第81話
デッキには全員がそろっていた。
俺、ルーシー、フラウ、クリス、ロザミィ、ベラ、ベイト、モンシア、アデル、アレン、キシリア、ミネバ。
早朝の港、接岸してタラップがすでに付けられている。
今回で二回目とはいえ巨大鳥に引かれて入港してきた船に、港の人が腰を抜かしたという逸話は伝え聞く。
さて、町には着いたが今後の予定はどうするのだろうか?
ルセットに相談するという漠然とした目的以外は決まっていない。
「お嬢さんご苦労様だったね。というわけでご希望通り町まで帰ってきたわけだけど、今後の展望はあるのかい?」
こういう時に話を仕切ってくれるベラはありがたい。
「ルセットとの相談次第で状況は変わるけど、うまく行けば3日ほどで出港できると思うわ。だからそれまでみんなは休養するなり観光するなり、準備をするなり、各自自由に行動してほしいの。うまく行かないならそのまま明日にトンボ返り。イビルバスの捜索は一旦棚上げして、三番星の捜索に向かう。」
「どのみち今日一日は自由ってわけだね。」
「ルセットとの相談後に状況を知らせにここに戻る。みんなは今日の夜か朝一まで自由にして一旦状況を聞きに戻ってきて。」
ルーシーとベラが話す。
ルセットに何かの装置を造ってもらうとすれば日にちがかかるのは当然か。
3日で可能なのかという方が不安だ。
「フラウとロザミィは私について来て欲しいの。」
「え?私ですか?」
「えーっ!私も自由時間が欲しいよー!ずっと働いてるのにー!」
ルーシーがフラウとロザミィを指名する。
ロザミィは反抗しているが。
「後でカワイイ服買ってあげるから。それに、あんたはこの町で65人虐殺した凶悪犯なんだから、拘束されないだけマシでしょう。」
思い出すとゾッとする。
しかし俺とクリスは?
「勇者様とクリスはキシリアとミネバを町案内でもしてあげたら?」
「え?」
遠巻きに俺達を見ていたキシリアがルーシーの言葉でパッと明るい顔をした。
俺の近くまで寄ってきて言う。
「勇者さん。よろしくお願いできますか?」
「まあ、そうだな。」
町案内という言葉を使ったが、要するにルーシーは見張れと言っているんだろう。
「え?私ミネバと一緒なの?私町の案内なんてできないけど・・・。」
クリスは言葉通り受け取って困惑している。
「それなら大丈夫。アレンに本屋を案内してもらうから。」
ミネバが躍り出てクリスの肩をポンと叩く。
服はエグゼクティブキュートではなく、Tシャツ短パンに戻っている。
「アレン?」
皆が一様にアレンの名前を口にした。唐突な組み合わせで眉をしかめている。
だが、俺は違う。
昨日ラウンジで一緒だったのを見たが、そうか、案内を頼んでいたのか。
本屋というのが気になるがまさか例の絵本の事じゃないだろうな。
「まあそういうことだ。よく考えたらこの船でここの出身は俺だけだからな。本屋の場所を聞かれたってわけだ。俺の知ってるのは大きな店だけだがな。」
アレンもミネバの後ろに出てくる。
「え?私邪魔じゃないの?」
「邪魔ってどういう事だ・・・。」
クリスがいきなり切れ味の鋭い突っ込みをした。照れたアレン。
待てよ。確か温泉島で最初の帰り道に、まだ名前を知らなかったアレンの隣に居たキシリアとミネバを癖のある二人で別れるのが惜しいと打ち明けてなかったか?
どちらかというと癖のあるのはミネバの方だが・・・。
まさか、ミネバの事を言っていたのか?
