40、決戦セイラ
第121話
金髪のルーシー40、決戦セイラ
目が覚めたがまだ夜のうちだった。
意識がハッキリしない。ここはどこだったっけ?
室内に寝ているのか思ったがどうやら違うようだ。砂の上、砂浜で寝ていたのか?
不意に鼻先に香ばしい何かを突き付けられた。
突き付けた人物を見上げると、それはルーシーだった。
ルーシー?
緑の肌は?裂けた口は?
そこには普段の美しい姿のみが映っている。
そうだ!シノさんは!?
「動かないで。まずはこれを食べて。」
起き上がろうとする俺を手で制して口に何かを突っ込んだルーシー。
よくわからないがとにかく空腹だ。
俺は突き付けられた長いスティック状の香ばしい何かを一心不乱に頬張って平らげた。
芯が固いが焼き加減が丁度良くなかなか美味いな。
これだけでは空腹が満たせない。もっと欲しい。
「これ、矢筒に入っていた矢なんだけど、前に言ったでしょう?野菜のヘタを特殊な糊で固めてるって。それを海の水で戻してクロスボウの着火装置で焼いてみたの。この島には食べるものが何もない。木の実も野菜も、魚や鳥さえもいない。例えあっても幻の街が目に映って探すこともできない。この矢の野菜がいつ採れたもので、どういう扱いだったのか知らないから後でお腹を壊しちゃうかもしれないけど、とにかくロザミィに水を出してもらうまではこれで我慢してね。」
ルーシーが何を言っているのか分からない。
「シノさんをどうして殺してしまったんだ?」
とにかく俺の疑問をぶつけてみるしか話が前に進まない。
「私が殺したように見えてたの?酷いわね。あれはシノさんが勝手に矢を受けて倒れたのよ。私を悪役に見せるようにね。」
「悪役・・・?そうだ。ルーシー。君は悪魔だったんじゃないのか?」
「は?なーに?そういう話になってたの?マリアが生きてたらクレームつけたいところだけど・・・。第一、悪魔ってなによ。」
「マリア?マリアがどうした?」
「ファラもカテジナも死んだわ。この島で幻の街を見せて私達に夢をみせていたのね。大きな建物なんてない。人間も誰一人いない。過去の経緯だって嘘。最初からシノさんなんて人物は居なかったのよ。私達に居心地のいい場所を作り、定住させることで私達をじわじわと懐柔しようという、そういうマリアの能力だったのね。突然私が倉庫の屋根の上を走り出したように見えたから驚いただろうけど、あれ、私じゃなくてもみんなそうなるのよ。実際には無いものに突っ込んだら上に居るように見えるっていうね。」
あまりにも衝撃だ。にわかには信じることができない。
これまでの数日間のこの島の出来事が全て幻?
シノさんやレーナとエレナ。レンダも幻だったというのか・・・。
「どう?起きれる?ロザミィ達を起こしに行きましょう。あまり時間もないようなの。」
「起きるよ。だが、時間とは?」
ルーシーが上を見上げた。つられて俺も仰向けに寝ているので正面を向いて空を見上げる。
室内に寝ていると勘違いしたのは天井が高い位置にあるように見えたからだ。
だがそれは違った。視界全てを覆うように巨大な円盤が浮いているんだ。ずっと向こうに端が切れて星空が見えている。
こんなものいつからあったんだ。
「そもそもあれがどうやって浮いてるのかも知らないけど、術者本人が死んだせいか、徐々に落ちてきているのよ。あんなものが落ちて来たらこの島は廃墟になるわ。早くクイーンローゼス号に逃げないと。」
なんだって!?
