第129話


船に戻ると俺達は度肝を抜かれた。


「これが椅子だってのかい!」


ベラが叫ぶ。


クイーンローゼス号の船首に巨大な物体が乗っかっている。

船首側が重さでやや沈んでいるんじゃないかという質量だ。

それを取り付ける用にクレーンという高い柱からロープを吊るした装置も船の横に設置されている。それも何頭立ての馬車で運んで来たのかとい巨大さだ。

備え付けの作業は終わったようで、そのクレーンが撤去され始めている。


「ちょうど良い所に戻って来たわね。」


作業を港で見ていたルセットが俺達を発見して声をかける。


「これが大きい椅子?」


ルーシーがキョトンとしてそれを見つめる。


船首楼上部、船首正面に確かに人が座る椅子がある。その手摺にはいろんな装置のスイッチらしきものが並んでいる。

そして背もたれの後ろには横5メートル、高さ3メートル、奥行き2メートルの箱が左右に並んで背負われて、横幅8メートルの船をオーバーしている。

椅子の足両側には城門を破る丸太のような巨大なクロスボウの矢が2門。

手摺には他に全長10メートルはあろうかというロングソードがどういう風にか左右に取り付けられ、今はだらんと海面に垂れている。


なんだこれは。

ルセットが俺達の反応を見てニヤリとする。

作業を手伝っていたアレンやベイト達、見守っていたベラも集まる。


「後ろの武器庫にはクロスボウの矢が4000本収納され、手すりの術動式装置のスイッチで発射させられるわ。矢の補充には背面の扉を開けて、あらかじめ矢を200本積めたボックスを差し替え交換して対応できる。でも予備は4000本分しかないから補充は一回だけね。」


8000本のクロスボウ。一人で操作して使うというのか?


「足元の2門の巨大クロスボウは術動式装置により弦を引く。一発放つのに20分必要だし、予備が無いから2発だけのとっておきってところね。」


どんな威力なんだ。


「左右のロングソードはテコの原理で動かす。重すぎるからこれも術動式装置で重さを軽減するために剣を蜘蛛の足のようなアームで支えている。だから見た目より軽く動かせるわ。片手でも振り回すことができるはずよ。」


これが拠点防衛用のワンオペレーション武装装置大きい椅子か・・・。


「矢の補充には人手が必要だけど、他は全部一人の担当よ。狙えないから矢を当てるのが難しいと思うけど落ち着いて放てば弾幕になってくれる。」


ルセットが説明を終えた。

今度はルーシーがニヤリと笑う。


「ベラ。操舵は頼んで良いかしら?」

「ああ。分かったよ。こうなりゃヤケだ。」

「それじゃあ、これをつけて。」


通信装置をベラに渡す。


「なるほどね。操舵は船尾だ。これなら直接会話できるってわけかい。」


「よし!じゃあ行くわよ!防波堤の前で迎え撃ちたい。早速出して!」

「あいよ!前方は任せたよ!」


船に乗り込む俺達。

そして早速出港だ。


俺達はルセットとアレンに矢の補充方法などの細かな事を説明を受けた。

そして身を守るためにも弓と矢筒を装備。

得たいの知れない緊張感で身が引き締まる。

背後には戦艦が2隻陣取っているが、どれだけ訓練が行き届いているだろう。

ロザミィに潰され散った船と自警団の皆が惜しまれる。


船は10キロ地点の防波堤の手前まで来た。モンスターの大群も目の前だ。あまりの巨大さ、数の多さに身震いがしそうだ。

まさにうねりをあげながら大波と共に迫ってきている。

正面の視界がモンスターで埋め尽くされる。

先頭を勢いよく巨大なクジラが真正面から突っ込んできた。

その後ろからもイカやらタコやら津波のように押し寄せてくる。

防波堤の口に詰まるように列をなして吸い込まれてくるようだ。


「ああ!危ない!」


フラウが絶叫した。

俺達も体を固くして立ち尽くす。

突撃されたら転覆してあっという間に終わりだ!


