10、追跡

第26話

10、追跡



繁華街でクリス達の姿を探す。


人通りが多いこの場所で人を探すのは困難だ。



いや、もし追っ手に狙われているとしたら人混みなんかでは襲って来ないかもしれない。


だとしたらどこを探せばいいか見当がつかない。


無事を祈るが、八方塞がりだ。



「1度待ち合わせ場所に戻ってみましょうか。」



ルーシーが提案する。


当てがない以上そうするしかないか。



繁華街の入り口付近にデカイホテルがあった。


恐ろしく高そうだ。


ゾッとしながら通り過ぎようとすると大きな入り口の中からフラウとクリスが出てきた。



思わぬ所からの登場に驚いたが、良かった無事だったのか!



「勇者。ちょうどいいところに見つかった。」



クリスも安堵の顔をしている。やはり何かあったのか?



「クリス、無事だった?セイラが襲ってきた。」


「やっぱりそっちも?私達の所にはニナが来た。でも倒した。」


「倒せたの?あいつら変身能力で再生してなかった?」


「してた。セイラの受け売りだって。と言うことはそっちはまだ生きてるの?」


「残念ながら逃がしたわ。それで空気に変身して町をうろついてるかもしれない。」


「空気に?それはヤバい。ニナが頭よかったら私達死んでたかも。」


「戦いの後で消耗してるだろうけど、クリスにしか出来ないことなの、頼める?」


「いいよ。」



俺にはさっぱりわからないがいったい何を頼むんだろうか。



「いったい何を頼むんだ?」


「クリスは他の魔人の変身させたものは変身させる事ができない。逆に言うと変身させれないものがあれば、それは他の魔人が変身させたものってわけよ。」



俺の質問にルーシーが答える。



「どんな形に変わってても伏せられた数字の羅列のような鍵が見える。町中でバレバレの追跡にもすぐに気付いた。」


「なるほど!例え空気に変化しても変身である以上クリスには見えるというわけか!」



これは能力の意外な弱点というか、逆手にとった判別方法だ。



「でも見えたとしても空気なんて攻撃できないよ?」


「それは向こうも同じだわ。空気になっている間は誰にも触れることはできないはず。」


「所で勇者。このホテル気に入った?」



ルーシーと話していたクリスがいきなり訳のわからないことを聞いてきた。



「なんのことだ?・・・まさか。」



フラウが申し訳なさそうにしてる。



「一泊7万ゴールドです。」


「はあ?あんた達こことったの?」



流石のルーシーも呆れている。



「でも一部屋ですよ。キングサイズのベッドの。」


「いいよいいよ。無事だっただけで俺は嬉しいよ。そんなに高い部屋なら床もさぞふさふさだろうさ。」



クリスが爆笑してる。


心配していただけに笑っている姿を見てどれだけ安心したか。



「ところで何しにここに戻ってきたの?」


「え?口をゆすぎに・・・。」


「あ、ああ。」



ルーシーとフラウが話している。クリスが相当の力を使ったということか。本当に大丈夫なのだろうか。



「じゃあ早速で悪いけど探すわよ。」


「いいよ。」


「大丈夫か?おんぶしていこうか?」


「いいよ。恥ずかしい。」


「勇者様足怪我してるじゃないですか!ヒールします。」


「すまない。だが、見えると言ってもどこを探すんだ?町は広いし闇雲では時間がかかってしまう。」


「ちょっと急ぐから走りながら話すわ。」



ルーシーはセイラと戦った港の倉庫へと走る。


それに俺達も付いていく。



「推測でしかないんだけど、セイラは空気になったといっても、空気そのものになったわけじゃないと思うの。それだと風や空気の流れで体が散り散りになってしまうからね。ガスのような気体の塊みたいなやつ。それでも気体であることに変わりないから、空気中に残り香が残ってると思う。例えるなら茨の森を裸で通り抜けて行ったみたいなもの。茨に血や皮膚、肉塊が引っ掛かっているんじゃないかってね。」


「その残り香を探せってことね。」


「でも時間はない。変身能力で姿を変えると傷付いていた部分も本体へ戻っていった。セイラが空気から姿を戻したら残り香も全て本体に戻ってしまう。」



クリス達を探すのに時間をかけてしまった。まだ残っているだろうか?



