第126話


ヒンヤリとした空気と地鳴りのような音にハッとして目覚める俺。

気を失っていた?

見上げると俺の顔をクリスが覗き込んでいる。


「勇者。怪我してるみたいだから動かない方がいいよ。」


その言葉に全身が痛み、動かない事に気付く。

ここは・・・?


「穴に落ちて岩盤におもいっきり体をぶつけたみたいだから、しばらくは安静にした方が良いと思う。私は落ちてくる岩を切り払うのに夢中だったから勇者を受け止めるのに遅れちゃった。」

「そうか、ありがとう。俺達は陥没穴に落ちてしまったのか。あれからどのくらい経ったんだ?」

「まだ10分くらいだよ。」

「ロザミィは?」

「追ってくる様子はないみたい。」


追ってこない?俺達を仕止めるような事を言っていたが、落ちて死んでしまったと思ったのだろうか?


少し余裕ができて、俺は周囲を見回した。


Cの字の岩場の内側がそのままストンと落ちてきたみたいで、直径10メートルほどの円筒状の穴の底に俺は倒れているようだ。

近くには大きな木の残骸が横たわり、ゴロゴロした岩が転がっている。

高さは・・・10メートルを超えるくらいだろうか?

円筒状の壁はゴツゴツと岩が飛び出していて、体が動けるのならそれを伝って上に登れそうな気もする。

残念ながら今の俺にそれは出来そうにもない。


「クリス。頼みがあるんだが。」

「なに?勇者。」

「俺はしばらく動けそうもない。クリスなら一瞬で上に上がれそうだろ?ロザミィの動向には気を付けて、ルーシー達の所に加勢に向かってくれないか?」

「え?勇者は?」

「俺は戦力外みたいだ、俺のことはいいからルーシー達を助けてやってくれ。今どうなっているか気になる。」

「でも・・・。」

「ホント言うとフラウを連れてきてくれたら助かるんだがな。」

「そうか。ヒールしてくれるもんね。」

「そうそう。頼ってばかりで申し訳ないんだが・・・。」

「うん。分かった。」


クリスは俺のそばでスッくと立ち上がる。

立ち上がって、そのまま動かない。


「どうした?」


クリスが見上げている壁を頭を動かして見てみる・・・。



そこには足下まで伸びた長い髪、同じく引きずるような長い丈のスカートの青いドレスを着た女が、壁の中腹辺りに突き出た岩の上に立っているのが見えた。


俺の背筋が凍る。


この女は・・・!

肌は白い、腰まで入ったスリットで足が見え、高いヒールも濃い青。


「はじめまして。勇者君。クリス。私はリーヴァ。あなた達を殺しに来た。」


冷たい声。

見下ろす瞳には光はない。

マリアの見せた幻の中で垣間見た後ろ姿。服は違うがあの長すぎる長髪は見間違うはずもない。

まさか、まさか、まさか・・・。

ロザミィの役目はここに俺達を突き落とし、リーヴァに差し出すこと・・・。俺達がここにいることは誰も気付いてはいまい。

邪魔は入らず、リーヴァ自身がゆっくりと手を下す事ができる、というわけか・・・。


倒れている場合ではない。俺は体に力を込めて立ち上がろうとした。

背中に激痛、あばらに激痛、脚にも力が入らない。

これは相当ヤバい状況のようだ。だが、立たねばならない。

役にたつかどうかは謎だが倒れたまま殺されるわけにはいかない。


「勇者は私が守る。じっとしていて。」


クリスが一歩前に出て俺を背にしてリーヴァに睨み付ける。


「あなたに力を与えたのは誰だったか覚えてる?」


リーヴァが冷たく言い放つ。

確かにそうだった。クリスの力でリーヴァにかなうとは思えない。


クリスはそれには構わずにリーヴァの立っている岩に腕から骨針を数発撃ち込む。

しかし骨針はリーヴァに届かず、空中で砂のように分解していった。


なんだ!?何かで防いだという感じではない。勝手に消えていったような・・・。


納得いかなかったのか、クリスは再び数本の骨針を撃ち込む。

だが、同様にリーヴァの近くまで行かずに消える。


「私に近付く物は全て消滅する。何度やっても無駄なこと。」


消滅・・・?バカな!そんな力・・・。どうやって戦えばいいというんだ!


