第65話



俺達はログハウスから出て準備万端だ。

ロザミィが巨大鳥になりつつ荷物を同化させる。ログハウスはそのまま放置するらしい。

大丈夫かと思うが木製だし環境を壊す事はないだろう。

後で来た人が不毛の島でどうやってこれを作ったのかと疑問に思うかもしれないが。


ロザミィの頭の上に乗り込むクリスとフラウ。

おっかなびっくりのフラウだったが階段まで作ってくれてスムーズに乗り込む事が出来た。

頭の窪みの座席に座る二人。


「勇者、行ってくるね。」

「が、頑張りますー。」

「ああ、気を付けて。」


「頼んだわよ。」

「はーい。お空にゴー!!」


眉間にシワを寄せて垂直に飛び上がるロザミィ。


「うひゃー!」


フラウの絶叫とともに高度を上げ崖の方へと飛び立っていった。


残された俺とルーシー。


「二人っきりね。」

「なんか凄く久々だな。」


ん?いつ以来だ?セイラと戦った時かな。


「じゃあ、気合い入れて行きましょうか。」

「ああ。よろしく。」



ハイキング気分とはいかない険しい道筋だった。

フラウは体力が無い方ではあるが、全く無いわけでもない。

それが何時間か海岸線を歩いただけでクタクタになるのも仕方ないことだった。交代して正解だ。


まず足場が悪く凸凹の岩礁を2キロほど歩く。腰の高さほどの高低差の段差もある。深く陸地に広がった場所もある。当然それも捜索の対象なので周囲を見渡す。

そこまでで1時間はかかった。普通に歩くスピードからすれば2倍の時間がかかっているということになる。

ログハウスはまだ遠くない位置に見えている。

ここからは道が分かれている。直進すれば海岸線の続きだが、左手には最初の袋小路だ。


「さて、お楽しみはこれからね。」

「何が出てくるかな。」


俺達は息を整えながらその先の積み重なった岩の坂を見上げた。


空から見下ろしていた時は感じなかったが、下から登るつもりで見上げると結構な急斜面に岩が積み上がって危険度は高い。

背の高さほどのもの、足場が少なく踏み外しそうになるもの、そういった岩を登って奥の袋小路に入って行かなければならない。

両隣の高い崖は数十メートルの高さだが、谷になっているこの入り口は10メートルないくらいだ。大丈夫だろう・・・と、空から見ていたときは思っていたが・・・。


ロザミィやクリスのありがたみが分かるアスレチックだな。


俺達は荷物を背中から下ろしてロープにくくりつけた。

もう一方のロープの端を自分の体に結び、上がってから引っ張り上げる算段だ。途中で落ちないようにしっかり結ばないとな。


ルーシーがまず手頃な段差の岩を登り始めた。

俺も下の岩に足を掛ける。

そのまま足場に登れそうな場合はそのまま、手に届かない場合はハンマーでハーケンを打ち付けて登らなければならない。

腰に巻いたハーネスにロープをくくりつけ、俺とルーシーを結ぶ。

上のルーシーが頭上辺りにハーケンを打ち、下の俺が腰辺りまで引き上げる。ハーケンがそのまま次の足場として使え、また頭上にハーケンを打ち付ける。こういう作業だ。


しかし太ももが露出している服の下に居るのはちょっと照れてしまうな。そんなことを言ってる場合じゃないのは分かっているが。


「なーに?勇者様私の太股がそんなに気になるの?ちょっと見せてあげよっかー。」


チラチラとスカートの裾を上げるルーシー。


「バカ!止めろ!落ちるぞ!」


まだ数段登ったばかりで落ちてもどうと言うことはないのだが、俺がずっこけてしまいそうだ。


中腹辺りで手が届かない段差があったようでルーシーがハーケンをハンマーが打ち付けた。

ルーシーの細腕でハーケンを岩に打ち付けられるのかと心配したが、そんな心配をものともせず一撃で根元まで差し込んだ。

俺はギョッとした。

なんてパワーだ。多分俺でも数発はハンマーを叩いたはずだ。


「勇者様お願い。引っ張ってー。」


ハーケンにロープをかけたルーシーが催促した。


「ああ。行くぞ。」


宙ぶらりんになるルーシー。


「わーい。勇者様に高い高いされてるみたい。」

「あまり動くなよ。外れたら大事だぞ。」

「ウフフ。大丈夫よ。ありがとう。ここ登れそうだわ。」


