14、巨大鳥
第37話
14、巨大鳥
朝になった。
ホテルのベッドで目覚めたら、いつものように俺の右肩を枕にして横になっているルーシーと、左肩を枕にして横になっているクリスにはさまれていた。
この二人にはさまれるのは光栄な事だがちょっと苦しい。
二人は寝ているわけではなくて、目覚めていて俺の手をニギニギしたりお腹を押したりして微睡んでいた。
「おはよう。もう朝だな。」
わざと大きな声で挨拶した。退いてくれないかな?という合図のつもりだ。
「おはよう勇者様。」
「おはよ。」
彼女達は動く様子はない。
昨日クリスは俺の手を握って眠っていたようだが、1日で凄く接近したものだな。半身を俺の体の上に預けてぴったりくっついている。
ルーシーも右側で同じような体勢なので二人の肩がくっつきそうだ。
「さあそろそろ起きないと。」
「起きるの?今日は何もないからゆっくりベッドで寝てましょうよ。」
「そうだよ。勇者とただれた1日を送りたい。」
ただれた1日ってなんだ。
「朝食はとるだろ?ホテルのレストランでバイキング方式の朝食をやってるそうだから行ってみようよ。それに、せっかく1日空いているんだからこの町の名所に行ってみるのも悪くないぞ。」
「えー。出掛けるのー?昨日一昨日で住宅と繁華街走り回ったじゃない。」
「勇者とただれた1日がいい。」
「うーん。フラウはどうする?」
「と、突然私に会話を振らないせで下さいよ!」
向こうを向いてルーシーの隣に横になっていたフラウに話しかけた。
「いや、どうするかなって思って。」
「い、行きます。」
「よし、決まりだな。俺とフラウは出掛けるからルーシーとクリスでただれた1日を送るといいよ。」
俺は有無を言わさずルーシーとクリスの体を退かしてベッドから起き上がった。
フラウも俺に付いてこようと起きる。
ベッドにルーシーとクリスが顔を見合わせ上半身を起こして向かい合っている。
クリスがルーシーに顔を近付けて口付けしようとする。
ルーシーが嫌がって起き上がった。
「私も行くー。」
「勇者、置いてかないで。」
支度を済まして4人でバイキングへ移動。
4人分の料金を払ったがクリスは何も食べない。まあ食べないからって置いていくのもかわいそうだしな。
バゲットや食パンにパスタなんかをメインに卵ハムレタスチーズジャムバターなんでもトッピングで選んで乗せれる、ソースも様々ミート海鮮キノコ。
それとスープと飲み物を選べばすぐに食べれるという、時間をかけずに朝食を取れるスタイルはありがたい限りだ。
昨日のバーと違いラフな姿でホテル客がまばらに席に陣取っている。
みんなスッキリした朝を楽しんでいるようだ。
俺はトーストにジャムとバターを乗せ、コーンスープと水で朝食を取ることにした。
席に着くとクリスも俺の隣に座って隙を伺っていたが、ここで変なことをすると追い出されかねん。俺はクリスから目を離さなかった。
「ところで勇者様どこに行くつもりなの?この町の名所ってそもそも何があるのか知らないわ。」
バゲットに複数のチーズをたっぷり乗せたルーシーが俺の正面に座る。
「この町は元々小高い丘に要塞として造られたもので、徐々に港町としての機能が増えていったという経緯がある。
要塞として造られた初期から丘のてっぺんに周囲を見渡せる塔が建っていて、当時敵対していたアルビオンの進軍をいち早く知らせる監視塔として使われていたそうだ。
今ではもちろんアルビオンとは友好関係だし、魔王歴中のモンスターは中腹辺りにある町の防壁の櫓からの監視でじゅうぶん事足りていたので、塔は観光できる展望台として名残を残しているだけだそうだよ。付近にそれほど高い山もなく360度を見渡せるその塔からの景色は絶景という話だ。陸地と海の境目が見られるぞ。」
「勇者様よくご存じですね。」
フラウもルーシーの隣に座る。食パンに卵、レタス、ハム、トマトをトッピングし、ワカメのスープとミルクを手にしている。
