28、船上ロマンス
第77話
28、船上ロマンス
ドアを閉めて歩き出す俺とキシリア。
キシリアが話しかけてくる。
「勇者さん。わたくしそんなに怪しいですか?」
「え?いや、そんなことはないが・・・。」
「だって勇者さん、ぜんぜんわたくしとお話してくださらないでしょ?きっと怪しまれているんですね。」
「いやいや、ルーシーの長話とクリスの奇行で話すタイミングがつかめなくって・・・。」
「ウフフ。確かに。皆さん自然体で接してくれて嬉しかったです。」
キシリアは笑顔になり俺の右腕を組んで並んだ。
「ではしばらく勇者さんを独り占めですね。」
温泉島の沢から戻る時のようだ。
あの時はキシリアは裸だった・・・。それを思い出すと顔が熱を帯びてくる。
「勇者さん、今何をお考えですか?」
小悪魔的に笑うキシリア。俺の顔を覗き込む。
顔をそむけて視線を受け流す俺。
「それで?どこに行くつもりなんだ?」
「さあ、どこに行きましょうかねえ。こんな船に乗ったことありませんし、色々見て回りたいです。」
ラウンジのドアを通り過ぎて連絡通路に出てくる。そのまま真っ直ぐに船長室のドアに向かうキシリア。
ベラと話すつもりか?ベイトにハーピー姿でこの船を襲ったことを船上で話していたと聞いたが、対面させて大丈夫なのだろうか?
俺の心配をよそに躊躇なくコンコンとドアをノックするキシリア。
果たして中にベラは居たようで、声がした。
「開いてるよ。」
遠慮なくドアをがチャリと開けて入っていく俺達。
ベラは奥のデスクの椅子に座って書き物をしているようだった。
町に戻るので備品の補充など、経理の仕事をしていたのだろう。
「お邪魔します。」
「ん?あんたかい。それに・・・勇者君も随分仲良くなってるみたいじゃないか。」
「ああ、案内をしようかと・・・。」
俺がたじろいでいると、組んだ腕から離れてキシリアが一歩前に出た。
そして恭しくお辞儀をして直立した。
「船長さん。その節はどうもご迷惑をお掛けしました。多大な被害損害を出させてしまったのではと思うと心苦しいです。そんなわたくし達を船に乗せていただいて大変恐縮しています。」
「さっきも言ったけど、乗ったからには客人だ。のんびりするといいよ。」
ベラの強心臓にも驚嘆だ。
「でも・・・。何か仰りたいこともあるのでは・・・?」
ベラは頭を上げキシリアを見上げた。頭をポリポリ掻きながら言う。
「別に無いけどね。まあ一つだけ確認しておきたいのは、さっき言った一時休戦って言葉は信用していいんだろうね?」
「ええ。それはもちろんです。」
「じゃあいいよ。船の中を見たいなら自由に見てくんな。」
「あ、あの、寛大なお言葉痛み入ります。ですが・・・もっとこう、わたくし達の行動を咎めるだとか、悔い改めるだとか、そういった言葉は無いのですか?」
「あんたをここで責めたところでこの戦いが終わるわけじゃないんだろう?アタイらの目的はアジトに隠れている首領、魔王の娘の居場所を突き止めて交渉することだ。あんたが裏切って場所を教えるつもりってんじゃないなら無意味だと思うけど違うかい?」
「それはそうですけど・・・。」
キシリアの方が狼狽えているようだ。
ベラのきっちり分けて考えるやり方には驚かされる。
「まあそんなわけだから自由にしてくんな。」
そう言って書き物の続きを始めた。
「ご配慮感謝致します。お言葉に甘えさせてもらって船を見学させていただいても宜しいですか?」
「アッハッハ!あんたも顔に似合わずタヌキだね。最初からそのつもりだったんだろう?まあいいよいいよ。こっちも最初からそのつもりだしね。」
「まあ!ウフフ。もちろんお許しが頂けたらというつもりでしたよ。でもありがとうございます。助かります。」
ペコリと頭を下げクルリとドアに向かっていった。
二人の会話を茅の外で聞いていた俺は軽快に動きだしたキシリアの後ろに付いて部屋を出ていこうとする。その後ろからベラに声を掛けられた。
