42、敗北

第127話

金髪のルーシー42、敗北


岩盤をクリスの剣で斬り続け、どのくらい進んだか?

痛みは忘れたと言ったが、体のガタはどうしようもなく、引きずり引きずり前にただ進むしかなかった。


やがて手応えがない先が空洞になっている部分に掘り進んだ。

光が射し込む。

空洞ではない。外だ。それも海。


どうやら北の崖の中腹辺りまで掘り進んでいたらしい。

南の海岸から縦断してしまったわけか。


ここから南に行くには海を泳いで行くしかない。

この体で泳ぐのは死活問題だが、クリスに約束したんだ。絶対に生きて帰るしかない。

ここで待っていても助けが来ることはない。

むしろ助けが必要としているのはみんなの方かもしれない。


俺は海へと飛び込んだ。

クリスの剣を手から離さず。


泳いだ。と言うより流されながら、東の海岸まで無事に到着したようだ。ちょうど海流が助けてくれたのか。

俺はポイントAと言っていた地点からポイントGまで砂辺をとぼとぼと歩いていった。

もちろんクリスの剣を手にして。


服が水を大量に含み、痛みと疲労で体が言うことを聞かず、意識も朦朧としながら、それよりもクリスを失った喪失感が何よりも重くのし掛かって足取りが重い。


永遠と思える砂辺を歩いていくと、救命艇が停めてあった場所の近くからルーシーとフラウが俺を発見してこちらに駆けてきた。


他のみんなは?周りに居ないようだが。


「勇者様!」

「勇者様ー!ご無事ですか!」


とりあえずルーシーとフラウの無事を見てホッと安心した。

そこで俺の足はもつれて倒れ込んだ。


「酷い怪我です!所々折れているようです!すぐにヒールします!」


フラウが早速回復を始めてくれた。


「いったい何があったの?クリスは一緒じゃなかったの?」


ルーシーが尋ねる。


そうだ。それを話さなければならない。

伝えなければいけない。


クリスが・・・。


だがそれを口にしてしまうとその事実を認めたようで、軽く口にしたくない。

俺が認めようが認めまいが事実が変わることはないので、無意味な抵抗だと分かっていても・・・。


「どうしたの?」


俺が苦虫を噛み砕いたような顔で黙っていたのでルーシーが心配している。


「クリスは・・・。」


言いたくない。信じたくはない。


だが、事実を伝えなければ。

前に進むために。


「クリスはリーヴァの攻撃から俺を逃がすために犠牲となって・・・死んだ。」


前を見ることができない。

一気に口からそれを解き放ち、魂まで抜けるかと思った。

ルーシーとフラウが俺の言葉で唖然として立ち尽くす。



「死んでないよ。」


驚いて腰が抜けるかと思った。

俺の持っていた剣からクリスの声が聞こえた。

そして剣がぐにゃぐにゃに変形して砂辺に落ちた。

ぐにゃぐにゃになった剣が人間の形、大きさに整っていき、裸のクリスが出てきた。



「お、お前!」


俺は唖然とした。


それから大喜びでクリスを抱き締めた。


「驚かせるなよ!俺はてっきり!!」


ルーシーとフラウも何か察したのか笑顔で俺とクリスの抱擁を眺めている。


「勇者。私、裸だよ。恥ずかしい。」

「気にするな!俺は気にしない!」

「勇者が気にしなくても私は気にするよ。」


死ぬよりマシだ!


「しょうがないわねー。他に着るものなんて持って来てないから私の下着を着ておきなさい。」

「え。ルーシーがノーパンノーブラになっちゃうよ?」

「裸よりマシよ!それより、何があったの?リーヴァが現れたっていうの?」


ルーシーが上手にブラとパンツを脱ぎクリスに渡す。


「ちょっと待ってくれ。俺も気になる。ルーシー達はあれからどうしたんだ?ベイト達が居ないようだが、何があった?」


悪いが気になったので聞いてみた。まさか・・・。セイラ達に・・・。


「勇者様とクリスが居なくなったんでみんなで探しに行ってるだけよ。みんな無事だから安心して。」

「そうか。それは良かったが、セイラ達はどうしたんだ?」

「どっか行ったわ。中途半端なところでね。要するに勇者様とクリスをどこかに連れていくのが目的で、襲って来たのは私達を足止めするための演技だったみたいね。攻撃も本気の能力は使わなかったし。」