「クリス。あなたは私の呼び掛けに従わなかった。残念ね。セイラ達と一緒に過ごせば、賑やかになれただろうに。」

「勇者と敵になんかなりたくない。」

「死人に情けは必要ない。」


リーヴァは背中の後ろから、小盾程度の大きさの薄い鱗型の物体を空中に浮かせた。

3枚、4枚。

それが空中に浮きながらクルクルと回転を始める。

皿の外側は鋭利な刃のように鈍く光っている。


まずい・・・。遠隔で操作できる攻撃のようだ・・・。

こちらは近付けない、向こうは何かを飛ばしてくる・・・。

勝てる見込みは・・・。無い。


「クリス!逃げろ!君の力はみんなに必要だ!君は生き延びてここであったことをルーシーに伝えてくれ!!」


痛みなど気にしている場合ではない。

俺は持てる力をふり注ぎ、剣を杖にして立ち上がった。

そしてリーヴァの立っている岩に向かって走り出す。

いや、走っているつもりだが、ノロノロと動いていると言った方がいいか。

倒れるように前進し岩場をなんとか登ろうと手をかける。


「勇者!」


岩を蹴り勢いに任せて剣を手にリーヴァに向かう。

だが、振り上げた剣は砂のように消えた。

まずい!これ以上近付けば俺も一緒に消えてしまうんじゃないのか!?

クルクルと空中を回転していた鱗が俺に向かってくる。

飛び上がって受け身も防御もできない俺は、どちらで攻撃されるにしろここで終わりだ・・・。クリスが逃げる時間さえ作れたかどうか・・・。


クリスが骨針を乱射して鱗を攻撃してくれた。

鱗はクリスの攻撃ではびくともしない。

だが、俺は免れたのかそのまま岩の下に滑り落ちて体を再び打ち付ける。


「クリス!逃げろ!逃げてくれ!」


俺は地面に這いつくばり、痛みでもぞもぞと蠢くことしかできない。

唯一の武器の剣も消されてしまってはどうしようもない。


「勇者は私が守るって言ってるでしょ?逃げるのはそのあとだよ。」


クリスは逃げるつもりはないようだ。だが、無理だ。こいつに勝てる術はない・・・。


「それはできないと思うけど?」


リーヴァは4枚の鱗をクリスに向けて飛ばした。

鱗に向けて骨針を撃ち込み続けるクリス。だが、まったく通用しない。全て弾かれる。

リーヴァに向かって骨針を撃ってみても砂になって効かない。

飛び上がって遠目の間合いで肘から出した骨針をリーヴァに振るうが、それも消滅して届かない。

リーヴァは一歩も動くことなく、俺達は手も足も出せない。


鱗の動きが高速になり、縦横無尽に空中を飛び始める。

鱗はクリスの体を徐々に切り裂き始め、腕、足、胴体を傷付けていく。

その度に変化再生で体を元通りにするクリス。

だが、いつまでそれが持つんだ・・・?

無理だ・・・。勝てる要素がない。


このままではクリスがやられてしまう。

俺はどうにか出来ることはないないのかと立ち上がり、倒れた木の枝を必死にもぎ取ろうと全体力を振り絞る。

痛みでうまく枝を折れない。体重を掛けてやっと手頃な枝を折ったが、そのまま倒れて自分の骨まで折ってしまいそうだ。

それを杖代わりに起き上がり、再びリーヴァの元へ歩くも、杖が振るう前に消されて倒れこんでしまう。


俺は何をやっているんだ!

なんて無力なんだ!

クリスが・・・再生する回数と攻撃を受ける回数に開きが出てきて傷がどんどん増えていく。

このままでは・・・。


ふとクリスが骨針を誰もいない壁に撃ち込み始めた。

何発も何十発も、何百発も。

鱗の高速回転はクリスの周囲を飛び回りクリスを逃さない。それを無視して誰もいない壁に針を撃ち続けるクリス。


「何をやっている?目がおかしくなったのか?私はここだぞ?」


リーヴァがクリスに問う。

クリスは答えない。いや、答える力ももうない・・・。

フラフラとしながらも腕を上げて壁に針を撃ち続けている。


やがて・・・。ビシッっという音が壁から聞こえる。


「これは!?」


それは大きな音になり壁が一気に崩れていく。

その亀裂から大量の水が流れ込んできた!


地下水脈!


ポイントGに流れていた水の正体か!


俺達のいる陥没穴が満たされるように水位がだんだん上がっていく。

リーヴァのいる中腹の岩場にも届くだろう。


「チッ!」


リーヴァは舌打ちをしてそのまま上空に浮いて穴の上部へ飛んでいった。


やった!クリスの執念がリーヴァを追い返した!クリスの勝ちだ!


