第49話
ロザミィはムクリと起き上がった。
手枷に不満気な様子だけど自分の立場を理解してるのか文句は言わなかった。
再びルーシーが立ち上がってロザミィの前に出た。
「あなたが話すつもりがないという事だけはわかったわ。戦闘に敗れた瞬間作戦を変更して私達に着いてくるつもりになったのもわかった。でも私達の動向を探った所で何も出はしないわよ。」
「そうでもないよー。バッチリルーシーちゃんの弱点を調査しちゃうぞ!」
面の皮が厚いどころじゃない。
目的を見抜かれててこの態度は見上げた根性だ。
「無いものをどう調査するのかしらね。」
ルーシーも負けてない。
弱点が無いと言い切った。
「経験者として忠告しとくけど、ルーシーを敵に回さない方がいいよ。」
私はロザミィを諭した。
「えー。どうして?」
ロザミィは興味ありげに聞いてきた。
「どうしてって・・・。今戦ったあなたがよく分かってるでしょ・・・。ルーシーの被弾率0%よ?」
「えええ!どうして当たらないのか知りたい知りたい知りたい!」
ロザミィはゴロゴロとその辺を転げ回った。
鉄の手枷にお腹が乗り上がって、うっとなって止まった。
バカなの?
でもみんな笑ったりせずにルーシーの方を見てた。
みんなもあの大太刀回りで雷を一撃も当たらずに逃げ回ったルーシーに興味が有りそうだった。
勇者もルーシーのことずっと気にしてたっけ。
ルーシーは視線に気付いて、スーっと勇者の隣に座った。
勇者が代わりに立ち上がり話始めた。
「それじゃあ、今後の事について話そうか。とりあえずこの一番星と名付けた島の捜索は一旦棚上げ。弱まってるとはいえまだ火が燻ってる場所もある。大事をとって様子を見た方がいいだろう。」
みんなうなずく。
「それで、最初の予定を早めてここに拠点を作り周囲の小島から捜索をしていこうと思う。救命艇を一艘置いてもらい俺達男性陣はここに残り捜索を続行。ルーシー達は船で町に戻り装備の補給等をやってもらおうと思うんだがどうかな。」
え?勇者と離れ離れになるの?
「情けない話ですが、装備をチェックしたら我々の矢はそれほど消費してないんですよね。まだこのままでも戦えそうだ。」
ベイトが口を開く。
「時間も惜しいし、それほど期待はできないが、やっておかなければ安心もできないからな。」
勇者はもうそのつもりのようだ。
なんか私悪いことした?嫌われるようなことした?
動悸が荒くなる。
勇者と離れたくない。
ルーシーもそのつもりなのかと見たら、ガクガク震えてた。
「勇者様私も一緒に残る。」
「私も残る!」
ルーシーが泣きながら抜け駆けしたから勢いで私も言ってしまった。
「おいおい。フラウとロザミィで行かせるつもりか?さすがにそれはちょっと無理だよ。なに往復と買い出しで3日くらいのものだろ。」
「勇者様がいないと眠れないわよー。」
ルーシーが勇者に泣きながらすがりつく。
私も悲しいけど、さっきのロザミィを問い詰めてた時とドン引きするくらいの落差だ。
ロザミィがゲラゲラ笑い出す。
「アッハッハッハ!ルーシーちゃんの弱点発見ー!」
弱点を簡単に発見されてる。
「ほら、これを俺の代わりだと思って寝てくれ。」
勇者はホテルで買ったシャーク人形をルーシーに手渡した。
「ああああ、勇者様が小さくなった、ああああ。」
ルーシーは錯乱している。
「勇者様はここに残るんですか?正直ちょっと不安なんですが。」
フラウが勇者に聞く。
「ああ、俺あんまり戦闘で役にたってないからな。こういう地味な仕事くらい頑張らないと。」
「そんな事はないと思いますが。でもそうすると決めているのなら応援します。くれぐれも気をつけてくださいね。」
「ありがとう。」
まずい。フラウもそういう話の流れになっている。
ルーシーは錯乱して頼りにならないから私が抵抗するしかない。
「わ、私は勇者も町に来て欲しい。」
凄く恥ずかしい。
顔に卵を落としたら目玉焼きが出来そうだ。
「ほんの2、3日の間だって。みんなをよろしく頼むぞ。」
ああ、勇者の意地悪。
寂しいから離れたくないなんてさすがに言えないのに。
結局別行動をとる流れを変えられないまま、こちらを見ているであろう沖の船に旗を立てて信号を送った。
ビルギット一人が救命艇で迎えに来た。一旦全員船に戻り、物資や食料を積んで再度捜索隊は島に上陸するみたい。
梯子を使ってデッキに上がる私達。女性陣は最後に回された。
パンツ見えそうな服ばかりだから。
手枷をしたロザミィは梯子を登りにくいかと思ったけど、空中を歩いて登っていった。そういえばそんな力もあったね。
ロザミィにあったもうひとつの特殊な能力をこんなどうでもいい場所で使わないでよね。
