第35話



繁華街はやはり人混みで溢れていた。海路は使えないが陸路での旅人も多いようだ。

露天が出ていて色々な物を売っていたり、オープンテラスのカフェがあったり、それぞれ思い思いの目的でそれぞれの生活を過ごしているという感じだ。


俺達はまず武器を探さなければならない。

弓と矢、布と油を入れる缶。

やつらを倒すには焼き殺すしか方法がないという。

ルーシーはラウンジで割り切るしかないという。

しかし俺はまた心が揺らいでいた。

何もセイラと口付けをして情が移ったというわけではない、と思う。

クリスの事もある。

舵を狙った骨針の攻撃に突っ込む俺の名を叫ぶ彼女が悪い人間ではないように思えてしまう。


良からぬ目的で俺を生かしておきたかっただけなのかもしれない。


だが備えは必要だ。準備をしておくに越したことはない。



俺達は武器屋というより古物商というような、なんでも取り扱っている雑多な店に入った。

よくわからない置物や本、椅子や机という日用品の置いてある別の区画に古い武器が並べてある場所がある。

剣や盾、フルプレートの鎧なんかもある。誰が売ったんだ。


中古品ということで使い物になるものが置いているか疑わしかったが、なかなか手入れされていて今すぐ使えそうなものもいくつかありそうだ。


弓も何張か置いてある。中には弦が切れそうなものもあるが、張り直せば使えるか。


「取り敢えず使えそうな物を4張買っておきましょうか。矢は流石にここには無いだろうから武器屋でまとめて購入ね。」

「私が矢を作ろうか?」

「あれは使いやすい矢だったわね。バンバン的に当たってくれたわ。でも無駄に力を使ってもなんだし、最低限は持っておかなくちゃね。」


的に当たるのは矢の性能とは別のような気がする。


その店で油が染み込みやすそうな布と缶、それを運ぶリュックなんかも見当を付ける。


引き続き矢を探しに行く。

大きな武器屋に入ると、小綺麗な店内に整然とあらゆる武器が並んでいた。

剣短剣斧槍メイス弓もそうだ。なんと東洋の刀まである。

ちょっと触ってみたい。

各武器には特徴や打った作者やらの説明が横のプレートに書いてある。

刀のプレートを見てみると村雨という人が打ったものだとあった。

鬼気迫る刀工の姿を模してか、刀にも持つものを狂わせる力のある妖刀という事らしい。

そんなものを売って大丈夫か。


俺が熱心に刀の前で粘っていると、優しそうな女の店員さんが寄ってきた。


「お試しになりますか?」

「え?試す?」

「はい。手にとっていただいて、奥にある試し斬りコーナーで人形相手に実際にお試しできます。」

「へー。そんなものもあるのかー。」


ちょっと心が揺らいだが、狂わせられたら大変だし、値札の31.5万ゴールドを見て冷静になった。


「いや、実は別のものを見に来たんでまた今度・・・。」

「ウフフ。ではそちらに案内いたしましょうか?」

「仲間が向かってるはずなんで大丈夫だよ。ありがとう。」


俺はその場を立ち去ろうとしたが、店員さんがそっと近付いて耳打ちした。


「妖刀ってのはただの宣伝文句ですからお気になさらずに。お客様には特別にサービスいたしますので、お考えを改めでしたらどうぞお声をかけてくださいね。」


そう言ってニッコリ笑って去っていった。

なんだ宣伝か。サービスと言っても元の値段が高過ぎる・・・。


熱心に刀を見ていたせいではぐれてしまったルーシー達を探す。

弓矢のコーナーに居たのですぐに見つかった。

火を着けてもすぐに燃え尽きないように木製は避ける方がいいのか?

