08、セイラ

第22話

08、セイラ



それから2日は何事もなく航海が進められた。


船員はテキパキと仕事をこなし、一週間前まで訓練をやっていたとは思えない仕事ぶりで感心する。


俺達とベイト達は多少の掃除やら食事の給仕などを手伝ったが、今のところこれといって仕事は無かった。



そろそろローレンスビルに近い海域だ。


噂通りならこれからは何が起きても不思議はない。



その4日目の朝。俺とベイト達男4人はデッキに出て海を見ていた。


モンシアだけはデッキチェアに座ってくつろいでいる。



そこに船尾楼からベラが出てきた。



「もうすぐローレンスビルだ!近付くやつを見落とすんじゃないよ!」



真ん中の鐘楼で見張りをしていたビルギットが答える。



「今のところ何も見えませんぜ!」



敵が魔人ならば自分の姿、何かの形を変化させることができる。


いつ、どこで、どうやって仕掛けてくるかわからない。



ベイトが話す。



「やっこさん。どうやって出てきますかね。まさか海賊船でご登場というわけじゃないでしょうが。」


「海中からデカイ鯨みたいなモンスターでも出たらお手上げじゃねーかな。船が転覆しちまう。」



モンシアが冗談っぽく笑うが、それだって可能性はなくない。


むしろ最悪の可能性だ。



「それは無いだろう。噂では船員は切り刻まれていたという。誰かが船に乗ってきたんだ。」



普段無口なアデルも口を開く。


彼の言うことはもっともだが、彼が言うと恐怖を感じる。



「勇者君はどう思う?」



ベラが近付いてきて会話に混ざる。


俺は街道岬のライラの事を知ってるから、一番真を得る答えを持っていると踏んでいるのだろう。


だが、メイド服の女が青い肌で出てくるとも言えない。


何言ってるんだ?と困惑されかねん。



「もしそいつらが出てきたら、みんなは船室に全力で隠れてくれ。絶対に手を出そうとしないでくれ。」



俺は質問には直接答えず皆に頼み事をした。


違う角度の発言に意表を突かれた4人は目を丸くする。



「そりゃ俺達にも言ってるのかい?」



モンシアが聞き咎める。



「できれば。ベイト、モンシア、アデルの3人には隠れた船員達の護衛を任せたい。」


「へえ。」



ベイトも俺を見る。



「君達の戦歴を聞けば俺なんかより長く一線に携わっていたことはわかる。だが、これは戦闘力の問題ではなく、敵と戦わずに済むかという別の問題があるんだ。」



少々説明しづらいが、もしクリスのように説得できるなら、戦闘を回避できるかもしれない。



「わかったよ。ベイト達には悪いがあんた達を雇ったのは今回の事件のためというわけじゃなく、この船の戦闘員として恒常的に働いてもらうためだ。今回の作戦は勇者君にお任せしよう。」



ベラが俺を援護してくれる。



「そりゃ同じ金をもらえるなら構いませんがね。本当に大丈夫なんですか?」


「わからないが、もしピンチに陥ったらその時は助けを呼ぶよ。」


「なんでい、せっかく出番が来るかと思ったのによ!」



ベイトに俺が答え、モンシアが不貞腐れたように言う。


が、言葉には棘がない。理解はしてくれたのか。



それまでと違い不気味な緊張感が迫るような航海に変容した気持ちになった。


風の音、波の音にハッとするように意識してしまう。



海の上でそんなものを気にしていたってどうにもならないが。




しばらく時間が過ぎて船尾楼からフラウが出てきて手招きをしている。



「勇者様ちょっとこちらに。」



なんだろう?ルーシーとクリスは部屋にいるのか。


フラウの顔色が悪いようだ。なにかあったのか。



俺はベイト達をその場に残してフラウに付いていく。


フラウは俺とルーシーが泊まっている部屋の反対側の部屋に入っていった。


左右は逆だが同じ間取りの部屋だ。


ルーシーとクリスはそのベッドにいた。



クリスが気分でも悪いのかベッドの上で座り込み前のめりになっている。


ルーシーがそれを介抱するように背中に手をやっている。



「どうした?気分でも・・・。」



俺がそう言いかけるとルーシーが手を広げてそれを静止した。


俺はおとなしく二人の様子を見守る。



「声が頭に響いてきた。人間達はこの海域から出ていけって。」



クリスが苦しそうに絞り出した。


声だって!?



「また、謎の女の声なのか!?」


「違う。これは知ってる声。セイラの声だった。」


「セイラですって?」



ルーシーも初耳らしい。魔王の城で拉致され働かされていたルーシーとクリスのメイド仲間に同じ名前があったようだ。


やはり魔人となった仲間によって起きた事件だったということか。


しかし警告をしてくるとは。仲間のよしみとでもいうのか。


だが、その警告を無視すれば、どうなる?



「まだ何か言ってる。今から10分後までに進路を変えなければ、その船を襲うって。」



10分!?警告ではない!最後通告だ!


しかも10分で到達でき、俺達の動向を監視できる位置にすでにいるということだ!