結局ハーケンを使ったのは3回ほどで10メートルの岩場を登りきった。ロープに結んでいた荷物を引き上げやっと袋小路の入り口に入ったことになる。


改めて2つの崖の谷間を見てみる。昨日クリスが崖の上の亀裂を見ていたが、この大きな谷間も同じようにもともと左右の崖が分断されて出来たものであろうか。

小石や砂が堆積して一応歩けるが平坦な道ではない。まさに亀裂の底という様相だ。

左右に高い崖が聳えているので辺りは暗く冷たい。

登ってきた岩場からまずは斜めに下り坂になっている。

砂利に足を取られないよう気を付けながら滑り降りる俺達。


「確かに雰囲気だけはあるわね。なんかすごい冒険しているって感じ。ロマンあるわー。」

「ルーシーがロマンなんて言うのは珍しいな。実質的なものにしか興味がないと思ってた。」

「へ?私どんな風に思われてるのよ。ロマン大好きっ子ちゃんよ。」


道幅は基本的に広いが人一人がやっと通れるようにすぼまっていたり、岩が崩れて壁になりそれを登らなければならなかったりする場所もある。

ジグザグになった谷間の道は今にも崩れ落ちそうで、生き埋めになってしまえば助からないのではないかという不安を感じさせる。


途中、この諸島に来て初めての横穴らしきものも見つけた。


まさかと思い荷物を置いて入ってみる。

中はさらに暗く冷たい。斜めに片寄った岩の畳、それが折り重なっている感じだ。広さ高さは二人入るのにじゅうぶんに広い。

しかし期待したほどの深さはなく10メートルほどでどん詰まりになって、すぐに何もないと分かる。


「やはり何もないか。なかなか下馬評を裏切ってくれないな。」

「勇者様ここ寒いわね。」

「ああ。この諸島に来て一番の冷え込みかもな。」

「寒い。」

「何もなさそうだし、早く出ようか。」

「ねえ勇者様。少し抱き締めて暖めて。」


ビックリしてルーシーを振り向く。

冗談かと思ったが顔は笑っていない。


「ここなら突然ロザミィやクリスが来て邪魔されるってこともないでしょ?ちょっとの間勇者様を独り占めさせて。」


俺は黙ってルーシーに近寄った。

なーんて、冗談よ、と言われるかと警戒したが、ルーシーは抱き付いてきた。


「ふー。勇者様暖かい。」


「ルーシー。」


この状況で何を話したら良いのか分からない。

彼女は俺を独り占めしてどうするつもりなんだ。


しばらく無言で抱き締めたまま動かなかった。

呼吸の音だけが響く洞窟。


そのうち足が辛くなってきて。


「ルーシー、そろそろ・・・。」

「フフっ、そうね。みんな一生懸命にやってるのに私達がサボってると怒られちゃうわね。」

「ハハハ。でも休憩は必要だよ。」


それから横穴を出て再び南端の崖の切れ目を目指す。


長い悪路だったがこれと言って今までと変化はない。

ルーシーは鼻歌まじりで軽快に歩いていく。


「ハァハァ、ご機嫌だな。」

「勇者様分を補給したから元気いっぱいよ。」

「なるほど、俺もそいつを補給したいな。ハァハァ。」

「ウフフ。もう少しよ。頑張ってー。」


丈の長いU字に切り立った崖の先に辿り着く。

南端は船で見た通りの絶壁。先には魔物が棲む海域が広がっている。


「はー。いい眺めね。」

「ようやく一つ目の袋小路か。」

「ウフフ。2日であと二つ行けそう?」

「うーん。これから戻って海岸線を行ってもう一合か・・・。3日かけてもいいかな?」


「ウフフフフっ。」


ルーシーがさも楽しそうに笑う。俺もつられて笑った。

ちょっと見立てが欲張りすぎたか。進む分の計算だけして戻る分を計算に入れてなかった。

戻る分の時間を入れると中途半端になりどっちにつかない。

それと距離に比べてかかる時間と使う体力が桁違いだ。


「それじゃ、ここでお弁当にしましょ。」


ルーシーは崖から足を投げ出して座り、荷物からゴソゴソと弁当箱と水筒を取り出した。俺もそれにならって横に座り弁当箱を取り出す。

投げ出した足の先が海でゾクッとする。


朝にフラウが言ったようにバゲットにソーセージが挟まったサンドイッチだ。輪切りにしてあり、串が刺さって手でつかまなくてもよくなっていた。しかも美味い!


