第122話
ブロックの雨あられが滝のように降りしきる中、どうにかクイーンローゼス号の上空までまで辿り着いた。
クイーンローゼス号は10キロメートル地点からさらに5キロメートルほど沖に退避していた。上空に円盤の影はなく、月明かりの空が事も無げに俺達を照らしている。
後ろ側の空を見れば、この世のものとも思えない惨状だ。
次々と巨大な物体が降り注ぎ轟音を響かせ水飛沫が荒波を発生させている。したがって船はそうとう揺れているだろう。
船の横に背中を向いて、入ってきたときのように階段のタラップをデッキに下ろしてくれた。
「ねえ、船揺れてるみたいだけど、スズメの中の方が安全なんじゃないの?」
クリスが言ってしまった。
「多分そうなんだろうが、俺達だけこうしているわけにもいかないだろうから・・・。」
ロザミィにこれ以上甘えるのもなんか嫌だし。
俺はそう言ってタラップを降りていった。
タラップから足を降ろしてデッキに立った瞬間から、船はゆらゆらグラグラ、デッキの真ん中にあるマストに急いで飛び付いてしまった。
俺に続いて降りてきたみんなも縁の手すりやどこからでも繋がっているのか分からないロープに掴まってバランスをとっている。
デッキにはベラやビルギットが出てきていて、同じようにロープなどを掴んで海の様子を見ていた。
「よう、勇者君。無事にお帰りだね。」
「なんとかな。そちらも無事なのか?」
「いったいなんだってんだい!?この騒ぎは!?突然街が消えたって言うから来てみたら、それどころじゃないでっかい円盤が現れやがって!おまけに崩れ落ちそうときている!」
「ルーシーがいなければ全員幻を見せられ続けて、どうなったか分かったものじゃない。」
「幻!?あの街が幻だったってのかい!?ヤバい相手と戦ってるってのは分かっちゃいたけど、いくらなんでもやり過ぎだよ!」
こう話している間もグラグラ揺れる船。
「ロザミィなんとかして。」
クリスが背中を向けたままの巨大スズメに無茶なことをいう。
巨大スズメは背中を向けたまま首だけ180度クルリとこちらを向いた。
向こう向きだったから気付かなかったが、頭の上が半分くらいに押し潰されていた。
さっきのぶつかったブロックはやっぱり無事じゃなかったのか・・・。
「しょうがないなー。」
中のロザミィがそう言うと、スズメの体が海に沈んでいって船の横を覆う壁になった。全長80メートルはある船なのだが、船体をスッポリ覆い隠すくらいの、まさに防波堤だ。
潰れた頭が俺達の前に飛び出ているのが不格好ではある。
海自体が荒れてるので多少は揺れるが、波が直接ぶち当たることはなくなったのでだいぶ揺れは収まったようだ。
ふーっと息を吐く俺達。
なんとか落ち着いたので周りの様子を見てみる。
何も無かった島には、今や巨大なブロックが縦に斜めに積み上がり、炎上して真っ赤に暗闇を染めている。立ち上る黒煙もごうごうと島を覆い、破滅的な光景を作り出す。
未だブロックは島に海に落ち続け、危険がまだ去っていないのが分かる。あとどのくらい続くのか予想もつかないが、しばらく俺達はここで動けないのは間違いない。
この絶望的でしかし現実離れし過ぎて幻想的とさえ思える情景を目にやけつけ、俺達は言葉を無くし船のデッキから一歩も動けないでいるのだ。
だが、俺はあることに気付いてしまった。とても重要なことに。
「待ってくれ。だとするとあの島で見つけたリーヴァの痕跡は全部マリアの作り出した幻想だったということか?だとするとあの島には、もうセイラとリーヴァ、ロザミィしか残ってはいないが、彼女達のアジトは無かったということになるのか?」
俺の言っていることに気が付いてくれたのか、皆黙って俺の顔を見ている。
「だとすると・・・。彼女達のアジトは・・・どこに?」
痛恨の言葉だ。
一番星から始まって、その周辺の小島、二番星、さらにその周辺の小島、三番星。周辺に小島は無さそうだ。俺達はこの星の屑諸島を探し終えた。
三番星は実際には探せてないが、何かあるように見えなかったし、瓦礫がうず高く降り注いでいる今、捜索はもう不可能だ。
いったいどこにあるんだ?
そもそもこの周辺にアジトがあるということ自体が間違いだったのか?