「たーまやー!」


ルーシーがスイッチを次々に入れて背待たれのクロスボウの矢を一気に全弾発射する。

滝のような矢の橋がモンスターの一団に伸びる。


「全部一度に使ったの?継戦能力が落ちるわよ!?」


ルセットが叫ぶ。

そういう使い方ではなかったらしい。

当てずっぽうに全部ぶちまけて撃ってもダメージにはならないだろう。普通なら・・・。



矢がモンスターの大群の上に落ちる。

そして次々とモンスター死亡時に起こる特有の光の粒になって消滅し、まるで花火でも上がったかのように一気に光の渦が俺達の視界を遮る。俺達の目の前にいたはずのモンスターの大群が何もない海面に変わる。


これは!?


「たーのしー!勇者様、矢の補充お願いね!」


大きい椅子に座りながらルーシーが俺をチラ見して言った。


「まさか・・・。必中どころか、一本の矢で必殺したのか?」


唖然とする俺達。今の一瞬で4000体のモンスターが消えた・・・。

戦闘開始10秒でモンスター4000撃破。


「い、いけるぜ!残り6000体だ!もう一回やりゃー!」


モンシアが叫ぶ。


「こいつマジか!そんなことできんのかよ!なんでもありか!」


アレンも興奮してルーシーをこいつ呼ばわりしている。


「信じられませんね・・・。信じられない。」


ベイトがうわ言のように繰り返す。

だが、自警団としてモンスター相手に長年戦ってきたものならそう言うしかない。

一本の矢でモンスターを一撃で消滅させることなんて、俺は見たことも聞いたこともない。

ましてや巨大なモンスターを相手に。

さきも言ったが通常なら集団で数時間かかる大捕物だ。それも一体相手に。


ルーシーの矢の精度がこれほどまでとは。


「規格外だわ。そりゃー敵を一瞬で大幅に減らせるなら、それが一番効率的だけど。」


開いた口が塞がらないといった感じでルセットが呟いた。


俺達は急いで教わったばかりの矢のボックスの補充に取りかかった。


「勇者!左舷に敵が!」


左舷付近に居たクリスが叫ぶ。しまった!すでに水中を潜って来ていたやつもいるのか!

能力が使えないクリスは今は人並みの耐久力だ。危険にさらすわけにはいかない!


そう思って顔を上げて左舷を見た。

サメ型のモンスター。目が6個あって背鰭も三枚ヒレも三対、狂暴な口には3段になった牙が鋭く尖っている。

そのサメ型モンスターが左舷に身を乗り出そうと飛び込んできた。


作業で手が塞がっていて武器を持つ暇がない!クリスが危ない!


次の瞬間、空中でサメ型モンスターはバッサリ胴体を真っ二つに切断されて消えていった。

ルーシーの操る特大ロングソードが一撃のもとに葬ったからだ。


海面の水をかいて綺麗に動く特大ロングソード。

なんとも無駄のない動き。呆気にとられるがルーシーはこちらを向いてもいない。


「シャーク!」


そう言ってサメ型モンスターは消えた。


嘘だろ。ホントにシャーク!って鳴くのか。変な所でカルチャーショックを受けてしまった。


「ベラ!時間が惜しいわ!どんどん前進して!」

『分かったよ。お前ら!帆を張りな!』


ベラの声で船員は帆をロープで掲げ風を受けさせる。

揚力で進むクイーンローゼス号。

防波堤の口に前進し外海に出る。


「モンスターが集まって来ましたぜ!」


鐘楼の上で双眼鏡片手にビルギットが叫ぶ。

周囲から海面に頭を出した巨大なクジラだのカニだのウニだのヒトデだのが近付いてくる。

自ら囲まれるような位置に出るのは不味かったんじゃないのか?まだまだ6000体も居るんだぞ?

