第38話



床の修繕が行われていた途中なのか床は所々まだらになっている。

作業員は避難したようで船上にはいないが、ベラやビルギット、他の船

員、ベイト達は船にいた。


「ベラ!みんなもまだここに居るの!?避難しなきゃ危ないわ!」

「何を言ってんだい。やつらが攻めてきたんだろう?狙いがこの船だったら港に着いたままじゃ被害が出ちまう。大きい鳥の囮になれるようにいつでも海に出れるようにしておかないとね。」


今のは大きい鳥と囮を掛けたギャグだったのだろうか?

だが、それを聞いていい雰囲気ではない。



「でもねえ。ビルギット!やつは見つかったかい!」


鐘楼に登って辺りを監視していたビルギットが答える。


「20分くらい前から姿を消したままですぜ!」


姿を消した?まさかあのデカさで気体に変化までするのか!?


「クリス!」


クリスに探してくれと頼む。クリスも一声で理解して鐘楼へと一息にジャンプする。


「おお、いい脚してるね、お嬢さん。」


クリスの事を知っているのかいないのかは分からないが、ビルギットはおそらく脚力の事を褒めたのだが、生足を褒められたと勘違いして嬉しそうにするクリス。


「ありがと。勇者!あいつ浜辺にいる!漁師が危ない!」

「浜辺!?この船が狙いではないの!?」


ルーシーが困惑する。

とにかく部屋に置いてある例の装備。弓矢、布、油だ。それを取りに行く。


「アネさん!俺にも見えましたぜ!野郎浜辺まで既に飛んできてやがる!」


ビルギットが鐘楼で叫ぶ。

向こうの方で鐘が鳴る。ざわめく声も。

姿を消していたことで人々の警戒心を解き、襲撃しやすい状況を作ったというのか。


「私達は浜辺に向かうわ!まさかとは思うけど陽動の可能性もある。ベイト達は引き続きこの船を頼むわ。」

「わかりました。」


ベイトが答える。


俺達4人は港を出て浜辺につながる階段を降りる。


外海はセイラ達の襲撃事件で漁はできない。

内海での細々とした漁で海の幸を獲ている状況だ。


この浜辺には小さな漁船が立ち並んでいる。一時間前の警鐘に急いで戻ってきたものもあるだろう。

だがまだ人がまばらにいる。早く逃げるんだ!


そう言えばビコックさんが言っていた。行方不明者がいると。

漁船4例、他1例。


「そうか!行方不明の犯人はこいつか!」


俺は走りながら口にした。


「なんですって?って事はクイーンローゼス号を狙っているわけではなく、人間を襲うために来たっていうの?」

「そんな!でもなぜ急にこんなに堂々とやって来たんですか!?」

「理由なんてないよ。セイラの受け売りでたった今、巨大化を思い付いたから。」


沖に浮かんでいた戦艦から砲撃の音が聞こえる。

ただ海方向ではなく、砂浜に突然現れたためか連続しての一斉攻撃とまではいけないようだ。


俺達もようやく巨大鳥の近くまでやって来た。

正直足がすくんだ。


巨大鳥は砂浜に足を着き羽を広げていた。

戦艦の砲撃を避けようともせず、胴体から無数に伸びた先端に鈎爪の付いた触手を逃げ遅れた人間に突き刺して空中にブンブン振り回している。


フラウが目を背ける。すでに手遅れのようだ。


今までいろんなモンスターを見た。セイラのような魔人も見た。

だがこれほどまで醜悪な化け物を見たことはない。


本当にルーシーやクリスと同じメイド仲間で、俺達が魔王の城から助け出した娘の一人なのだろうか?