俺はデッキに急いで戻った。



「ベラ!総員退避させてくれ!あと10分で敵の攻撃が始まる!」


「なんだって!?ビルギット!何か見えるかい!」



鐘楼のビルギットを見上げて叫ぶベラ。



「何も見えませんぜ!」


「わかった!いいから全員船内第2甲板に退避だ!大砲の準備だけはしとくんだよ!ビルギット!あんたも下りてきな!」


「何言ってんです!俺が降りたら誰が見張りを!」


「いいから降りな!それと、舵はアタイがとる。操舵士も中に入ってな!」


「ベラ、君も隠れてくれ!」


「馬鹿言っちゃいけないよ。船が座礁なんかしたらそれこそ一網打尽じゃないか。」



それはそうだが・・・。仕方ない俺達で守り抜くしかない。



「な、なんだありゃあ・・・。」



船員が慌ただしく退避を始める。それをシンガリとなって見届けていたベイトが空を見上げた。



俺もベイトの声に空を見る。



頭と胴体は人間。手や腰から下が鳥の姿。伝説で語られるハーピーと言われる姿。



いつの間にかこの船の上空を20体あまりのハーピーが円をかき旋回しているのだ。



まだ日は高い。汗ばむような陽気だろう。しかし今その恐怖の姿を見て背筋が凍るような気分だ。


青い肌で上半身は裸。足の鉤爪は恐ろしく鋭利。商船の船員はあれでやられたのだろう。



俺の考えが二重に甘かったことを悟った。


まず、一度にこれだけの数が出てくるとは想像もしていなかった。


しかしすでにそう考えてもいいヒントはあったのだ。クリスの言う謎の女の声。その声に導かれてメイド仲間がここに集まってきていたのだとすれば、複数、もしくは残り全員がここにいてもおかしくはなかった。


第二に説得ができる可能性もあると思っていたが、自ら進んであのおぞましい姿になり、商船の船員を皆殺しにした相手に説得など不可能だ。



「まだ10分たってないぞ!ベイト達も早く!」



3人は俺を見る。想像以上の敵の姿に加勢が必要なのではと心配してくれているのだろう。



「頼む!」



俺は再度懇願した。もはやこれは俺達以外が相手するべき敵ではない。



「ご武運を!」



そう言ってベイト達はさがっていった。


ベラはいつの間にかいない。ブリッジに行ったのか。



不気味に旋回を続けるハーピーだったが、まるで止まり木に羽を休める鳥のようにマストの横棒ヤードにバサバサと足を下ろす。



船尾楼のドアをバンと開け放ち、ルーシーとクリスが出てきた。フラウはいないが正解だろう。



「あらあら。お集まりのようね。」


「ちょっと見ないうちに変わりすぎなんじゃない?」



これを目の前にしても不適な態度の二人。恐ろしく頼もしい。



ハーピーの一体がバサバサとデッキに降りてきた。


そして鳥の部分を人間に変え着地する。


やはり青い肌に全裸だが、照れてる場合でもない。



「進路を変えなかったということは、ここで死ぬつもりということでいいのね?」


「あなたに聞きたい事がある。セイラ。あなた達を呼んだ女。一体何者なの?」



睨み合う二人。



突然セイラは腕から骨針を伸ばしルーシーを攻撃する。話し合うつもりはないということか!


ルーシーはそれを掻い潜り剣を振り上げて弾く。そしてその勢いのままセイラの首筋に剣を降り下ろす。


セイラは翼を生やし空中に逃れる。



「ルーシー。あんたは新人のくせに生意気だったわね。」



それを合図にヤードに止まっていたハーピー達が一斉に羽ばたき俺達に襲いかかる。


まずい!空中から囲まれて攻撃される!しかも帆が張っているので動きをとらえきれない!



鉤爪を前にして急降下してくるハーピー。剣でそれを防ぐ。横から、後ろから、ギャーギャーと唸り声をあげなが攻撃が続く。



背中に一撃を食らった!しかし覚えのある感触。クリスの攻撃から守ってくれた衝撃吸収の施術か。フラウにまた助けられたが始まって間もないのに使ってしまった!


背後からの攻撃はまずい!船尾楼を背に背水の陣で戦うしかない!


ルーシーとクリスは大丈夫なのか?



二人を気遣う余裕もないが、それでも二人を目で追う。



二人は背中合わせになって敵の攻撃を捌いているようだ。


クリスは手首から骨針を出して剣のようにして使っている。


とにかく無事でよかった。



「空中からの攻撃はさすがに厄介ね。」


「私の力、ちょっと使うよ?」



クリスがそう言うと並外れた跳躍力で一気に空中に飛び上がった。


まとまって飛んでいたハーピーに近付いたと思ったら、背中から骨針を飛び出させ2体のハーピーを切り裂いた。



「ギャーァァアアアアア!」



ハーピーは地に落ちる前に灰になって消えていった。



クリスは船首楼に着地。



「誰だったかわからないけど、ごめんなさいね。」


「やるわね!」



ルーシーが喜ぶ。



それを見て他のハーピーは船から少し遠巻きに飛び始める。


着地できる場所がないと飛び上がれないと判断したのか。



「判断が早い。」



クリスが舌打ちする。


これが今までのモンスター退治と違う所だ。


敵も頭を使い戦略を練ってくる。



バサバサと空中を飛んでいたハーピーだが唐突に羽から針のようなものを飛ばしてきた。


危ない!


