第36話
買い物を終えた俺達は一旦船に装備を置きに行った。
途中、油を缶に詰め、火種のランタンも自前で買っておいた。
港に着くと馬車が多く停まっていた。板を運んできたらしい。
クイーンローゼス号の床の補強としてだろう。
作業の邪魔にならないよう部屋に干してあった服だけ持ってそこを出た。
まだ早いが一泊7万ゴールドのホテルの部屋に帰るとしよう。
昨日は朝の船上の襲撃があってそれから緊張の航海だったので、剣の修行はやってない。
アスレチックルームで妖刀村雨を手に素振りでもしておくか。
部屋に着いたら女性陣はベッドに3人寝転んで、いつの間に買ったのやら小物類を並べてキャアキャア言っている。
俺は当然妖刀を手にアスレチックルームへ。
鞘から刀身を抜き出す。
刃についた波の模様が冴え渡る切れ味を思い起こさせる。
一振りした。
重さにアンバランスさがない。一定の重量が均一にかかるというか、軽いわけではないがそれが振るときの手応えとしてちょうどいい。
だが、熟練も必要だろうな。両刃の剣との違いもあるし、刀身を盾に使うのは折れてしまいそうだ。
値札の31.5万ゴールドを見ると大事に使おうという気になってくる。
しばらく妖刀の振り味を今までの魔人相手の戦いをイメージしながら試していると、ドアからノックする音が聞こえてきた。
ルーシー達がベッドの上でドアの方を見たが、俺が手で遮りドアに向かった。
ドアを開けるとそこにはベラが立っていた。
「よう勇者君。さっきホテルに戻っていく姿が見えたんで思いきって遊びに来ちまったよ。」
「ようこそようこそ。さあ入ってくれ。」
思わぬ来客とその人物だったが、そう言えば昨日そんな話もしたっけな。
「へー。広い部屋だね。これで二人用の部屋なんだって?船員なら40人は寝れるよ。」
ベラの声に結局ルーシー達もやって来た。
「あらベラじゃない。船の上じゃないベラを見るのはなんか変な感じね。」
「アハハ。船長として板が付いてきたってことかねえ。いや、板がつくのは船の方だけどね。」
「上手いこと言うな。そうそう、板を搬入してたな。作業を見てなくていいのか?」
「今日は寸法をとったりだね。打ち付けは明日1日でやっちまうよ。作業は任せるんでアタイの出番は無いけどさ。」
クリスがベラの腕をとってシャワー室に連れていこうとする。
「船長さん、こっち来て。」
「なんだい?」
脱衣場のドアを開けベラを連れていく。
シャワーを指差して、
「船長さん船にもこれ欲しい。」
なんて無茶な注文を。いや、俺も欲しい。
「こりゃ船ごと作り替えなきゃ難しいだろうね。でも面白そうじゃないか。」
20億の船をさらに金をかけて作り替えるといくらかかるんだ。
「そっか。残念。」
「いっそ屋根が吹き飛んだ部屋一室をシャワールームに作り変えるかね。vipは2部屋もいらないだろうし。」
ベラは口の中で何か思案しているようだ。
「入ってくでしょ?」
ルーシーはベラに聞いた。
「シャワーにかい?じゃあちょっと試してみるかね。」
「勇者が覗くから気をつけて。」
おい。クリスが酷いことを言った。
俺は脱衣場から出たが女性陣4人は一緒に入るようだ。
一緒に入るものじゃないと思うんだがな。
ここに居るのもなんなのでホテルの一階でも降りて見学してこようかな。
部屋を出てエレベーターという階を移動する小部屋に乗り込む。
ボタンを押すとその階まで一気に降りたり上がったりする。
ホテルのスタッフに仕組みを聞いてみたら、術動式のモーターを使っているらしく、ロープで巻き上げたり下げたりして動くらしい。
術動式というのも聞き慣れない言葉だが・・・。
さらにそれを聞くと、そういう装置を開発した人がいて、数年前からこの町で普及し始めているとか。開発者の名前はルセット。
ルセット!?
ルセットってまさかあのルセット!?
