第128話
町に戻ると皆一様に倦怠感に襲われていた。
捜索の打ち切りということは、俺達の旅はこれで終わりなのだ。
言い様のない寂しさ、焦燥、不満足感。
なんとも言えずに皆デッキに立って行き場を失ったように動けずにいた。
フラウのヒールのおかげで俺の体の怪我は塞がったようだ。
あばら骨数本骨折、腕、肩、脚にもヒビが入り、出血も凄かったらしい。
聞いてから失神してしまいそうだ。
クリスは以前着ていたメイド服に戻った。なんだか目を会わせるのに照れてしまいそうな気がした。
「到着。ってね。みんなご苦労さん。これにてアタイ達の捜索任務の終了だ。各々適当に荷物を引き上げて戻る所に戻るなり、新しい仕事に向かったり自由にしてくんな。アタイらはしばらくここに滞在して修理や補給をするだろうから、何か手伝ってくれるなら喜んで好意を受けるけどね。」
ベラの言葉に皆この船を降りる者はいなかった。
「俺達はそもそも船の護衛ですからね。」
「どこに行くにも一緒だわなー。」
「金さえもらえれば何でもいい。」
ベイト、モンシア、アデルは言う。
「じゃーさいなら。っていう感じでもねーよな。反省会でもして次に備えねーとこの旅が無駄になっちまうぜ。」
「ちょっと残らせてもらいましょうか。」
アレンとルセットも離れないようだ。
「勇者様はどうするの?私達特別捜査室の任務は中途半端になっちゃったけど?」
「7人の魔王の娘。その1人目でさえこの有り様とはな。前途多難だ。少々考える時間が欲しい。その間はこの船の雑用でもさせてもらおう。」
「降りてしまうのはなんだか寂しいです。」
「部屋使っても良いの?」
ルーシー、俺、フラウ、クリスが言う。
「好きにしなよ。その分は働いてもらうけどね。」
ベラが答えた。
島での事を自警団のビコックに報告しなければならない。
事態が解決しなかった報告をするのは心苦しい。
セイラは海域に入らなければいいと言っていたが、ロザミィの襲撃のように、いつ牙を剥いて来ないとも限らない。それを未然に防ぐ事ができなかったのが申し訳ない。
ルーシーが横付けされたタラップを降りて港の詰所に行こうとしている。
「ルーシー。俺も行くよ。」
「勇者様はまだ動かない方が良いわ。体力を消耗しているんでしょ?」
「フラウのおかげでもう大丈夫だ。」
俺は無理にルーシーについていった。
アレンとルセットも報告に行くようで、同じように降りてくる。
「さて、どう報告したもんかね。」
「ありのままを言うしかないでしょ?理解してくれるかはともかく。」
ため息混じりのアレンにルセットが答えた。
何度目かの港の詰所。
アレンがドアを開けて一番に入っていった。
「戻ったぜー!」
カウンターの奥にあるデスクから立ち上がってやってくるビコック。
「到着は聞いてましたよ。おかえりなさい。それで?首尾はどうです?今回の帰還の理由は?」
「まー、言いにくいんだがな。俺達の任務、魔王の娘のアジトの捜索は失敗だ。」
「失敗?見つからなかったということですか?捜索場所には無かった?」
矢継ぎ早に聞き返すビコック。
ルーシーが前に出て説明を引き継ぐ。
「アレンの提案で私達は星の屑諸島に捜索に向かった。3つの大きな島と大小小さな小島。その付近にどうやら奴等が居ることは当たりだった。捜索を続けながら襲ってくる奴等を少しずつ倒していった、つもりだった。諸島全域を捜索しても奴等のアジトは見つからない。捜索が終わった直後、奴等は全員生きて私達の前に現れた。勇者様とクリスが罠にはめられて孤立し、その前に魔王の娘自身まで現れた。命からがら逃げ延びたけど、敵の能力は危険。これ以上の捜索は不可能と判断して逃げ帰ったというわけよ。」
一気に捲し立てるルーシーに真顔になるビコック。
「ヒントは得られたが、どちらにしろ活用できない。地下洞窟らしきものがあるはずなのに、入り口がない。どこにも。」
俺は付け加えて、惜しい所までは行ったのだとアピールする。見つからないのでは意味が無いのだが。
「なるほど。思った以上に困難な捜索だったというわけですね。まあ、見つからないものは仕方ない。」
「本国スタリオンの方はどうなんだ?反応くらいあったんだろ?」
「ありましたよ。健闘を祈るって。」
「健闘?なんだそりゃ?」
「どうやら及び腰のようですね。本国自体は陸の都市ですからね。サラミス海域のことなんて対岸のことのように思っているんでしょう。」
「そりゃないぜ。増援だとか捜索隊を自前で用意するとかねーのかよ。」
「火の粉が降ってこない内は無いでしょうね。ちょっと前までは船を使った移動なんてやってなかったんだし、無くて元々と割り切ってるんでしょう。」
「割り切り方が、悪い方に振り切ってんな。」
ビコックの言葉に呆れるアレン。
「本国がそれだと新たな捜索隊設立は当分先の話になりそうね。」