鉄製だと重さのため飛距離と携帯性が心配だが。

ルーシー達も店員さんにつかまって説明を受けているようだ。


「あ、勇者様。うーん、わからないわ。」

「どうした?」

「新素材の矢が軽くて丈夫だそうだけど、これでいいかしら?」


俺は一番に値段を見た。

1ダースで3000ゴールドか。

まずまずの値段じゃないか。

クリスが手にとって触っているのを俺に手渡す。

確かに軽いな。少し弾力もあるが芯はしっかりしてそうだ。


「これでいいんじゃないか?3ダースくらいあれば。」


「ですってよ。」

「お買い上げありがとうございます。」


店員がではこちらにとルーシーを招いて会計の方へ歩いていく。

俺もルーシーと一緒に連れて歩きながら、そう言えばアデルがルーシーの剣をなまくらだから打ち直してもらった方がいいと言っていたのを思い出した。


「ルーシー、剣を鍛え直してもらったらどうだ?」

「え?ああ、大丈夫よ。下手に感じが変わっても感覚が狂いそうだから。」

「もしかしてその剣、子供の頃から使ってるのか?」

「いやねー。そんなんじゃないわよ。勇者様と会うちょっと前に中古で買ったのよ。剣持ってた方が剣士っぽいでしょ。」


唖然とした。そりゃそうだ。


ということはライラと戦ったあの時がその剣を使った最初の戦いだったということか・・・。やたらと切れ味が鋭いように感じたが・・・。


考えない考えない考えない。


会計の近くにさっきの刀の店員さんがいた。

俺は少し悩んだあとその店員さんに近付いて耳打ちした。


「良かったら参考までにサービスってのをちょっと具体的に教えてもらえないかな・・・。」


店員さんはニッコリ笑うと逆に俺に耳打ちして言う。


「お客様、勇者様なんですって?もし良かったらプレートにサインとかしてもらえますか?勇者様が使ってるって書いたら宣伝効果が上がるかもしれませんし、それでしたら30000ゴールドで提供できますよ。」


90%オフ!


しかし一点物ではない妖刀使いの勇者ってどんな雑なキャラクター像だ。


「買います。」



会計には矢3ダースと妖刀が並んだ。


俺の綻んだ顔をルーシー達が冷ややかな目で見ていた。


「勇者ってさぁ。」

「やめましょうよ。勇者様だって考えてアレを買ったんでしょうから。」

「妖刀、を?」


悲しい。アーサーならきっとスゲースゲー言いながら一緒に喜んでくれたのに。


後日談だがこの武器屋の店員さんとは再び会うことがあって、この時書いたサインがちゃんと効果があったのか確認してみた。

どうやら宣伝効果は上々だったようで何本か売れていったらしい。

俺の名前も捨てたもんじゃないんだな。

店員さんもおじいちゃんも喜ぶだろうと言って笑っていた。

おじいちゃん?

と聞き返すと作ったのはおじいちゃんなのだそうな。

東洋の刀では無かったのかと勝手にショックを受けていたが、そうではなく、東洋から遥々妖刀を商いにこの国に出向いて来たという一族総出の海外進出だそうだ。

ということはあなたも村雨さん?




