第71話
まさに俺がロザミィの力を借りて飛び降りた場所に三角形の板が不時着する。
その数メートル先にルカとエルが立っている。
「なんか余計な物もくっついて来ちゃったよ。」
「やっぱり一手間足りなかったんじゃない?手間を惜しんじゃダメよ。」
エルにルカが答える。
「じゅうぶんよ。楽しいアスレチックはこれでじゅうぶん。」
ルーシーが天井から手を離し俺の右側の地面に降りる。
「フフ、確かに楽しい出し物だったわ。船の上でハモンの針を撃ち落としたとき、偶然当たったのかと思ってたけど、まさかエルの矢を全部撃ち落とすなんてね。」
「凄い凄い。ルーシーにあんな特技があったなんて始めて知ったよ。」
「そうね。私がここに来たからにはあなた達の企みはもう終わり。帰ってセイラに慰めてもらうのね。」
黒い三角形の板の透明な壁が出てきたときとは逆にスーっと引っ込んでいく。俺は薄い板から左横に飛び退いた。
「その前に勇者には昨日の約束を守ってもらわないと。」
「そーだよ。約束を破るのは卑怯だよ。」
ルカとエルが心外なことを言う。
バカな!約束を破ったのはそっちだ!
「勇者様。約束ってなに?」
ルーシーの目が痛い。
「さあ?勘違いでもしてるのでは?」
これは嘘ではない。
「あー!約束を破る気だ!」
「約束なんてしてない!俺を連れていくための条件!俺は連れていかれなどしない!」
エルに俺が答える。そう、どっちも不履行だ。守る必要はない。
「この状況でそれが出来るかしらね。またそこから飛び降りてみる?今度はホントに天国行きになると思うけど。」
ニヤリと笑うルカ。そう言うからにはロザミィの力は効力を失っているのだろう。
まずいぞ。昨日と同じ、逃げ出せない状況に再び陥っている。
「勇者様は連れて行かせない。諦めてここから逃げて。私はあなた達を攻撃したくない。」
ルカとエルだけじゃなく、俺もルーシーの顔をキョトンとして見ている。
逃げるのは俺達の方ではないのか。
笑い出すルカとエル。
「ふっ。ルーシー。あなた確かに今の矢の命中率は凄かったけど、今の私達にあなたがかなうわけないでしょ?」
「アハハ。私達は魔族の力を身に付けたんだよ?不滅の力だよ。」
突然ルーシーが俺の方に向いて弓矢を構え、そして矢を放った。
驚いたが、勿論俺に射ったわけではなかった。
俺よりもさらに左方向の空中から風を切る音と矢が放たれていた。
それを空中で迎撃したのだ。
「なかなか素早い反応ね。」
「アハッ!でも迎撃だけじゃ私達は倒せないよねー。」
どういうことだ!?
目の前にルカとエルがいる。何もない空中からどうやって矢が飛んできたんだ?仕掛けられたトラップというわけでもなさそうだ。
狙いはルーシーに向いていた。
そこにルーシーが立つことは前もって計算できるはずがない。
「勇者様伏せて。ここは隠れる場所がない。どこから射たれるかわからないわ。」
言われた通りに身を屈めるが、よく理解できない。
「目の前のルカとエルはデコイよ。本物じゃない。本物は空中から私達を音もなく狙撃している。」
なんだって!?目の前のルカとエルが偽者!?
「影を見て。地面に映ってない。」
ルーシーに言われてハッとしてルカとエルの足元を見る。
ああ!確かに!もう昼頃だ。太陽は真上にある。俺達の影は色濃く足元に映っているが、ルカとエルにはそれがない。
「よく気付いたわね。でも私達を探せるかしら?」
デコイのルカが口を開く。
からくりが分かっていても俺には偽物とは思えない。
「矢を飛ばせば音がする。いくら射っても撃ち落とすわ。」
ルーシーが言い放つ。
「じゃあこれはどうかな?」
デコイのエルの声。と同時に何処からか何かが高速で回転するような風切り音。
空中からなのは分かるが、なにも見えずハッキリと位置が掴めない。
辺りをキョロキョロ見回る俺。
俺達の立っている崖の縁の反対側。ルカとエルの背後辺り、数100メートル前方ぐらいから轟音が飛んできた。
バチバチと雷を纏ったような音と焼けるような臭い。
ルカとエルのデコイの間を縫ってルーシーを目掛けて飛んでいる。
岩を砕く昨日の一撃を思い出した。
最初弓を構えたが剣に持ちかえるルーシー。
だが、それも振りかぶらずに身を翻して射線を避けた。
俺はその間足が止まって動けなかった。ほんの1秒程の時間だ。
ルーシーの足元に轟音が突き刺さり、地面の岩を砕き散らす。
つぶてが散乱する。俺の体にも当たってくる。
威力が矢のそれではない。大砲を投げ込まれたような破壊力だ。
「よくかわせたね。まあ、今のはサービスだけど。」
目の前のエルが腕を腰に当てて感心している。
「今の。触ったら感電して即死するやつね。」
ルーシーが体勢を直しながら言う。
