第72話
突然走っているルーシーの前にルカとエルの、影がないのでデコイが現れた。
「どこに行くつもり?」
「追いかけっこがしたいならそう言ってよー。」
ルカは棒立ちだが、エルは両手を広げてルーシーを捕まえるつもりで道を塞いでいる!
これも触れたら爆発する危険な代物だ!
減速せざるを得ないルーシー。更に背後から轟音が迫ってくる。
雷の矢が放たれた!
先と同じ状況だが、今度は崖の下などの隠れる場所はない。
しかも矢が追尾するので横にも避けようがない!
後ろを向いて矢を連射するルーシー。
覆い被さるように迫るエルの手を頭を下げてヒョイとすり抜けクルリとターンして東に走り出す。
棒立ちのルカを横目に振り向きもせず突っ走る。
背後から迫っていた雷の矢が連射したルーシーの矢に軌道を変えられて地面に落ちる。爆音がして周囲が吹っ飛んだのだろう。
「もう!なんなの!これ!」
エルのデコイが通り過ぎたルーシーを振り向き感情を露にした。
ここまで達人技を見せられたらそうも言いたくなるだろう。
どこから飛んでくるか分からない矢を撃ち落とすだけでも恐ろしいのに、矢尻の上部分を連続で狙い撃ちするなんて・・・。
しかも今のところ1本も外してない。
「なるほどね。やっとロザミィの気持ちが分かったわ。なんで当たらないのよって言いたくもなる。」
「ルーシーも何か能力を使ってるんじゃないの!絶対おかしいよ!」
ルカとエルが後方で話している。
ルーシーも能力を使っている?そう言われた方が納得いくかもしれないが、どうなんだ?
「私はただ覚えがいいだけ。能力なんてないわよ。」
ということらしい。
「えーい!こっちだって連続射ちだよ!」
デコイのエルが弓を構えた。
まさか!本物とデコイ両方で撃ち込んでくる気か!?
そして回転音の正体がやっと分かった。
構えた弓が矢を中心に高速で回転しているんだ。
どういう構造になっているのかは理解できないが、弦のない弓が固定された持ち手と矢の部分の残して回転している。
恐らく遠心力でぶれないように狙いを補助しているのと、回転で雷を発生させているのだろうか。バチバチと火花が発生している。
どうやら見えない本物の方も矢を構えているようだ。
どこからか回転音がもう一つ聞こえる。
まずいぞ!
1本の矢に連続で矢を撃ち込んで対処しなければいけない!
2本同時に撃ち込まれたら対処が間に合わない!
重ねて言うが避けることは出来ない!触れたら終わりだ!
なお東に向かって並走している俺達。
ゾッとしてルーシーを見る。
ルーシーの口元は笑っている。
背後と右側。同時に風を切る音がした。
その音を聞いた瞬間右側、南方向にダッシュするルーシー。
見えない本物から迫ってくる雷の矢に向かいながら5発矢を放つ。
そしてすぐに切り返し背後から追尾してきたデコイからの矢に5発。
矢尻の斜め上を叩くことで自分の進行の邪魔にならないよう遠くへ叩き落としていく。
そしてどちらの矢もルーシーのやや後方の地面に撃墜される。
頭脳プレイというよりは力技だ。
矢が出てきた瞬間、両方の着弾を待つのではなく、本物に近付きそちらの矢を先に処理することで、デコイからの矢の着弾の時間的余裕を持たせた。同時に処理ができないなら時間差を作って順にやればいいという、簡単な解答だ。
それが済むと悠然と東への走行を続行するルーシー。
「ああっ!なんでー!?」
エルはショックを隠せなくなってきている。
「アッハッハッハッ!腕も良いけど判断の早さ、そしてそれを躊躇わない度胸が常人を越えているのね。」
ルカの声だ。もうだいぶ遠くなっていると思っていたが・・・。
突然視界に入ってきた。
走るルーシーの真横で空中に浮かびながら並走、いや追尾している。
「でも勇者から預かった矢の残りも少なくなっているようね。あと25本。心許ないわね。」
「それがなんだっていうのよ。」
「フフフ。今から追尾する矢を26本あなたに撃ち込むわ。全部撃ち落とせるかしらね?」
身を乗り出しルーシーの背中の矢筒を覗きながら飛行しているルカ。
そして、恐ろしいことを言っているぞ!