巻き添えになったら全滅だぞ。
俺はまだ力が入りきらない体を無理やり奮い立たせて起き上がった。
起き上がってみてルーシーの言葉の意味が良く分かった。
今まで過ごしていた街がどこにもない。砂浜に通じる整備された道路、周辺の家々、どこからでも見えた高層タワー。何もない。平原だけだ。ちょっと向こうにクリスやベイト、ロザミィなんかが並んで横になってる。
あんな風に俺も寝ていたのか?ちょっとシュールだ。これじゃあルーシーとの会話も駄々漏れだったろう。
「なんて言ってたんだっけな。勇者ちゃまの体あったきゃーい、だっけ?」
「勇者様!今そういうこと言う!?」
「あはは。ごめんごめん。」
「もう。いいわよ。元気そうで安心した。考えてみれば、私が願っていた望みは平穏だったのかもね。毎日みんなで食卓を囲んで報告しあったり、公園に行って散歩したり。」
平穏。ルーシーにもそういう願いがあるのだろうか。などと言うと怒られてしまうか。
「でも、マリア、ファラ、カテジナはもういないんだな・・・。」
「ええ。マリアは自分にかかっていた暗示のせいで茫然自失になって自害してしまった。ファラとカテジナは言葉が通じなくて衝突を避けられなかった。」
「そうか。可哀想に。みんな優しい良い娘だったのに。」
「そうね。みんな勇者様を好きだったみたい。」
暗澹たる思いでみんなの寝ている場所まで足を引きずっていく俺達。
時間があとどのくらい残っているのか分からないのだが、走れるほどの体力の方も残っていないのだ。
今日日中体が重いとうっすら感じていたが、まさか飲まず食わずが原因だったとは思いもしなかった。
「また君に辛い役目を押し付けてしまったな。すまない。」
「いいのよ。」
「こういう場合、怪我はなかったか?無事なのか?と聞くものなんだが、その心配は・・・。」
「ないわ。」
「そうか・・・。」
相変わらずのようで安心だが、それはそれとして1対3の状況すら撥ね飛ばしてしまうルーシーの正体にはやはり気になってしまう。
悪魔ではないにしろ、ではいったい何なんだ。眠らない人間なんているのか。
俺達はロザミィ達の寝ている民宿があったであろう所に来た。
2階と3階で違う階にいたつもりだったが、交互に男女並んで横になってる。
みんなグーグー寝ている。まだ深夜だからそれは当たり前だが。
ルーシーはロザミィを起こそうとしている。
ロザミィに水と食べ物を出してもらわないと空腹と脱水症状で耐えられないだろう。
俺は一番端で寝ていたクリスの方を起こしにかかった。
「クリス。起きろ。この島はもうもたない。脱出しなくては。」
「うーん。勇者。・・・え?なにこの状況?」
クリスは原っぱに雑魚寝している状況に目が覚めたようだ。
「ロザミィ。悪いんだけど水と何でもいいから食べれるものを作ってくれないかしら。」
「うーん。なーに?ここどこー。」
「説明は後で・・・って言うか、あなたも知ってたんじゃないの?」
「知らなーい。」
ルーシーがロザミィを起こしている。騒ぎに気が付いてベイト、アレン、ルセットも起き始めたようだ。
「なんですか?ここは・・・?」
「あれ?部屋が無くなっちまってる。どこだここは。」
「ちょっ・・・、ちょっとなに?なんでアレンとベイトが私の隣で寝てるの?」
モンシアやアデルフラウも。
「腹減ったー!なんじゃこりゃー?」
「さすがに言葉が出ないな。ん?いつも喋ってないか。」
「ま、まさか!私達は全員幻でも見せられていたというのですか!?ああ、まだ読みかけの本があったのに・・・。続きが気になりますー!」
「え?嘘でしょ?馬車に乗ったりしたよね?」
フラウの言葉を聞いてクリスが尋ねてきた。
そういえばそうだが・・・あれも乗っていたつもりで実際には自分で歩いていたのか。
体験そのものを偽装するなんて、とんでもない能力だったんだな。