高さ20メートル。羽を広げた横幅およそ100メートル。

ハーピーのような半人ではなく、スズメのような丸みを帯びた完全な鳥だ。


海、砂浜が200~300メートル、その先は石畳が敷かれた町の一部だ。

家や店などが並んでいる。

この巨大な化け物からしたらすぐそこだろう。

防衛ラインがあまりにもせまい。

いったいどうやってこいつを押さえればいいのか全く分からない。

暴れられたら町ごと吹き飛んでしまいそうだ。


俺達は砂浜にいる。隠れるところといえば放置された漁船くらいだ。

まだこちらに気付いてないのか、俺達には目もくれない。


漁船の影に隠れて早速矢の準備だ。


おそらくチャンスはそれほどないだろう。

油を染み込ませた布を巻き付けた矢ではそう飛距離を保てない。

火を着けた瞬間放たなければこちらが火だるまになってしまう。

それだけでも条件が限られるのに、あの巨大な化け物に近付くのは至難の技だ。


射手はルーシー以外考えられない。

ルーシーの弓の腕前を見てこれ以上の適任者はいない。


「問題はどうやって気付かれずに射程内に近付くかね。」

「あ!あいつ動く!」


クリスが漁船から顔をだして小声で叫ぶ。


俺達も顔を出す。


巨大鳥は背後の戦艦に向かって羽ばたいていく。

なんて突風だ。砂が舞い散り目を開けられない。


「火種をお願い!今やるわ!」


ルーシーは巨大鳥がこちらに背を向けたチャンスを逃さずに漁船から飛び出す。

俺もそれについて駆け出す。


ルーシーはやつが背を向けて飛んでいく背後に立つ。弓を構え目で俺に合図する。

俺もすかさず火を布に着ける。

そんな角度で本当に当たるのかというような高い放物線で弓を射るルーシー。


巨大鳥は戦艦に迫る。

襲われる戦艦は第1甲板の上部、第2甲板左舷側の窓から砲撃を一斉に放つ。

弓を持った団員も後がないぞとばかりに迎撃に必死だ。


巨大鳥が戦艦の甲板に足を着けようと羽ばたいて体勢を変える。


突然巨大鳥に火が着く。


大陸全土に響き渡ったのではないかというような咆哮が巨大鳥から発せられる。


戦艦は進路を変えこの場から退避しようとしている。


巨大鳥は羽ばたき更に空中に舞う。

効いているのか?苦しんでいるように見える。


更に上空へ舞い上がり旋回を始める。


そしてなんと火が着いた部分を切り離し、海に落下させる。


「やっぱり装甲を燃やしてもパージされちゃうわね。」

「まずいぞ。やつが俺達に気付いた。次に狙ってくるのは。」

「私達でしょうね。次の矢もお願いね。」


弓を構えるルーシー。

巨大鳥は俺達の方に高い空から急降下するように降りてくる。


「今!」


ルーシーの叫びと共に火を布に着ける俺。

矢が巨大鳥の顔面に突き刺さる。


「顔面も本体じゃないの!?勇者様危ない!」


ルーシーが俺を抱き抱えながらその場を避ける。


ルーシーの言う通り、巨大鳥は急降下しながら顔面をパージして一瞬で難を逃れていた。パージされて無くなった顔面は再生するように元の状態まで装甲を埋めていく。


鳥の足先の爪が砂浜をえぐるように握り潰す。

その衝撃と羽ばたきで突風が吹き荒れ吹き飛ばされそうだ。


同時に胴体から鈎爪付きの触手が俺達に伸びる。

足場も視界も悪い。一番不味いのは距離が近すぎる事だ。

10倍以上の背丈の敵とまともに戦えるはずもない。


ルーシーは剣を抜き触手に対応する。

俺も当然そうするが、火種のランタンを落としてしまった事に気付く。

探す余裕もない。


いったい何本あるのか数える気にもならない触手が俺達を襲い続ける。

鈎爪の鋭さと変則的な動きが厄介だ。


クリスが漁船の影から飛び出し巨大鳥の頭上にジャンプする。

ジャンプしながら腕から針を巨大鳥に撃ち込み続ける。


その動きに反応し触手の方の動きが鈍くなった。

出来るだけ剣で触手を切り払いつつその場を後退する俺達。


だがクリスが狙われる。

触手がジャンプ中のクリスに数本向かった。


「クリス!」


俺の心配をよそに背中の骨針でそれを切断しながら巨大鳥の頭上に迫る。


肘から骨針を伸ばし頭に見舞う。


そのまま頭上に着地するが、ダメージが無いのか更に触手をクリスの元に伸ばしていく巨大鳥。


それは難なく背中の骨針で切り払うが、思いの外ダメージが与えられなかったことに困惑して頭の上から飛び降りるクリス。


「やっぱり本体を焼き鳥にしないと駄目だわ。フラウの所に戻りましょう。」

「すまん。火種を落としてしまった。」

「あるわ。あそこに落ちてる。」


あそこ?2本目の矢で撃ち抜いた、パージされた顔面の破片がゴウゴウと燃えながら砂浜に落ちている。


あれを使う気か!


