15、出航

第40話

15、出航


せめてお悔やみをと思い俺達は自警団の詰所に向かった。

中ではまばらな人が沈痛な面持ちで机にふせっていたり、それでも何かの仕事に負われて重い体を引きずっていた。


俺達を見て机にふせって頭を抱えていたビコックが出てきた。


「いや、大変なことになりました。壊滅です。ここの人員はね。」

「すまなかった。皆を守ることが出来なかった。悔やんでも悔やみきれない。」

「いえいえ、あなた達が浜辺で粘ってくれたからこれで済んだんですよ。もしあいつが町に出てたら。」


ゾッとする。

人が溢れる町に奴が出てくれば何倍、いや、何十倍の被害が出たことだろう。


「モンスター相手の戦闘には多少は自信があったんですがね。異質過ぎましたね。まず姿を消されては迎撃しようがない。正直次来たらどうしていいかお手上げです。人員は他の部所から回してもらうしかないですが、戦艦は今停泊してる商船を買い取って改造するしか間に合いません。訓練も必要でしょうし、この町きっての大ピンチです。」

「早ければ明日にでも俺達はアジト探索に向かって出航することになる。ここの体勢が整うまでクイーンローゼス号を防衛に回してもらうよう頼もうか?」

「いえ、我々の期待は一刻も早くアジトを見つけてもらうことですよ。それが可能ならばですがね。」

「そうか。」


奥からアレンが出てきた。


「よう勇者の旦那。ルセットに続いて俺も助けられたな。」

「いや助けられたのは俺達の方だ。あの時巨大鳥に戦艦ごと特攻してくれなければ本体を引きずり出すことも出来たかどうか。君達の決死の勇気に敬服するよ。」

「そう言ってもらえると死んだ仲間達も浮かばれますぜ。」


顔を伏せるアレン。多くの仲間を失った直後だ。かける言葉が見つからない。


「あんた達の戦いを見て、勇者の名前が伊達じゃないことはわかったよ。せいぜい足手まといにならないよう付いていくから、よろしく頼むぜ。」


アレンはそう言って俺の肩を叩きながら入れ違いに外に出ていった。


「ルセットの早めの復帰をお願いしにね。明日にはと言うのは無理ですが。」


と、ビコックが行き先を説明してくれた。


ルセット。術動式装置を開発した人物。それほど重要な人物なのだろうか。


あまり長居しても邪魔になるだけだ。俺達はその場をあとにした。



ホテルに戻り順番にシャワーで海水を洗い流す。

服を着替え居間のソファーでただ黙って座っている。

気力を削られてしまった。

明日からまた戦いが始まるというのに。


俺が最後にシャワーから出る。

3人が居間で座っている。


「ルーシー。やつにはどうすれば勝てるんだろう?」


さっきから考えてる疑問をルーシーに聞いてみた。


ソファーにもたれながらフーッと一息吐くルーシー。


「ごめんなさい。思い付かないわ。」


今までルーシーなら何らかの糸口を見つけてくれていた。

その言葉はショックだ。


「私がアイツを離したせいで・・・。」


クリスが肩を落とし椅子にうなだれている。

俺はクリスの横に立ち肩に手を置く。


「全員出来ることをやった。誰のせいでもないさ。」

「私も鳥みたいに変身して追いかければ防げたかもしれない。」


細い肩が震えている。


ルーシーが前のめりになる。


「私はクリスを人間と思ってるから普段考えなかったんだけど、クリスが骨針を出したり傷を治すのにリフレッシュさせる以外の変身能力をやたらと使わないのは、クリス自身の本能が能力をセーブしているからだと思うの。」

「どうしてですか?」


ソファーにちょこんと座っているフラウが聞く。


「アイツらは人間の血を丸ごと飲んだりしてる、クリスは?」

「俺の唾液だな。」

「まあ最近頻繁になった気もするし、ほとんど趣味でやってるような気もするけど、エネルギー源に差があるからだと思うのよ。だからその制限を破って何かに変身しようとするのはやめた方がいい。」