「さすがフラウねー。行き届いてる。」

「そうだな。またお礼言っておかないと。」

「ホントにお礼言っておかないと。こうして勇者様と二人でお弁当食べれるなんて、すっごく嬉しい。」

「ハハッ。初心に帰った気分だな。」

「こんな崖の上で二人並んでお弁当食べるとは思ってなかったわね。初心といえば、勇者様は前のパーティーではさぞモテモテだったんでしょうね?大陸を救って旅してる勇者なんて、女の子が放っておかなかったんじゃない?」


「なんだそりゃ。聞いたこともない話だな。殺伐としていてそんな余裕なんかなかったよ。どちらかというと、各地の自警団の男達とばかり過ごしていたな。みんな疲れきった顔をしていたのが魔王の差し金とは気付かなかったけどな。」


「ふーん。そうなんだ。」

「あ、今笑ったな。いいよいいよ。俺はどうせ鈍感さ。今の女の子ばかりパーティーでどうしていいかいまだに分かってないさ。」

「別に笑ってないわよ。でもそうねー。実際はモテモテだったのに気付いてなかったのかもしれないわねー。もったいないことしたわね。」

「なんだよそれ。別にモテるために旅してたわけじゃないぞ。魔王を倒すためだが・・・まあそれはいいや。」


ゆっくりとした時間が流れる。

くだらない話をしながらのんびり休憩。

悪くないロケーション。

綺麗で頼もしいパートナー。


だが、ここに来たのは遊ぶためではない。


「そろそろ戻るか。」

「そうね。海岸線を越えて次の分かれ道までは行きたいものね。」


そうして来た道を引き返す俺達。

甘いお菓子などを口に含みながらしっかり歩く。


入り口の崖まで戻って来た。

ハーケンを崖の上の岩に刺してロープを通し輪になった金具でラペリングする。ロープを引っ張って回収。


休憩もあったが、往復で4時間くらいかかったことになる。

ここまでの険しさは想定していなかった。もう少し余裕をもった計画が必要だな。


分かれ道の右手、海岸線を西に移動する。

北西の海に小島が見える。ベイト達はあの付近を捜索しているのだろうか。


「勇者様飴玉食べる?」

「ああ、もらおうかな。」

「はーい。子供の頃食べてたって言ってたわよね。」

「うん。田舎の村だったけどアルビオンにはそう遠くなかったから、物は流れていたんだよな。買えなかっただけで。」


満ち潮になっていて、海岸線の岩礁は水位が高くなっている。

広かったであろう道幅の半分の端っこを渡り岩場を上下に登り降りする俺達。


「ルーシーはどんな子供時代を過ごしていたんふぁ?アーガマ出身とは聞いたが、それ以外何も知らない。」


飴玉を頬張っているので語尾が変になったが気にしないでくれ。


「私も貧乏暮らしだったわ。ママと二人でひっそり暮らしてた。もっと前は賑やかだった時期もあるけど。」


「そうなのか。意外だな。もっと華やかな生活を送っていたのかと思っていた。」

「まさか。この剣中古で買ったのよ?しかもさらに値切って。」

「中古とは聞いたが、値切ったのか。そしていかほどで?」

「勇者様、値段に敏感ね。5000ゴールドで買い叩いてやったわ!」

「うおおっ!安い!その値段でこれだけ活躍したらその剣も勲章ものだろう。」



やはり一時間くらいかかって第二の分かれ道まで来た。

例によって右手が海岸線の続き、左手は袋小路だ。


仮に袋小路の往復に4時間かかるとすると夕暮れ時期にギリギリ帰れるかという感じか。

しかしアクシデントが起きたり、見込みが違えば、暗い夜道を引き返すことになる。

どんな道か行ってみるまで分からない。