どこか探し忘れ、見過ごしがあったのか?
「どうやら上手く出し抜かれたようね。私達は周辺の島で奴等のアジトの痕跡を見つけられなかった。セイラの言うゲームはこれで完敗ってところかしらね。」
ルーシーは腕を組んで口を開く。
完敗・・・。3月15日から始まって今日、開けて31日。半月の捜索で手掛かりを掴めなかった。
「ルーシーが言っていたな。ピースの欠けたパズル。謎が解けない限りアジトは見つけられないような気がする、と。」
「そうだったわね。ロザミィ、あなたの嘴が口走った、アジトはこんなところに無い。という発言の意味。一番星で捜索を終えて何もないと思われた木を隠した訳。」
「そして二番星でルカとエルがくれたヒント。二番星にはない。あの島で過去に何が起きたか考えろ。残念ながら俺達はその全ての答えを得ていない。」
俺とルーシーはこの最終問題のカタをつけなければ、結局どうにもならないのだと思い知った。
「ロザミィ。そろそろ教えて。こんなところにではない、と言うのなら、どんな所にあると言うの?」
「えー。今ちょっと手が離せないなー。」
「手が離せなくても口は話せるでしょう。」
「うーん。もうゲームは終わったんだから聞いても無駄だよー。もうすぐセイラお姉さんが来るだろうから、セイラお姉さんに聞いたらー?」
「セイラが?」
防波堤になって頭だけ出ているスズメがあらぬことを口走った。
もうすぐセイラが来る?
ゲームオーバー、俺達に引導を渡すためにやって来ると言うのか。
その時、どこからともなく、バサバサと翼がはためく音が西の空に聞こえてきた。
ハッとする一同。西のまだ崩壊が続く円盤の浮いている島の方向を見上げる。
間違いない。それはセイラ登場の証だ。
燃え盛る火柱に写ったその影は島へと上陸したようだ。
「なるほど。私を誘っているのね。終わりを迎えるのにはお誂え向きのロケーションね。」
「ルーシー!行くつもりなのか!?」
俺は叫んだ。
「お呼びとあらばね。勇者様や他のみんなはここに残ってちょうだい。まだ体力が回復していないだろうし、セイラとの決着は私一人でつける。」
「そんなの駄目だよ。セイラは私の親友だし、私は体力なんて減ってない。」
ルーシーの無謀な提案にクリスがすぐに割って入った。
「そうだったわね。分かった。一緒に行きましょう。」
クリスの言葉にルーシーは納得したようだ。
「待て待て!確かに何の役にもたたないだろうが、俺も連れていってくれ!この戦いを見届けさせてくれ!」
俺も必死に懇願した。ここでおいてけぼりは冗談じゃない!
「でも、勇者様は体力が持たないかもしれないわ。」
「大丈夫だ!大丈夫!」
「私が肩を貸してあげるよ。勇者も一緒に連れていこう。」
拒否するルーシーにさらに懇願する俺。クリスが援護してくれた。
「そう?じゃあクリスお願いね。」
「うん。」
「ありがとう。クリス。」
ルーシーから許可が出て俺はクリスにお礼を言った。
「さすがに団体様でご招待とはいかねえだろうな。」
「どうかご無事で戻ってきて下さいよ。」
アレンとベイトが俺達にエールを送ってくれた。
「どうやって行くのー?私は手が離せないよ?」
ロザミィが言った。
「救命艇を使わせてもらうわ。どちらにしろあなたはセイラの操り人形。セイラの元に行かせるわけにはいかないわ。」
「ぶー!操り人形なんかじゃないよー!」
ルーシーの言葉に不満気にしかめっ面をする頭半分のスズメ。
自害しろと言われて実行するのは操り人形というより傀儡という他無い。
いったいどんな関係性なんだ。
「気を付けてください!本当に気を付けてください!」
「もう、戻らなかったら・・・なんて言葉は聞きたくないわよ?」
フラウとルセットがルーシーを励ます。
「ふふ。大丈夫。私が負けることはない。」
ルーシーが自信満々で言い放った。ちょっと過剰過ぎないか。
「明るくなるまで待っちゃどうだい。まだ落下物が落ちてきてる。危険過ぎるよ。」
ベラが引き留める。確かにその方が良さそうなのだが。
「待たせちゃ悪いわ。それに、今だからこそできることもある。」
あの降り注ぐ巨大なブロックを味方につけるつもりか。
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