「はい。コップに水を入れておいたよ。それとスズメちゃんまんじゅうだよ。別にスズメの死骸が入ってるわけじゃないから安心してね。顔の形を真似してるだけだよ。中はクリームがたくさん入って美味しいよー。」
ロザミィがいろいろ出してくれて、俺達は並んだ状態のままそれをいただいた。
俺とルーシーもご相伴にあずかった。
ルーシーがモグモグ食べながら状況を説明する。
「フラウの推測通り、この島は街も人もいないただの無人島だった。マリアの能力、エンジェルハイロウで幻を見せられていた。すぐ頭上に浮いてるあれね。そしてあれは墜落しかかっている。早くこの島から脱出しなきゃいけないわ。」
「なんだよそりゃー!食ってる場合じゃねーんじゃねーのかー!?」
「いや、食べて。でないと体力的に脱出どころか起き上がることすらできないわ。5日間飲まず食わずでいつ倒れてもおかしくないんだから。暗示によって飢餓感が無いと言うだけで衰弱一歩手前のはずよ。」
モンシアの叫びに冷静にルーシーが答える。
「ん。ま、そうだな。あめぇー!だが、うめぇー!」
「腹に染み渡りますね。」
素直に従うモンシアにベイトが相づちをうった。
「脱出と言ってもどうするんだ?救命艇は流されてしまっているんだろ?」
「途中で探せればいいけど、そうでないなら後回しね。全長20キロメートル。この島を優に越える大きさよ。島だけではなく海も危ない。クイーンローゼス号ももっと沖に離れてもらわないと波がどうなるか分からない。」
俺の疑問にルーシーが答えるが、結局どうするというのか。
その話をよく考えれば、津波が起きるだろうな・・・。あの巨大な物体が落ちたりしたら・・・。
「ロザミィ、もう一個お願い。巨大スズメになってみんなを乗せてくれる?あなたしか頼めないわ。」
「えー。私一応敵なんだけどなー。仕方ないなー。」
ロザミィ頼みなのは遺憾ともし難いが、他に方法も無さそうだ。
ピョコンとみんなの前に出てきたロザミィが空気を変化させて30メートルの巨大スズメになる。
背中からタラップのような階段がにょきにょき生えてきて、俺達を中に導いてくれるようだ。
「やれやれ。まさかこいつの中にまで入ることになるとはな・・・。」
「複雑よね。」
アレンとルセットがまだ腰で座ってモグモグしながら呆れている。
ローレンスビルでの第一の事件を思えばやりきれない思いも理解できる。
「ある程度動けるようなら食べながら乗り込んでちょうだい。原理が分からない以上、あれがいつ落ちるか計測不能だわ。すぐかもしれない。一年後かもしれない。」
ルーシーの声で立ち上がり動き始める一同。
その時上空の円盤から激しい音が聞こえてきた。ガクンとかそういう類いの大きな音が。
驚いて円盤を見上げる一同。
巨大な円盤に亀裂が入り、分離分解しようとし始めている。
「一年後ということはなさそうね。」
ルーシーが自分の言葉を訂正し、みんなの背中を押して動くのを手伝った。
俺は巨大スズメの中に入ったのは2度目だが、ここも幻の街の中同様に特殊な部屋だ。
透明な床、透明な壁、透明な天井、まるで一人で浮いているかのような錯覚を覚える。
パット見ではどのくらい広いのかよくわからないが、俺達全員が入っても狭いということはなさそうだ。
部屋には何も置いていない。掴まるものもない。
俺が前に入ったときは4メートル級の小さいやつだったし、ロザミィの股の下にいたから勝手がぜんぜん違う。
「すげえ。どうなってんだこれ。」
「想像とはぜんぜん違いましたね。これで空に飛ぶんですか・・・。」
モンシアとベイトが部屋の感想を言う。俺も一言一句その通りの感想だ。
「こんな風になってたの?オシャレじゃない。」
「オシャレというより、怖いですよー。」
ルーシーとフラウも初めてだったか。