ここは安全策と体力温存を考えて、捜索は明日に持ち越すべきか。

だがまだ日は高いので休むには早いような気もする。


一つの岩に俺とルーシーが腰を下ろして休憩していると、空からバサバサと翼の音が聞こえた。

当然ロザミィの音だ。


ロザミィが俺達の近くに着地するより早くクリスがジャンプして降りてきて、座っている俺に突進して抱き付いた。


「勇者、ルーシーに何かされた?」


「開口一番になんてことを言うのよ。」

「いや別に何もされてないよ。」


「勇者とルーシーどうしたの?」


フラウもロザミィの頭の横から生えてきた階段を降りてきてこっちにやって来た。


「どうかしたんですか?」

「休憩中?」


ロザミィのスズメ頭が横に180度回転した。


「ああ、袋小路に入って往復すると時間がギリギリにアウトしそうだから、今日はこの辺で切り上げるか考えてたんだ。」

「そうなんだ。時間が思ったよりかかったんだね。ルーシーと何かしてた?」

「してないわよ。何をしてたって想定してるのよあんたは。」


ルーシーは顔を赤くしてクリスに突っ込んだ。


「それなら空中の捜索も終わったし、私とロザミィが一緒に行って、帰りはロザミィに飛んで帰ってもらおうよ。フラウはお留守番。」


俺とルーシーは顔を見合わせた。


そうか。それなら帰りの時間は浮くので日のある内に捜索は終了しそうだ。


「私はお留守番ですか?それならロザミィさんとクリスさん二人で行った方が身軽で早い気もしますが。」


フラウが言ってはいけないことを口走った。


「まあ一応探すのが仕事なんだし、早ければ良いってものでもないから・・・。」


自分に言い聞かせるようにルーシーが呟く。

半日かけての捜索が非効率で足手まといだったとは思いたくはないからな・・・。


「そいじゃ、ログハウスと荷物はここに置いとくね。フラウちゃんは夕食の支度でもしてあげててね。」

「はい。お作りして待ってます。」


ロザミィが仕切りだした。昨日と同じようにログハウスをその辺に作り出す。巨大鳥から人間にも戻っている。


「フラウ。悪いわね。朝昼晩作らせちゃって。」

「いいえ。こういうことしか出来ませんから。そちらも頑張って下さい。」


俺とルーシーは立ち上がった。ついでにクリスも。


俺達4人は歩いて二つ目の袋小路の入り口に向かう。

入り口は右から斜めに坂になっている。入るのには簡単だったが、道筋は簡単ではなかった。


まず岩が崩れていてトンネルのようになっていた。それが入り組んで層になっている。下に深く長く続いている穴。その上に浅く崩れて短い通路になっている穴。

いつ崩れるか分からない。入るのは危険だ。上に登るのも危険だ。


こういう場合、俺とルーシーだけなら横の岩壁にハーケンを打ち込み安全を確保しながら横に移動していくのだろうが・・・。


「入ってみようよー。面白そう!」

「崩れたらどうするの。あなたは大丈夫かもしれないけど、私達は生き埋めになっちゃうわよ。」

「大丈夫だよー。支え棒をその都度設置していくから。」


こうロザミィが積極的な分、ここにアジトが無いことの証明になるのだが、かといって捜索しないわけにもいかない。

安全さえ確保出来るなら俺も興味はある。


ロザミィが先頭に下の深い穴に入っていった。

それにルーシーが続く。その後ろを俺が。

ロザミィは4メートル間隔で太い棒のようなものを天井と地面に突っ返させた。強力なバネで上下に拡がっている。棒の先には皿のような鉄板がフラットに付いている。拳ほどの太さでしっかりしているようだ。