防波堤の口に順番に突っ込んで来るモンスターを撃破していった方が安全だったんでは?


そう思うのは俺が臆病者だからか、一般人だからか。


迫り来るモンスターにルーシーの操る特大ロングソードが唸りをあげる。


いつか見たキシリアの大剣二刀流よりも凄まじい威力の剣筋が、モンスターを一刀の元に断つ。次々と次々と・・・。

あまりの破壊力にこっちの背筋まで凍りそうだ。


だが、俺達も呆然とそれを見ているわけでもない。


「よし!詰め込み終わったぞ!第2波いつでも行けるぞ!」


矢のボックスの補充が終わり、叫ぶ俺。


「ありがと、勇者様、みんな。」


そう言ったルーシーがすぐさま4000本の矢を周囲のモンスターに全弾ぶっぱなす。

今度は周囲270度くらいの扇状に順番にばらまいていく。

クロスボウが詰まったボックスは角度を変えて撃てるようになっているらしい。


クイーンローゼス号の周囲に迫ってくる数千のモンスターが次々に光の粒になり、光の幻想にでも浸っているような、花火のアトラクションでも見ているような、まばゆいばかりの輝きに包まれる。


こんなド派手なモンスター討伐は見たことない。

俺は本当に現実に居るのだろうか?まるで白昼夢だ。


「ヒャッホー!!残り2000以下か!勝ったも同然だぜ!ん?2000!?」


モンシアが浮かれて叫ぶが、1万が凄すぎて頭が真っ白になっていたが、数千だって経験したことのない膨大な数であることに違いはない。

しかもクロスボウはもう撃ち尽くした。


「ボックスの予備を3つ用意しなかったのは失敗だったわね。まさか本当にこれだけで8割倒せるなんて思ってなかったから。こんなことならロザミィが居るときにこれも作ってもらっとくんだった。」


ルセットが悔やむ。


「そんなもん予想できるかよ!すでに奇跡の範疇だぜ!」


アレンがルセットを励ます。


「あとは城門破りのクロスボウと特大ロングソードだけで戦うんですか?ルーシーさんとはいえ、厳しいですね。」


ベイトが厳しい表情をする。



「まだ矢が船の積み荷に残ってたでしょう?勇者様、みんな、あれ持ってきてくれる?弓で迎撃するわ!」


ルーシーが振り向いて頼んできた。

そういえばルーシー達女性陣だけで矢の補充に町に戻ったとき2000本くらい矢を買ってきていたようだったな。

まさかあれがここで役に立つとは・・・。


俺達は手の空いている船員達共々第三甲板の倉庫に急いだ。

リレー方式で次々に俺達の手を渡りデッキに積み上がる矢の束。


その間、ルーシーはロングソードでさらに迫ってくるモンスターを撃退。

何十のモンスターをあっという間に減らしていった。


矢はさらに船首楼内に持ち運ばれ、梯子の上に居る俺、クリス、フラウが船首楼内のベイト達から手渡され受け取る。

椅子の背面の矢の武器庫は椅子から切り離され、海の上にドボンと落とされる。

使用後は邪魔なので海に浮かせて後で運ぶようにできているようだ。


「勇者様。私は弓で攻撃するから椅子に座って水中を近付いて来るモンスターをロングソードで威嚇しておいて。」


ルーシーからさらっと任務が命じられる。

俺がやるのか?