「いや、観光用のパンフレットに書いてあっただけだよ。」
「あはは。なーんだ。」
「でも丘のてっぺんって、町の上まで行くんでしょ?結構な距離ね。」
「運動にはなると思うがな。」
「しょーがないから付き合ってあげるわ。その代わり帰ったら全身マッサージしてよね。」
「筋肉ならいくらでも揉みほぐしてやるぞ。」
「もう、私の筋肉どれだけ狙ってるのよ。」
ホテルの人に昼食用のサンドイッチを追加で頼んで、俺達4人はまだ朝早い町の中を観光へと出掛けていった。
この町には坂と階段がとにかく多い。港近くの繁華街だけではそうでもないが、町全体としてはやはり多い。
そのためか所々に広場があってベンチで休めるようになっているようだ。
俺はともかく、女性陣には多少きつい道のりだったか、休み休みの道中だった。
各所の広場を徐々に登っていくと、どんどんと景色が高くなっていって、これだけでも海と町を見渡せる絶景と言えなくもない。
「もうこの辺の景色でじゅうぶんなんじゃないの?」
ルーシーがベンチにへたり込む。
「一望できる絶景とは言えないな。」
「えー。もう疲れたよー。」
「もう少しだよ。」
「じゃあおんぶして。」
流石におんぶして登り坂はきついかな。
「おんぶしておんぶー。」
「うーん仕方ないなー。」
仕方なく背中を貸した。これも俺の修行と思えば・・・。
「勇者様ルーシーさんに甘いですねえ。」
「弱味を握られてるんだよ。」
フラウとクリスが冷たく言い合う。
「わーい。楽チン。」
それから再び歩き始めて合計2時間くらいかかって頂上に着いた。頂上も石畳に整備されていて真ん中の石の塔とベンチと手すりが100メートル四方に収まっていた。
「わー。凄い眺めですね。」
フラウが手すりにつかまって景色を眺める。
「塔に登ってみよう。」
塔は4階建ての高さくらいだろうか?入ると中は支柱を中心とした石の螺旋階段になっていて、見上げると目眩がしそうだ。
所々修繕された跡があって色や材質の違う段があった。
クリスがピョンピョンと階段を上がっていく。
「あんまり飛び跳ねると危ないぞ。」
と、見上げると下に居る俺を肩越しに見下ろしながらクリスが立ち止まっている。
スカートの丈が短い!俺は思わず目を反らした。
「勇者、今見えた?」
「うふふ。バッチリ見えたわね。」
「見るなという方に無理があるような。ルーシーもそろそろ降ろすぞ。」
「はーい。」
4人で螺旋階段をゆっくり登る。
クリスは俺の後ろに着いてきてしきりに感想を聞いてくる。
「どうだった?」
「どうと言われても、白だったとしか・・・。」
「クリスさんも変な趣味してますね。パンツの感想を男の人に聞くなんて。私なら恥ずかしくて聞けませんよ。」
さらに後ろにフラウが着いてくる。
「きっと承認要求が強くて褒めてもらいたくて仕方ないのね。適当に褒められて舞い上がって騙されないよう気を付けなきゃダメよ?」
ルーシーもフラウと並んで階段を上がる。
「私舞い上がってる?」
「そのきらいはあるかもしれないな。ちょっと積極的になりすぎてるというか。」
「一度ケチョンケチョンに貶してやったらどう?クリスのパンツなんて興味ないって。」
ルーシーの言葉に俺の腕にしがみつくようにクリスが身を寄せる。
怯えた表情で俺を見ている。
「クリスはどんなカッコでも似合うし、どこから見ても綺麗だから、あまり変な所じゃなきゃずっと見てたいよ。」
クリスはそのまま俺の腕に抱きつく。
「あーあ。勇者様はクリスに甘いわねー。」
「それをルーシーさんが言いますか。ずっと添い寝してもらっててお姫様抱っこにおんぶに甘えまくってるのに。」
「うわーん。フラウに怒られたー。勇者様よちよちしてー。」
ルーシーも俺の空いた方の腕に抱きついてきた。
「いったいこのパーティーはどうなっているんですかね。」
「おいおい流石に両腕組まれると階段危ないから離れてくれよ。」
