第120話


「見つけた!1キロほど先に迫ってる!」


ファラが叫んだ。1キロ?もうそんなに近付いたの?


『なにー!今度は見逃さねー!』


カテジナが1.5キロ先から空中に飛び上がり1キロ地点に向かった。ファラの斬首砲が開けた道路の真ん中を目掛けて撃ち込んだ。

なるほど。あそこなら姿を現さないと渡れない。

でもルーシーには当たらない。


『今度は逃がさねーからな!』


カテジナがルーシーの元に辿り着いて再び両肘の骨針で襲いかかる。

肘を突きだし斬りかかるカテジナにルーシーが剣で応戦する。

道路を挟んでこちら側にはやっぱり家屋が並んでいる。また屋根に飛び上がるか、中に侵入するかして距離をとるかもしれない。


『わりーけど、後で直してやっからな!』


カテジナが背中に骨針を出して筒状にした。筒が密閉されるようにさらに骨針をカバーのように被せる。それを胸部にではなくそのまま背後に向けたまま火炎を放射する。

噴射された火炎で勢いがついたカテジナはルーシーに向かって突撃する。

正面でその攻撃を受けるルーシー。勢いが止まらず手前の家の壁に激突する。

それでも火炎の噴射は止まらない。

壁を粉々にぶち壊しながら家を突き抜けていく。


「激しすぎだよ!」

「家が密集していてここからじゃ狙えない。斬首台をルーシーの頭上に飛ばしてみる。」


私はビックリしたけど、ファラはなんとも思ってないのか次の行動に移る。


さすがにルーシーもこれだけやったらダメージを受けていると思うけど。


『うおぉらぁあああ!』


カテジナとそれを受けるルーシーが何百メートルか壁を壊しながら家々を突き抜けてきた。

やっと止まったかと思ったら、砂ぼこりで周囲が見えない。


「殺気だよ!気を付けて!」


ファラが叫ぶ。


『んだって!?まだ生きてんのか!?あ!』


カテジナの脇を抜けて背後にルーシーが回った。剣で背中の骨針の根元を斬りつけた。

骨針を束ねて作った神の灯が分離させられゴトンと地面に落ちた。


『ちっ!なんて頑丈さだ!あれでピンピンしてやがる!』


カテジナはすぐにルーシーの方に向き、肘を骨針で斬りかかる。

それも上手に剣で受けるルーシー。


「頭上に行ったよ!」


ファラの斬首砲がルーシーの頭上から放射される。

地上100メートルくらいの高さから音速で撃ち込むと0.3秒くらいの時間で到達するはずなのにルーシーはそれを後ろに飛び退き避けた。


次の射撃の準備に入る斬首台。光の輪が円盤の上部に2つ並んで回転を始める。

カテジナの次の攻撃の合間に背中のクロスボウに持ち替え頭上の斬首台に火の着いた矢を放つルーシー。

一歩二歩下がりながらクロスボウの弦をレバーで引き、背中の矢筒から2本目3本目を早撃ちする。

すでにカテジナの肘の骨針が振り回されている。それでもそれを避けながら続けざまに矢を射っている。


矢は的確に斬首台に突き刺さる。


「こっちの攻撃はぜんぜん当たらないのに向こうの攻撃は全部ヒットなんて酷いよー。」


ファラが嘆く。

斬首台の素材が何なのかは私も知らないけど、矢が突き刺さり炎上を始めた。3メートルほどの大きさの物が燃えながら落下したら被害が大変だ。

ファラも同じ事を考えたのか、一旦斬首台を消去させた。


『くっそ!さっきからギャーギャーうるさい!喋れなくなっちまったのか!』


攻めるカテジナとそれをかわしながら、やはり私達の居る役所の方へと屋根を飛び越え走り出すルーシー。

ファラの斬首台が消せたということは、再び出せるということ。それに気付いたからには狙いはファラ自身なのか。

ルーシーとの距離はもう500メートルは切っている。すぐに役所の広い敷地内に入りそうだ。


カテジナは背中に再び骨針を筒状にした神の灯を作って火を噴射してルーシーを追った。

さっきみたいな勢いはないけど、加速して追い付くにはじゅうぶんだった。


『行かせるかー!』


噴射させていた筒の密閉を解いて胸部に回すカテジナ。長く伸びた筒を振り回してルーシーの足を止めようとする。

剣で受け流し掻い潜るルーシー。


『ファラ!マリア!そこから逃げた方がいい!そろそろ矢の射程に入りそうだ!』


カテジナは戦闘しながらも私達の心配をしてくれている。

私達は顔を見合わせゾクッとした。

ルーシーの矢は百発百中。狙われたら最後、必ず当たる。


「斬首台をもう一度出して援護するよ。今度は超長距離狙撃じゃなくて突っ込ませる!」


ファラが自分の頭上に斬首台を出した。

それを役所の屋上から外の敷地に下ろしてカテジナの援護に向かわせる。


ルーシーはカテジナの長い筒と肘の骨針をすり抜けるようにかわしつつ前進し、手には剣からクロスボウに持ち替え、両手でレバーを引いて弦を張り矢をセットした瞬間に迫ってくる斬首台を狙い撃ちしてきた。