倒して、と言わずに威嚇しておいてと言われる辺り、まあ、実力の差が歴然という感じなのだろうか。

鬼神のような、いや、悪魔のような実力を見せられたら、ぐうの音もでないが。


迷う暇もないだろうから、言われた通り大きい椅子の座席部分に回り込む俺。

デカイ箱が無くなったから船首も随分スッキリしている。

ルーシーが一旦席をどき、俺がそこに座る。

ルーシーは俺の座った膝の上にさらに座った。


「おい。」

「さすがに波で揺れる船の上じゃ立ったまま弓は引けないわ。」


ホントかよと思いながらも、それ以上言わない。

試しに手すりに着いたロングソードの長い柄の部分を握って剣を振ってみる。

鍔の部分が手すりと繋がっていてテコの原理で柄を下に下げると剣の刃が持ち上がる。

何本ものアームがその力の補強をやってくれて、確かに見た目よりも軽くスムーズに動く。


ルーシーはともかく自警団員が普通に使っていたのだから、無茶な筋力を必要としていないようだ。

さすがルセット!俺もこれを気に入った!

まるで手こぎボートのオールを扱うように両手で剣を振ってモンスターを近付かせないよう船を守ってみる。


俺の膝の上に座ったルーシーが後ろのクリスから矢筒を受け取り、弓を引く。


「ルーシー。どんどん渡していくからどんどん使っていいよ。」

「ありがとクリス。ベラ!もっと前に出して!300メートルに入った瞬間射抜くから構わず突っ込んで!」

『あいよー!おっかなびっくりだったけど、あんたの言葉に嘘はないみたいだね。』


遠巻きに群がっているモンスターにこちらから近付く。

ルーシーは30本近く入っていた矢筒を次々と撃ち尽くし、あっという間に空にしてしまった。

当然モンスターはその都度消えていく。


ハッとするクリス。


「フラウ!次準備して!もう無くなっちゃった。」

「え?はい。分かりました!」


「勇者様!11時の方向お願いね。」


突然ルーシーに言われて剣を振り回す俺。手応えありだ。

タコのようなモンスターが水中で剣にぶつかった。

だが、ルーシーのように一撃で倒せない。船に取り付かれると厄介だぞ!

矢を受け取ったルーシーが水面にポスっと矢を撃ち込んでタコは消えた。


そうやって向かってくるモンスターはあらかた片付いていく。

ルーシーは2000回近く弓を引いてなお、疲れた様子はない。

むしろ楽しそうにしている。


「こんなに弓を引いたのは子供の頃以来だわ。的当て勝負で結局勝負がつかなかった。」

「どんな子供の頃の思い出だよ。」


軽く突っ込んだがホントにどういうことだ。

どっちも当たらなかったから勝負がつかなかった、なら分かるが、2000近く射ってどっちも当てていたというならただ事じゃない。


「まずい、数体逃げていこうとしてるわ!」


ルーシーが叫ぶ。


巨大モンスターが船に背を向けて逃げ出し距離は離れていく。


「残った武装は・・・。」

「これね!」


城門破りの巨大クロスボウのスイッチを入れるルーシー。

大きな振動と音を出して丸太のような矢がモンスターの背後に突っ込んでいく。

列になったモンスターが串刺しになるように消滅していった。


これで最後。

ついに1万体のモンスターをルーシー1人で殲滅してしまった・・・。


デッキにベイト達は出ていた。

皆最後のモンスターが消えた瞬間大きな声を上げた。


「おっしゃー!!倒したぜ!!一万体のモンスターをよー!!」

「信じられない!俺達は夢でも見ているんですか!?」

「これが伝説の現場ってやつか。この一行に入ってからつくずく感じてはいたが、ここに来て身震いするぜ。」


モンシア、ベイトが叫び、アデルが珍しく長いセリフを喋った。


「間違いねぇ!こりゃあ100年は語り継がれる正真正銘の伝説ってやつだ!!」

「30分で一万体。比べるまでもなくこの町一番のキルスコアね。」


アレン、ルセットも驚愕している。


「お疲れ様です。見事な業でした。素晴らしいです。」

「ルーシー凄い。今もノーパンなの?」


フラウとクリスがルーシーを労う。

ノーパンはどうなんだ。


「ありがと。みんなのおかげよ。そういえば穿き忘れてたわね。」


俺は噴き出してしまった。


「勝利の第一声がそれか。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る