デッキに上がった私達を船長さんが出迎えてくれた。
「無事に戻ったね。巨大鳥が現れたのはここからでも見えてたよ。」
「はーい。私がその巨大鳥でーす。」
ロザミィが手枷をしたままの手で両手を上げた。
「は!?あんたが!?こりゃまた凄いのを連れてきたね・・・。」
船長さんじゃなくてもビックリだ。
「手短に話すと、ロザミィとの戦いで主にルーシーの装備が底を尽きた。女性陣4人を装備の補給のために一旦町に連れて帰ってもらいたい。
俺達男性陣は一番星の捜索を途中で棚上げして、周囲の小島から続行するつもりだ。」
「なるほど。2日ほどこの島に取り残されちまうけどいいんだね。」
「当初の予定通りにな。」
勇者が船長さんに説明する。
船員さん達が物資の準備をしてくれてる間、私達はそれぞれの部屋に戻った。勇者達は体を濡れたタオルで拭いて綺麗にしたり、着替えの用意も必要だ。
ロザミィの手枷を一旦外して勇者のシャツを剥ぎ取る。
前に私が着てたメイド服とルーシーに買ってもらったセーターがある。どっちがいいかロザミィに聞いてみた。
「メイド服はクリスお姉さんに着てもらいたいなー。だからこっちの白いセーターにしよっかな。」
ノースリーブの白いセーターと黒いスリット入りの膝下のスカートを選んだ。
「ルーシーちゃんの下着の替えあるんなら見せてよ。」
「は?あんた自分で作れるんでしょ?そのパンツいつの間にか履いてるけど。」
シャーク人形を抱いてメソメソしていたルーシーが我に返った。
「自分で作ると地味なパンツしか作れないよー!かわいいのが履きたい!」
「疑惑を通り越して確実に敵の一味のあんたと一緒に居てやってるだけでも感謝してもらいたいのに、下着の替えまで要求してくるなんてふてぶてしいにも程があるわよ。」
「えー!?パンツくらい履かせてよー!」
ルーシーとロザミィが言い合ってる隙に衝立の奥で体を拭いている勇者に近付いた。
「勇者。背中拭こうか?」
「え?ああ、ありがとう。」
私は桶の水にタオルを浸して軽く絞った。
勇者の背中を隅々まで拭いてあげる。
背中と言わず首、腕、脇の下、胸、お腹と上半身を全部拭いた。
ズボンを下ろそうとしたけどさすがに拒否された。
「いや、それはちょっと。」
「遠慮しなくていいのに。」
「あとは大丈夫。スッキリしたよ、ありがとう。」
「うん。」
勇者とキスするのは今しかチャンスがない。
「勇者。キスしていい?」
「ああ、そうだな。」
勇者も私が入ってきた時から察していたようで驚きはしなかった。
勇者にとっての私とのキスはただの私への奉仕。食事がわりになってくれてるだけなんだ。
それは最初から分かってることなんだけど。
私は勇者への不満をぶつけるように激しく唇を重ねた。
勇者はちょっとたじろいだ。
でも私だけ激しくしても満足できない。
「勇者。岩場でしたみたいにギュッて抱き締めて。」
「ベアハッグか。」
ベアハッグ?なにそれ。
勇者に背中を抱き締められた。首元に手を回され完全に胸の中に捕らえられた。逃げようとしても逃げられない。
勇者の腕の中で蹂躙され、されるがままに体を弄ばれる。
これいい。
衝立一枚向こうにルーシー達がいるのに声が出ちゃいそう。
必死に耐えて、でも舌の動きは止められない。激しく求めちゃう。
一頻り舐め合ったあと唇を離して勇者の顔を見る。
「満足してくれたかな。」
ニッコリ笑う勇者。そんな顔されたらもの足りないよ。
またキスを繰り返した。
やり過ぎたかと思って口を離したら勇者はちょっとぐったりしてた。
イソイソと衝立から出ていったら、ルーシーの下着がベッドにたくさん並べてあった。
ロザミィがそれを眺めて嬉しそうに選んでいた。
フラウが私達を見て声をかけてきた。
「終わったんですか。数日間会えませんからね。」
うん。やっぱりバレてるよね。声も出ちゃってた気がするし。
普段みんなの前でやってる事だけど、なんか恥ずかしい。
勇者の腕を掴んで顔を隠すようにした。
勇者は替えの着替えで服を着ている。
「あー。勇者ちゃん。こっち見ないで!」
ロザミィはまだパンツ一枚だった。
勇者は向こうを向いた。
「あんたがグズグズしてるのが悪いんでしょ。私の下着みんなに見られて私が恥ずかしいわよ。」
「じゃあこのピンクのフリル付きのにする。」
ロザミィはベッドの陰でごそごそと着替え始めた。
ルーシーあんなの履いてるんだ。
「口に出して言わなくていいわよ!あんたまさか視覚情報も共有してるんじゃないでしょうね。」
ルーシーはベッドの上の並べてある下着を隠すようにバッグになおしてる。視覚情報ってなに?