残りの矢の本数を越える攻撃を連続で放ってくるだって!
早々に残りの矢が足りなくなる事態が起きる!
まだ400メートル走っただけだ!半分も行っていないというのに!
「とにかく走るわよ!勇者様!」
ルーシーは疾走する。
どうするつもりだ?追尾する矢ということは避けて逃れることはできない!
「それじゃ行くよー。」
正面からエルの声が聞こえた。正面に回り込んでいる!
そこから連続攻撃が始まった!
正面から1発。
難なくルーシーが撃ち落とす。
左上、背後、右上、360度あらゆる方向角度から矢が飛んでくる。
間隔も2秒程と短い。見えはしないがルカの黒い三角形の板の飛行速度が思ったよりも高速だ。
縦横無尽に空中を飛び回っていたのか。
しかも音もなく動く気配は感じない。
走りながらそれらを全て冷静に撃ち落としていくルーシー。
どこに目が付いているのか。
傍で見ているだけの俺にはもう目で追えない。
ただ祈るのみだ。
10発、11発。
まだまだ連続攻撃は間隔を変えずに、あらゆる方向から続く。
20発、21発。
徐々に軽くなっていくルーシーの背中の矢筒。
金属音が辺りに響き渡りルーシーの矢が散乱していく。
25発目。最後の1本。
だが、予告ではもう1回攻撃が来る。
どうするつもりだ?
最初と同じく正面から矢が飛んで来た。
さすがに俺にも視認できる。
ルーシーは弓を構えたまま矢を放たない。
エルの最後の1発が逆方向の背後から放たれた。
まだ正面の矢が撃ち落とせてない。
ルーシーは正面の矢をギリギリに引き付けて矢を放つ。
数十センチも有ったろうか。
エルの矢は地面に落ちて消える。
跳ね返った自分の矢を右手で掴んで今度は背後から迫る矢をギリギリに引き付けて撃ち落とす。
さらに跳ね返った矢を右手で掴んで何もない虚空に放つ。
何もない虚空から金属音が聞こえて、ルカとエルの姿が空中に現れた。
左手に浮いていたのか。
「え?」
「うわっ!こわっ!」
ルカとエルが呆然とした顔で驚いている。
離れ業も大概にしろ!
ルカとエルでなくとも呆然とする!
「はいはい。もう分かったでしょ?そろそろ帰ってお茶でも飲んだら。あ、飲めないのか。」
走りながらルーシーは事も無げに言う。
だが、もう本当にまずい。矢が1本も無い。
200メートルは進んだが、あとまだ400メートルもある。
いや、逃げたところでどうなるというのか怪しい。
「デコイと同じ能力だったのね。光の屈折で見えないものを見えるように、見えるものを見えないように。デコイは爆薬を磁力で浮かしていただけ。影ができない程度の粒を人間の形に集めていた。黒い板を浮かせる強い磁力の斥力のせいで土煙が不自然に流れていたから場所が分かったわ。」
「あいつ!」
ルーシーの言葉にルカが顔を真っ赤にして憤慨、いや照れた。
能力を暴露されたのが恥ずかしかったのか。
「でももう矢はないわね!どうやって身を守るつもりなの!?」
「そうだよ!感電即死で誘導追尾のチャージショットは絶対に落とせない!」
ルカとエルは本体を露にしてもやる気だ。
しかし二人の言う通りだ。
もはや手はない。
その時背後の西側の空からバサバサと音が聞こえてきた。
俺達だけでなく、ルカとエルもそちらを振り向いた。
ロザミィが鳥の姿でこっちに突っ込んでくる。
クリスとフラウも頭の座席に乗っているようだ。
避難しろと言われていたのにこっちにやって来たのか!