穴の中は岩盤がずれ落ちたという感じで、角度の違う二枚の板の間を通っていると言うのが伝わりやすいかもしれない。

地面も天井も水平ではない。

よって俺達は斜めになった地面を歩かなければならない。

直進しているのではなく、緩やかに蛇行している。

先が見えずどのくらい続いているのか入り口からでは確認できない。

外はまだ日が高いがここは暗く冷たい。

息が詰まりそうな圧迫感がある。思ったよりも長いトンネルだからか。


俺の後ろに付いてきていたクリスが俺の上着をちょっと引っ張った。


「ねえ勇者。ルーシーとなにをやった?」

「やけにこだわるな。別に何もやってないよ。ただ、こういう寒い場所で身を寄せて暖をとったりはしたかな・・・。」


俺は言いながら前を歩くルーシーの方をチラリと見た。

ルーシーはこちらを振り向くでもなく前を向いて歩いているが、俺の言葉を聞いてはいるようだ。


「ふーん。」


納得したのかしないのか、曖昧に返事するクリス。


「ルーシーがウキウキしてたから何かあったのかと思った。」

「そんなウキウキしてたかな?鼻歌は歌っていたが。ははは。クリスは知らないか。」

「知ってるよ。見てた。崖の上から。」


え?っと思って振り返る。

クリスの目が冷たく光って見えた。


ゴクリと生唾を飲み込む。


と、思ったが一瞬で顔をほころばした。


「嘘。」


なんだビックリさせるなよ。


「ところでそちらの成果はどうだったの?」


ルーシーが何事もなかったように突然話題を振った。


「何もない。昨日勇者と見た亀裂とか崖の外壁とかと一緒だった。もちろん天盤にも見る物自体がない。」


クリスも何事もなかったように答える。


「こっちも同じようなものね。そろそろ出れそう。」


ロザミィが進んでいる場所に光が射している。


トンネルを抜けると、今度は逆に左右に大きく広がった空間に出た。

背の高さ程に隆起したり陥没したり大きな石畳の列が波状に並び、立ち入るものを拒んでいるように見える。


「あー。面白かった!」

「上の方はどうしましょうか・・・。」

「帰りにロザミィに低空飛行して見せてもらおうか。」


振り返りながらロザミィ、ルーシー、クリスが話す。


凸凹になった石畳を滑らないように歩き出す俺達。

左右大きく広がっているので、壁際を間近でチェックしやすいように俺達も左右に分かれて行動することにした。

ルーシーとクリスが俺を見る。どちらか選べと言われそうな気配がしたので、ロザミィの手を引き左側を見て進むことにした。


ルーシーとクリスの痛い視線を受け流しながら壁をくまなく眺める。


「勇者ちゃん、私に気があるの?」

「お前は敵だろ。」

「いやーん。わだかまりが解けてないー。」


セイラといつでも繋がっている以上解けるわけもなかろう。


「あれ?上の方に何かある。」


しばらく歩く、と言うか登ったり下ったりして進んでいくと、ロザミィが上を見上げながら立ち止まった。

つられて俺もその方を見る。

10メートルくらい上に横に亀裂が入っていた。

人が入れる程ではない。俺達が探しているのは人の出入りできるスペースなので、無視しても良さそうだが・・・。

もし見てみるなら壁をハーケンで登る必要がある。


と、考えているとロザミィが空中を歩いて高い位置まで浮き上がっていた。上を見上げる視界に入ってきたのでスカートの中が見えてしまった。

思わず目をそむける。


「なんにもなーい。勇者ちゃんも見てみる?」

「いや、無いならいいんだ。人も入れなそうだしな。」

「でも私が見ただけじゃ信用できないんでしょ?」

「そうだけど、そこに何も無いことはここからでも分かるよ。」

「試しに歩いてみてよー。私が足場を作ってあげるから。」


え?そんな事が出来るのか?

思わず上を見上げる。

ロザミィが仁王立ちで空中に立っていた。


俺は渋い顔でロザミィのパンツを見上げた。


「だが、どうやればいいんだ?」

「空中に足場があると思って足を乗せればいいんだよ。」

「そんなに上手くいくのか?」

「わかんない。だから試しって言ってるじゃん。」


これは心強い言葉を頂いたものだ。

だが俺の悪い癖なのだろうか、止せば良いのに試してみたくなるのが心情というやつだ。


恐る恐る足を階段の一段目に乗せるように上げてみる。

降ろそうとする。何かに触れた。

何もないのに足が地面に着かずに空中で踏み下ろせない。

一段目はいい、問題はこの状態で左足を地面から離して二段目に乗せることだ。

ゆっくり左足を上げる。ゆっくり上げていたので先に体のバランスを崩してしまう。

おおっと、という感じで何もない空中を手であおいだ。

何もない空中に手で触れるものがある。それを掴んでバランスを保つことが出来た。


再びロザミィを見上げる。


「真下に動く物体を障壁でブロックしているんだよ。自動だから発生ミスはないよ。この付近10メートルくらいに勇者ちゃんだけを支える障壁を発生させるエリアを作ったから遊んでもいいよー。」