あー、そういうこと。
俺は遠巻きにアレンを見ながら腕を組んで知ったような顔をして佇んだ。
「でも私お金持ってないよ。」
「お金なんて大丈夫大丈夫。能力を使っていくらでも・・・。」
「それはやめなさい!ナチュラルに通過偽造をやろうとするんじゃないわよ。私があげるからこれを使いなさい。」
クリス、ミネバ、ルーシーが面白い事を言っている。
「駄目なんですか?」
「駄目だよ!」
キシリアまで言い出して俺は止めた。
「うおぉ!20万ある!こんなお金見たことない!」
「え?ルーシー私は?」
「二人でよ!3日分なんだから考えて使いなさいよ?あとアレンも食事くらいは使ってね。」
「俺もかよ。ありがたいがいいのか。」
「私達を何だと思ってるの?魔王を退治した英雄コンビよ。」
そいつは凄いが俺はケチ臭いぞ。
あと、この船が全損したら一生20億の借金生活だ。
「もーたまらねぇー!早速買いにいくわい!!」
ミネバがタラップを降りて走り出した。
アレンとクリスが顔を見合わせてそれを追いかける。
「お金全部持っていかないで!」
「どこにあるか知ってんのかよー!」
やれやれ大丈夫なのか。アレンが居てくれる分マシかもしれない。
「ベイト達はどうするんだ?」
俺は落ち着いて立っている彼等に聞いてみた。
「さあて、一日か長くて3日どこかの宿にでも泊まって休養しますかね。」
モンシアの肩を叩くベイト。それをよせやいと肩で弾いて腕を組むモンシア。
リフレッシュするのも良いだろうな。
「じゃあ私達もルセットを探しに自警団の詰所に寄ってみるわね。」
「また後で会いましょう。」
「ふえーん。遊びたかったー。」
ルーシー、フラウ、ロザミィもタラップを降りていく。
「俺達も行こうぜ。美味い朝食を食いてえ!」
モンシアが元気よくルーシー達の後に続く。
ベイトとアデルもそれに続く。
「アタイも仕事に戻らせてもらうよ。物資の補給の段取りがあるしね。」
「ああ、そうだな。頑張ってくれ。」
「フフッ、また後で、お二人さん。」
そう言ってベラも船内のドアへ消えていった。
たくさん居た人達が散り散りになってどこかに行ってしまった。
残された俺とキシリアもタラップを降りて港へ出る。
これからどう過ごそうか。俺もこの町には不案内だ。
タラップを降りたらキシリアが腕を組んできた。
「あー。これから長ければ3日間勇者さんとご一緒できるんですね。わたくし気絶しそうです。」
「おいおい。気絶しないでくれよ。」
「はい!大丈夫です!せっかくの時間を気絶で無駄になんかしたくはないですから。」
ベイト達は宿を取ると言っていたが、それは今日の夜にでもここに戻ってあと何日かかるか確定してからでも遅くはないな。
それまでどこでどうしてるかが問題なのだが。
「あのう、勇者さん?」
「ん?なんだ?」
「昨日気絶してしまってすいませんでした。勝手に舞い上がって倒れちゃって、お恥ずかしいです。」
「いや、それはいいけど。」
「それで、わたくし勇者さんに裸を見られる事自体は何とも思ってないのですけど、勇者さん、下着まで着せていただいたでしょう?」
う、ん。
「わたくしの体の隅々までご覧になられたのかと思うと、今更ながらモジモジしてしまって。勝手に倒れたわたくしが悪いんですけど。」
「あああ、ごめん。そこまで考えてなかったよ。突然でびっくりしちゃって。」
「良いんです良いんです。それは良いんです。それは良いんですけど、不躾ですけど、わたくしの体の感想をお聞きしても良いですか?」
体の感想ってなんだ。クリスみたいな事を言ってるな。
「うん。君は芸術品でできていたよ。」
「え?それなんですか?誉め言葉と受け取って良いのでしょうか。」
「もちろん。」
「ウフフ。ありがとうございます。勇者さんに誉められるなんて気絶するのも悪い事ばかりじゃないんですね。でもそれはそれとして勇者さんがどうやってわたくしの体を拭いたり下着を着せたのかは教えて欲しいです。」
気が動転して意識してなかったが、言われて考えるととんでもないことをしたものだ。
顔真っ赤で港の入り口まで歩いて来ていた。
十字路を左にいくと自警団の詰所。ルーシー達が向かった場所だ。もう姿は見えないが。
右は袋小路になっている。以前セイラと戦った場所だ。探せば針がまだ落ちているかもしれない。
正面の通りからさらに右に繁華街。左に住宅街につながっている。正面は分からない。
港の入り口の石造りの壁を横切る俺達。突然キシリアが立ち止まった。
「これ。」
壁を指差すキシリア。どれ?と思って俺も指差す方向を見てみる。
壁には貼り紙が何枚か貼られていた。色褪せているがさほど昔のものではない。
観光案内のチラシだ。セイラ達が商船を襲い港が使用停止されるまではここにも観光や商売で船から人が入ってきていたに違いない。その人達にアピールするための案内板としてこの壁が使われていたのか。
キシリアが指差したものに顔を近付けて見てみる。
それを見てキシリアも俺の横でチラシに顔を近付ける。
なになに?願いが叶う噴水。生涯に一度だけの願い事を叶えてみませんか?