「勇者!ルーシー!無事!?」
クリスが身を乗り出して腕を構える。
腕から骨針の矢を放って後方に居たデコイのエルとルカにぶっぱなす。
接触したデコイは爆発して飛び散る。
「ロザミィ!クリス!あんた達!邪魔する気なの!?」
ルカは今度こそ憤慨しているようだ。
「邪魔しないから見逃してあげようと思ってたのに!」
エルもムッとして膨れっ面になる。
二人を乗せた黒い三角形は俺達の左手の空中から後方の接近するロザミィの近くへと飛び立つ。
ロザミィは突っ込むのを止めて後方300メートル程で停止した。
スズメと三角形が接触するほど近くで浮遊している。
「えー。だってクリスお姉さんが、どうしても行けって言うから仕方なくだよー。」
ロザミィが困り顔で言い訳している。
スズメの顔をわざわざ変える必要はあるのか。
「あんたどっちの味方なの?昨日もあんたのせいで勇者を逃がしちゃったんだからね!」
「知らないよー。」
ルカの責めに反論するロザミィ。これは仕方ないだろう。
俺が空中浮遊できる場所を作ったのはたまたまだろうしな。
「勇者とルーシーはやらせないよ。絶対守る。」
クリスが二人を睨む。
「そう。残念ね。クリスはセイラのお気に入りだから手を出したくなかったんだけど。まあセイラもあんたを暗殺しようとしてたし、今更気にしてもしょうがないか。」
「惜しいなー。クリスのこと好きだったのにー。」
「え?好きだったの?やだ、私もエルのこと好き。」
「うん?うん。そういう好きじゃないかな。」
なんだか微妙な空気になっている。
そんな中でも東に走り続ける俺達。
「クリス!ロザミィの頭から降りちゃ駄目よ!感電して即死する矢を射ってくる!」
ルーシーが大声でクリスに忠告する。
フラウも言っていたが、ロザミィの頭の上ならば飛行体を完全防御する無敵の安全地帯だ。味方ならこの上ない頼もしい存在だ。
「え?怖い。また感電なの?」
「ひゃー!即死なんて物騒です!」
ロザミィの座席に身を隠すクリスとフラウ。
「何しに来たのよ・・・。何もしないならさっさと帰ってよ。10秒やるから帰るなら見逃してやるわ。10秒経ってまだここに居たら敵対行動と見なして接触攻撃する。」
ルカの最後通告だ。
接触攻撃?飛行体ではなく直接感電させるということか!
縦横無尽に空中を高速で駆け回るルカの機動力では逃げるのは困難だ。
ロザミィでも防御できるか絶望的だ。
「ロザミィ!逃げて!私達は大丈夫だから!」
ルーシーが再び大声を出す。
確かにその方が良さそうだが、本当に大丈夫なのか?
「ルーシーお姉さんもそう言ってるし、やっぱり向こうに行ってようよー。かないっこないよー。」
ロザミィは弱気だ。
「せっかくここに来たのに帰るの?勇者とルーシーは大丈夫なの?」
「何か手が有るのでしょうか?」
「きっと大丈夫だよー。今まで二人で凌いでたんだから、何か策があるんだよー。」
クリスとフラウ、ロザミィが相談している。
「10!」
「9!」
ルカとエルがカウントダウンを始めた。
「駄目だよ。ここで逃げてもし勇者に何かあったら死んじゃう。」
「そう言われましても。」
クリスとフラウはまだ悩んでいる。
「6!」
「5!」
エルが腕を出して矢を構える。高速回転する弓が火花をバチバチあげる。
「早く逃げて!」
ルーシーがさらに念を押す。
「勇者!」
クリスが叫ぶ。
「2!」
「1!」
ルカとエルの目に殺気が籠る。
「いやーん。」
背中を見せて、来た方向に逃げ出すロザミィ。
「あ!勇者!」
クリスの後ろ髪を引かれる声がこだまする。
なんとかギリギリで逃げ出したか。
本当を言うと矢の予備を置いていってくれれば良かったのだが、そこまで俺達に味方するのは仲間として違反行為かもしれない。
「なんとか時間稼ぎしてくれて助かったわ!もうすぐそこ!」
崖の東の果て。谷間のすぐそこにやって来た!