触ったら即死!?威力はともかく、かすり傷でも致命傷になるというのか!?背筋が凍る。
「アハハ!もうバレてる!」
「矢で撃ち落とせないと悟った後、剣で叩き落とそうとしてやっぱり止めたわね。たった1秒の間で。」
パタパタと足を上げて喜んでいるエル。腕を組んで睨みを利かせるルカ。デコイとは思えないほど動いている。
「人に向けて射って良いものじゃないわ。冗談なら性質が悪い。そうでないなら・・・!」
お言葉だがそれは違うぞルーシー。普通は矢を射った時点で冗談では済まない。
「どうかしら?諦めて勇者を差し出すのはルーシーの方なんじゃないの?そしたら見逃してあげる。」
「そうそう。今は見逃してもいいよ。」
「今は・・・ね。冗談じゃないわ。これ以上戦うつもりならあなた達の安全は保証できない。諦めて帰って。」
眉をひそめるルカとエルのデコイ。
ルカがツカツカとルーシーに寄ってくる。それを見てエルも。
ルーシーは崖の縁に立っている。昨日の俺と同様、後ろに逃げ場のない状況だ。
3人が密着するくらいの距離で集まっている。
俺は板を挟んだ少し離れた位置で、しゃがんだまま横目でそれを見ていた。
何が起こるのか全く予想が出来ない。
「見解が相当違っているようねルーシー。今優勢なのは私達。いえ、最初から最後までずっと優勢なのは私達だけで、あなたに安全を保証される筋合いはないでしょう?」
「そうだよ。避けることしか出来ないじゃん。」
ズイと顔を近付けて話すルカとエル。
「あら。私はまだ無傷だけど?」
憐れむような目で見下すルーシー。
ルカとエルの顔がひきつった。
全く負けてないルーシー。俺の顔も若干ひきつった。
ここで二人を挑発するようなことを言ってどうしようというんだ。
そして俺は知っている。この旅のライラとの戦いに始まって、クリス、船の上でのハーピー達、セイラ、町でのロザミィ、一番星でのロザミィ、未だにルーシーが無傷だということを。
「そう言えば、ロザミィとの戦いでも雷の攻撃で全くダメージを受けてなかったわね。聞いててなんて下手くそなのって思ってたけど、ロザミィが下手くそってわけでもないのね。」
「うーん。ここまで言われたら当ててみたい!」
なんか逆に燃えてきているぞ!俺抜きで盛り上がっている!
「逆に聞きたいわ。能力を持っているのは分かるけど、あなた達人相手にその能力を使って戦うのはこれが始めてでしょ?どこからその自信が出てくるのよ。」
そう言えばそうか。今まで数回船を襲ったのは恐らくハーピー姿の一方的な虐殺だ。対人戦闘は始めてなのか。
「人相手に使うのは始めてだけど、ちょうどいい試し相手の獲物ならいたわ。ご心配は無用。」
「練習台は居たからねー。」
獲物?練習台?何のことだ?ルカとエルの言葉に首を傾げる。
うーんと考えていると、今度は俺にも分かるくらい近くで回転する風を切る音が聞こえてきた。ルーシーの背後、崖の向こう側だ!
「私達に触ってみる?どうなるか試してみればいいわ。」
ルカがルーシーに囁く。
ルーシーの前に立ち塞がっている!触るとどうなるかは聞くまでもなく危険ということか!
前はルカとエル二人のデコイ、後ろは本物からの狙撃。どうやって逃げるんだ!?
「勇者様、もっと伏せて!」
ルーシーが叫ぶ。そして崖の下にスイと落ちる。
バカな!ロザミィの能力は無い!いや、そもそも俺しか飛行できるようにしてないはずだ!
次の瞬間ドスンと地響きがしてルーシーが立っていた所に大穴が開く。ルカとエルのデコイも巻き込まれて連鎖的にドカンと大きな爆発が起こる。
俺はうつ伏せになって爆風を凌ぐ。
爆煙が上がりパラパラと小石が飛び散る。
ルーシーは!?
土煙を払い崖の下を覗きに走る。
ハーケンを突き刺して崖のすぐ下にぶら下がっているルーシーを見つけた。
良かった!俺は持っていたロープを伸ばしてルーシーの手の位置に垂らしてやる。
「ありがと。勇者様。」
そう言ってロープを掴むルーシー。
俺は崖の中心に向かってロープを引っ張り上げる。
このままの体勢では次狙われる。早く上に上げないと。
スルスルと崖の上に上がってくるルーシー。
上がってきてすぐに真っ直ぐに走り出した。
「勇者様。向こう側まで走るわよ。」
走る?何故だと思ったが、確かに立ち止まっていると狙われるかもしれない。動いていた方がいい。
だが、この崖の上から下に降りる方法がない。
どこに逃げても逃げ切れるとは思えない。
いや、例え崖から降りることが出来ても、空中から襲ってくるルカとエルから逃げる手段は無いのではないか?この島全体が逃げ場のない狩場となってしまっている。
あいつらの言う通り防戦一方で、こちらからはどこに居るのかも掴めきれない。
攻勢に出ることはできない。
本当に大丈夫なのかルーシー?
