21、温泉島
第55話
21、温泉島
温泉島と名付けたあのもやの立ち込める島でのセイラ達との邂逅以後、夕暮れになるまで周辺の5つほどの小島を捜索したが何も発見できなかった。
そもそも何も無いことを確認していくつもりで始めた事なので、温泉島の発見が上出来過ぎる出来事ではある。
救命艇で拠点に戻る途中、別の角度から温泉島にもう一度上陸してみる事にした。
セイラ達が何か手掛かりを残していないか調べるためだ。
北側からの捜索は岩場と生い茂った森で、温泉が湧いているのは俺達が侵入した南側に片寄っているらしい。
一段高い岩場から降りると見覚えのある浴場に出た。
今俺達が居るのがセイラ達が脱衣場として使っていた場所らしい。
周囲をくまなく探す。
残念ながらそう簡単に手掛かりなど残してはくれないか。
「こっから先は俺達が来た道だな。温泉が湧いてるルートもあるらしいが行ってみるか?」
アレンが声を出す。
期待は薄いが・・・。
「まー、疲れも取れるし、汗も落とせるし、一っ風呂入るつもりで行ってみよーぜ。」
モンシアはもう観光気分だ。
顔を見合せる俺達だが、それも悪くないなと頷いた。
緊張感が抜けてしまって武器も服も脱衣場に置いて裸で再び温泉に入る。
うーん極楽。
木が邪魔で隠れていたが先に続くルートが脇に有るようだ。
ザブザブと湯気が濃い方に進む俺達。
確かに熱い。
地響きのような音をたてながらこんもりと湧き上がる源泉。
「長い時間は居られないな。」
「ひえー。もう戻ろうぜ。ここにゃ何も無しと!」
「雑な確認だなぁ。何もありゃせんだろうが。」
俺、モンシア、アレンが源泉に近付くが猛烈な熱さで先に進むのが躊躇われる。
「ここでどれだけ耐えれるか根比べでもしたら盛り上がりますかねえ。」
「盛り上がらない盛り上がらない!さっさと行くぞー!」
ベイトが冗談を言うがモンシアは取り合わない。
予想通り何も無いので来た道を戻る。
戻る途中遠くから大きな羽を漕ぐ羽音が聞こえてきた。
まさか?もうロザミィが戻ってきたのか?
早すぎる。まだ1日しか経っていないぞ。
「巨大鳥が戻って来やがったのか?はえーな。」
「往復が片道と同じ時間で済んでますね。」
「こうしちゃ居られない。早く俺達も戻ろうぜ。」
急いで脱衣場に戻り服を着て救命艇にとって返す。
夕暮れの太陽は沈みかけている。
救命艇に乗り込み遠くから見える巨大鳥の異様な光景。
拠点近くの沖に船は停泊するはず。その付近に救命艇を漕ぎ出せばルーシー達を直接迎えられそうだ。
徐々に近付く迫力の巨大鳥は何故か特大サイズのメイド服を着ていた。あまりの不自然さに目を点にする俺達。
わざわざ作って着せたのか。
沖まで来て船を停泊させるロザミィ。
俺は手を振り声を出した。
「おーい。」
船のデッキからルーシーとクリスが顔を出す。
「勇者様ー!」
たった1日の別れだったがその声に安心感が生まれる。
彼女の存在の大きさを思い知ったのは俺の方だったな。
ベイトとアデルが救命艇を漕ぎ出し船に横付けする。
船から縄梯子が降ろされる。
降りてくるルーシー。
「勇者様ただいま。」
「おかえり。ルーシー。」
勢いよく俺に飛び付くルーシー。
ちょっと照れ臭いが受け入れる俺。
ベイト達は何も言わずに笑って見ている。
続いてクリスも降りてきた。
出来るだけ見上げないようにしているが、やはり目に入る。
「勇者。大丈夫だった?」
「ああ。この通り。」
クリスは一旦照れて近くに立っていただけだったが、耐えられずにルーシー同様俺に抱き付いた。
「心配した。」
俺はみんなを見た。
あまり話し辛い事だが、セイラ達に会ったことを言っておくべきだろう。
「あれ、勇者ポカポカしてる。」
クリスが目ざとく気付いた。
「あ、ああ。温泉に入ってたから。」
「は?」
「温泉?」
「なんですかそれは?」
降りてきたフラウも加わってすっ頓狂な声をあげる。
汗水垂らして捜索していたと思ったら温泉に入ってたじゃあそうもなるだろう。
「事情は後で話そう。物資を補充しないと。」
船員がその準備をしてくれている。
ロープにくくりつけた物資を救命艇に降ろす作業だ。
見ると巨大鳥はいつの間にか消えていた。
そして船首から環を描くように空中を歩いて来るロザミィ。
本人もメイド服のようなものを着ていた。
あれが気に入ったからスズメにも着せたのか。
「大丈夫なのか?」
「ロザミィは信用できないわよ?」
ルーシーが事も無げに答えるが、信用できない相手に力を与えて自由にさせるのは大丈夫なのだろうか?