1キロメートルの走破。体力的にキツイ。片腹が痛い。呼吸が整えられない。
だが、走っているだけの俺が弓を射ち続けているルーシーより先に音を上げるわけにはいかない。
第一のターゲットとして狙われているわけではないにせよ、意地は見せたい。
ハーケンにロープを通すルーシー。
「勇者様!私に抱き付いて!絶対離しちゃ駄目よ!」
なんだって!?まさかとは思うがここから飛び降りる気なのか!?
ラペリングすると言ってもここは地上70メートル。
ロープは20メートルだが、輪にして使うため10メートルしか降りることはできない。
残りの60メートルはどうするつもりだ?
ロザミィはもうここには居ないし、来ることはないだろう。
崖の上に素手でハーケンを打ち込むルーシー。
1発で根本まで突き刺さる。
「勇者様!私に抱き付いて!」
ラペリングする体勢になるルーシー。抱きつけと言われてもちょっと困る。普通逆だろ。
「早くぅ。」
俺が困っているとルーシーは必死な形相をしているかと思えばニヤニヤしながら催促した。
何を考えているんだ。こんな時に。
だが、それは俺も同じか。照れている場合ではない。
空になった矢筒は外して、肩の剣も俺が預かり、仕方なくルーシーの背中に抱きつく。
「んっ・・・。」
ルーシーがちょっと吐息を吐いた。
ドキッとするがそれどころではないものが起こった。
「行くわよー。」
ロープを手に引っ掛かった金具を掴む。
背を谷側に向け一気に10メートル崖の下にラペリングするルーシー。
止まった瞬間ロープを引っ張り、かかったハーケンを抜き出す。
当然自由落下する。
俺は照れなど吹っ飛んでルーシーにしがみついた。
「ぐわあああああああぁっ!!」
落下しながらハーケンを手繰り寄せるルーシー。
手に取ったハーケンを素手でおもいっきり壁に打ち込む。
自由落下する勢いのまま、そこからさらに10メートル降りる。
それを4回繰り返し谷間の地上に降りた。
途中ラペリングで勢いを殺したとはいえ、30メートルは自由落下していたことになる。
自殺行為だ。
地面に降りたルーシーはロープを引っ張りハーケンを回収する。
俺は放心してルーシーの背中に抱き付いたまま着地している。
「なんとか上手く出来たわね。」
「な、なんとかって・・・。行き当たりばったりでやったのか。」
「そりゃそうよ。こんなことしたことないわ。」
愕然とする俺。
「それはそうと、勇者様、手がおもいっきり鷲掴みしているんだけど、もしかしてわざと?」
ハッとしてルーシーから離れた。
「ご、ごめん。」
「ウフフ。それじゃ、急ぎましょ。そろそろ追ってくるかもしれないわ。」
ルーシーは袋小路の奥へと走り出した。
俺も預かった剣を渡して後に続いた。
砂利が敷き詰められた狭い谷間。その途中に、あった。あの洞窟だ。
中は10メートル程しかない。二人入るのには十分だが、縦横無尽に駆け回る広さはない。
斜めになった石畳を歩き、奥へと進む。
中は昨日と同じく冷たい。
だが今は全力疾走して体が熱い。涼しさが体に心地良い感じだ。
ルーシーは何か考えがあるのだろうか?
矢の手持ちはもうない。
もし感電即死の追尾弾を射たれたら成す術はない。
洞窟に逃げ込んだのはいいが、ひょっとして・・・。
そこで入り口を静観していると、高い太陽からできた影が入り口に降りてきた。
デコイではない。本物ということだ。
「どこに行っているのかと思えば、こんな場所があったのねえ。」
「捜索の賜物ってやつ?上から見ただけじゃ気付かなかったねー。」
ルカとエルの影が入り口に立つ。
余裕の表情だ。
「ウフフ。でもあなたバカなの?洞窟に逃げ込んだつもりなんだろうけど、それって違うわよね?」
「アハハ。逃げ場の無い袋のネズミってやつなんじゃないのー?」
そう来たか。やはりここは逃げ場のない死地に思えてならない。
下手をすると洞窟が崩れて生き埋め、そうでなくとも無限に生成されるであろう残弾無制限の矢に狙われ続けていずれ・・・。
ルーシー、作戦を間違えたのではないか?