「勇者君。上手くやってるみたいだね。あんまり手広くやって火傷しないように気を付けなよ?」
何の話だ。何の。
ニヤニヤ笑うベラを残して部屋を出る。
「この階段の下には何が有るんですか?」
目をキラキラさせて俺を見るキシリア。
「この下は食堂や会議室、船員の部屋、客室なんかがあるな。俺も食堂くらいしか入ったことはないが・・・。」
「行ってみたいです。」
「ああ、行ってみようか。」
例によって後ろ向きで階段を降り、食堂のドアから顔だけ出して中を覗いてみる。
船員が数人がテーブルについて食事をしていた。
長いテーブルが縦に置かれて左右に5脚ずつ椅子が置いてあるのは以前の通りだ。
「へー。」
ドアから顔を覗かして部屋を見るキシリアと、食事をしながらその様子をいたたまれない様子で見返す船員達。
食事をとるつもりがない人がここに居ても邪魔なだけなので、早々に立ち去るとしよう。
中央の通路を挟んで右舷側の部屋が船員の会議室。このメスルームには初めて入る。
食事と同じ縦長の部屋の真ん中に縦長のテーブルがあり、5脚の椅子が左右に置いてある。
誰も居ない。特に見るものも無さそうだ。
それでもキシリアは珍しそうに部屋に入って見回している。
「ちょっと座ってみてもいいですか?」
「え?まあ構わないと思うが。」
ちょこんと固定された椅子に座るキシリア。
俺も隣に座ってみる。
「ウフフ。ここでどんなお話をしているのでしょうね。」
「さあ、航路や当番の確認とか、重要な約束事の取り決めとかかな。一度海に出てしまうと孤立してしまうわけだから意思疏通は緊密かつ確実にしておかないと、一つのミスが重大な結果を招いてしまいかねない。」
「大変なお仕事なんですね。」
「海が開放されてまだ日が浅いし、これから経験を積んでいくんだろうけどな。」
ふーんと部屋をもう一度見回して立ち上がるキシリア。
「客室を見に行ってみましょうか。」
そう言って部屋を出る。
ふと、君達はそういう大変な仕事をしていた商船3隻の乗組員を皆殺しにしたんだぞという思いが沸き上がったが、押し殺して俺も後に続く。
ベラの言うようにここでキシリア個人を責めても仕方ない。
客室に続く通路にやって来た。手前側にある二人部屋に入ってみる。
中は暗い。客は居ないので当然ながら部屋はもぬけの殻だ。
二段ベッドと固定された机と椅子。それだけの狭い部屋で俺達が泊まっているそれとはえらい違いだ。
「わたくし達の部屋より随分狭いですね。」
「そうだな。でもこれが普通の船の客室じゃないかな。俺達の部屋が大きすぎるんだよ。アルビオンで泊まっている宿の部屋なんかよりこっちの方が大きいしな。」
「へー。」
下のベッドに腰掛けるキシリア。
俺も椅子に腰を下ろす。
「でも大きい部屋だとこう、旅をしているって感じが少し足りないから、こういう狭い部屋なんかの方が旅情を味わえるのかもしれないな。」
「あら?そうなんですか?でしたらこの部屋に変えてもらいます?」
「あ、いや、旅気分ではないからな・・・今は。」
「ウフフ。そうでしたね。」
だがもし、この戦いが終わって時間が自由に使えるようになったら・・・。もし皆が許してくれるなら・・・。ルーシーやフラウ、クリスなんかとあても目的もない行き当たりばったりな旅なんかしてみたい。
危険もなく、争いもない。観光と食べ歩きで時間が過ぎるだけの・・・。
怒りもない、悲しみもない、迷いはちょっと有るかもしれない。
そういう情景を思い浮かべて目をそばだてて口許を緩める俺。
まだ7人いるという魔王の娘の一人目で立ち往生しているというのに、気の早い話だ。
実現するとしたらいったい何時になるのか。
「勇者さん?」
「え?あ、ごめん。ちょっと考え事を。」
「勇者さんはわたくしに言いたいことがあるのではないですか?」
キシリアは真面目な顔で俺を見据えて言った。
さっき押し殺した思いに気付かれていたのか?
