第27話



ホテルは恐ろしく豪華な部屋だった。


一部屋でも広いのにそれが4部屋もあるというのだ。


海を見渡せるバルコニーとよくわからない調度品が置いてある居間。


寝室だけでも何のためにそんなに広い空間があるのかというくらい広い。


キングサイズのベッドは船のものよりふかふかの寝具が敷かれている。


運動するためのアスレチックルームに水浴びが出来るシャワー室。


なんと、水を汲みに行かなくても部屋で弁をひねるだけで水がホースから出てくるというから驚いた。


どういう仕組みになっているのだろう。



沸き立つ女性陣をよそに、俺はそのシャワー室というものを使わせてもらうことにした。


どういうものなのか試したくて胸の中の衝動が押さえきれなかったからだ。


服を脱いで大理石でできた個室に入る。


弁を回すと壁に掛かっているホースのその先に付いてるじょうろのような蛇口から水が放射される。


これなら汗が一気に洗い流せる。


いつものように水を含ませたタオルで体を拭うよりは気持ちいいな。



シャワー室にはプールのような大きな浴槽もある。水に浸かってプカプカしたら疲れも吹っ飛ぶだろう。



浴槽に水を張って試そうとすると、後ろでガチャリとドアが開く音がした。


振り向いて見るとルーシー達女性陣がシャワー室に入ってきた。



「勇者様シャワーの使い心地はどう?」



うおーい!ちょっと待て!俺は裸!俺だけ裸!



「おおー、これは凄いですね!」


「ホント凄いね。思ったより凄い。」



思わず浴槽に飛び込んだ。


誰も得をしないこんなサービスシーンいるか!?



「ここは一人で使うものだぞ!見学なら使うときにしてくれー!」



女性陣は笑っている。笑っている場合か。



「仕方ないなー。じゃあ後で使いましょ。」



ルーシーがそう言うとみんな出ていった。


ドアがパタンと閉まりきる音がしなかった。



「覗くのもダメ!」



「ちえー。」


「気付いたか。」


「勘が良いですね。」



なにやってんだか。



俺がシャワーから出ると待ってましたとばかりに女性陣がシャワー室に入っていった。3人で入るのか・・・?



すれ違いにルーシーが



「覗いてもいいよ。」



とウインクして行ったが、そんなことをするつもりはない。



俺はアスレチックルームで剣を振ってみた。


広いし天井もバカ高いし十分室内でもやれそうだ。汗を流したばかりなのでほどほどにするが。


今こうしている間にも誰かが襲われている。


そう思うと頭の中が痺れるようだ。



まさか、俺がその事を気にしているのが分かっていて、ルーシー達があえてふざけてみせたのか?


シャワー室でキャアキャア言っている声が聞こえていて、それは思い過ごしだとわかる。



さてと一足先に寝るとするか。明日は装備を見に行くという話だったが事情が変わった。自警団に向かい今夜どこかで起こったであろう事件の情報を聞かなければ。クイーンローゼス号の今後も考えないといけないか。



待てよ。クイーンローゼス号・・・。



俺達に刺客が放たれたがベラの方は大丈夫だろうか?


刺客が二人だけとは限らないのではいだろうか?



そう思うと寝てはいられなくなった。


それにここは港に近いホテルだし、行こうと思えばすぐそこだ。



黙って出ていくのも心配させるといけない、シャワー室の脱衣場に入り浴室のドアの外から声だけかけて出ていこう。



「俺はクイーンローゼス号が気になるからちょっと見に・・・。」



ドアの前で声を出すとガチャリとドアが開いた。



「え?」



なんてタイミングで出てくるんだ。


そこには裸のルーシーが立っていた。


濡れた髪がしっとりとしていて、いつもの雰囲気と違い大人びたように見える。まるで妖精か女神が水浴びをしている所にでも出くわした気分だ。


一瞬見とれてしまったが思わず顔を背ける。



「あ、いや、俺は。」


「やだ。ホントに覗きに来たの?勇者様。」



違う!断じて違う!と言うかちょっと声をかけただろう!


俺と違って大して隠そうともせずに立っているルーシー。



「みんなー。勇者様が覗きに来たわよー。」



やめろ!人聞きの悪いことを!




「きゃあーっ!勇者様の変態!覗き見はいけない事です!」



違うんだフラウ!君もさっき覗こうとしてなかったか!



「勇者。見たいの?」



ドアの近くに寄ってきたクリスの声がする。誤解だ!