回り込むようにフラウの元に走る俺達。


クリスは俺達の動きを見てか巨大鳥の足止めのために針を撃ち続けて牽制してくれている。


「フラウ!」

「準備だけは出来てます!」

「ナイス!行くわよ!」


巨大鳥と燃える破片の射線が合う位置に急ぐルーシー。

射線に入った瞬間狙いもせずに続けざまに3本矢を射る。


矢は火がついて巨大鳥に吸い込まれるように突き刺さる。3本。

クリスを相手していた巨大鳥はまたも呻き声をあげて燃え上がる。


先よりも3倍の火力だ。どうにか効いてくれ。


無情にも簡単に火の着いた部分を切り離す巨大鳥。


そこを狙ってルーシーが4本目の矢を射出する。


命中する4本目の矢。燃え上がる巨大鳥。

やるな!装甲を切り離して本体が剥き出しになる瞬間を狙ったんだ。


燃えている部分を切り離せなくなった巨大鳥は触手をめちゃくちゃに振り回し苦痛の雄叫びをあげる。そして空中に飛び上がる。


海に向かってる!


海水で炎を消火するつもりだ!


「まずい!海に潜られたらこの作戦はもう通用しないぞ!」


水をたっぷり含んだ体では火は燃え付かない。

第一、同じ事が何度も通用するとは思えない。


すでに空中に飛び上がっているし、近くに行ったところで何か出来る体格差ではないのだが、俺は巨大鳥の後を追う。


クリスも高いジャンプをしてやつを追いかける。

しかしまだめちゃくちゃに触手を振り回していて近付けない。

この際狙う場所が計算できないめちゃくちゃな攻撃のほうが対処しにくい。

海へと飛び出す巨大鳥の頭上に着地できずに砂浜に追い返されるクリス。


「アイツ。自棄になってる。取り着けない。」

「クリス、大丈夫か?」


フラウは漁船の影から荷物と木のオールを一本拝借してルーシーの元に近寄る。


海を見ると港側の防衛をやっていた戦艦が後退した浜辺の戦艦の応援にやって来ていた。海へ飛ぶ巨大鳥へ一斉攻撃を開始しながら突っ込んでくる。


大きな水飛沫と共に海に着水する巨大鳥。


万事休すか。炎が消された。


雨のような飛沫と大きな波がまさに俺達に冷や水を送る形となる。


いや、まだだ!戦艦は援護射撃に来たのではない!

巨大鳥に突っ込みながらも船員が後方から救命艇で脱出している!

戦艦のデッキを見るとアレンがこちらに向かって何か叫んでいる。


これを使え!と。


ルーシーの方を振り返る。


ルーシーがうなずく。オールに火を着け火種としたフラウと共に俺とクリスがいる砂浜の先端に走ってくる。


海水を含んで重くなった巨大鳥はすぐには飛べまい。

戦艦がその巨大鳥に体当たりをする。

すかさず船から飛び降りるアレンと操舵士。


戦艦に向かって炎の矢を10本程連続で放つルーシー。


やはりルーシーの弓の腕は超一流だ。迷いなく一瞬で放つ。

大きな的ではあるが距離もある。その全てが吸い込まれるように当てって欲しいところに明確に当たる。


当たって欲しいところ。それは大砲の出ている小窓の中だ。

そこには大砲を撃つための火薬があるはずだ。


しばらくすると戦艦から煙が上がり、大きな爆発が連鎖して発生する。


巨大鳥が再び咆哮をあげる。


海が燃える戦艦を写し赤々と染められ、飛び散る破片で一帯が埋め尽くされる。


この火力と爆発なら装甲ごと本体を焼き尽くすことができるのではないか?


湾内に巨大鳥の咆哮と爆発音が響き続ける。

それを固唾を飲んで見守る砂浜にいる俺達と、沖に浮かぶ救命艇に乗る十数名の自警団の者達。


ゴウゴウと全身に火が着き燃え上がる巨大鳥と戦艦の残骸。

咆哮が止み不気味な静けさで崩れゆく。


やったのか?



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