第133話
また長い洞窟を歩かねばならないようだ。
今度は横に広く天井がアーチ状になった洞窟だ。左右に7~8メートル、高さは一番高い天辺で4~5メートル。やや暗く一直線に伸びていて先が見えない。
地面は水平にゴツゴツとした岩盤で覆われている。黒く波打ったような表面の模様が、かつてここに溶岩が流れていたと思わせた。
今はもう大丈夫なのだろうが、自分の立っている場所を思い返すとゾッとする。
しばらく歩くとルーシーが立ち止まった。
「ようやく会えたわね。リーヴァ。」
ルーシーのその声に先を見ると、長い髪の女。青いスリットの入ったドレス。間違いない。リーヴァが通路の途中に立っていた。
いよいよリーヴァとの邂逅。
「勇者様とクリスは後ろで見ていて。」
ルーシーがそう言ってリーヴァへ近付く。
一人でやるつもりか?
確かに俺達は足手まといにしかならないだろうが・・・。
恐ろしいリーヴァの能力にルーシーはどうやって戦うつもりなのか?
「私の能力に立ち向かって来るつもりなの?」
「そうしないと話が進まないってなら、しょうがないでしょう?」
リーヴァへさらに近付くルーシー。
「ここで10メートルちょうどね。あなたの能力、無条件でなんでも消せるというわけでは無いようね?射程距離がある。ここはどう?消せるのならやってみたら?」
ルーシーが挑発する。睨むリーヴァ。
そういえば近付くもの以外は消えてはいなかった。俺もそれは感じていた。
「さらに射程距離内であれば全てが一度に消えるというわけでもない。それなら足元の地面まで同時に消えてしまうものね。」
さらにルーシーが続ける。
リーヴァが背後から小盾ほどの大きさの鱗を複数出した。
しゅんしゅんと音を出して回転し、一度にルーシーに向かって飛んできた!
「危ない!」
クリスが叫ぶ。
恐ろしく鋭い刃物のようになっているそれは、ルーシーが受ければ大変なことになる!
剣を振り応戦するルーシー。
恐ろしく硬い印象があったのだが、ガラスを叩き割るように一撃で粉々に粉砕する。
呆気にとられる俺とクリス。
「どんなに硬くてもウィークポイントはある。壊れやすい場所が。物理的な攻撃が私に通用すると思わないでね?」
ルーシーの煽りに顔をうつむかせるリーヴァ。
「さて、消滅させられる能力の条件が距離だけじゃないならあとはなにかしら?きっとこれじゃない?」
ルーシーはごそごそと胸元に手を入れて何かを引き出した。
ブラジャー・・・か?
それをポイとリーヴァの方やや右寄りへ投げる。
次の瞬間。
それが砂のようになって消え去り、ルーシーは前方左寄りを駆けていく!
同時といってもいい。ルーシーがリーヴァの背後に立つ。
「消滅させられるものはあなたの視線に入ったもののみ。視線によってマークされたものが能力によって消し去られる。」
ハッとして振り向こうとするリーヴァ。
だが、リーヴァの顔の動きを察知して常に視界の裏に回り込むように動くルーシー。
「無駄よ。私はもう2度とあなたの視界に入らない。剣の届く距離。勝負あったわ。」
ルーシーの剣がリーヴァの首もとに添えられている。
勝負あり・・・?嘘だろ。まだ出会って数分も経ってないぞ。
リーヴァは悪あがきに背後にもう一度鱗を発現させる。が、ルーシーの剣によって一瞬で叩き割られる。
キョロキョロと振り向こうともするがルーシーは動きに合わせて視界に入らない。
「負けを認めなさい。剣を使いたくはない。」
リーヴァは伏せをするようにしゃがみこみ、後ろのルーシーを見上げようとする。
だが、ルーシーは剣先をリーヴァの首筋から離さず背後に立つ。
ふさふさとリーヴァの長い髪の毛が数本舞った。
剣先が首の皮を少し切りつけたようだ。