「クイーンローゼス号が気になるからちょっと見に行くよ。って言おうとしただけで・・・。」



おそらく真面目な顔をしたルーシーが裸のまま言う。



「多分大丈夫だとは思うけど、確証はないわね。私も一緒に行くから待ってて。」


「いや、見に行くだけだから一人で大丈夫だ。何か有りそうなら戻ってくるよ。濡れてるだろうから休んでてくれ。」


「そう?」


「じゃあ行って来る。それと、ルーシー。」


「なに?」



「綺麗だ。」



俺はさっき思ったことをそのまま伝えた。


そして顔を背けたままそこを出ていった。


後ろで大きな音がしたような気がしたが戻るのも何なのでとにかく船に急いだ。




今日だけでここを何回通ったろうという港の入り口に入り、クイーンローゼス号の停泊している場所に急ぐ。



船にはまだランタンが灯り人影がうろついていた。


見た感じ無事そうだ。俺の早とちりなら良かったが。



タラップを上がるとビルギットがデッキで床を見ていた。


手には山のような針がバケツに積まれている。



「やあ、何か変わったことはなかったか?」



俺が声をかける。



「これ以上変わったことがありゃお手上げだよ。」



手に持ったバケツにたんまり入った針を上に持ち上げる。落としそうになって慌ててつかみなおす。


危ない危ない。



「帆を張り直すときだいたい拾ったんだが、所々まだ落ちてやがる。」


「迷惑かけてすまない。」


「なーに、あんたのせいじゃないさ。アネさんなら船長室にいると思うぜ。」


「そうか。話してくるよ。」



どうやら無事のようだ。



船尾楼、船長室のドアをノックする。



「開いてるよ。」



ベラの声が聞こえた。



「失礼するよ。ちょっと話が。」



俺は中に入った。ドアを閉める。


ベラはデスクの前の椅子に座っていた。何かを書いていたらしい。



「まったく。ここの自警団の連中にいろいろ聞かれたよ。」


「そうだってな。俺達も自警団に行って噂の詳細を聞いてきたんだが、ちょうど出ていった後だったらしい。」


「そうかい。じゃあすでに3隻やられてるって話も、10日経っても何も進展なしってのも聞いたわけだ。」


「ああ。今後協議してこの船を出航禁止にするか協力するか決めるって話も。」


「なにをのんびりやってるんだか。慎重と言うのかねえ。」


「船を出して調査するにしても4隻目の被害者になってただろうから、慎重の方だったと思うけどな。」


「まあ、そういえばそうか。」



「それで話があるんだ。船がこの町の防波堤に座礁していたという話も聞いたと思うが、俺もそのとき、やつらがあえて船を操作してここに船を突っ込ませたというなら、やつらはだいぶ近い場所まで来ていたとは思ったんだ。だがそんなものではない。やつらは既にこの町に上陸している。」


「なんだって?」


「やつらは見た目を変化させ人間の姿になって町に入り込んでいる。見分けるのは不可能だ。だから、今後は知らない人間なんかはじゅうぶん気を付けて欲しい。」



見分けるのは不可能、という部分は嘘だ。しかしクリスの力を教えるわけにはいかない。申し訳ないが黙っておこう。



「本当かい?」



ベラの言葉の本当かという問いをどこの部分かと迷ってドキッとする。



「勇者君、今朝方敵はあと10分で来ると言ったね?そいつはどうやって知ったんだい?」



ますますドキッとする。鋭い。


いや、緊急事態だったので考えが及ばなかったが、確かに俺が知るよしもない事柄だ。


嘘の説明で言い逃れできない。



「まあいいさ。お互い企業秘密ってもんはあるだろうからね。あんたが味方であることは信じてるよ。」



ベラが信用してくれて助かった。


お互いか。ベラが何者なのかは確かに話してもらってないが、こちらも同様に信用している。



「とにかく、知らない人間は気を付けてくれ。」


「まあ、あいつらはまだアタイらが追跡しようとしてることは知らないだろうからね。今のところ眼中に無いってことかね。」



そうか。ルーシーが大丈夫だと言っていたのはそういうことか。


とんだ勇み足だったな。



「夜分にすまなかった。俺の話はそれだけなんだ。」


「構わないよ。今は一人なんだね。女達に追い出されでもしたのかい?」


「アハハ。今は大丈夫。すぐ近くの凄いホテルに泊まってるんだ。」


「あー。こっからも見えるよ。私もお邪魔させてもらいたいね。」


「ビックリすると思うぞ。それじゃあおやすみ。」


「ああ、良い夜を。とびっきりスイートなやつを、ね。」


「今度ベラも味わってみるといいよ。」


「そ、そうかい。」



ベラはうつむいて書き物を始めてしまった。ちょっと自慢気になってしまったか。


邪魔をしても悪いので俺はそこを出た。



一応敵の事も教えておけたし、無事も確認できたし、後は明日に備えて休むとするか。




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