「趣味じゃないよ。」


クリスがそこに反応する。


「俺とキスするの嫌いか?」


いつもの反撃にクリスをからかってみる。


「ううん。好き。」


ちょっと困った顔をして答えた。素直さが凶器だ。俺にダメージが入った。


「そう言えば勇者、ルーシーの下着に見とれてたね。」


あんな状況だったのに目ざとく見ていたのか。

からかうつもりが手痛い反撃を喰らってしまった。


「驚いただけだよ。あはは。」

「勇者様ホントにパンツ覗くのが好きなのね。言ってくれればいつでも見せるのに。」


ルーシーもクリスに乗っかって俺を攻める。


「勇者ルーシーのパンツ見たいの?」

「いや覗いたことなんて一度もないからな?パンツが見たいのではなく綺麗なものに目を奪われただけだ。」


ルーシーが顔を赤くした。


「そんな事よりアイツの倒す方法を考えないと!明日明後日アジトを見つければまた奴と戦うことにもなるんだ!」


俺は割とまともな事を言って誤魔化した。


「ロザミィさんの能力を少しおさらいしてみてもいいですか?何か発見もあるかもしれませんし。」


フラウが膝を乗り出した。

俺達はうなずき、俺も空いた椅子に座った。


「まず最初の巨大鳥を第一形態、引きずり出したのを本体、さらに変身した巨大鳥を第二形態と呼びます。第一形態と第二形態が同じかどうかは後で。

最初は全形態で使用していた鈎爪付きの触手です。

長さ10メートル程、最大で50本程を同時に出現させるロザミィさんの最大で唯一の武器です。」


50本もあったのか。よく見ていたな。それと言われてみれば唯一の武器というのもそうだ。


「おそらくこれはクリスさんのように骨を使って変化させたものではなく、血管を体外に出して先端に鈎爪を付けているのではないでしょうか。そして人間の血液を自分の血管に直接取り込み、反応させてエネルギーに変換していると考えられます。」


血管。俺は奴を醜悪と感じた理由がようやく分かった。

腹のなかに固いもの感じて気分が悪くなった。


「おや、勇者様顔色が優れませんね。大丈夫ですか?」

「いや大丈夫だ。話を続けてくれ。」

「では、遠慮なく。

第一形態です。最大の特徴は空気から変化させた厚い装甲ですね。元が空気なので痛覚は当然ありません。砲弾やクリスさんの攻撃も効果はありませんでした。ですが燃やす事で間接的に本体にダメージを与えられました。これについても後述しますね。

問題の本体ですが、飛行している訳でもないのに何もない空中に立っていましたね。謎の能力ですが、おそらく膜のような薄い板のようなものを作り続けているんだと思います。空中に出来た物体は落下する。でも落下する前に消去して新しい物体を作ることで、その場に立ったまま別の物に飛び移った現象を起こしているんです。

ルーシーさん達の矢も壁のような膜を張り続けて運動エネルギーを減速させたんだと思います。ほんの足の裏だけ、矢の先だけ、薄い膜を張っていたのでクリスさんにも見えなかったんだと思います。

勇者様がわざと頭上にずらして放った矢を防御した事から、周囲に近付く飛行体を自動で防御しているとも考えます。

そして第二形態です。第一形態と本体の能力を兼ね備えていると考えていいと思います。近接攻撃を無効化する厚い装甲、遠隔攻撃を無効化する全方位の自動障壁。第一形態との比較を避けましたがこれだけじゃありません。

ロザミィさんが最後に飛んでいくときの姿を見ましたか?

なんと大きさが1.5倍くらいに膨らんでいました!全長30メートルです!

何故そんなに大きくなったのか?

後述すると言った炎上に対する防御方法です!

ルーシーさんに装甲パージの瞬間を狙われて本体にダメージを与えられました。だから装甲の中に装甲を付けて2重に本体を守るつもりなのではないでしょうか?

外からも内からも、どんな瞬間も完璧に守る鉄壁の防御力です!

そしてもし本体が露になったとしても一瞬で再生する能力。倒す手段は皆無と言っていいと思います。」


一気に捲し立てるフラウ。


よく気のつく娘さんだと思っていたが、これ程とは。


ルーシーの顔を見る。


ルーシーも俺の顔を見る。


俺達の顔は青ざめていた。


クリスの顔も見る。


真顔で俺を見返す。


こうしてピックアップされると恐ろしく手強い相手なのだとわかる。

倒すことなど本当にできるのか?



「そこで倒す方法ですが、この敵の最大で唯一の弱点はその攻撃方法にあると思います。

血管を変化させた触手です!

常に出しっぱなしです!

間違いなく本体に繋がっているというのに!」



俺達の頭に電撃が走る。

そりゃそうだ!間違いなく本体から出てきている!