「抵抗するなら交渉決裂したとみなしてあなたを殺す。」
ルーシーが冷めた声でリーヴァを脅す。
姿は見えないがルーシーを背中越しに見上げながら顔面蒼白になるリーヴァ。
抵抗を諦めたらしく、肩を落とす。
「私の負けよ。いったいどうするつもり?」
「然るべき場所で然るべき報いを受けてもらうことになるでしょうね。まずはね。でも私の目的はあなた達との話し合いよ。あなたがどうするつもりなのかで対応は変わるわね。」
「話し合い?そうには見えないけど。」
「さあ、立って。」
ルーシーがリーヴァに立ち上がるように促す。
リーヴァはそれに素直に従う。
だが、ルーシーは視界には入ろうとしない。背後に立ったままだ。
「まあ、これから話し合うにあたって3つの質問に答えて欲しいの。」
「質問?」
「そう。まず1つ目。私に負けて悔しい?」
妙な質問だ。リーヴァはなんとも言えないしかめた顔をした。
「別に悔しく、ないわ。」
「もっと大きな声で言ってくれる?」
「悔しくない。」
「もう一回言ってくれる?」
「・・・悔しく、ありません。」
リーヴァは泣き出しそうになっている。
おいおい。これじゃ脅迫じゃないのか。
俺とクリスは呆然と見ていた。
「そう。良かった。悔しさが残っていたら後で反抗する気になっちゃうとも限らないからね。これで仲良く話ができそうね。もし悔しいって言ったら構わず殺すところだったわ。」
ルーシーがにこやかに言ったが、本気なのだろうか。
「2つ目の質問。あなたは今後もこの海域ならずも他の地帯全域に渡って、自分自身、もしくはセイラのような手下、あるいは造り出したモンスターを使って、人間や人間が作った建物乗り物を襲うつもりはある?」
「ないわ。」
「もう一度はっきり。」
「・・・ありません。」
「そうそう。随分打ち解けてきたわね。あなたにも同情の余地は無くもない。今まで海を一人で治めてきたのに、いきなり人間が我が物顔で通っていったんだものね。怒ったりしたわよね?」
「別に怒ってないわ。」
「じゃあ、なんで襲わせたの?」
「もう襲わせない。」
「ふーん。」
ルーシーはリーヴァが激昂するか、自分に非がないと言い張るか試しているのか?
「じゃあ、最後の質問。今の2つの質問の答えに嘘はない?」
「ありません。」
「オーケー。その言葉を信じるわ。これで私もあなたの視界に入っても大丈夫よね。」
ルーシーがリーヴァの背後から出てきて、俺達の方へ歩いてきた。
次の瞬間、リーヴァの目に火が灯ったような気がした。
視界に入ったルーシーに攻撃をするつもりなんじゃ!?
だが、火はすぐに消えて項垂れる姿に戻った。
リーヴァの首筋にルーシーの剣が後ろ手に添えられたままだったからだ。
ヒヤリとしたが、本当に諦めたようだ。
「やっぱりあなたには勝てないのね。」
リーヴァがガックリと肩を落として口にした。
やっぱりって、どういうことだ?
「あなたは私に勝てたこと無いでしょう?」
ルーシーが答える。
俺とクリスは頭にハテナが浮かんで意味を理解できないでいる。
「え?ルーシー、リーヴァと戦ったことあるの?」
クリスがルーシーに尋ねる。
「700回くらい戦って全戦全勝よ。」
ルーシーが答えるが、さらに理解を拒んでいる俺の脳ミソ。
「いつ、どこで・・・?」
俺の絞り出したような質問にルーシーが信じられないことを言った。
「子供の頃、魔王の城で。」
「子供の頃、魔王の城で?」
「どうしてルーシーが魔王の城にいたの?」
俺とクリスが矢継ぎ早に質問を重ねる。
「だって、私も魔王の娘だから。」
なんだってー!?
バカな!?そんなバカな!?
「え?ルーシー魔王の娘だったの?」
クリスが仰天していた。
セイラ達が言っていた勝てない理由・・・。それがこのことか!