クリスは力なく流れに飲まれて漂っている。

俺は力を振り絞りクリスの体を抱き止める。

大きく開いた壁の穴から投げ出され、どこかに流されていく俺達。

絶対にクリスを離すものか。

流されながら体を何処其処にぶつけまくって、もはや感覚さえ無くなってきている。

息も辛くなってくる。

だが、絶対にクリスを離すわけにはいかない。


どれだけの水脈を辿ったのかは分からないが、やがて流れが緩やかな場所に出た。

クリスを地下洞窟の縁になっている足場に持ち上げ、自分もゴロリと滑り込む。


さっきからクリスは動かない。

力を使いすぎたのか。


俺はクリスの唇に唇を合わせた。

ぎょっとした。冷たい。水の中を流されたのだから体温が下がっているのは当然だろうが・・・。


「クリス。どうした?君のおかげでリーヴァを追い返すことができたんだ。君の勝ちだ。」


再び唇を合わせる。

反応がない。どうしたというんだ・・・。


手を握ってみたらざらっとした感触があった。



そんな・・・。嘘だ・・・。

灰になりかかっている・・・。


「クリス!しっかりしろ!」


もう一度唇を合わせる。


クリスがうっすらと目を開く。

良かった!俺の唾液なんかで良ければいくらでも受け取ってくれ!


だが、クリスは顔をそむけた。


クリス?


「勇者・・・。今までありがとう・・・。勇者と一緒に旅が出来て楽しかった。」


か細い声。絞り出すように、一言一言をしっかりと口にしながら話し出すクリス。

肩は上下し、力がどこにも入っていない。


「な、何を言い出すんだクリス!何を!」


「私はずっと不幸だと思ってたから、最期に幸せになれて嬉しかった。」


「やめろ!」


「ホントはもっと一緒に居たかったけど、私はもう駄目みたい。勇者が抱き締めてくれたから、私は満足だよ。」


「クリス!」


「感謝の気持ちを伝えておきたかったから、勇者は生きて、幸せになってね。」


「バカなことを言うな!君が必要だ!君と一緒に旅を続けたい!」


「ありがとう・・・。勇者・・・。」


嘘だ!嘘だ!嘘だ!

クリスは目を閉じ、力なくうなだれた。

灰になっていく体。

クリスだったものが灰の山に変わっていく。


そんなバカな!そんな事が!

俺は嗚咽し咆哮した。

君が居てくれたから俺達はここまで来れた!能力だけのことじゃない!君の存在が、君の笑顔が!君の優しさが俺達に力をくれたから!

こんなところでさよならなんてしたくはない!


考えもしなかった。こんな事が起こるなんて。

勝っていたのは君なのに!リーヴァに一矢報いたのに!

俺は何か出来ることがあったんじゃないのか?後悔の念が押し寄せる。

自分の無力さを痛感し悔恨する。

何が勇者だ、何が英雄だ。何も出来ない、誰も救えない、頼るしか能がない。

俺にもっと力があれば・・・!


外聞もなく泣き叫び、クリスだった灰の山を抱き締めようとする。

ハッとして灰の中に固いものがあることに気付く。

ちょうどクリスの背骨辺りに、長いものが・・・。


それに手をかけると、一振りの剣がそこに横たわっていた。


赤い剣。血のような色の刃。

小振りのショートソードといったところだ。


ふと思い起こす。


クリスと会ったモンテレーの酒場でクリスが言った言葉。


その時は私が力になる。


まさか、クリスはあの言葉を覚えていて、俺のために最後にこの剣を残してくれたというのか・・・。


ああ、クリス!なんて人だ!最後になってまで俺のことを思って力を残してくれた!


俺は彼女に報いていただろうか?

彼女は幸せだったと言った、本当に幸せに出来ていたろうか?


俺は彼女の意思を継がなければならない。生きて、ルーシー達の元に辿り着かねばならない。


泣いている場合ではない。ルーシー達がどうなっているか分からない。


クリスの剣を持ち、横の岩を斬りつける。

ざっくりと斬れる岩盤。

なんて切れ味だ。バターでもカットするかのように岩が斬れる。

この剣ならば岩を掘り進み外に出られるかもしれない。


痛みなどとうに忘れてしまった。


クリスの灰をここに置いていくのは心苦しいが、今は許してくれ。

絶対に生きて戻るから。


そして俺は剣を振り続け岩を砕き続けた。



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