「で、でも斬りまくってたけどダメージにはならなかったよ?」


クリスが戸惑う。


「おそらくですが、髪の毛や爪のような痛覚のない組織のようにダメージ自体は入らないようになっているんだと思います。斬ったり燃やしたりしても再生するまでもなく新たに伸ばすことで切り離せると。」

「でも、だとしたらどうやって倒すの?」


クリスがさらに聞く。


「私が犠牲者になります。」


フラウが一足飛びに意味のわからないことを言った。


「何を言っているんだ?」

「ルーシーさんちょっと。」


フラウは立ち上がりルーシーに耳打ちする。


「そんなこと出来るの?危険すぎるわ。」

「倒す方法が他にありません。」

「まだ時間はある。他の方法も考えましょう。」

「わかりました。でも、準備だけはしておきます。」



フラウとルーシーは俺とクリスに何も教えてはくれなかった。

いったい何故?



俺達は使用した矢、布、油の補充などでもう一度町に出掛けた。

なんと20ダース分の矢を購入。

その分の布と油も当然必要になる。

備えはある分に越したことはないが、買いすぎなのでは?


もう一度ホテルに戻る。

明日準備が整えば出航だ。朝になればここのホテルともお別れだな。

少なくとも21万ゴールド支払うことになるのか・・・。

快適ではあったが出費が痛い。

装備の慎重と今の補充と合わせると、この町でいくら使ったのやら。

あ、ベラに船賃もまだ払ってない。


俺は一足先にベッドに横になった。

奴を倒す方法に何か策があるのか、何故俺とクリスに何も言わないのか。

少し考えてみた。

何も思い付かない。


寝室にルーシーが入ってきた。

ルーシーは下着姿だった。

固まる俺。


「あー、今日は暑いわねー。あー、暑い暑い。」


船の上で見たものとはまた違う下着で、薄い緑のフリル付きの可愛いデザインだ。

俺の寝ているベッドに膝をたてて乗り上がる。

サイズがでかいので一歩二歩と膝で前に進む。


暑いことはないが。いったいどういう・・・。


「このまま下着姿で寝ちゃおっかなー。あら?勇者様先に寝てたの?そんなにじろじろ見られると恥ずかしいなー。」


恥ずかしいのは恥ずかしいのだろうが、隠す様子もない。


「ルーシー・・・。」

「ん?なに?何か言いたいことあるのかしら?」

「なにやってんだ・・・?」


寝ている俺の胸に顔を伏せるように倒れ込むルーシー。


「ううううっ、私も勇者様に褒められたいのよー。クリスばっかりズルいー。」

「何も泣くことはないだろ。」


そんなばっかりという程だったかな。まあクリスに催促されて言わされた感もあるな。


俺は上半身を起こしてルーシーを座らせた。


「最初に会った時覚えているか?魔王の城で俺達が魔王に雷撃を受けて死にそうになってた時だ。あの時最後に俺を見て微笑んでくれたよな?あの時君を見て今際の際に天使でも見てるのかと思ったよ。あの時からずっとルーシーは綺麗なままだ。顔は覚えてなかったがあの微笑みは忘れてなかった。」

「ああ、あああっ。」


泣いているんだか喜んでいるんだか顔を手で覆い声をあげるルーシー。


「天使の羽はどこかに忘れてきたのかな?あはは。変にそんなかっこしなくたって君は綺麗だよ。」


頭をポンポンと叩いた。


クリスとフラウが寝室に入ってきた。


下着姿で泣いているルーシーを前にしているのを見られてドキッとする。


「ルーシーも変態だったの?」

「承認要求が強いんじゃないですか。クリスさんと一緒ですよ。」

「うっさいわね!キス魔と一緒じゃないわよ!」


お前ら見てたのか。

急に元気になったルーシーもなんなんだろうか。


「じゃあもう寝るわよ。時間は指定してなかったけど、遅れたら白い目で見られるかもしれないからね。」


ルーシーは下着姿のままベッドに入る。

え?その姿でいつものように俺に抱きついて寝るつもりなのか?


俺はたじろいだ。

ベッドをバンバン叩いて催促するルーシー。


「勇者様がいないと寝れないわ。」


仕方なくベッドに入るとやはり俺の肩を枕にして抱きつくルーシー。

フラウもルーシーの横に入り事も無げに休む。


「では私も休みますね。おやすみなさい。」

「おやすみ。」


クリスは俺に覆い被さるようにベッドに入る。


「勇者、エネルギー使っちゃったから、補給していい?」


ああ、それはそうだが。


「いいけど。」


クリスが俺の唇に唇を重ねる。

ルーシーが足を絡ませるように体を密着させる。


なんなんだこの空間は。


俺は枕元に置いてあったシャーク人形に手を伸ばしお腹を押した。


「シャーック!」



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