「勇者様黙っててごめんなさい。だって言ったら嫌われちゃうかと思って。」
頭が固まって何も考えられない。
だが、俺の答えはすでに決まっている。
「いつか言っただろう。俺は君を信じる。だから君も俺を信じろ。」
「勇者様・・・。」
ルーシーは涙目になって俺を見ている。
リーヴァも俺達の所にやって来た。
「あなた無事だったのね。」
クリスを見ながら言った。
「能力が使えなくなっちゃったけどね。」
クリスがぶっきらぼうに答える。
「それなら大丈夫よ。時間が経てば元に戻るから。」
「え?そうなの?勇者!私これからも役にたてるよ!」
クリスが飛び上がって俺に抱きつく。
そうか。クリスの力に頼るのも申し訳ないが、使えるというのならそれに越したことはない。
ふと気が付いた。
「待てよ。ルーシー、君が魔王の娘だとすると、魔王にとどめを刺したのは、父親を殺したというわけなのか!?」
「そうねー。あんなふざけた奴を父親と思いたくはないけど、そういうことになるかしらねー。まだ死んでないけど。」
そうだった。だが、それならばもしかすると、魔王が俺達に言った人間が踏み入ったのははじめてだという言葉は、ルーシーの事に気付いてなかったのではなく、当然娘だと知っていたからなのか!?
そしてルーシーが何故城に潜り込んでいたのかも知っていた?
「あいつ首だけになっても喋りまくるから勇者様と会うまでは苦労したわ。」
「パパと何話したの?」
「私の成長を喜んでたわ。親バカというのか、ただのアホというのか。勇者様のことも私に聞いてて、あいつはやめとけだとか、余計なお世話よねー。」
「パパと話がしたい。」
「それは無理よ。アルビオンの宝物庫に閉じ込めているから。」
「パパと話させて。」
「無理って言ってるでしょう。そういえばあんたあの後も魔王と思考のリンクで話してたんだって?」
「そうよ。急に話せなくなったのがあんたのせいだって知って、絶対勝ってやると思ったのに。」
急にアットホーム?な会話になるルーシーとリーヴァ。
そんなことのために俺とクリスは殺されようとしていたのか。なんともやるせない。
「それよりあんたいつからこんな能力に目覚めたのよ?子供の頃は無かったわよね?消滅、鱗、思考のリンク。魔人の能力を与えたり。」
「大人になるにつれて使えるようになったわ。ルーシーには能力は無いの?」
「ないけど。」
「私の方が優れているってこと?」
ルーシーとリーヴァがまだ話している。
リーヴァは愉悦に浸った顔でニヤニヤ笑っているのをルーシーが冷たい目で眺める。
後ろの方からドヤドヤと人影が近付いてきた。
セイラ達もこちらに来たのか。
「それで?どうなったの?」
セイラが先頭に立ちルーシーに尋ねる。
「ちょうどいい所に来たわ。今回の件のあなた達の処分を申し渡すわ。」
ルーシーがセイラ達を迎える。
「まず商船3隻皆殺し、ローレンスビルでの殺人、これは絶対に許せないことだわ。よってあなた達はスタリオンへと身柄を拘束して引き渡す。スタリオンがどういう処遇にするかはアルビオンの人間である私達には知るよしもなし。そこに関与することはできない。」
セイラ達は言葉を受け止めるように真面目に聞いている。
「ただ、あなた達の能力。これは捨てておくにはもったいない能力だわ。これから他の姉妹を探すにあたって、あなた達の力は我々特別捜査室としては絶対に欲しい。なので、アルビオンに帰り次第、アルビオン国王に相談してあなた達の身柄をアルビオンに引き渡すように書面を送る。それでスタリオンがどう反応するかもスタリオン次第だけど、普通の人間では処刑はおろか拘束さえ出来ないあなた達をどうこうできるとは思えないからね。厄介事が嫌いらしいスタリオンなら乗ってくれるでしょう。」
ルーシーの言葉に色めき立つセイラ達。
「ということは、わたくし達は勇者さんの元で一緒に働けるということですね!?」
「やったー!勇者君と一緒に居れんだー!」
キシリアとカテジナが大喜びしている。
おいおい。勝手に進めるなよ。
だが、そうなるなら俺もとても嬉しいし、彼女達の力が非常に頼もしい。
「私もあなたの部下になれと?」
リーヴァは不満そうに言うが、ルーシーが睨んだらしゅんとした。
「それより、魔王の城であった日記は本物だったの?」
マリアがルーシーに尋ねる。
「ああ、あれはサタンの書いた日記ね。なつかしーと思って持って行ったけど、見てた人が居たのね。子供の頃から私とあいつは全戦全引き分け。一度も勝負が着かなかったのよ。」
なんだって?ルーシーと互角の実力の娘がいるというのか?