もう俺達に対抗する手はない。
「今帰れば助かるわ。帰ってちょうだい。」
ルーシーはあくまで強気だ。
ゴクリと生唾を飲む俺。
いったいどうするつもりなんだ・・・?
肩を震わせさも可笑しげに笑うルカとエル。
ルーシーの言葉が虚勢に聞こえて滑稽に見えたのか。
「助けてもらうつもりはないわね。あんたが死になさい。」
「どうやって避けるのかなー?こいつをね。」
エルが手を前に付き出し矢を構える。
弓が回転する。
暗いこの場所では電流が見えるようにバチバチと火花を散らしている。
この距離、誘導するまでもなく一瞬でルーシーを貫く気だ。
背筋が凍る。
ルーシーが突然前にダッシュした。
矢はもうない。
不意を突かれた皆は動きが固まる。
剣をエルに投げつける。
構えた矢に剣が当たり弾け飛ぶ。
弾け飛んだ矢が空を飛び・・・。
バシン!とそれまでにない大きな音を出して焼け尽くした。
呆然とするエル。
雷の矢はルカの頭を貫いた。
「人に向けて射って良いものじゃないって言ったでしょ。」
ルーシーは暗い洞窟からルカを見下ろす。
頭部が弾け飛んだルカは力が無くなり体を崩していく。
「え?嘘?」
エルは信じがたいというように手を構えたままの体勢で立ち尽くしている。
崩れたルカの体は徐々に灰になっていく。
「ええ!?嘘だっ!ルカ!ああ!ルカ!!」
エルが泣き崩れるようにルカの体を抱き締めようとする。
しかしもう灰になるばかりで、掴むことはできない。
「逃げるためにここに来たんじゃない。あなた達が狭い入り口に並んで射ってくるのを待ってた。狙いやすいようにね。だから逃げろと言ったのよ。」
エルは聞いてはいないようだ。
泣き叫びルカの名前を呼んでいるだけだ。
無敵の生命力。通常の武器で彼女達を倒すのは不可能に近い。
だが、彼女達の力なら?
エルの即死の攻撃は俺達にとって危険なものだ。その攻撃なら彼女達を葬る最大の武器ともなるだろう。
それがルーシーの作戦だった。
動悸が激しい。一瞬の出来事だった。
残酷なようだがルーシーはさんざん帰れと警告していた。
それでも向かってきた以上避けようがなかった戦いだ。
しかし・・・。温泉でのこと、昨日の会話のこと、それを思い出すと・・・。
エルは地面に突っ伏し、泣き叫んでいる。
ルカとそれほど仲が良かったのだろう。
可哀想だが、掛ける言葉が思い付かない。
「エル。あなたは帰りなさい。もうあなたに私は倒せない。」
ルーシーが声を掛ける。
「ああっ!ルカ!ごめんなさい!私が油断したせいでルカを死なせちゃった!ごめんなさい、ルカ!!」
ルカに許しを乞うエル。見てられないほどの悲痛さだ。
しばらく無言でうずくまっていると、スッと立ち上がった。
「絶対に許さない。ルカの仇をとってやる。」
涙で濡れた顔をそのままに鬼の形相でルーシーの方を向いた。
まだやる気だ!
そして手からサーベルのようなものを作り出していく。
刀身にはまたもやバチバチと電流が流れるような電撃が目で見える。
まさかこれも触れたら即死のサーベルとでも言うのか。
まずい!ルーシーは剣を投げて丸腰だ!