ルセットも呆れる。
「まあ、それでだな。この旅の情報を一旦纏めるためにあと数日あの船で世話になろうと思うんだが、職場復帰は後日にしてもらっていいか?」
「ええ。それはもちろん。元々期限なんてありませんでしたしね。なんなら捜索を再開するまで続けてもらいたいところですがね。」
「いやー。それは難しいんじゃねーかな?」
機嫌をうかがうようにアレンが言葉を出してビコックが無茶を言う。
このまま引き下がってばかりでは前に進まない。
いずれ再びリーヴァに会いに行かねばならないことは間違いない。
だが、それには準備が必要だ。
まず俺達に何が必要だったのか、何が足りなかったのか、どこでどうすればよかったのか。それを洗い出さなければ同じことを繰り返すだけになってしまう。
ヒントのピースは埋まった。だが、何かがまだ足りない。
パズルは完成しない。
そのとき、後ろのドアを開け放ち、勢いよく、男が入ってきた。
振り向き様子を見る俺達。
「大変です!海よりモンスターの集団がこちらに向かってきています!」
男が叫ぶ。
俺達は耳を疑うように男を凝視する。
「モンスター・・・。ってモンスターのことか?」
俺はなんとも意味不明な言葉を発した。
「バカな!モンスターがどこから沸いて来たって言うんだ!」
アレンは信じられないという顔で問いただす。
「分かりません!モンスターの大群がやって来ているとしか!」
男は狼狽えてそう返すしかなかった。
「リーヴァの仕業かもね。あいつは黒い霧の作り方を知っていると言っていた。まさかとは思うけど、私達を追って始末させるためにモンスターを放ったのかも。」
ルーシーが言う。
まさか、俺とクリスを殺し損ねたことで刺客を放ってきたというのか!?
セイラの話と違っている!
だが、セイラとリーヴァが同じ理念で動いているのかは確かに不透明ではある。
リーヴァにとって俺はそれほど邪魔な存在ということなのか?
改めて考えるとそれはそうかもしれない。
魔王の娘を追っている存在、魔王を倒すきっかけを作った、言わば親の仇でもある。
邪魔な存在でしかない。
「大群って。どの程度なんですか?戦艦で迎え撃つしかないが、急造の戦艦は2隻しかない。」
「分かりません!黒い大津波のように水平線を埋め尽くしています!おそらく1万体はいるかと思われます!」
思いに耽っているとビコックが男に詳しい話を聞いていた。
1万!?
その男の発言に顔面蒼白になる俺達。
「おいおいおいおい!冗談はよせよ!」
「そんな大群聞いたことないわ!」
アレンとルセットが驚いて叫ぶ。
前言撤回だ!刺客どころじゃない!町を滅ぼす気だとしか思えない!
これは人間に対する宣戦布告なんじゃないだろうか!?
魔王の娘リーヴァが、新たな魔王としてモンスターによる支配を始めようというのか!?
「ルセット!あなたモンスター相手の秘密兵器があるって言ってたわよね!?」
「秘密ってわけでもないけど、私達ローレンスビル自警団の主力、大きい椅子がそれね。」
「それどんなものなの?」
「一言で言えば、戦艦に備え付ける拠点防衛用のワンオペレーション武装装置ね。」
「それ使わせてもらえない?」
「え?」
「今から大急ぎでクイーンローゼス号にそれを装備して欲しいの。」
「ビコック?」
ルーシーとルセットの会話だが、ルセットがビコックに同意を求めた。
「今からならどの艦に着けても同じでしょう。可能なら構いませんよ。」
承諾するビコック。
「装備の性格上モンスターにかなり近付かなきゃいけないと思うけど、ベラの船を使っていいの?」
「大丈夫。私が説得しておくから準備お願い。」
「了解。至急準備するわ。アレンも手伝って。」
「おう。分かった。」
ルセットにルーシーが答え、ルセットはアレンを連れてドアを出ていった。
「おいおい。大丈夫なのか?言いたくないが20億の船だぞ!?」
俺はこんなときでも貧乏臭い。
「どちらにしろモンスターに攻めてこられたら大破は免れないでしょ。私達はベラの所に戻るわよ。」
ルーシーに先導されて来た道をとって返す俺達。
外に出ると物々しい警鐘が鳴り始めた。拡声器の声が町にモンスター来襲を告げる。
『北西の海上からモンスターの大群が接近中!その数一万!これまでにない大軍団です!町民は高い場所に避難を行って下さい。現在50キロ沖を時速25キロで移動中!約2時間後に到着の見込み。町民は直ちに避難してください。家族、友人、隣人協力し、落ち着いて行動して下さい。これまでに経験したことのないモンスターの大群が・・・。』
繰り返し驚異を告げる声に、町からどよめくような喧騒が聞こえる。
それはそうだろう。未曾有の危機というやつがやって来ている。魔王歴中にも無かったような狂気の惨状が。
果たして町の高い所に避難して無事に済むのか?