顔に出ていたのだろうか。
だが言いたいことと言うより聞きたい事はある。
「ルーシーと同じ事を言うようだが、俺達はさきルカとエルを死なせてしまった・・・。昨日の夜、彼女達と話をした。途中で人が変わってしまったような気がしたが、それまでは意外と話が出来ていた。温泉島で会ったときもそうだった。」
息を入れる俺。キシリアはおとなしく聞いている。
「俺には君達と戦う理由がどうしても理解できない。今も君とこうして座って話している。戦う必要があるとはまったく思えない。クリスにも言ったセイラにも言った。君達を説得しもう一度救わせて欲しいと思ってる。もともと君達は人間だ、クリスの仲間だ。戦いをやめて俺達と共に来て欲しい。その障害となっていると言うのなら、どうか教えて欲しい。魔王の娘、リーヴァの居場所、君達のアジトの場所を。」
人間だった彼女達を魔人の体に作り替え、操っていたのは魔王の娘の仕業だ。そう考えると彼女達も被害者と言える。
その戦いを終わらせるためにはリーヴァの居場所を突き止めるしか方法はない。
顔をうつむかせ、目を閉じ、考えるキシリア。
そして立ち上がり座っている俺の頭を胸で抱き締める。
「大丈夫です。勇者さんが気に病む事ではありません。これからも。そしてお誘いとても嬉しい。ですがやはり教えることはできません。わたくしはセイラさんの仲間です。裏切るような事はまだできない。」
温泉島での返答と同じということか。
仲間を裏切れない。そう言われればそれ以上突っ込んだことはこちらも言えない。
俺だって仲間を裏切るなんてことしたくはないからだ。
「君達にとってセイラは余程尊敬の対象なんだな。」
「そう。セイラさんが居なければわたくしなんて最初に自暴自棄になってモンスターが番人をしている城の外に飛び出して死んでいたところです。彼女は強く聡明で美しい。頼りがいのあるリーダーで、彼女の言う通りにすれば万事上手くいくんです。実際そうでした。」
セイラを語り出してかグイグイと腕で締め付けるキシリア。
この体勢に覚えがあるのだが。
「わたくし達の希望であり光であり信仰でした。ちょっと女の子に手癖が早いようでしたけど、ウフフ。それも魅力ですね。」
「分かった。分かったよ。君がセイラに恩があって裏切れないということは。だからこの腕を外してくれ。」
「あらやだ。わたくしったら。ウフフ。失礼しました。」
腕を外して腰を伸ばすキシリア。
「次はデッキに上がってみましょう。そろそろ夕暮れです。」
船体の右舷側に付いている窓から見える明かりが赤見を帯びだしてきていた。
部屋を出て階段を上がりデッキに出るドアを開ける。
ロザミィが飛ぶ翼の音が聞こえる。船首の先に何本もロープを引っ張りながら船を牽引している姿は、見慣れたとはいえやはり異様として目に写る。
ミネバの姿を探すがここからでは見えないのか?姿を確認できない。
「風が気持ちいいですね。」
「ああ。」
「前の方に行っても良いですか?」
前の方?船首楼に入ってロザミィの近くまで行くのか。
そっちはぜんぜん行ったことがないな。俺も興味が湧いてきた。
第一甲板には中央に床があり、船尾に建物、船首にも建物が建っているという表現がわかりやすいか。船首楼の前方、ロザミィはその先に居る。
船首楼に入ると、中央に船底から伸びている太いマストがあり、その手前に小さな机、両端と前方に大砲4問、砲弾、武器、救命具、ロープやら帆布やらなにやら木箱に入って雑多に置かれていた。船尾とは違い横8メートル縦10メートルの広い一つの部屋だけだ。梯子が上下に伸びて更に移動できるようになっている。
砲門の窓は板で閉められているので薄暗い。
ここは船員が使うための場所で、客人への配慮というか、飾り気は一切無いようだ。
梯子を昇って屋上に上がる。板で閉められた出入口を開けると強い風が頬に当たりちょっと怖いくらいだ。
船首楼の屋上には腰の高さほどの縁があり、上に伸びたマストと前方に伸びたバウスプリットと今は張っていない帆を掛けるためのロープが至る所に伸びている。錨を上げる巻き上げ機も右舷側に設置されている。もちろん手動だ。
ここまで来てもロザミィはまだ先の方に居る。10メートルは先に居るだろうか?