「仲間達には申し訳ねえが・・・。こいつはすげーぜ!」
「これも夢じゃないわよね?」
アレンとルセットも興奮しているようだ。
「飛ぶとき大丈夫なのか?全員スッ転んでしまうんじゃないか?」
俺も不安でロザミィに聞いてみた。が、クリスが答えた。
「大丈夫だよ。この部屋は常に水平を保っているから、転ばないよ。」
どんな技術力だよ。
「じゃあ飛ぶよー。お空にゴー!」
ロザミィがそう言うと、足元の地面がどんどん遠くなっていった。
おおっ・・・と、あちこちで恐る恐るの声が漏れた。俺も中腰になった。
すでに高い空に飛び上がっている。と言っても円盤にぶつからない程度だが。
揺れる様子もない。地面にいるみたいだ。風景だけが変わっていると言われても信じてしまいそうだ。
上を見上げると円盤が崩壊してブロック状に分解していくのが見える。炎上している部分もあるようだ。ブロックといっても一辺が何百メートルもあるような巨大さだ、あんなものが頭上に落ちてきたらひとたまりもない。
月明かりがあるのだろうが、巨大な円盤の影で辺りは真っ暗だ。島の南西から東の沖まで一気に飛んで行く途中、島の実態を目を凝らして見ていたが、本当に何も無い島のようだ。
東の海上に出てきた。暗い海の上を透明な部屋で飛んで行くのはさらに恐ろしい。
救命艇がどこかに漂っているのかもしれないが、探すのは困難だ。
見たところ三番星の周辺に小島のようなものは無い。
頭上からは爆発炎上が始まり、キューブ型のブロックが型から外れるように落下してきた。
轟音を響かせ、赤く燃え盛る火柱を纏い、垂直落下する円盤の残骸。
ついに崩壊が始まってしまった。
ロザミィのスズメはまだ半径10キロメートルの円盤の下を抜けていない。東の海上ギリギリの所にクイーンローゼス号が停泊しているのが見えた。
いや、帆を張って円盤の崩壊から退避しているようだ。
あと半分、5キロメートル。
「これは・・・!」
息を飲む。まさにそんな光景だ。進行方向にも次々と残骸が崩れ落ちてきている。
一辺数百メートルのブロック。あんなものに当たったらいくら巨大スズメといえど押し潰されてしまいそうだ。
生きた心地がしない。
ただ、どういう法則なのか落下のスピードは非常にゆっくりだ。
円盤自体が浮いている事と関係があるのだろうか?マリアが居ない今、その答えを聞くことはできない。
「ある意味分解して落ちてきたのは幸運かもね。大津波の恐れはだいぶ低くなったわ。」
ルーシーが落ち着いた様子で言う。
確かに全長20キロメートルの物体がそのまま落ちて、どんな角度かで海に突っ込んだら周辺はとんでもないことになっていたろう。
「どんどん降ってくるけど大丈夫なの?」
クリスは不安そうにロザミィに聞いている。
「さあ。」
ロザミィは他人事のように関心が薄い。
「おー!神よ、皆を護りたまえー!」
フラウが神官見習いみたいに祈っている。
「おい!落ちてくるぞ!」
アレンが叫ぶ。
スズメの頭上にブロックがちょうど当たりそうなタイミングで落下してきているようだ。
身構える俺達。
「ギャーっ!」
「おおっ!!」
誰かが叫んだ。
ブロックが部屋の天井にぶつかって、そのまま横に落ちていった。
凄い音がしたが、まったく揺れない。衝撃もない。飛行体をブロックするバリアでブロックをブロックしたのか?もう自分でも何を言っているのか分からない。
部屋内は一応安堵のため息で溢れる。
「こえー!よく無事だったな!」
「無敵の装甲。というわけですか。強いわけだ。」
モンシアとベイトが呆れる。
「味方にするととんでもないわね。ああ、味方じゃないんだっけ。」
ルーシーは相変わらず落ち着き払っている。
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