俺は咄嗟に避けたが足元に30センチもある長く太い針が数本刺さった。


飛行している敵からの飛び道具!



一体のその様子を見てからか他のハーピー達も続けて針を飛ばしてきた。



周囲を囲まれて連続の飛び道具をかわし続けるのは無理だ!



「鳥になったからってチキンになることないでしょうに!」



さすがのルーシーも手を焼いているか。


とはいえ相手は勝負に来たのではない、ただ虐殺するために来たのだ。


正々堂々と戦う必要はない。



「しょうがない、一旦私たちも中に入りましょう!」



そう言っている間も次々と針の雨が降り注いでいる。


デッキや帆にも数十数百の傷や穴が開けられる。



俺はルーシーとクリスが船尾楼のドアに入るのを待つ。


クリスがドアに滑り込んだのを見て俺も入る。



入る瞬間、頭上のハーピーが船の最後尾に一体飛んでいったような気がした。



まずい!ブリッジのベラが狙われる!


ブリッジは見晴らしがいいように窓枠が大きく開いている。狙われたらひとたまりもない。



俺は船長室、ラウンジ、客室のさらに後ろにあるブリッジへの階段へ駆け出した。



間に合え!間に合ってくれ!



階段をかけ上がる。ベラがそこにいた。


ベラは窓枠に足をかけ翼を広げているハーピーを前に身動きがとれずに固まっていた。


壁を蹴り勢いをつけた俺はそのままハーピーを切りつける。



ハーピーが動きを止め降りてきていた事が救いだった。


奇声を上げて灰になっていく。



彼女も魔王の城で救ったはずの女達の一人だったと思うとやるせない気分だが。犠牲者を出すわけにはいかない。



「勇者君。」



ベラは呆然としている。



「やはり君も隠れていた方がいい!早く!」



だが遅かったようだ。



奇声を聞き付けたのか他のハーピー達がブリッジに集まってきている。


しかも、倒したハーピーと違い羽からの針をブリッジに放射してきた。



俺はベラを抱いてその場に伏せた。


後ろの壁にドカドカと針が刺さる音がする。


いったい何本の針が放たれたろうか。



ドカドカという音がまだ止まない。いつまで続く?


壁に刺さりきれない針が床にカラカラと落ち始める。



「勇者君!」



不意にベラが叫ぶ。ふと見上げると右の窓枠に人間の姿になった魔人が足をかけて入ろうとしていた。



しまった!伏せたとき剣をどこかに落とした!


目で剣を探すが見当たらない。足元にでも落としたか?立ち上がれば針の餌食だ。



ベラが俺を強く抱き締める。



魔人の腕からは鋭利な骨針が伸びる。



ドスっという体を貫く音。



俺ではない。



見上げると魔人の体を弓矢が貫いていた。


奇声を上げ灰になる魔人。刺さっている矢は銀色で、骨針でできた矢のようだ。クリスが作ったのだろうか。鉄よりも軽く、木よりも鋭い。



舵輪がある台を盾にして前方を覗いてみる。



第3のマスト、ミズンマストの鐘楼に人影。


ルーシーがそこに立ち、弓を構えている。



あの弓はアデルの持っていたものか!



「私の弓は絶対に外れない。」



ブリッジからミズンマストまで20メートル以上距離がある。ルーシーが本当にそう言ったかはわからない。


続けざまに4発の弓を射るルーシー。バサバサと飛ぶハーピーの頭に全弾命中させる。


まるで吸い込まれていくように矢がハーピーの頭を撃ち抜いていくように見えた。


ハーピーも何事かとルーシーを警戒して飛行している。



一体のハーピーが数本の針の攻撃を発射した。


危ない!足場の狭いそこでは避けようがない!



さらに2発の矢を放つルーシー。



ハーピーの放った針を矢で撃ち落とし、針を放ったハーピーの頭を逆に仕留める。


ルーシーに当たらない角度で飛んでいった針が背後のマストに突き刺さった。



俺は何を見ているんだ・・・。



何万回試したところで成功するとは思えない芸当を狙ってやったというのか。高速で自分に飛んでくるあの細い針を矢で撃ち落とす?そんな事ができるのか?



思いがけなく半数近くを失ったハーピー達は、音を上げたのかこの船の周りから逃走していく。



「何者なんだい。あのルーシーって娘は。」



ベラが問う。


ルーシーが同じようにベラの事を言っていたが、俺にはどちらもわからない。



ほんの十数分の出来事だっただろうか。ハーピーが逃げ帰った事で一時危険は去った。


ホッと安堵の心持ちになったが、俺のモヤモヤは晴れない。


次いつ奴等が現れるかわからないし、次は警告などいう生易しいことはしないだろう。




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