのか?
林を抜け岩場に出る。
ベイト、アデルはすでに弓を持っている。
フラウは後ろに隠れているか。
ロザミィは?
見上げると空中を旋回しているが、どうやらクリスが頭上に取り付いて注意を引いてくれているらしい。
全長30メートルもある巨大な鳥の姿。先日何処かへ消えていったあの姿のままだ。
鳥と言ってもなぜかスズメだ。
自由に変身できるはずなので、竜のような容姿でも構わないはずだ。
せめて猛禽類とかグリフォンとか恐ろしげな見た目にでもなれたろう。
泣き虫の女の子、キスでコロッとなつき、壺を割って先輩に泣きつき、襲った女性の下着を着て、ルーシーの下着をかわいいといって自分のものにしようとした、感性が少しズレた女の子。
そういう人物像が出来上がる。
「今のうちに装備をそろえて!」
ルーシーが先導して荷物の場所に戻る。
「大丈夫でしたか!?突然空にあいつが現れて!」
ベイトも興奮ぎみだ。
「空気にでもなってたんでしょうね。クリスはちょうど地面を捜索してたから気付かなかった。それよりみんな弓を装備して。」
荷物から装備がすでに出されていた。ベイト達が早めに行動してくれたからか。
全員が急いで準備に取り掛かる。
ルーシーが俺達に作戦を説明する。
「やつの10メートル以内には絶対に近付かないで。鈎爪に狙われると急所を一撃で貫かれる。逃げながら遠くから矢を射て。」
「だが、弓矢もやつの障壁で自動的に落とされるんじゃないのか?」
「それが狙いよ。自動であろうとなかろうと、やつの能力であるなら発生毎にエネルギーを消耗するはず。消耗させれば勝機はまだある。」
とんでもない作戦のような気がするが、確かにそれしかない。
矢を20ダースと大量に購入した理由がこれか。
「私達は二手に別れてお互いが敵の注意を引くように援護しあって着かず離れずを維持する。私、勇者様、フラウ、クリスが基本的に囮になって林を逃げる。ベイト、アデル、モンシア、アレンは高台からやつを狙撃してもらいたい。繰り返すけど10メートル以内には絶対に近付けないで。物理的な攻撃に対してやつは無敵。反撃や隙を突こうと試みたりはしないで完全に逃げることを考えて。10メートルとは言ってるけどそれは最終ラインであって、やつが近付く素振りを見せたらすぐに逃げ始めた方がいい。」
俺は少量の油の入った缶、布、火種のランタンを積めたバックパックを背負い、弓と矢をそれぞれが持って装備を整えた。
俺はともかくフラウまで囮のメンバーは無茶なんじゃないか?
「ロザミィがこっちに来る!持ち場に急ぎましょう!」
「わかった!」
ベイト達は左の林に入っていく。
俺達は右に。
ロザミィはグルグル回転しながらその真ん中の林に突っ込んでいく。
木々はなぎ倒され地響きが鳴り響く。
ロザミィにしがみついていたクリスは堪らず飛び降りて枝を足場にロザミィから離れた。
「こっちよー。」
ルーシーがクリスかロザミィかに向かって手を振り誘導する。
俺はともかくフラウはすでに遅れて付いてきている。
クリスがルーシーの元に枝から飛び降りて来る。
「あいつ。ぜんぜん話が通じない。」
「精神がすでに崩壊してるんじゃないかしら。あの死体のオブジェクトを誰に見せるわけでもなく作っていたのだとしたら相当危ないわよ。」
ロザミィが地面に足を着け木々をなぎ倒しながらこちらに迫ってくる。
「聞こえてんのよバカー。ルーシーのバカー。」
巨大なスズメが喋った。眉間にシワを寄せてルーシーを見下ろしている。
ルーシーは構わず矢をロザミィに数発射つ。
クリスも腕から針を連続で射出させる。
すべて空中で失速し落下。
ズンズン近付くロザミィ。
まずいぞ。距離が近ずいてくる。
フラウを見たが1人だけ俺達と離れている。
今はフラウと一緒に逃げるより敵を引き離した方がいいのではないか?
ルーシーとクリスもその方を選んだようだ。
俺達3人顔を合わせると一斉にロザミィに背を向けて駆け出した。
大きく羽を広げるロザミィ。
そしてそれを地面に向けて扇ぐように一気に閉じる。
物凄い突風が吹き荒れる。
足を、いや体をとられるかと思うほど吹き上がる突風。
手近な木の幹にしがみつき吹き飛ばされないようにする。
ルーシーとクリスも背を低くして木に掴まる。
原生林全体の細い枝や小石等が飛ばされざわめく。
もう一度ロザミィが羽を広げる。
そして今度は何度もバタバタと地面を扇ぐ。
台風でも通っているかのような突風が辺りを襲う。
ベキベキと倒壊していく木もあるようだ。
俺達は動けず木にしがみつき続ける。
その間も木をなぎ倒しながら俺達に近付くロザミィ。
ロザミィの背後から矢が数本飛んできた。
やはりロザミィの近くで失速し落下するのだが、続けざまにどんどん飛んでくる。
ベイト達がいい位置を見つけて援護してくれているんだ。
さあどう出る?