俺達は一通りの装備も見終わったので、遅い昼食をとることにした。

オープンテラスのレストランでバゲットとホタテのソテーを注文だ。

白い丸テーブルにオシャレな椅子、日差しを避けるパラソルも雰囲気ある。

クリスはいつも通り食べないらしい。

なかなかの味なのに残念だ。


俺達が上手い上手いと一心不乱に食べているのを頬杖をついて眺めているクリス。

俺の方をジーっと見ているのでなんだか悪い気になってくる。


「本当に少しでも食べれないか?結構美味しいぞ?」

「別にものほしくて見てるわけじゃないよ。でもそんなに美味しいの?」

「ああ、バターの風味が効いていて一気にイケそうだ。」

「じゃあ。」


クリスは椅子から立ち上がって俺の座っている席の横まで来た。

なにかと見上げる俺の顎を指で持ち上げ俺を立たせる。

そして俺の唇に唇を重ねてきた。


なにもオープンテラスのレストランの真ん中で・・・。


それを見て俺達の周りにいた客や通りすがりの人々が拍手をして歓声をあげてくれた。

何か壮大な勘違いをされているようだ。


ルーシーとフラウは呆然と固まってる。


長い口付けと歓声と拍手。


やっと口を離したクリス。


「ホントだ、美味しいね。」


ニッコリしてそう言った。


俺は周りの歓声に応えるようにクリスの肩を抱きほっぺにキスをしてみんなに手を振った。

そしてみんな俺を祝福して自分の生活に戻っていった。


やぶれかぶれだ。


クリスは真っ赤になっていた。

自分から口付けしたのに。


それから残りをたいらげそこを早々に出ていった。



「あんたら大胆ねー。見てるこっちが恥ずかしいわ。まあ次はクリスの服を見に行きましょうか。」


ルーシーが先頭を歩きながら服飾関係の店を探している。

後ろを歩いていたクリスが俺のシャツの裾を引っ張って聞いてきた。


「勇者はこの服気に入った?この服が好きならこのままでもいい。」

「似合ってるし素敵だと思うよ。でも戦闘になると動きやすい服の方がいいかもな。」

「そっか。忘れてた。」


この歳の女性に戦闘向きの格好を勧めるのもどうかと思うが、彼女の力無しではこの先難しいだろう。

すまないクリス。


「はぐれないように手をつないで歩いてもいい、かな?」


クリスが照れながら聞いてきた。

人は多いがはぐれる程でもないだろう。

まあクリスがそうしたいなら断る理由もない。荷物は全部背中にからってるし。

俺は手を出した。


「どうぞ。」


クリスはつまむように手に触れた。


ふと前を見るとルーシーとフラウがだいぶ先の方に歩いていた。

おっと危ない。はぐれてしまう所だ。

俺はクリスの手を握りルーシーの歩いている場所まで早足で駆けていった。

弓と矢と布と缶と妖刀も俺の背中で揺れているだろう。

人混みを避けながらパタパタと走る俺達。


ルーシーに追い付くと彼女は立ち止まり横の店を見ていた。


「ここ入ってみましょう。」


俺には縁のないオシャレな女性用の服の店だ。

表から見ても何に使うのかわからないものが所せましと並んでいる。


クリスと顔を見合わせる。

走ったからか肩を上下させ俺の腕にすがるように体を寄せている。


「入ろう。」


クリスが言ったが、俺は考えて。


「俺は表で待ってるよ。店内通路がせまそうだし、この荷物じゃ邪魔になりそうだ。」

「勇者に選んで欲しいのに。」

「あはは。どちらにしろ俺にはわからないよ。朝も言ったがクリスが好きなものを見せて欲しいな。」


しばらく俺の左手をニギニギしながら迷っていたが、両手でそれを胸元で握り締めると、


「わかった。勇者が好きそうな服を選んでみるね。」


そう言って表で待っていたフラウと店内に入っていった。


しばらく時間はかかるだろう。

店の前で立ってても怪しい人物と間違われかねないので、側にあるベンチに荷物を下ろして座ることにする。


荷物からは妖刀村雨が、買い物袋から飛び出てる大根よろしく顔を出している。

どういう切れ味なのだろうか。さっきの武器屋で試し斬りができると言っていたが試してみればよかったかな。


しかし、ルーシーの予想では焼き殺すことでやつらの変身による再生を防げるというのだが、果たして上手くいくのだろうか。

空気さえも針に変化させ飛ばしてくる相手だ、通用しない可能性も考えていた方がいいかもしれない。

通用するしないが俺達のデッドラインになるだろう。


どちらにしろ無策のままで戦うのは問題外だが。


剣で斬り落としてもすぐに元に戻る敵などルーシー以外に相手できるわけがない。


しかしそれもまだ後の事で、それより先にあいつらのアジトをこの広い海域で探さねばならない。

アレンがこの辺りの島に詳しければいいのだが、魔王歴で海は長く閉ざされていたんだ、限度はあるだろうな。

あまり期待をかけすぎるのも酷というものだ。


ルーシーとセイラと言えば、昨晩の倉庫でもしセイラが逃げずに深追いしていたら、最後まで立っていたのはどちらだったろうか。

当然ルーシーが無事であって欲しいし、そのためなら俺も何でもするつもりだが、俺にはルーシーが倒れるイメージがまったくつかない。


力を使い果たすまで切り刻むと言っていたが、多分本気でそうするつもりだったんじゃないだろうか。


ルーシーが何者かは考えないことにしたが、ルーシーに頼りきっている自分には少々情けなくはなる。

ルーシーが超人過ぎて比較に意味がないのだが。


俺も親鳥のルーシーママにピーピー鳴いている雛なのかな。

そう思うと苦笑いが溢れてくる。


「勇者またルーシーのこと考えてる。」


声に驚いて顔を上げると新しい服を着たクリスが立っていた。


さっきの服とはまた違う意味で大人っぽいというか、大胆な服を着ている。

肩や背中が開いたビスチェのような白の上。ふわふわとした黒いレースのヒダが重なった短いフレアスカート。膝下までの黒いブーツ。

全体的にパンキッシュな出で立ちだ。

背中が開いた服なのはクリスなりの、戦いやすい服、という事なのだろうか。骨針をいつでも背中から飛び出させるように。

スカートの丈はメイド服より短くなっているような気がするが、本人の好みというならそれで、いいのか?

測った事はないのでただのイメージだが、前は膝上10センチという所を膝上20センチくらいになっているような。


「カッコいいな。本当にクリスの性格とよく似合ってる。」


俺は声をあげた。


「うん。嬉しい。」


ちょっと恥ずかしそうに後ろ髪をかきあげるクリス。

横にルーシーとフラウも出てきていた。


「早かったな。もっと時間がかかるかと思っていたよ。」

「勇者様を待たせちゃ悪いからって。本音は自分が待ちきれないからなんじゃないかしらね。」

「ちょっとルーシー。」


怒って叩く素振りだけ見せるが喜びを隠しきれてない。


しかし何故俺がルーシーのことを考えてるとわかったのだろう?

ルーシーのことを考えている顔、でもしてたのか?どんな顔だ。


「勇者気に入ってくれた?」

「カッコいいよ。でもスカートの丈気にしてたはずなのに、もっと短くなってるのはいいのか?」

「勇者スカートの中覗くの好きみたいだから。いいよ。」


何がいいんだ。人聞きの悪いことを。


「ほら、また違うパンツ穿いてきたから覗いていいよ。」

「いや、冗談キツイなー。あはは。」


ルーシーとフラウの冷たい視線の方がキツかった。


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