「そして今、魔王の城のアーガマの警備を蹴散らして城を取り戻したのもきっとサタンね。あいつは魔王の権威なんかに執着していたみたいだから。」
スコットから手紙が来ていたやつか!?
これは一大事だ!
「悪魔って書いてあったのは・・・?」
ファラが遠慮がちに聞いた。
「私の本名はリヴァイアサン。呼びにくいからみんなリーヴァと呼んでるけど。」
リーヴァがそれに答えた。
「そうそう。魔王はそれまで何人もの女と子供を作ろうとして失敗していた。でもある年に今までできなかった子供が1度に7人もできた。それに感動したアホは7人の悪魔の名前を事もあろうに自分の娘に付けたのよ。私の本名はルシファー。ママやみんなはルーシーって呼んでたからそれが本名みたいなものよ。ったく、女の子に付ける名前じゃないでしょうにあのアホは。」
悪魔というのは実質的な存在のことではなく、それから名をとったということだったのか。
「どうして城から出ていったの?娘が居たなんて私達も聞いたことはなかった。リーヴァに呼ばれてここに集まるまでは。」
セイラが質問する。
「13歳くらいまで私達全員あそこの2階の部屋でママと生活していたわ。そうそう。ロザミィが割った壺ってのは私が造った自信作だったやつよ。見に行ったら無くなっててショックだったけど、この前クリスに聞いてビックリしたわ。」
「えー!私わざとじゃないよー!」
ルーシーに怯えてロザミィが叫んだ。
「恨みはしてるけど罰するつもりはないわ。」
「怖いー!」
「恨みはしてるけど!」
「うえーん。」
ロザミィは震えて泣き出した。
そうか、2階にあったたくさんの部屋は娘達と母親の部屋だったのか!
あのときの事を思い出して思わず感心した。
「悲しいかな人は欲望に弱いのね。自分達だって拐われて幽閉された身だったはずの私達のママは、娘ができると魔王の権力と地位、奪ってきた財力に娘の相続分を主張し始めた。死なない魔王から相続なんてありはしないだろうけど、現在の取り分を要求し始めたのね。私達娘の方は一応仲良かったつもりだけど、狭い城で会ったらガミガミ、会わずともこっちでガミガミ。さすがにうんざりした魔王は私達7組の親娘を別々の場所に移して静かな生活に戻ったのね。」
なんと浅ましいという所か・・・。
「それで私達はお互いの居場所を知らせれず、親子二人で城に宛がわれていった。そうそう。セイラが気にしてたってね。25歳過ぎる女がどこかに連れていかれて戻ってこないって。」
「え?ええ。気になってた。」
「別に殺されたりしてたわけじゃないのよ?私達親子が住んでる城に移されていただけで。私達の居場所をお互い知らせるとまた争いが起こらないとも限らないからみんなにも知らされなかったんだと思う。」
「そうだったの?」
セイラが唖然として目をパチクリさせた。
「とはいえ私とママは魔王の施しというか、人間から奪ったもので生活するつもりにはなれなかった。だから私達はメイド総出で城から逃げ出したのよ。私とママはアーガマの一軒家でそれから暮らしていたわ。メイド達は名前を変えて住む場所も変えて、見つからないようにひっそり隠れ住んでたんじゃないかしら。魔王の城に拐われたものは帰らないというのも例外があったというわけね。」
何から何までとんでもない話が飛び出してくる。ここに来ていったいいくつの爆弾を投げ込んでくるんだルーシーは。
「さあ話は終わりよ。そろそろ帰りましょうか。」
俺達はぞろぞろと来た道を引き返し、脱いだダイバースーツも拾って海底洞窟の通路を戻っていった。ロザミィの巨大スズメに全員で乗って。
救命艇で待っていたフラウ達は突然浮上してきた巨大スズメに驚いたようだが、皆の無事と全ての問題が片付いたことに喜んだ。
そして救命艇2槽と合体してクイーンローゼス号へと戻る。
ローレンスビルまで巨大スズメで再び牽引してもらい、俺達の旅は本当に終わってしまったのだった。
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