先程の倉庫へ来た。セイラが放った針と傷跡は地面に残っている。



「針は残っているんだな。」


「そうね。体の一部ではなく、空気を針に変化させているのかもね。」



セイラは天井辺りで消えていったが、それからどう動いたのか。


クリスが屋根の上までひとっ飛びで飛び上がる。


大した跳躍力だ。


屋根の上で中腰になって辺りを見ていたが、ふとスカートの裾を押さえて俺を見下ろす。


ここにきてそんなこと気にしなくても。



「あった。かすかに残ってる。」



クリスが屋根の上で声をあげる。



「やったわ。まだ気体から戻ってないのね。つまりまだ犠牲は出ていない。それを追跡出来る?」


「やってみる。」



クリスはまた大きくジャンプし倉庫をいくつか飛び越えていった。



「急いでは欲しいけどあんまり先行し過ぎないでよ!ニナが失敗して、今一番あいつらの邪魔な存在はクリスだろうからね。」



一番奥の倉庫の屋根の上に立って外を眺めるクリス。


俺達もそれに追い付く。



「向こうに行ったみたい。」



繁華街とは別の方向。ほの暗い住宅街を指差すクリス。


寝静まった民家に忍び込み、その生き血をすすり取ろうというのか。


セイラがいつ牙を剥いてもおかしくない。先を急ごう。



1度港を出て民家が建ち並ぶ居住エリアへと向かう。


繁華街よりもさらに道が入り組んでいて、クリスの先導がなければ今どこにいてどこへ向かっているのかも分からなくなりそうだ。



クリスはやはり住宅の屋根の上を飛び回っている。


セイラの残り香が同じように屋根の上に残されているらしい。


どう繋がっているか分からない道を、飛び回るクリスを見失わないように必死で追っていく俺達。


時折俺達とはぐれないように立ち止まって下を眺めるクリス。


やはりスカートの裾を気にして俺を見る。


それはもう分かったから・・・。



「あっち!」


「ここの方が近いな。」


「こっちは行き止まりみたいです!」


「かなり広い町だね。まだ先に行ってるみたい。」



しばらくそうやってセイラの追跡を続けていたが、ふいにクリスが立ち止まり声をあげる。



「まずい。残り香が消えた。」


「なんですって!」



どのくらい走ったのだろう。見知らぬ町の道中故に時間を長く感じたが、実際は20、30分くらいのものだったかもしれない。



残り香が消えたということは、セイラが変身を解いて姿を現したということか。


つまり、今まさにこの町のどこかでセイラによって誰かが襲われているということだ。



「しまった!遅かったか!」


「ごめん。残り香はまだ先に続いてたみたい。この近くに居るわけじゃなさそう。」



クリスが屋根の上から俺達の元へ降りてくる。



「しょうがないわ。今回は向こうの勝ちね。」


「まだ、どこか探せないだろうか?」



俺は諦めきれずルーシーに意見を求めた。


考えるルーシー。



「残念だけど多分無理ね。勇者様もさき言ったけど、闇雲に探しても間に合うとは思えない。それに外をいくら探しても、セイラは屋内で人を襲ってる可能性の方が高いから、きっと見つけられないと思う。」



一言一句ルーシーの言う通りだ。



俺は拳を握り、行き場のない無念さを押さえようとした。



「今日はもう休みましょう。まだセイラが私達を狙ってくるかもしれない。体力を回復させないとこっちももたないわ。」



それもルーシーの言う通りだ。


どこかで誰かが襲われている瞬間なのにと思うといても立ってもいられないが、セイラに逃げ切られた俺達の負けだ。



トボトボとどこに帰っていいか分からぬ道を引き返しているとクリスが後ろからつついてきた。



「みえた?」



なんのことかとポカンとしていると、もう一度聞いてきた。



「スカートの中見えた?」



こんなときになんだその事かと苦笑いをする。



「別に見ようとはしてないよ。」


「でも見たんでしょ。」



はっきり言うと。見えた。


黒い布地で白いフリル付きのかわいらしいものが。


メイド服と似合っててオシャレな感じなんではなかろうか。


よくわからないが。



「どうだった?」



どうとは?変な質問に戸惑うばかりだが、ここまでセイラを追えたのもクリスの力あってのものだ。あえて機嫌をそこねることを言うのも良くはないだろう。



「可愛かったよ。」



俺がそう言うとクリスは顔を赤くして。



「そう言われると、ちょっと照れる。」



そこで照れられるとこっちも照れる。



「勇者もう足大丈夫?」


「ん?ああ、走りながらフラウにヒールしてもらってたから、傷口は塞がったみたいだ。フラウは器用だな。」


「じゃあ、おんぶしてくれる?さっきするって言ってた。」


「いいけど、飛び回って体力を使ったのか?」


「そ、そうだね。あー疲れた。」



最後なんか演技臭い感じがしたが。すると前に言ったし、おとなしく功労者を労おう。


俺は腰を落として背中をクリスに向けた。


クリスが乗りかかってくる。



何も考えずにおんぶと言ったが、わりと密着する体勢に今更ながら意識してしまう。


考えない考えない。これは疲労したクリスを運んでるだけだ。



前の方でルーシーとフラウが俺達を振り向いて待っている。


迷子になると危ないから急ごう。



不思議そうに俺達を見るルーシーとフラウ。


そうしてやはり迷いながら繁華街にある馬鹿高いホテルの一室へと俺達は帰っていった。



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