崖の上は歪だが直径1000メートルの円と言っていい。亀裂が谷間と並んで南北に刻まれている。ここでは3本有るようだ。
クリスのような身体能力でなければ、垂直に切り立った崖と同じで落っこちてしまうだけだ。
それほど長くはないので真ん中を走るのに邪魔にはならない。
一つ目の亀裂の横を通り抜けて東に向かって100メートルは走った。
ルーシーが走りながら、見たこともないような弓の構え方で後ろに矢を放った。
弦を前方に引き肩越しに弓を引いている。
空中から矢を飛ばしてきたようだ。金属音がして矢が弾け飛んだ。
更に2本目3本目と、走りながら後方の矢を撃ち落としていく。
「そんなへなちょこな矢で当たるわけないでしょ。」
言わなきゃいいのにルーシーが挑発した。
「あー!言われちゃった!ちょっとどうする!?」
「いいわ。私が当てるから射って。」
何処からかエルとルカが話している声が聞こえる。
私が当てる?どういう意味だ?
ルーシーの顔が険しくなる。
「勇者様!私から離れて伏せていて!」
走る方向を変え、俺の右側、南の亀裂の列の間に離れていくルーシー。
ルカの言葉の意味も不気味だが、それよりも・・・。
待てルーシー!君は気付いているのか!?矢筒の残りの矢があと5本しか入っていない!
後方より再び回転する音。
轟音がルーシーを狙う。
西から東に放たれた雷の矢は一直線にルーシーに向かうが、南に走っているルーシーには余程先読みでタイミングを合わさなければ素通りされるだろう。
だが、そうはならなかった。
射線から離れたルーシー。そのルーシーに向かって追いかけるように矢が曲がって飛んでいく。
これは!?
矢に向かって体を正面に見据えしゃがみこむルーシー。
弓を構え矢を射つ。
追尾して飛んでくる雷の矢の矢尻に向かって矢を当てる。
1本2本、徐々に高度が下がっていく。
4本5本。矢尻の上部分に集中して連続で矢を当て続けることで、雷の矢の高度を下げ、地面に突き刺させる。
ルーシーの前方5メートルの地面に落とされた雷の矢は、エネルギーを放出して炸裂し消えてしまう。辺りに爆風を撒き散らせ煙と抉られた岩が散乱する。
まずい!今ので全部の矢を射ち尽くしてしまったぞ!
俺は立ち上がりルーシーの元へ駆け寄る。
俺も矢の手持ちがある。俺が持っているよりルーシーに預けた方がいいだろう。
だが、俺が用意しているのは40本。この数で足りるのだろうか?
荷物にはまだ数が残っていたのだが、今はロザミィが鳥の体の中に保管してしまっている。
こんなことならもっと持ってくればよかった。
ロザミィはクリスとフラウを離脱させるために遠くに行っているはずで、近くに居るわけではない。あいつが近くに居るのはそれはそれで不確定要素のリスクが大きいのだが。
今度は南側から回転する音。
ルーシーの背後に現れたということか!
駄目だ!間に合わない!矢を渡せない!
触れただけで感電即死する矢。追いかけてくる追尾弾。
凶悪な組み合わせ過ぎる!
発射された雷の矢。後ろ向きのルーシーが肩の矢筒を外してそれに投げつける。
スッポリ矢が筒の中に入ったかと思うとそのまま大爆発した。
なんて豪快な避け方なんだ。
方向を変え東に走り出すルーシー。それに並走しながら俺の矢筒をルーシーに投げ渡す。
「ルーシー!これを!」
「ありがと、勇者様。」
流れるような動作で受け取った矢筒を肩にかける。
「まずいわね。黒い三角形の板を磁力で操るのと同様に、矢もある程度の角度を操っているのね。私達の使っている矢が鉄じゃなくて良かったわ。矢は何か対象や地面に当たって衝撃が加われば爆散して消滅する。触れれば即死だけどやり過ごす方法はある。」
まずいと言いながらも笑顔で走るルーシー。
どうも俺には楽しそうにしているように見える。
こんな状況で俺は背筋が凍りそうでぶるぶるしている。
どれ程余裕があるというのか。だが、矢を射ち尽くしたり、空から落ちそうになったり、崖崩れに巻き込まれそうになったり、とても余裕があるとは思えないんだが。
「とにかく東の端まで急ぎましょう。」
走る速度を上げるルーシー。
東の端?逃げているのは単にじっとしていると狙われるので動いているというわけではないのか。
目的があってそこに向かっていると?
何のためだ?
東の端まで行っても崖の上に変わりはない。
どういうやり方かで崖を降りることが出来たとしても、そこに何があるというのか。
下にある谷間は一つ目の袋小路。俺とルーシーが二人で捜索した場所だ。
そこには・・・。
あ!あった!あそこには狭いが洞窟があった!
洞窟に入りさえすれば少なくとも全方位から狙われることは無くなる。
ルーシーはあそこに逃げ込むつもりなのか!
まだ200メートルくらいしか走ってない。残り800メートル!
40本の矢で凌ぐことが出来るのか!?
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