斬首台は裏面をルーシーの正面に向けて立ち止まる。

裏面から光の粒が盾のように斬首台をガードする幕が張られた。

光の粒の波に飲まれて矢が弾かれる。

フライパンの持ち手のような砲身がルーシーの方に向き、斬首砲を発射させる。

それを避けつつさらにクロスボウの矢をセットしながら走り込むルーシー。


『なにがなんでも私は無視かー!』


カテジナがまったく相手にされてないのを怒っている。あれだけ猛攻を見せているのに意に介さず走り続けるルーシーの立ち回りに唖然とするしかない。

そしてクロスボウの精度にも。


斬首砲の砲身。そこには光の盾が無かった。

そこに的確に火の着いた矢を撃ち込み、斬首台はまたも炎上した。


「あー!もう落とされた!」


ファラのショックもひとしおだ。

炎上した斬首台を通りすぎルーシーはまだ止まらない。


ルーシーはすでに役所の敷地に入っている。私達との距離は200メートルくらいだ。

クロスボウの射程に入っている。ここはカテジナの言う通り一旦逃げた方が良さそうだ。


「ファラ!役所の反対側の地面に降りよう!」

「うん。分かった。」


私とファラはルーシーのいる反対側の地面へと走ってフェンスを飛び降りた。

ファラは三度斬首台を出し直し、今度は砲身を出さずに盾として使うようにした。

これで大きな役所の建物を挟んで、ルーシーがさっきやったようにルーシーの視界から私達は見えなくなるはず・・・。


そう思った一瞬の隙をつかれた。


役所の壁からクロスボウの矢が突き抜けてきた・・・ように見えた。

矢は私の後ろで私を守っていてくれた斬首台の盾に当たり弾かれた。

そしてすぐにもう一本が飛んでくる。

その矢は盾からはみ出していたファラの頭を貫いた。


「ファラ!」


「ああ、ああああぁ!」


炎上して苦痛に悶えるファラ。

そんな、そんなの嘘だ・・・!


「水を、水を出して火を消して!」


私は叫ぶ。

でもファラは聞こえないみたいにフラフラと私から離れながら地面に倒れた。



ファラが・・・。



『どうした!?何があった!?』

「ファラが・・・。」


そんな嘘でしょう?

たった一瞬の出来事・・・。たった一瞬の隙・・・。


「ファラがやられちゃった・・・。」

『あん!?』


灰になっていくファラの体。あっけない。こんなにも唐突に別れが来てしまうなんて・・・。


『絶体許せねー!!』


建物の向こうでカテジナがルーシーに挑んでいる。

私はショックで何も考えられないでいる。


『くそっ!脇腹を刺された!あ!』


カテジナが叫ぶ。

それからカテジナの声が聞こえなくなってしまった。


カテジナ・・・?