「なるほど。リーヴァの差し金というわけか。」


合点が言った。


「で?そっちは?」

「ロザミィに例の変化された地形の答えを聞いたよ。あそこは陥没穴を塞いでおく目印だった。」

「陥没穴?」

「ああ。あの木は少しの重さを加えれば地下に沈むような、ギリギリのバランスで立っていたんだ。ロザミィが行方不明者の遺体を吊るしていたのはあとどのくらいの重さで木が沈むか試していたんだろう。で、俺達があの場所を捜索していたとき、最後に行方不明者の遺体を木から降ろしてあげようと木に登ろうという雰囲気になった。ロザミィが現れたのはあの木に数人が登ると沈んでしまうと知っていたからだ。そうなれば陥没穴が露見してしまう。」

「ということは、セイラのアジトは地下にあって、それを気付かせないために隠したってこと?」

「そういうことだと思う。ロザミィのこんなところ、ルカとエルのこんな探し方、この発言の意味は島の地上をいくら探しても意味が無いということだったんじゃないか?」

「全てが繋がりそうね。」

「そしてルカとエル2つ目のヒント。過去にあったこと、は、二番星や温泉島で見たようにこの付近は過去に大きな地震が起こった形跡がある。その地震で地下洞窟なんかが出来たんだろう。」

「分かったわ。それで、リーヴァは現れたの?なんのために?」

「俺とクリスを始末するつもりだったらしい。」

「よく無事に帰れたわね。ありがとうクリス。勇者様。」


本当にクリスのおかげだ。


「いいよ。」


クリスが寂しげに言った。


「俺も驚いたよ。お別れの言葉なんか言い出すから、本気にしちゃったよ。」

「うん。私も死ぬ覚悟してたよ。本気で言ってた。」

「え?」


クリスの顔は冗談を言っているようではない。


「でも考えたの。何でセイラやロザミィは生きているんだろうって。」

「まさかクリス、わかったの?」


ルーシーも食い付く。


「うん。あれは自分の体の一部を自分自身に変化させて予備の自分を別に置いておいたんだよ。」


俺達に衝撃が走る。

予備の自分・・・。そんなことが可能なのか・・・?


「セイラ・・・とんでもない奴ね。ニナが生きていたということは、船上の戦いでクリスが自分の姿に変化しているのを見て、その日の内に変身による再生と自分の複製とそれぞれの能力を思い付いたというわけでしょ?おそらく本物の自分と予備の自分は思考のリンクで頭が繋がっている。どちらが欠けても遜色はない。」

「うん。そうだと思う。でもね、予備の自分になるにはエネルギーを大量に使っちゃうみたい。私、変化変身の能力がもう使えなくなっちゃった。」

「え?」


クリスが寂しげに告白した。


「だから骨針を出したり、空気から何か作ったり、変身したりはもうできない。私戦力にならないかもしれない。」

「あんたそれで服も出せなかったの?」

「うん。今の変身で最後。」


「そうか。でも命には代えられない。よく生きててくれたよ。」


俺は正直な気持ちを伝えた。


「戦力低下は否めないけど、勇者様の言う通りだわ。」

「ごめんなさい。でもセイラ達が能力を使わなかったのは、セイラ達も大きな力は使えないからだと思う。」

「なるほど。それは良い情報ね。目やジャンプ力も普通の人並みなの?」

「それは大丈夫。能力が使えないというだけで、身体能力は魔人のままだよ。」

「そっか。ならじゅうぶんよ。」


俺はハッと気付いてまた合点が言った。


「そうか!何故ロザミィを自害させようとしたのにセイラとロザミィが仲が良いままなのかずっと疑問に思っていたが、そういうことだったのか・・・!自害はしても予備が残っているから死ぬ訳ではないんだ!むしろクリスの能力で変身が出来ない体を捨てて変身可能になる!」


「まんまと騙されたわけね。それでリーヴァはどんな攻撃をしてきたの?」

「薄い固い盾ほどの大きさの鱗を何枚も自在に飛ばして攻撃してきた。近付こうとすればクリスの針も俺の剣も消え去って消滅させられる。クリスが岩盤を削って逃げ道を作ってくれなければ、立っているだけのリーヴァになす術もなくやられていたろう。」


ルーシーの問いに悲痛な思いで答える俺。


「大変だったわね。」


ルーシーが労るように俺とクリスを見る。

クリスも神妙な面持ちで顔を下げた。


「では、私達はこれからどうするのですか?地下のアジトを探す旅を続けるのですか?」


俺に回復の施術をしていたフラウも会話に入ってきた。

確かにそういう事になるのか・・・?