最近4メートルくらいの大きさなので、30メートル級の巨大スズメを目の前にすると威圧感が半端ではない。
やはりミネバの姿は見えない。すでに部屋に帰ったのか。
船の縁に腕を掴ませ身を乗り出すキシリア。
ロザミィの背後から声をかける。
「ロザミィさんお疲れ様です。聞こえますかー?」
しばらく経って巨大スズメの後頭部から人の頭が出てきた。
「あ、勇者とキシリアだ。」
「勇者来た。」
「勇者ちゃん来ちゃった。」
続けて2つの頭がずぼっと出てきた。
クリス、ミネバ、ロザミィが中に入っていたらしい。
そういえば俺も昨日入れてもらったんだ。
だが俺が来てなにかまずいのか。
「あら、おそろいでしたか。何をやっているんですか?」
キシリアが尋ねる。
「ミネバが持ってきた勇者の絵本を読んでる。」
「絵本?」
クリスが答えた。俺はちょっとびっくりした。
絵本っておとぎ話とか載ってるあの絵本だよな?
まさか俺が絵本になっているのか?
魔王を倒した、わけではないが、その冒険の旅が誰かにより記されているのか?
嬉しいような照れ臭いような。
俺の顔は自然に笑みが溢れた。
「そんなものがあったんですか?わたくしも見てみたいです。ねえ勇者さんも一緒に見ません?」
「あー、勇者は見ない方がいいかなぁ。」
キシリアにミネバが答えた。
ん?どういうことだ?俺が見ない方がいいって・・・。
「うん。勇者とアーサーって人が裸で抱き合ってるけど、勇者そういう人なの?」
「いやいやこれはフィクションてやつで現実の出来事ってわけじゃないのよ。あ、現実かもしれないけどね。にゅふふ。」
クリスの唐突な質問にミネバが答える。
俺は頭を抱えた。
溢れた笑みが真顔になっていく。
いったい何の本が出回っているんだ。
それは絵本と言うのか?ちょっと喜んでしまったのが虚しいじゃないか。
「この絵本見ながら勇者ちゃんとお話するのドキドキしちゃう。」
ロザミィが照れたようにうつむき顔を赤くした。
「これは見ない方が宜しいようですね・・・。」
「なんか頭が痛くなってきたよ。デッキに戻ろうか。」
スズメの後頭部から出ていた3つの頭をその場に残して、俺とキシリアは来た道を引き返した。
ロザミィとミネバが何をしているか気になってもいたが、拍子抜けしてしまったな。
「酷いものが作られているんですね。そんなものをミネバさんが持っていたなんて初めて知りました。」
「ああ、困ったものだ。俺とアーサーの関係は秘密にしていたんだがな・・・。」
「え!?」
梯子を降りながら俺を見るキシリア。
「アハハ。冗談だよ。」
「もう!勇者さんったら!びっくりさせないでください!」
「アハハハハ。ごめんごめん。」
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