そうか、セイラの声が私の頭に響いてきた事があった。
遠く離れてても声でやり取り出来るんだっけ。
という事はロザミィはリアルタイムで私達の情報をセイラ達に送ってるってことか。
それを知っててロザミィと一緒に居るって相当な自信家だよ。
「町に着いたら服とかまた新しいの買ってあげるから。」
「ずいぶん優しくなったね。なにかあった?」
私がルーシーに聞いた。
「いいこと思い付いたのよ。」
ルーシーがニヤリと笑った。
「いいことって何ですか?」
フラウもまだ知らないみたい。
「じゃーん。どう?大人っぽい服似合うかな?」
ロザミィが白いセーターを着て出てきた。
私が着たときより本人とのギャップで随分見た目の端麗さが引き立っているような気がした。
「うん。かわいい。」
「別人になったようですね。」
「馬子にも衣装ね。」
「町で見かけたら目を引くだろうな。」
「ルーシーちゃんそれ褒めてない!」
ロザミィがルーシーに食いついたけど、私は勇者の言葉が気になる。
え?私にもそんな言わなかった事をさらっと言っちゃうの?
掴んだ勇者の腕をきゅっと強く握った。
勇者は何が何だかわからないって顔で私を見たけど、教えない。
「さあ、服はいいとして、クリスにお願いよ。ロザミィのエネルギーをフルチャージしてもらってもいい?」
ルーシーが訳のわからないことを言い出した。
ロザミィにエネルギーを分けるのは危険なんじゃない?
それに勇者との感触の余韻を少し残していたい。
「どういうつもりなの?」
私は訝しんだ。
「巨大鳥よ。ロザミィに巨大鳥になってもらって船を引っ張ってもらえば航路を短縮できるんじゃないかしら。」
私達に電撃が走った。
敵の能力をそんな使い方する!?
「ふええええ!?私捕虜なのに馬車馬みたいに使おうとしないでよおぉっ!」
「うっさいわね。あんたローレンスビルの自警団に引き渡せば即刻縛り首よ。クリスの作った手枷、檻じゃないと拘束できないし、捕らえられない。なにしでかすか分からないから一緒に居るだけ。いつでも逃げられるんだから現時点では捕虜でもないでしょ。」
例え私がロザミィに変化させられない檻を作っても、空気から檻を壊す道具を作られれば逃げられる。
実質拘束は不可能だ。
私は無表情でロザミィをベッドに押し倒した。
「やーん。クリスお姉さん怖いよー。」
「だ、大丈夫なのか?」
勇者が心配してる。
「大丈夫じゃないよー。勇者ちゃん助けてー。」
「あんたに聞いてんじゃないのよ。大丈夫大丈夫。攻撃手段の触手は封じているんだし、例え逃げたとしてもこっちからしたらどうでもいいし。」
「どうでもいい!?」
ルーシーが代わりに答えてロザミィがショックを受けてる。
「船の心配なら大丈夫だと思いますね。鳥の姿をしていますが羽で飛んでいる訳ではないはずです。体が大きすぎて浮力を得られないでしょうからね。本体の時に空中を歩いている能力を常に使って羽ばたきながら床を滑るように空中を飛行しているんですね。と言うことは高さや速度は一定にコントロールできるでしょうから、船が勢いで転覆することは無いと思います。」
フラウが解説してくれた。
勇者と離れる時間が少なくなるなら何でもいいや。
私は涙目になってるロザミィの唇を無理矢理襲った。
私の肩を掴むロザミィ。
「抵抗するなら手枷をつけるけどどっちがいい?」
何度か荒い呼吸をしたあと答えるロザミィ。
「このまま優しくして欲しいよ。クリスお姉さん。」
ニヤリと笑って唇を奪う私。
もうどっちが悪人かわからない。
勇者が複雑そうに唸った。
「うーん。巨大鳥に引っ張られる船か。ちょっと見てみたいな。」
なんだそっちか。
「さすがにこれではすぐに巨大鳥になれるほどのエネルギーは得られないだろうから、戻ってきてからしか見られないかもね。」