モンスターの大群は上陸して終わりではない。その後町を破壊し、人を襲うのだ。
町に残っていると危険なんではないのか?
かといってこれから2時間以内に町民全員が町を捨て着の身着のままでアルビオンやスタリオンに逃げ込んだとしても、両国が受け入れられる人員は多くはないだろうし、武器も防具も移動手段もなく街道を歩いていても、逃げている途中にモンスターに追い付かれるだろう。
それこそ地獄絵図だ。
俺とルーシーはタラップを駆け上がりデッキに戻る。
そこではベラを始め、残っていたメンバーがそのまま立ち尽くしていた。
警鐘と放送の声を聞いているからだろう。
「モンスターがやって来ている?1万体?」
ベラが興奮して俺達に確認する。
と言っても俺達も今話で聞いただけで、みんなと状況は変わらない。
「そのようね。リーヴァが仕掛けてきたということかしら?ホワイトデーモンを優先して片付けておいて正解だったわね。あれを送り込まれたら人類は一週間で滅ぶわ。」
「恐ろしいことを言うんじゃないよ!」
「そこで相談なんだけど、この船にルセットの大きい椅子ってやつを装備させてくれない?無論戦闘に出る!」
「あんたマジで言ってんのかい!?モンスター1万に戦いを挑むって!?」
「大マジよ。」
ルーシーを睨むベラ。怒りや恨みなどからではない。本気かどうかを確かめるためだ。
「分かった。好きにしな。」
「ありがとう。無傷で返すから安心して。」
ルーシーは本気だ。本気でモンスター1万とやりあって無傷で生還するつもりだ。
俺は体が震えた。
この女性はどこまで頼もしいんだ。俺なんかよりよっぽど勇者だ。
「で?どうすりゃいいんだい?」
「ルセットに準備してもらっているからここで待ってればすぐに来ると思うわ。ちょっとその間私は出掛けてくる。」
「どこに行くんだい?」
「勇者様!頂上の物見の塔に行ってみましょう!」
ベラの質問にそのまま返さず、俺に向かって叫んで走り出した。
なるほど。ロザミィの巨大鳥を最初に発見したあの高い塔なら海を見渡せる。
黒い津波のようなモンスターの大群の全体像を見ることができるかもしれない。
「私も行く!」
「私も行きますー!」
クリスとフラウも走り出した。無論俺も。
町の南側アルビオン方面の防壁沿いに低い階段があり、町の頂上まで続いている。
船の修理を待って星の屑諸島に出発する前日に同じメンバーでここを登った。その上に内部が螺旋階段の見晴らしの良い塔がある。
俺達はそこを駆け上がる。
避難場所を求めて外に出ている町民のごった返すなか、間を縫って走り続ける。
正直、確かに見晴らしが良くて全体像を把握できるのは有用だと思うが、行って戻るとちょうど2時間はかかる道のりだし、どれほど必要性があるのか俺にはピンと来ない。
それよりも装備の説明だとか、準備に注力した方が良いのではないかとも思う。
だが、ルーシーのやることに無意味なことはないはずだと信じてついていく。
塔に辿り着き螺旋階段をさらに駆け上がる。
塔の下の広場は人ごみですでに埋まるように混雑していたが、中には人が入っていなかった。塔の上にも。
「見えたわ!30キロ地点まで来てる!計算は正しいみたいね。」
「おお!なんて光景だ!黒い津波。まさにその言葉通りだ!」
「なんという事でしょう!この世の終わりです!神は私達を見放したのでしょうか!?」
「あんなのに勝てるわけないよ!逃げた方がいい!」
それぞれ塔の上から口走った。
水平線を覆うように黒い波が押し寄せている。
あれが一体一体モンスターだと思うと絶望してしまいそうだ。
「クジラ型、サメ型、巨大カメ型、タコにイカ、海洋性のモンスターの一団ね。見たことあるタイプばっかりだわ。」
「ああ。だが、一体だって集団で相手して数時間はかかるモンスターだ。次々に襲ってきたら対処しようがない。どうするつもりなんだ?」
「さあね。まだ大きい椅子とやらのスペックを聞いてないから。」
「え?まあ、そうだよな。そうだと思った。」
俺達の命運を任せて本当に大丈夫なのか不安になってきた。
そう言いながらもルーシーは手すりに身を乗り出すようにモンスターの大群を見ている。
「大きい椅子ってなんなの?」
「さあ、旅に出る前ルセットさんがしきりに残念がってましたけど。」
クリスとフラウが疑問を口にする。俺もよくわからない。
「よし!覚えたわ!戻りましょう!」
ルーシーが今度は塔から駆け降りる。俺達も顔を見合わせてそれに着いていく。
階段を登ってくる人達とぶつかるように、転び落ちるように、俺達は駆け降りる。
もう一時間半は経っている。
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