障壁で防御しているのでダメージにはならないのだが、攻撃され続けることが気になるのか、そちらの方を首だけ回して見るロザミィ。
それを見て木から離れロザミィに背を向けて走り出す俺達。
ロザミィは後方のベイト達が居るだろう丘の上へと向きを変えて飛んだ。
更にそれを見て俺達は立ち止まり方向転換。
向こうに食い付いた。
今度はこちらが援護する番だ。
やつが木をなぎ倒していった辺りは倒壊した木々で足場は悪いが空が良く見える。
そこから空中のロザミィを狙い射つ。
ベイト達は退避できているだろうか?
そういえばフラウの姿も見えないが、さきの突風で飛ばされたのか?それは気になるが今は少しでも援護に回らないとベイト達が危険だ。
巨大とはいえ空中を飛んでいる鳥だ。百発百中とはいかない。
クリスの針とルーシーの矢は全弾ロザミィの障壁を発生させるが、俺の矢は3つに1つは外れる。
悲しいが、弓は俺の得意分野ではないのだ。
島の真ん中が山の頂上になって、今俺達は東側から捜索をしている。
ベイト達がいるのは斜面になっている中腹辺りで、せりだした岩や大きな石の影がちょうど狙撃ポイントになっているらしい。
ロザミィはそこに飛んでいく。
まずいぞ。逃げるベイト達が斜面を上って林を走るのが見えた。
距離が詰められている。
「勇者様。火の矢の準備してくれる?」
ルーシーが言う。
火の矢?火を付けたところでやつには当たらないはずだが?
疑問はあったが一刻を争う。すぐに準備を始める。
クリスも手伝ってくれる。
油を染み込ませた布を巻いた矢をルーシーに渡す。
火種のランタンも今のところ無事だ。
火を着けるとすぐに射出するルーシー。
ベイト達が居たであろうせりだした岩場に足をつけ周囲を見回しているロザミィ。
ロザミィの横をすり抜けて向こう側に飛んでいく矢。
スズメは何事かと辺りを見回す。
外した、というわけでないのなら・・・。
ロザミィの向こう側にある木がバチバチと火の粉を上げて燃え上がる。
本気か!?ベイト達を逃がすためとはいえ、下手をしたら一面山火事だ!
「使いたくは無かったけど仕方ないわ。」
「あいつ自身には矢は当たらないけど、燃えてる木に炙られたら焼き鳥になるかな。」
ギャアギャア言って燃える木から遠ざかるように空中に飛び出すロザミィ。
羽ばたいた風で煽られ火が強くなる。
黒煙が周囲に巻き上がる。
だが、近くに燃え移るような木は無いらしく、広がる様子はない。
それもルーシーの狙い通りというわけか。
しかしロザミィの拒否反応は凄い。たった一本近くの木が燃やされただけでベイト達を無視して空に逃げ出した。
先日の戦艦爆破、本体炎上が余程堪えたのだろうか。
まあ近くでいきなり木が燃えだしたら、逃げるのが普通の反応なのだろうが。
空に舞い上がったロザミィはというと、弓の射程外ほどの高い上空で旋回し始めていた。
どうするつもりかは分からないが、今のうちにフラウを探さないと。
見回すとフラウは俺達が最初に入ってきた林の入り口からそんなに動いてはいなかった。
と言うより動けないのではないだろうか?
弓を杖に体をくの字に折り曲げて歩いている。
只でさえ歩きにくい原生林で、木が倒壊し折り重なっていては移動は困難だろう。
とはいえここに安全な場所などない。
それこそ船に残った方が良かったのでは?と言うベイトの言葉を思い出すが後の祭りだ。
「あいつ何をするつもりだろう?」
クリスが空を見上げながら呟く。
確かに逃げるでもない、俺達を攻撃するでもない。
不気味に旋回を続けているだけだ。
「自分の弱点に気付いたのね。炎に近付けない、触手の射程が自分の図体に比べて短い。」
ルーシーが不気味なことを言う。
僅かではあるが、ここまでこちらの思う通りに作戦が上手くいっているようではある。
それは現状のロザミィのスペックによるものだと思う。
もし、それを克服されてしまえば・・・。
「フラウの言葉を借りれば、成るのね。第三形態に。」
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