深夜の建物の影。ひっそりと暗く辺りは静寂。

今までの私達の騒がしい会話が急に途切れて嘘みたいな静けさ。


そこで私はどうしていいのか分からず立ち尽くしてしまった。


私達は絶体倒れちゃいけない・・・。勇者君を守る、そう言ったのに・・・。






呆然としている私にルーシーが近寄ってきていた。

どこからどう来たのか見ていなかった。もうどうでもいいとさえ思った。


「あなた、あれが見える?」


ルーシーが私に聞いてきた。ちゃんと喋れるみたいだ。

私はルーシーの方を正面に見据えた。

緑色の肌、裂けた口、つり上がった目はもうない。いつものルーシーの姿がそこにはあった。


ルーシーは空を指差している。あれと言われても私には何も見えない。


「ファラとカテジナが別の能力を使っていた以上、あれはあなたの能力だったというわけなのね?」


ルーシーは優しく語りかけてくる。殺気のようなものはない。

能力?そうだった。

私の能力。


全長20キロメートル。この島の倍以上の大きさをもつ巨大な円盤。エンジェルハイロウが地上500メートルに浮いているんだった。

見たものに暗示をかけ、幻を見せる私の能力。


私は周囲を見渡した。


そこには建物なんて何もない、ただの原っぱが広がっていた。

私達が住んでいた高層タワーも、学校も、研究所の高い建物も、そんなものはここにはない。ただ周囲を砂浜に囲まれた木一本すら生えていない平原の島。

街も人も、過去の経緯だってありはしない。

それは私が見せていた幻だったのだから。



「どうして気付いたの?」

「私も最初は気付かなかった。完全に術中にはまっていたわ。でもおかしいと思うことが多々あった。防音の部屋の中で勇者様と話した会話の内容が寝ぼけているクリスに何故か聞こえていたり。当然よね?実際には二階三階なんて無い原っぱで10人横に並んで寝ていたんだもの。それに窃盗グループとの戦いで剣を交えたとき、空振りしているだけみたいに剣の反動が感じられなかった。ひょっとして目の前に居る人達は幻なんじゃないかと疑った。それなら在ると思い込んでいる建物だって嘘かもしれない。壁に向かって走り出したら私は屋根の上を走っている事になっていた。今の戦いでもそう。私は平原を走っていただけ。ジャンプして高い建物なんて飛び越えてはいない。あなたにはどう見えたの?矢が壁を突き抜けたように見えた?私と同じで屋上に一旦上がって射角まで戻ったのかしら?」


私は混乱している。何を言っているのか理解できない。


「朝方救命艇のある場所に戻ってみた。案の定救命艇は流されていた。船着き場なんて無かったんだもんね。ロープで繋いでなんていなかった。クイーンローゼス号に救援を呼ぼうとしたけど、きっとビルギットには私の姿が見えなかったのね。私達はこの島で孤立してしまっていた。野暮用を済ませてあなた達の住んでいる高層タワーに行ってまた飛び降りてみたけど、やっぱり痛みも怪我もない。タワーを登っているつもりで、私はその場で足踏みしていただけだった。」


ルーシーは話を切って私の反応を見ている。

私は何も言えないでいる。


「厄介な能力。甘美でそして危険な能力。私達に夢を見せ、あるものは功名心を得られ、あるものは知識欲を、あるものはロマンスを、そしてあるものには殺してしまった後悔の念を晴らし、最大の目的へと近付いていく冒険心を。何よりも厄介なのは、術者本人が術中に落ちてその幻の中で生活していること。悪意もない、敵意もない、ただ親切にしているだけ。この理想郷で夢の暮らしを満喫しているだけ。あまりにも恐ろしい能力。何よりも優しくそして酷い能力。」


「エンジェルハイロウが見えたの?」

「今も見えてないわ。でも記憶を掘り起こして、私達全員がいったいいつ暗示にかけられたのか探ってみた。白い竜がいた島からこの島にやって来て、まずクイーンローゼス号の船員とベラがこの島にあるはずの無い街を発見していた。勇者様と私は船の中からデッキに出てきてそれを見た。その時ドアから出た一瞬目眩がしたような気がした。あの時見ていたのね。この島の倍以上の大きさをもつ巨大な円盤を。たった1500分の1秒という僅かな一瞬。見たと認識すらできない僅かな瞬間、私の目にこれが映っていた。その一瞬で見た者全てに暗示をかけるという誰よりも危険な能力だったというわけね。」


まだ呆然としている私にルーシーはさらに続ける。


「時間はもうあまり無いかもしれない。ファラやカテジナを倒してしまいたくはなかったけど、私の声が聞こえないようだった。私はあなたの世界では悪者になるように細工されてたのね?あなたに近付くためにはああするより他に無かった。でもお願いよ。早くこの術を解いて勇者様達を目覚めさせて。」


「どうして?」


私はルーシーを不思議そうに見返す。


「あなたやクリスはなんともないのかもしれない。何でクリスが突然食べ物を食べるようになったのかも疑問だった。でも実際は逆だった。何か食べてると思わされていただけで、何も食べていない、飲んでもいないのは私達の方だった。この島に上陸して5日間、私達は何も食べていない。満腹感を得ていると暗示にかかっているだけだった。このままじゃ勇者様達が衰弱して餓死してしまうかもしれない。リーヴァに会うまで3ヶ月かかると言われた。それを待っていたら絶体に死んでしまう。」


私は膝から力が抜けたようにガックリとその場に崩れ落ちた。



勇者君を守るつもりだったのに、私は勇者君を衰弱、餓死させてしまうところだったの?

そんなつもりはぜんぜんなかった。

ルーシーは悪の手先。そうだと思っていたのも私自身がかけた暗示だったというの?

無益な戦いで大好きなファラとカテジナが死んでしまった。勇者君も殺してしまうところだった。


私はなんてことをしてしまっていたんだろう。

力の使い方を完全に間違えてしまっていた。


そんなつもりは・・・。


魔王の城でファラが見つけたルーシーの事が書かれていた日記。あれも私の想像上の物だったの?

ファラとカテジナ。いつから一緒だったんだっけ?

魔王の城で初めて会ったような気もしてきた。

魔王と私達、いったい何をした?


思い出が壊れていく。

何が本当で何が作り物なのか思い出せない。


何も残らない。ガラガラと崩れて空っぽになっていく。



私は最期の力を使い、エンジェルハイロウから砲身を構えさせた。


「待って!止めなさい!」


ルーシーが叫ぶのを横目に砲身から射出された光線は私の頭を撃ち抜いた。



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