スカートをたくしあげて妖艶な笑みを浮かべているロザミィ。


「勇者ちゃんの視線が気になるー。早く上がってきてみなよー。」


俺は下を見下ろした。

頭はブロックされない。真下への動きではないからか。

動きにコツが要るようだ。

円運動のように斜め下には動ける。重力に捕まって真下に落ちようとする時に壁が発生する。空気を板のように固いものにする。一瞬で消えて点滅するように次々と発生し続ける。


俺は一気に上に駆け登った。

何もない空中を歩く妙な感覚。

怖いような面白いような。


「やーん。勇者ちゃんがパンツに飛び付いてきたー。」


ロザミィのパンツを見るために飛び出したわけではないが、やる気を出すタイミングが悪かったか。

止まる時に真下方向を意識しながら足や手を動かす。

ロザミィの居る高さまで来た。壁の亀裂の中には小石が乗っているだけだった。


「勇者ちゃん、楽しかったー?」


ロザミィが空中に立っている俺に寄ってきて手を握った。

とても悔しいが正直新感覚を味わえて俺の顔は綻んでいる。


「楽しい。他人にもこんな事を出来るなんて、驚いた。」


右側の壁を見ていたクリスとルーシーもこちらを見て驚いていた。


「勇者が空飛んでる。」

「なにそれ・・・。」


ロザミィに掴まれた手をほどいて振って答えた。

しかし、下りるときが難しそうだな。


「勇者ちゃん、覚えが良いからすぐに出来るようになったね。じゃあこれも体験しちゃう?」


何を、と言い出すつもりが、突然足が浮遊感で持ち上げられた。足を掬われたように後ろに倒れる。

お、落ちる!


下は凸凹の岩盤。受け身を取れても10メートルの高さから落ちるのは危ない!


背中から倒れたが空中に居るままだった。

クッションのようなブヨブヨの何かに体が包まれている。

上からロザミィが俺の上に落ちてきた。

顔の上に股を乗せるように。


「あん!勇者ちゃん、そっちの体験は今はダメだよー?」

「お前が落ちてきたんだろ!それより、これは?」


何も見えないが亀裂が横に入った10メートルの高さに俺とロザミィが浮いている。

しかし、ブヨブヨの何かに包まれている感覚だけはある。

息苦しくはない。


巨大鳥の中か!

透けて周囲全部が見渡せる。


「勇者ちゃん、あんまりキョロキョロしないで・・・。お股が切なくなっちゃう。」

「中はこんな風になっていたのか。」

「勇者ちゃんのえっち。」

「お前の股の事じゃない。」

「それじゃー、ちょっと飛んでみるね。」

「ま、待て、この体勢で飛ぶのは・・・!」


背景が一気にギューンと流れていく。地面に背中を着けた状態のまま飛んでいくのは落ちないと分かっていても恐ろしい。

頭の上に乗っていたときとはまるで別感覚だ。


背筋がゾッとして思わずロザミィの両太股をガッシリ掴んでしまった。


「わかった!わかったから取り敢えず降ろしてくれ!」

「えー。もう?しょうがないなー。」


すぐに背景が元の位置に戻っていき、地面スレスレのところで解除された。


「はい。終わり。」


ロザミィが俺の頭の上から腰を上げて立ち退いた。

やっとの思いで俺も立ち上がる。


「勇者大丈夫なの?」


クリスが近くに来ていた。


「なんとか。でも凄いな。俺まで空中を歩けたり巨大鳥の中に入る事が出来るなんて。」

「楽しかったでしょー。ウフフ。」

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