ルーシーの弱点どころか、今雷雲で船を沈没させ俺達を全滅させる事もできるんじゃないのか?
まあ黙っておくか。
空中を歩くのも最初の戦いを思い出してゾッとするんだがな。
救命艇に飛び乗ったロザミィがクリスとルーシーに抱き付いた。
「えーん。疲れたよー。」
「頑張ったね。えらい。」
「私にまで抱き付かないでよ。」
「ルーシーお姉さんの胸柔らかいから好き。」
「ちょっと!恥ずかしいから止めなさい!」
いつの間にかルーシーお姉さんに格上げになっている。
油断させるための演技だろうか。いや違うか。
大量の矢、追加の食料、衣料、医薬品。等を一通り降ろすとデッキからベラの顔が出てきた。
「みんな無事のようだね!首尾はどうだい?」
「周辺の島には敵のアジトはない。灯台もと暗しという事は無さそうだ。拠点の安全は一先ず確保という所かな。羽の生えた敵に言っても無駄かもしれないが。」
「そうかい。引き続き一番星の捜索をやるんだろうね。」
「そうする方がいいでしょうね。まだ半分も捜索してない。」
「了解。よろしく頼んだよ!健闘を祈る!」
そろそろ日が暮れる。俺達はベラに別れを告げて船を離れ拠点へと戻る。
拠点ではルーシー達女性陣4人がまずスープを作ってくれた。
チーズが入ったトロトロのスープだ。野菜とハムも入っている。
匂いだけでよだれが落ちそうだ。
テント内で皆思い思いの場所に座って夕食だ。
フラウとロザミィは寝袋が珍しいのかあちこち見ている。
男性陣とルーシーは少しずつ離れて座っている。
クリスは俺の横に肩を並べている。
テントの梁にランタンをぶら下げ、あちこちにも明かりを灯して、薄暗い中でも火の気が暖かい空間になっている。
アツアツの紙のスープ皿を手に取る。
実際に食べてみると今度はほっぺが落ちそうだ。
感動のあまり何しにここに来たのか忘れそうになる。
バカンスに来たわけではないのだ。
「おいしかったー?」
ルーシーがイタズラっぽく俺に聞いてきた。
さては相当自信が有ったんだな。
いいよ。俺の負けだ。もう二度と離れたくない。
「降参だよ。凄く美味しい。」
「ウッフッフ。良かった。」
今朝は出来てたスープを暖めて飲んだのだが、やはり手料理は違うのだろうか。満足感がひとしおだ。
クリスが俺を不思議そうに見ている。
何でスープ一杯でこんなに感激してるのかと思っているのだろう。
皆もうーんと唸りながら食べている。
ガッツリ食が進んで一段落終えると、それぞれあったことの報告だ。
「まずは私達からね。ほとんど船の上だったからこれと言って報告は無いけど、町でルセットさんに会ったわ。」
「もう大丈夫そうだったのか?」
ルーシーの言葉にアレンが反応する。
「ええ。こっちに参加するより装備の開発をした方が役に立つだろうって帰ったみたいだけど、船にシャワー室を作ってもらったわ。」
「え?そんな短時間でか?」
「そう。ビックリよね。」
「そいつは俺達も使わせてもらえるのかい?」
モンシアが尋ねる。
「もちろん。でも鍵がかかってるかは確認してね。」
「へー。楽しみだな。」
「船でのんびりできる時間がどれだけ有るかわかりませんがね。」
ベイトはあまり関心無さそうだ。
「あとはアルビオンのスコットから返事が来てた。」
「おお、懐かしいな。」
「魔王の城で動きがあるって噂らしいわ。別の娘が動き出したのかもしれない。」
「魔王の城って、魔王の城か?あそこはアーガマの管轄で騎士団が警護しているはずだ。何かあったとしたら騎士団の警護が突破されたということになるが・・・。」
「手紙の一文だけでは何とも言えないわ。こっちの件には関係ないと思うから、こっちはこっちで集中しましょ。」
「勇者殿はここの戦いが終わったらその戦いに出向くのかい?」
モンシアが尋ねる。
「アルビオンに戻って情報を集めないとなんとも言えないが、そういうことになるだろうな。」