屋上に着いた。3人並んで階段を歩けることから分かるように、屋上は結構広い。直径8メートルくらいか。
支柱が屋上より上に伸びて屋根を支えている。雨に濡れる心配はない。
腰くらいの高さの手すりに囲まれ、外周外向きにベンチが何脚か設置してある。
外の景色を見ると目が覚めるような一大パノラマだ。
町の外壁や建物など遮るものが一切無くて、360度を見渡せる絶景。
怖いくらいに吸い込まれていく足場を見失いそうな浮遊感。
遠くの景色が粒のように見える。
「うひゃー。これは凄いです!」
フラウが大はしゃぎで手すりから身を乗り出す。
「こ、怖い。」
クリスは泣きそうになってる。
「凄いわねー。勇者様が一押ししてたのも納得だわ。」
ルーシーも手すりに体を預ける。
「別に一押ししてたわけじゃないけども。」
俺もちょっと怖くてすぐに手すりに近付けなかった。
遮るものがなく、時折風がビューっと吹き付けるのも飛ばされそうで、おおおおおってなる。
クリスと二人でブルブル抱きつきつつも、やっと手すりのところまでやって来た。
山、森、草原、雄大な大地と砂浜や岸壁を挟んで大海原。それが一目に入るなんと絶景か。
遠くに見える城壁はもしかしてアルビオンじゃないのか?
これはアルビオンがここを落とせなかったのも無理はない。手をとるように動きが見通せるじゃないか。
アルビオンがこんなに見える位置にあるなんて。特別捜査室に残してきたスコットとシモンとは何日会ってないのか。
あの時案件だったクリスとは無事合流出来たとまだ直接話してはいないな。
モンテレーで書いた手紙は届いたろうか。
ひょっとするとサウスダコタも見えるかな?
流石に見えないがブースターも宿屋の女将に預けたままだ。元気にしているだろうか。
海の方を見ると島がいくつか見える。
あの島のどれかに、やつらのアジトがあるのだろうか。
明日クイーンローゼス号が修繕されれば、また何日もかかるだろう捜索に取りかからねばならない。そしてその後には未知なる戦いも待っている。
もうしばらくアルビオンに帰ることはできないだろう。
無事に全てが終わって欲しいと願ってやまない。
「せっかくですからここで昼食を食べましょうか。」
フラウがベンチに座ってバスケットを広げる。
「たまに強い風が吹くから気を付けろよ。」
俺ルーシーフラウがベンチに座ってサンドイッチを頬張る。
ベンチはあいにく3人とバスケットでうまって、クリスは俺の目の前で立っている。
席を譲ろうとすると食べないからと言って俺に座るよう返してきたからだ。
座ってる前で立たれると目の前にスカートがなびいて見えそうになるのだが。
俺はクリスの顔に目をやった。クリスも俺をイタズラっぽい目で見ている。
「クリスさんやっぱり勇者様にパンツ見せたいんですね。」
「もう変態よ。」
「違うよ。ちょっとドキドキするだけだし。」
「やっぱり変態じゃないのよ。」
「勇者それ美味しい?」
「ん?ああフルーツがはさんであってサッパリしてるな。」
「じゃあ私も食べようかな。」
クリスが珍しいことを言う。
「食べるのか?」
クリスの目を見ると視線は俺の口元にいっていた。
俺の唾液のことか・・・。
「変態っぷりに磨きをかけてどうするのよ。」
ルーシーの言葉にクリスが怯む。
「勇者、私変態?」
「うーん。ちょっと不思議な娘かな。」
顔がひきつりつつあまり強くない言葉を選ぶ。
クリスがこうなったのは魔人になって制御が効かなくなってしまったからなのだろうか?そうだとするとあまり責めるのもかわいそうだが、元の彼女を知らない俺にはわからない。
そう思っているとルーシーが俺の考えを悟ってか言い出した。
「クリスは魔王の城にいた頃からみんなにキスして回ってたわね。私も何度襲われそうになったか。セイラとはあの二人デキてるんじゃないのってくらいチュッチュしてたしね。」
元からかよ!