「んんーんー。」
ロザミィが何か言おうとしてるけど構わず口を塞いでた。
荷造りが済んだみたいで勇者達男性陣は船で島に戻る準備を始める。
これでしばらく離ればなれか。
ロザミィをベッドに投げ捨てて勇者の元に駆け寄った。
「勇者。気をつけて。」
「ああ、分かってるよ。何かあったら、逃げるさ。」
「すぐ帰ってくるからね。待っててね。無理しないでね。いや!離れたくない!」
ルーシーがまたメソメソ泣き出して勇者に抱き付いた。
私も勇者の手を握った。
「大丈夫だよ。俺みんなみたいに活躍できないから、少しくらいは頑張ってくるよ。」
勇者も泣きそうな顔になってる。
別れを悲しんでというより別の事が悲しいみたい。
「それじゃあ行ってくる。」
勇者は部屋を出ていった。
この一時の別れを後で後悔しそうな気がする。
デッキに出て島に向かう救命艇を見送った。
そして船長さんが声を上げる。
「よーし。アタイらも出発だ。出航の準備に取りかかりな!」
私は一人で部屋に戻った。ルーシーは船長さんに話があるみたい。
フラウも一緒にそっちについていった。
ベッドでロザミィがぐったり横になってる。
近寄ったら体を起こして私にすがり付いてきた。
「クリスお姉さん。私満たされちゃうよう。」
エネルギーのことを言ってるのか心のことを言ってるのかわからないけど、エネルギーのことなら私もそう感じていた。
「もう変身できるの?」
「出来る気がする。」
正しくは変身ではない。体の周囲に巨大鳥のパーツを作って中から操作するだけだ。
エネルギーとやり方さえ分かれば私にも出来るんだろうけど、やるつもりはない。ロザミィほどエネルギーのコントロールが私にはできないから。
まだ勇者は船を見てるかもしれない。
見せてあげれたら喜んでくれるかも。
「じゃあお願いしていい?勇者に見せてあげたい。」
「クリスお姉さんの頼みならいいよ。」
私達はデッキに出た。
デッキではルーシー達が船員を使って何かを用意していた。
ロープだ。
ロザミィが船を引っ張る用に船の船首や各部位に繋げるロープを用意していた。
「ホントに大丈夫なのかい?いつもあんたには驚かされるけど、今回ばっかりは正気を疑うよ。」
「私は正気よ。ちょっと暴走してる気はするけど。」
「それは正気ではないのでは?」
船長さん、ルーシー、フラウが会話してる。
いつの間にか船首楼に空中を歩いてロザミィが登っている。
「これを引っ張ればいいの?」
「あんたやれるの?」
ルーシーが驚いた。まだ時間がかかると思っていたみたい。
魔人同士でのキスが急速チャージだとまだ教えてなかったね。
船員達がざわつく。
「やってやろうじゃないのよ。」
船首に立ち、さらにその先の空中に歩き出した。
体の周囲に光の壁が作られる。
そして光の翼が大きく、とても大きく広がった。
ハッとして船長さんが声を出した。
「錨を上げな!出航だ!」
帆船なのに帆が張られていない。風の抵抗で逆に遅くなるかもしれないから。町の方角はロザミィは知ってる。案内は必要ない。
私は島の方を見た。小さいけど勇者達がこちらを見ているのが分かる。見ていてくれたんだ。
手を振ってくれている。
ロザミィは大きく羽ばたいた。比べ物にならないほどのスピードで船が出航した。
「なんだいこりゃあ。おとぎ話にでもなっちまったのかい!?」
「凄いです!船酔いしそうです!」
「時速30キロメートルくらいは出てるんじゃない?半分の時間で町に着きそうよ。」
飛んでるのが不細工なスズメということ以外は満足。
一抹の不安を吹き飛ばすように、一路ローレンスビルに戻る私達だった。
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