エルの足元に落ちている剣を拾いに行くのは危険極まりない。
俺は腰に差していた鞘に入ったままの妖刀村雨をルーシーに投げた。
「ルーシー!これを!」
「ありがと勇者様。」
背を向けたまま手を伸ばしキャッチするルーシー。
刀を鞘からスラリと抜き、構える。
エルが大声を出しサーベルを振りかぶって襲いかかる。
だが、剣の稽古をつけていたわけでもないだろうエルの太刀筋は俺が見てもめちゃくちゃだ。単に振り回しているだけという稚拙な攻撃と言って良い。
しかし狭い洞窟、刀で受けることも出来ない、触れたら即死という能力は危険度がかなり高い。
油断は禁物だ。
そう考えている間もなく難なくエルの攻撃を避けて、ルーシーの太刀筋がエルのサーベルを持った腕を切断した。
「あああっ!」
叫ぶエル。腕をすぐに再生させようとするが、ルーシーの容赦ない二撃目がエルの首を断つ。
ゴロンと洞窟内にエルの頭部が転がる。
バランスを崩し倒れる胴体。
「諦めなさい。勝負は着いた。」
ルーシーが転がったエルの頭部に刀を突き付ける。
「まだ体にくっ付けることが出来るんでしょう?頭部を完全に破壊されれば思考できなくなる。そうすれば再生もできない。ルカのように。頭部を破壊する前に負けを認めなさい。」
ルーシーの声は静かだ。
洞窟内にエルの嗚咽が響き渡る。
「ああっ!ああ!ごめんなさいルカ。ルカ!」
なんて、悲しい光景だ。なんて・・・。
「やりなよ。とどめを刺してよ。負けなんか認めない。ルカに言い訳できない。ルカに謝らなきゃ・・・。早く私もルカの所に行かせてよぉ・・・。」
しばしの沈黙。すすり泣くエルの声だけが響く。
随分と時が過ぎた後、余程経ってからルーシーが重い口を開いた。
「そう。分かった。あっちでも二人、仲良くね。」
鈍い音と共にその残響も止んだ。
さらさらと灰になっていくエルの体。
俺は腹の中から込み上げてくるのもがあった。
思わず膝を着く。
「勇者様、大丈夫?」
ルーシーが近寄ってくる。
それを手で制す俺。
「大丈夫、大丈夫だ。」
人の死を見るのは初めてというわけではない。
モンスターとの戦いの中でも心半ばで倒れていってしまった者達を幾人も見てきた。
だがそれは敵の犠牲となってしまった者達であって、自分達が自分の意思で殺めたわけではない。
魔人になってしまったとはいえ、彼女達は人間だった。
それを殺めてしまわなければならないなんて、いったいこれは何のための戦いだったんだ?
俺が素直に誘拐されればよかったのか?
いやいや、もし誘拐されるのが俺でなく、他の誰かなら俺も必死で戦っただろう。
「勇者様。」
ルーシーが心配そうに俺を見ている。
俺なんかより付き合いがあったルーシーの方が辛いだろう。
俺が沈んでいる場合ではない。
立ち上がり口元を拭った。
「ルーシー。ありがとう。おかげで助かったよ。」
「勇者様、抱き締めても良い?」
突然変なことを言い出した。
昨日もそんなことを言っていたな。
ルーシーの顔が沈んでいるようだ。
ハッとした。ルーシーは自分が二人にとどめを刺したことで軽蔑されていると心配しているのか。
俺が今手で制したから誤解しているのかもしれない。
違うんだ。ただ吐きそうになったが持ち直したから。
吐き気がしている情けない姿を見られたくなかったから。
「いいよ。」
「ありがと勇者様。今日はいっぱい助けてもらっちゃったわね。」
「助けてもらったのはこっちの方というか。でもどうするつもりだったんだと思うことが多かったな。」
「フフフ。」
ルーシーは俺の体にピッタリくっつくように抱き付いてきた。
俺もルーシーの細い体を強く抱き締めた。
「あとこの島は西の海岸線を見て回ればお別れだ。ベイト達よりロザミィとクリスが居る分時間を短縮できたんだろうな。」
「何も無かったけど、そう思うとちょっと寂しいわね。」
ルカとエルが残したヒント。それも解らず仕舞いだ。
三番星に行けば分かるのだろうか?
俺達がそうやって二番星本島の捜索を終えようとしているとき、ベイト達小島捜索部隊にも困難が降りかかっていた。
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