あの人がそんな開発者だったなんてビックリだ。助かって本当に良かった。
どうやらシャワーも術動式のポンプで常に流水を配管に送ることにより、いつでもどこからでもコックを捻るだけで水が流れる仕組みなのだという。
もしかしたら歴史に名前が残る逸材なのではないだろうか。いや、間違いなく残るだろう。
一階ホールの奥には豪華なレストランだったりバーだったり売店だったりエステ、マッサージだったり、俺には無縁の場所が多いな。
せめて売店を覗いてみた。替えの服だったり、下着だったり洗面具、ちょっとした食べ物、アクセサリー等の雑貨。本等が置いてある。
モンスターを形どった小物や人形もあるが誰が買うんだ。
そう言えば夕飯はどうしようか?ここで頼むのは正直高いから外で大衆用の安いパスタくらいでもいい。
でもせっかくベラが遊びに来ているんだし、ここで一緒に食べるのもありかな。
そろそろ戻るか。
エレベーターのグイーンと上がっていく感じもちょっと面白い。
部屋に入るとクリスがバスタオル姿で抱きついてきた。
なんだなんだ?いったいどうした?
「勇者、いきなりいなくなって心配した。」
「勇者様どこ行ってたの?」
ルーシーもバスタオル姿だ。というか4人ともそうだった。
「いや、一階に行ってただけだよ。これ面白いぞ。モンスターの人形でサメ型のやつだけどお腹を押すとシャーックって鳴くんだ。そんな鳴き声じゃないだろっていう。」
クリスは俺のお腹を押した。
いや、俺じゃないよ。
「アハハ。なんだいやっぱり泣くほど心配することじゃないだろ?すぐ帰ってくるってさ。」
ベラが奥の部屋でバスタオル姿のままソファーに腰掛けてる。
「泣いてないし。」
クリスが俺をガッチリロックしたまま反論する。
「そうそう。なにも言わずに居なくなるなんてないんだし。」
ルーシーがベラに同調する。
「ルーシーさんも涙目だったじゃないですか。」
フラウが突っ込む。
「泣いてないし!」
ルーシーも反論する。
クリスが俺のお腹を押しながら聞いてくる。
「なんで覗きに来なかったの?」
「むしろなんで覗きに行くと思っているのかの方を聞きたいよ。」
「勇者、私達の裸好きじゃないの?」
また反応に困る質問をぶちこんで来たな。
「それよりベラは夕飯どうする?一緒にここで食べるなら頼もうか?」
俺はクリスの質問をかわしながらベラのいる居間に向かった。
「いいのかい?お邪魔でなけりゃー御一緒させてもらおうかね。」
一同うなずく。
「それじゃあもう一度下に降りて5人分何か頼んで来るかな。何がいいかな?」
「私はいらない。勇者が食べた後に口付けしてくれればいい。」
クリスが真顔で言っている。
「おやおや、過激なお嬢さんだね。」
「私、人間じゃないし。」
「そうは言ってたけど・・・。」
ドン引きするベラ。まあクリスもどんどん過激になってるような気はする。
「ミートパスタとキノコのスープとかでいいかな?」
「いいわ。」
「私もそれでいいです。」
「アタイも同じく。」
「よし、じゃあ行ってくる。けどなんでみんなバスタオル姿なんだ?正直目のやり場に困る。」
「勇者君困ってたのかい?アハハ、勇者君を部屋で探してたからさ。出てったら着替えようかね。」
「クリスもいつまでもしがみついてないで離れなさいよ。」
ルーシーにバスタオルを引っ張られてさすがに俺から離れるクリス。
「クリスさんなんか急に性格が変わっちゃいましたね。もっとクールなイメージだったんですけど。」
フラウがぼやく。俺もそういうイメージだった。
「最初は島から早く帰ってって凄んでたのにねー。」
ルーシーも言い出す。
「私も自分が変わってることにビックリしてる。ルーシーが船でお姫様抱っこされてたのを冷めた目で見てたはずなのに。」
顔を両手で塞いでペタンとその場に座るクリス。
「それ私への攻撃なの?」
ちょっと照れるルーシー。俺は冷めた目が辛かったぞ。
「アハハ。恋する乙女だねー。初々しい。」
「違うよ。そんなんじゃないし!もっと違う、肉欲?」
みんな吹き出した。
「あんたそれもっと酷いじゃないの。」
「間違えた。肉食系みたいな?あー勇者が聞いてたら恥ずかしい。」
「俺はまだここにいるんだが。」
「ああああぁっ!」
クリスはベッドに走り出した。
まあいいや。行ってこよう。
その後の夕食は今後のこと、敵のこと、船のことにまったく触れずにリラックスしたホームパーティーという感じで進んだ。
エレベーターやシャワーの装置を作ったのがルセットだったということも話したが反応はやや薄かった。
よくわからない装置を作ったと言われてもよくわからないか。
途中ベラがいったい何者なのかという話にもなった。
「ベラっていったいどこの誰様なのー?私達も教えたんだからそろそろ教えてよね。」
「アタイが何だっていいさ。そんなこと関係ないだろ?」
と、はぐらかすだけだった。
クリスは俺の横に座ってチラチラ俺を伺っていたが、今まで補給はそんなハイペースじゃなかったのに、今日すでにセイラが襲ってきた時と昼にやったんだから必要ないだろうと隙をみせなかった。
フラウはいつも通りフラウだった。
そろそろ夕食が済むとベラがごちそーさまと言って船に帰ると言い出した。
「泊まっていけば?」
とルーシーは言うが流石に寝る場所がソファーくらいしかない。
「やめとくよ。明日中に作業を終わらせるつもりだから、明後日の朝にでも船に来てくんな。じゃあおやすみ。」
「もう暗くなったし、送っていくよ。」
俺はベラを追いかけた。
「いいよ。すぐ近くなんだし。」
「すぐ近くならいいじゃないか。じゃあ船まで行ってくるから。」
俺は今度はルーシー達に行き先を告げた。
エレベーターを使って一階に降りた。
ベラはホールの奥を見てそちらに歩き出した。
「ちょいと付き合ってくんな。」
なんだ?帰るんじゃなかったのか?