「いえ、残念ながらそっちのゲームに関しては私達の敗北よ。」


ルーシーが答える。


「何故だ?アジトの場所が分かりそうなのに!」


俺はくってかかった。


「例えアジトが地上にあろうが地下にあろうが天空にあろうが、私達が探しているのはその入り口よ?諸島全域を探して入り口が見つからなかったのだから、もう一度探しても結果は同じだと思う。」


そうか!確かに。


「能力が制限されているとはいえ、あいつらは10人。その上リーヴァが本気で勇者様とクリスを襲ったとなると、これ以上ここで何かするのは危険だわ。勇者様の怪我も見たところ深いようだし、クリスも調子がどこまで戻るか不透明。残念だけど捜索は失敗。打ち切りよ。」


ルーシーの言葉に皆頭を垂れる。

俺達の敗北。

痛い現実を突き付けられてしまった。だが、ルーシーの言う通り、クリスがここまで重傷を負い、もう変身による再生は使えない。これ以上は危険だ。

おとなしく逃げ帰った方が身のためなのかもしれない。

そんなこと思いたくはなかった・・・。

だが、無闇に捜索を続けて今度はみんなまで危険にさらすような真似はしたくはない。


「そうだな。もう町へ帰ろう。」


クリスとフラウが俺を悲しげに見る。


「勇者。役にたたなくてごめん。」

「何を言うんだクリス。それは俺の方だよ。危険なめにあわせてすまなかった。」



しばらく俺はフラウのヒールを受けつつ砂辺で待っている。

ルーシーは近くをブラブラして探し物をしているようだ。

何を探しているかと思ったら、2振りの剣をどこかから拾ってきた。


「勇者様も私も剣が無くなっちゃって、私が預かってる妖刀しか残ってないから、これを使わせてもらいましょう。」

「それって、ロザミィが自害しようとして作った剣じゃない?投げ飛ばしたと思ったけど見つけたんだ?」


クリスが思い出して話す。

そんなものを使って大丈夫なのだろうか?まあ無いよりマシかもしれないが。



さらに少しすると俺達を探しに行っていたベイト達も帰って来た。

救命艇でクイーンローゼス号に戻り、ベラを含めたみんなに今の話を聞かせて町に戻る事を告げると、やむを得ないという顔で承諾してくれた。


「まあ、悔しいのはみんな一緒さ。商船3隻の仇も、この海域の安全も手に入れられなかった。アタイらのこれまでの健闘も虚しく水の泡って事だからね。でもこの諸島での事は無駄だったとは思わないよ。今は駄目でもきっといずれ誰かがこのアタイ達の情報を元にやってくれる奴等もいるだろう。今は無事に全員帰ってきたことを祝おうじゃないか。」


そう言ってベラは俺達を励ましてくれた。


「それにしても巨大鳥の嬢ちゃんはなついてくれてたと思ったんだけどね。やっぱり敵だったわけだね。」

「そうね。セイラとリーヴァの言うことを聞いていただけだった。」


残念そうにベラがぼやき、ルーシーが答える。

巨大鳥の牽引はもう使えない。いろんな意味で現実に舞い戻ってきたという感じで喪失感が残る。


俺達は自室に戻り、俺とクリスがベッドに横になってフラウのヒールを引き続き受け続ける。

こうして力が抜けると改めてあちこちが痛むのが分かる。

あまり詳しく怪我の状況は知りたくないな・・・。

ルーシーは俺の怪我を心配して椅子の方に腰かけている。

クリスはルーシーにもらった下着姿のままだ。


「勇者。私の裸がそんなに嬉しかったの?」


俺の隣で横になっているクリスがニヤニヤしながら俺を見ている。

ああ、いつものクリスだ。

絶望してどうにかなりそうだったから涙が溢れそうだ。


「クリスが生きてたことが嬉しかったんで、裸に喜んでいたわけじゃないぞ。」

「ルーシーの下着暖かくてちょっと変な気分になっちゃう。」

「やめてよ。こっちはスースーして変な気分になりそうなんだから。」

「クリスさんはいつも通りですねー。大事にならなくて本当に良かった。」


いつものしょうもない会話を聞いていると、安心してどっと睡魔に襲われて俺は眠ってしまった。

ロザミィが居ないので町に戻るには1日丸々かかる。

俺はその時間を休養にたっぷり使わせてもらうのだった。


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