「そうかい。また忙しくなりそうなんだな。俺達はベラの船の用心棒だ、ベラが戦いに参加するとでも言わなきゃ一緒に戦うことはできねえが、健闘は祈っとくぜ。」
「その言葉だけで十分よ。ホントにまだ何も分からないんだし。今気にしてもしょうがないわ。」
「こっちの魔王の娘の名はリーヴァ。魔人の残り人数はおそらく8人。思考のリンクという能力で離れた場所でも頭の中で会話が可能。そうだな?ロザミィ。」
「え?」
今朝分かった事を一息に口に出す俺。
ルーシーは驚いたようだ。
ロザミィは聞いているのかいないのか、寝袋に入って芋虫のようになっている。
「それどこで?」
「実は温泉が湧いている島があって、そこでセイラ達に会ったんだよ。」
「え?温泉?え?」
「勇者どういう事?」
クリスも話しに飛び付いてきた。
「捜索してたらセイラ達が温泉に入っていて、俺達も一緒にという事になってだな・・・。少しそこで話をしたんだ。」
「一緒に温泉に入ったの?」
クリスは俺の腕を握っている。かなり強く。
「いてててて。たまたま偶然だよ。」
「よく無事だったわね。何かされたんじゃないの?」
ルーシーは呆れている。
「されて、はないよ。」
「した方だな、あっはっは、おっと。」
モンシアが笑ったがクリスがキッと睨んだので引っ込めた。
「何をしたの?」
「クリスと同じことだよ。あまり効果は無かったようだが。」
「服を着て・・・?」
「なかったかな。」
クリスがうつ向いてしまった。
肩が震えているようだが、なんだろう。
「私も勇者と温泉入りたい。」
顔を上げて俺を見つめた。
何か切羽詰まった感情を感じる。
「ああ。近くの島だし、疲れを落とすのにちょうどいいから、また行ってみよう。セイラ達も時々あそこでお湯に浸かっているんだろう。もしかしたらアジト探すよりも会う可能性が高いかもな。」
「それはどうかしら。こっちがそれに気付いてるって知って、のこのこやって来るとは思えないけどね。」
「そう言えばそうか。」
とりあえずクリスの腕の力は弱まった。
「コホン。それじゃあ今後の事についての予定を立てましょうか。」
ベイトが話を変えた。
「そうね。中断してたポイントHからの捜索再開かしらね。周辺焼け野原になったり木が倒壊してたり、跡形もなくなってるけど、この付近に何かあるのは間違いないと思うのよね。」
「ロザミィさんが襲って来たからですか?」
フラウが尋ねる。
「そう。見つけられてはいけない何かがある。」
ちょうど行方不明者を発見した時に襲って来たんだったな。
そう言えば行方不明者はそのままになってしまった。
そこをスタート地点として、まずは遺体を木から下ろしてあげなければ。
「ロザミィが教えてくれればいいんだけど、今も教える気はないの?」
「知らないよー。」
相変わらずか。寝袋に入ってもぞもぞしながら答えるロザミィ。
「問い詰めてまた自害でもされたら厄介だし、放置しておきましょう。コイツ意外と役にたっちゃうから。」
船を牽引させて高速化は上手い使い方だったな。
明日からまた地味な作業が始まる。
ルーシーの予想通り、この辺りに何か有るのだろうか?
戦闘中広範囲を駆けずり回ったが、少なくとも丘の手前には何も無かったような気がする。
ひとまず今日は就寝だ。
ルーシーが俺の寝袋に入ってきた。
広めとはいえ一人用だぞ。
「いいの。圧迫されてる方が居心地いいの。」
俺が寝苦しいよ。
すごい密着している。窮屈で体が動かせない。どうやって出るんだ。
ルーシーが姿勢を正そうと体を動かす。
あんまり動かないでくれ。何でとは言えないが・・・。
でもこうしているのは悪い気はしない。
クリスは別の寝袋に入ったが、俺の真横にベタ付けした。
「温泉。」
かなり気にしているようだ。
明日捜索が終わってからでも行ってみるか・・・。
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