ベラはバーの入り口で俺を待っている。俺もそこへ行った。
中は青を基調とした照明でムーディーな生演奏と相まって大人の雰囲気だった。敷居が所々にあってそれぞれのプライベートを邪魔しない配慮もされているようだ。
ベラはカウンター席に座った。俺もその横に。
「こんなとこもあるんだね。いい雰囲気じゃないか。」
「そうだな。始めて入ったよ。」
「マスター、ウイスキー2つ。」
マスターは手慣れた動作ですぐに俺達にそれを出した。
時折通り過ぎる人達がこのホテルの客層を思い起こさせるような豪華なドレスを着たり、オシャレな服に身を包んだカップルだったり、熟年の夫妻だったり、それぞれがこの場所を楽しんでいるようだ。
されど必要以上の関わりを持たせないそれぞれの空間がそれぞれにあった。
「何か話でもあるのか?」
俺はベラに切り出した。
「悩んでるんだよ。」
「何を?」
「そりゃ誰かが海を通らせないようにしてる奴等を相手しないといけないのは確かさ。アタイがその役を買って出るのも問題はない。」
ベラはグラスに口をつける。
俺は言葉の続きを待った。
「でも、魔王の娘ねぇ。昨日のような化け物だって無事でやり過ごせたのは奇跡みたいなもんだ。もし、だよ?もし・・・無事で済まなかったら?うちの船員もそうだ、ベイト達もそう、あんたも、あんたの仲間も。もし、何かあったら?
アタイは自分の選択にその時自信をもってやって良かったと言い切れるのか、確信をもてない。やめておけばよかったと思うかもしれない。行きべきじゃ無かったと考えるかもしれない。」
船長としての責任の重さを背負っているのか。
命を預かる者としてその重さは測り知ることはできない。
「俺達は魔王の娘を追う立場だ。ベラの協力には非常に助かっている。船を出してくれなければ未だにモンテレーで難儀していたかもしれない。」
「勇者君が心の支えになってくれるかい?」
支えになると言うだけで済むのなら、いくらでも言うことはできるが、そうはならないだろう。
「ベラの行動は俺達の希望だ。戦う者たちの。きっと100年先もその行動は称えられ評価は変わらないだろう。これから何があっても。」
視線を交差する俺達。
「ありがと。でももうひとつ。支えをくれないか?」
そう言ってベラは俺に近付いてキスをした。
「なにを・・・。」
「アハハ。サインの更新だよ。それじゃホントに帰るよ。」
二人分の代金をカウンターに置いてベラは立ち去った。
残ったウイスキーをグイと飲み干してそれを追う。
「送るって。」
「お嬢さん達が待ってるだろ?」
「心配だから。」
「おや、送り狼にでもなるつもりかい?今のアタイならいけそうってね。」
「変なこと言うなよ。」
ホテルを出てしばらく歩くと港が見える。クイーンローゼス号はまだ明かりが点いていて思ったより辺りは明るい。
「シャワーはホントにいいもんだったね。視察の甲斐はあったよ。」
「ははは。本気で検討してるのか?」
「プールの排水と送水を使えば水回りは意外といけるかもねえ。あとはルセットの開発したっていう装置を手に入れれば。」
現実的なプランになってきてるな。
「それじゃおやすみ。」
「おやすみ。」
ベラを見送りつつ、俺も港をあとにした。
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