「ええっ!この前のニナさんとの戦いの後で凄い積極的に押し倒してきたのは、あれはそこまで必要ではなかったのでは・・・。」
「セイラが襲ってきてる最中にもまるでセイラを忘れてたみたいな感じで迫ってきてたが・・・。」
「今朝も私に迫りかけてたわね。」
セイラが最後通告をクリスにしたのとか、俺達のキスをじっと見て待ってたのとか、クリスの嫌いじゃなかった発言とか、そういうことなのか?
イメージが少しおかしくなりそうだ。
「ああっう!」
クリスがよろめくように後ろの手すりに後ずさる。
おいおい危ない。
俺はクリスの肩を抱き寄せた。
「勇者、私キス魔で露出抂で承認要求が高い抱き付き魔の変態?」
「自分でそう思ってるなら、少しずつ治していけばいいんじゃないかな?」
「勇者がそうして欲しいならそうする。」
「あはは。じゃあそろそろ戻ろうか。」
「うん。じゃあキスしていい?」
「おいおい。」
肩を抱き抱えるように手を回していたので隙が出来てしまった。
胸にしがみつくようにクリスが口付けをしてくる。
「これは治る気配がしませんね。」
「勇者様もされるの喜んでるんでしょう。クリスの言う通りパンツも覗いて喜んでるんだわ。」
フラウとルーシーがベンチに座りながら冷静に話しているが、俺に非難が向かってしまっている。
いつも通り長い口付けでクリスにされるがままになりながら雄大な景色を眺めていると、海の方から鳥が飛んできているのが見えた。
ここにではない。足元が切れて見えないが町のどこかへだろう。
港か砂浜か。
ハッとして抱き抱えるように肩に手を置いていたクリスを引き剥がし、クリスの視線もそちらに向ける。
「あれ、見えるか?」
「と、り、変身してる!」
俺達の様子に気がついてベンチから立ち上がりルーシーとフラウも手すりに身を乗り出す。
言われるまでもない。ここから海の上を飛んで見える鳥なんてどのくらいの大きさなんだ。巨大鳥が今まさに町に向かって飛来してきている。
ここから町に危険を知らせる方法はない。かつては進軍を知らせるために赤い旗を来る方角に掲げたというが、現在は旗は撤去されている。
第一システムとして機能していない。誰もここの様子なんて見てないからだ。
俺達は急いで塔を降り港方面に走った。急な坂と階段だ、急いでも時間はかかる。
おそらく2ヶ月ぶりのモンスター強襲の鐘が鳴り響く。
ここの自警団の連中も気付いたようだ。
ここに来て町への直接攻撃。クイーンローゼス号の破壊が目的か?
「上から見ただけだけど、かなり大きな鳥みたいだった、クリスあんたあの大きさのものに変身出来る?」
「直接は無理だと思う。でも、何かを自分の体に巻き込みながら変化させていけば大きなものにもなれるかもしれない。」
「複合技ってわけね。大部分が本体じゃないなら倒すのは厄介ね。」
巨大さがそのまま鎧となって、再生すら必要なくなっているというのか。
一時間程で繁華街まで降りてきた。町の者はまだ外に出ているものもいる。
ただ、どうしていいか分からずに立ち尽くしているという感じだ。
鐘と共に自警団の声が繰り返し拡声器から響いている。
「北西の海上から巨大な鳥型モンスター飛来!敵は一体だがとてつもなく大きい!住民は屋内に避難!迎撃部隊は戦闘艦に配置に着け!ルセットは不在のため大きい椅子は仕様不可能!」
最初に目撃してから一時間経っているがまだ町に着いていないのか。
大きい椅子ってなんだ。
俺達は港のクイーンローゼス号に急いだ。
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