ローレンスビル中腹辺りにある噴水です。ここで叶えたい願いに関連するものを投げ入れたり、噴水の水で洗ったりすると願いが叶うという伝説があります。
その昔、300年くらい前にまだこの町が石造りの要塞としてではなく、丘に造られた見張り用の拠点だったころ、中腹に雨水を溜め込む溜め池としてこの噴水の原型が出来ました。その時の将軍エギーユ公は完成した溜め池の水を使い盾を洗い願掛けをしました。このローレンスビルがアルビオンに攻め落とされぬようにと。そして現在も知っての通りその願いは叶えられ続けているのです。その話が伝わり、ここでは様々な願いが願われ続け、叶えられたという事です。そして現在、この溜め池は改修され噴水として目でも楽しめるようになりました。憩いの場として、デートスポットとして、観光名所としてお近くにお寄りの際はぜひお越しください。商店街一同。
欄外。この噴水での願い事は生涯に一度だけで済ました方が良さそうです。願いを叶えたエギーユ公は二つ目に末長く夫婦水入らずにと願い結婚指輪を洗ったそうですが、奥さんに寝首をかかれて逃げられたそうです。願い事の順番が逆だったら、どうなっていたのですかね。
かわいらしい顔が描かれているが、寝首をかかれたって、暗殺されたって事じゃないのか?
「わたくしここに行ってみたいです。」
「え?まあ行こうと思えば今からでも行けるだろうが。」
「連れていってくれますか?」
「そうだな。行ってみるか。」
「ウフフ。ありがとうございます。」
チラシの近くで顔を近付けながら話す俺達。
キラキラした瞳が笑顔を弾けさせている。
願い事か。生涯に一度の。いったい何を願おうか。
この戦いに勝利するために剣を沈めてみるというのもいい。コインを投げ込むのも悪くない。歩きながら考えよう。
俺達はそのまま腕を組んで丘の中腹にあるという噴水までのんびり歩いて行く事にした。
以前ルーシー達と登った頂上の物見櫓への道筋ではなく、住宅街寄りのなだらかだが長いルートを通る。こっちは階段ではないので多少楽か。
まだ早朝とあって人通りはまばらだが、居ないわけではなく、すれ違う人々は急いで仕事場に向かって。歩いているか、のんびり散歩しているか、人それぞれだった。
「勇者さんも何かお願いしますか?」
「ん?うん。それを考えてるんだよな。生涯に一度だけといわれるとちょっと考えちゃうよな。今俺が何を一番望んでいるか、いや、生涯をかけてなにを望むのか。結構な問題だよ。」
「勇者さんでもお願いすることがあるのですね。」
「それはもちろんあるけど、どうしてそう思うんだ?」
「だって勇者さんはご自分の手で願いを叶えてきたのでしょう?今になって神様に頼むようなことがあるのかと思いまして。」
うーん。そこまで順風満帆ではないのだが。
「も、と言うことは君も願い事を考えてるのかい?」
「え?ええ。それは内緒にしておきます。ウフフ。」
「内緒もなにも何かを沈めたり投げ入れなきゃならないようだが、君は何も持ってないだろう?」
言ってからそういえば魔人はいくらでも物体を作り出せるのだと思い出した。
だがそれなら願うものなんて無さそうだが。
噴水ある広場に着いた。坂が平に整地され一番奥にある噴水と池垣を囲むように丸い石畳の空間が広がっている。周囲にはベンチや街路樹が置かれていてくつろぐには良い環境だ。
更に周囲にはオープンカフェや食べ物を売っている露店などある。お土産物屋さんもあるようだ。
早朝なのでカフェ以外は開いてない。カフェには丸テーブルでコーヒーを片手に何かを読んでいる人がいる。
噴水は元がただの溜め池だったとは思えないほどきらびやかな装いだった。大きな燭台のようなオブジェに左右に女神像、燭台の中心から勢いよく水が飛び出して、その縁からも放物線を描くように全方位に清涼感のあるアーチがかかっている。
それを中央に置いて二回りほど広い池が周囲を囲んでいる。
前に立つと膝下ほどの低い池垣に水が張っていて、水位自体は高くはないようだ。
これは見応えがある。観光名所を自負するだけはある。
昔は工事用具や武器防具を洗っていただけの溜め池だったろうに。
「うわー。凄く綺麗です。でもどうやって水が飛び出しているのでしょう?」
「うん。それはシャワー室と同じような装置を仕込んでいるんじゃないかな。今ルーシーが向かっているルセットが作ったやつだ。」
「ああ。」
納得したのか手を叩いて喜んでいるキシリア。
さて、俺の願いは決まった。やはりこの戦いに勝利し、何もかもが上手く行くことを願わざるを得ない。これ以上双方に犠牲はいらない。できればキシリアともこのまま共に居れるように説得できればいい。できれば・・・。
俺は腰の剣を抜き、池垣の縁に乗った。
つま先立ちでしゃがみこみ剣を水に浸けて願いを込める。
池の中を見てみると小銭が大量に沈んでいるようだ。
生涯の願いで小銭を投げるのもどうなんだと思いつつ、自分もさっきまで悩んでいたことを恥じた。
不意に背中を押された。
まったく予期してなかったのと、つま先立ちで座っていたので受け身を取れずにバタリと池に突っ込んでしまった。
「あ!」
バシャリと池に落ちる俺。水位が低いので手と膝を着いただけで全身びしょ濡れという事はないのだが、どちらかというとこっ恥ずかしい。
「いてて、なにをするんだよ。」
「ウフフフフッ。勇者さんすきがいっぱいです!」
なんておてんばお嬢さんだ。
さも楽しそうに笑っている。
俺は剣を腰に戻し、とぼとぼと池から出てベンチに座った。しばらくここでズボンを乾かそう。
当然キシリアもそのベンチの横に座る。
「ウフフ。ごめんなさい勇者さん。」
「謝るくらいなら、と言いたいところだけどいいよいいよ。昨日じっくり君を見させてもらった分でまだお釣りが余るくらいだから。」
「まあ!勇者さんってば!」
「アッハッハ。嘘だよ。そんな余裕無かったよ。」
「もう!」
俺をポカポカと叩くキシリア。
まばらに広場に人が増えてきた。店の店員、子供連れの母親、散歩の老人。
俺は朝食がまだだったのでバーガーを作っている店に今日一番の客として並んでみる。
露店のように軒先で調理、販売するタイプだ。客は持ち帰ったりベンチで食べたり。
キシリアは食事する必要はないので、俺だけ買ってこようと思ったが、キシリアも着いてくるという。
「わたくしも勇者さんと一緒に朝食を召し上がりたいです。」
「え?でも君達は食べる必要は無いんだろう?食べたものがそのまま出てくるって言ってたが・・・。」
「勇者さん!変なことを想像しないで下さい!」
「ああ、すまん。」
自分が食う前に言う事ではなかったな。
「わたくし勇者さんとご一緒するために頑張ります。」
「そんな・・・。」
クリスがどうしてもやってくれなかった事をしてくれるというのか。
急に食事して体調が悪くならないかは心配だが。出てくると言うのだから大丈夫か。
「ヨシ。一緒に並ぼう。」
俺はパティがダブルになった300ゴールドのバーガーと炭酸の飲み物を頼む、キシリアにパティが一つの100ゴールドの安価なバーガーと同じ飲み物を。
「お嬢さん綺麗だね!おまけにダブルにしといてやるよ!」
店のおやじがサービスしてくれた。
味が同じなら量は少なくて構わないキシリアとしては余計なサービスであったろうが満面の笑みでこれを受け止めた。
「大喜びだったじゃないか。」
「それは綺麗と仰っていただいたからですけど、困りましたね。食べきれるでしょうか。」
「食べ始めたら案外あっさりさ。うーん。美味そうだ。」
ベンチに戻り並んでバーガーの包みを手に食べ始める俺。うん。やはり美味い!
それを見ながら躊躇いつつバーガーを口に運ぶキシリア。
「あら。ホントに美味しいですね。わたくしこういったものいただくの初めてです。」
手で口許を隠しながら上品に食べるキシリア。時折ニッコリと俺に微笑みかける。
こんなに落ち着いた朝食は記憶にない。
「ウフフ。美味しく頂けました。後が心配ですけど、考えないようにします。」
「何か異状があれば無理せず言ってくれよ。」
「そういう心配でしたら大丈夫ですよ。心配なのは・・・もう!勇者さん言わせないで下さい!」
バタバタと俺を叩くキシリア。叩かれてばかりだがこれもおさわりちゃんのスキンシップ扱いなのだろうか。もちろん悪い気はしない。
「これからどうしようか。」
「そうですね。このままここでのんびりというのも悪くはないのですが。」
「せっかくの自由時間だし他の場所も見て回りたいな。」
「わたくしは勇者さんと一緒なら何処へでもついていきます。」
「そうか。では参りましょうか、お姫様。」
「ぜひお供させていただきますわ。」
俺はベンチから立ち上がり、キシリアの前で膝まづき、手を差し伸べた。
キシリアもその手を握り立ち上がる。
とはいえ行く当てはない。もっと他の観光案内のチラシも見ておけば良かったか。
とりあえず俺達は来た道とは逆のなだらかな坂を腕を組ながら下って行くことにした。
あれ?そういえばキシリアは噴水に何も投げ込んでいないような気がするが、あのまま行ってしまって良かったのだろうか?と気付いたのはだいぶ後にそこを離れてからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます