38、パラダイスロスト

第114話

金髪のルーシー38、パラダイスロスト


朝になって、ベイト達は警察署に事件の進展を聞きに出ていった。アレンとルセットは水道などの供給施設を見学しに行くと。ルーシーとクリスは昨日の予告通り研究所に再び出掛けた。フラウとロザミィも図書館が気に入ったのか今日も出向くそうだ。


「勇者様、これ向かいの書店で購入したものなのですが、今日お暇でしたら読んでみてください。面白い本ではないでしょうけど、暇潰しくらいにはなるかと思いまして。」

「わざわざありがとう。気を使ってくれて。」

「いえいえ。この島の歴史を綴った手記のようでしたから買ってみたんです。私はここの住民ではないので本を借りられないのです。というわけでして、今日も行って参ります。」

「気をつけて。大丈夫だとは思うけど。」

「はい。ありがとうございます。」


フラウとロザミィも出ていった。

今日は謹慎で一日宿の中だ。レーナとエレナに釘を刺されたのでフラフラ出歩くことは控えなければ。

後はシノさんが部屋をホウキで掃除している。

肩紐だけで大きく開いた首もとと膝上丈のキャミソールにエプロン姿。ずいぶん若々しい服装になった。


「今日はお出かけしないのですか?」

「え、ええ。おとなしくしていろと言われてるので。」

「まあ、昨日もそんなお話していましたけど、大事にならなければいいのですが。」


なんとなく聞いていただけで内容はよく分かっていないみたいだ。

それは仕方ない。


「掃除手伝いましょうか?」

「いえ、いいんですよ。ゆっくりなさってください。」

「暇なもので・・・。」

「そうですか?それじゃあ。」


トイレ、風呂、階段、居間、キッチン、廊下にそれぞれの部屋。

はたきがけ、掃き掃除、拭き掃除と、シノさんを手伝う。

意外と、というのはいつもやっている人に失礼だが、大変だな。


シノさん。キシリアに似ているのは容姿だけだと判明した。そんなことは分かっているはずなのに。その仕草にドキリとしてしまうことがある。


あのイビルバスでの戦いをなんとかやり直したい、あんな結末から逃れたい。彼女の思いに気付いて受け止めてあげれたなら・・・。違う未来があったはずなのに・・・。


今になってもモヤモヤが湧き出てしまう。

これは俺の甘えなのか?


「どうされました?」

「え?いや、ちょっと考え事を・・・。」

「あまり深刻に考えないで下さいね。きっとお仲間の方々がなんとかしてくれますよ。」

「え、ええ。そうだといいんですが。」


シノさんは俺が謹慎していることに悩んでいると勘違いしているようだ。


「お掃除は終わりですね。手伝ってもらって助かりました。わたくしお買い物に行ってきますから勇者さんはお留守番していてくださいね。」

「え、ええ。そうですね。」


俺は出掛けない方が良かろう。申し訳ないがシノさん一人に行ってもらおう。


「そうだ。お昼は何にしますか?この間わたくしハンバーガーというものを初めて食べてみたのですが、とても美味しかったので、良かったら買ってきましょうか?」


ハッとした。

情けないがこともあろうに足から力が抜けてその場で膝をついてしまった。


ローレンスビルの噴水で一緒に食べたハンバーガー。食べなくても良かったキシリアが無理に口にした。それが一気にフラッシュバックした。


「あら。どうかなさいました?体調でもすぐれないのですか?」

「いえ、なんでもないんです。なんでも・・・。」



シノさんが買い物に出掛け、本当に俺は暇になった。

隠しきれないショックをまぎらわすように、フラウが置いていってくれた手記でも読もうかと3階の自分の部屋で簡易ベッドに寝転んでみる。

ややギシギシ言うが寝心地は悪くない。


なになに。タイトルは、アマルテアその光と闇そして功罪。作者名はなし。


冒頭、筆者はこの10年におけるこの島の発展に危機感を感じずにはいられない。発展し豊かになっていくのはいい。だが、その裏でかつての幼少の頃の記憶が忘れられていくような気がしてならない。まさにそれはこの島の闇の部分であったろうと思う。そして今その闇をも凌駕せんとする新たな闇が生まれようとしている事も指摘したい。


それ以降の内容は俺達が役所で聞いたことに重複するが、思っていたよりも酷い状況が書かれていた。

40年以上前からここに人が暮らしていた。どういうわけかこの島に船の残骸が流れてくることが多く、人と物が流れ着いて来るのだとか。

とはいえ何も無い島。100人近い住民を賄う物資と食料、水はじゅうぶんではなかった。

鳥も魚もこの付近では見かけない。狩りで食料を得ることができない。粗末な畑で食い物を得るしかない。船に乗せられたニワトリが残骸と一緒に流れ着き、人々は歓喜するが、やせ衰え卵を産まなくなると、その少ない肉をどうするかで争いが起きる。

雨もあまり多く降らない。水が貯められるもので必死に水を集める。

餓えと渇きで衰弱死する者も少なくない。人が死ぬとこの島では祭りになる。

肉が食えるからだ。

女が産んだ赤ん坊は食わせる物がないので食料になる。むしろそのために作る。

衰弱しそうな人間は看病されることなくいつの間にか死んでいる。死ぬまでに食わせる食料が無駄になるより、やせ衰える前に皆の腹を満たせる方が一石二鳥だから。


俺は腹の中に固いものが込み上げてきた。

貧困というレベルではない。極限状態だ。

生きていける環境とはとても思えない。


外海にモンスターが現れ始め完全に大陸と遮断されると、流れ着く船が逆に増える。

物資という面で豊かにはなったが、食料難は相変わらず。

だが人の流入は技術の流入でもあった。

歴戦の船乗り達のサバイバル技術で畑の収穫量が増した。体力のある人達の仕事量で能率も上がった。

食いぶちの淘汰もあり、やっていけるだけの体制も整いつつあった。

豊かとは言えないまでも、殺伐とした餓えと渇きで苛まれることは減った。

この手記の筆者はこの時期に産まれた。20年ほど前。幼少の頃貧困と言っていい生活だったが、人間の最低限の生活は送れていた。

転機が訪れたのは10年前のある少女の難破だった。


少女の難破?リーヴァのことが書いてあるぞ!?

フラウが買ってきた手記にドンピシャで情報が載っている!


少女は筆者と同い年くらいの女の子。浜辺に座って海を見ている彼女に漠然とした興味で近くへ寄ってみると、見たこともない果実を手渡してくれた。

夢中でそれを頬張ると、彼女はもっと欲しいならいくらでもあげると言った。

筆者は両腕に掴みきれないくらいの果実をもらい、逃げるようにそこを駆け出した。

筆者の持って帰った果実は噂になり、少女は住民に捕らえられる。

その後の彼女の消息は不明。だが、明らかにあるはずの無いものがこの島に造られていった。

最初に大きな屋根のある建物。倉庫、水場。

一夜にしてできるそれらは住民にとって幻のように見えただろう。

それが全ての住民に開放されその恩恵を預かれると知ったときは、或いは神に見えたかもしれない。

この10年で一夜毎に発展していく島。その便利さを享受することで思考停止してしまうのもやむを得ない。

だが、忘れてはならない。この発展はまやかしだ。一人の少女の造り出した甘い密なのだ。

あの少女がもし消えてしまったら、発展の継続は不可能だろう。

ただそれだけで立ち行かなくなるのだ。この島の全てが。なんと脆い発展だろう。

そして蜜の分配は片寄り始めている。

今いる少年少女に社会に入る余地はない。大人達が席を空けるまで何にもなれない。

この問題はやがて表面化するだろう。全てが遅くなければ良いと願い筆者は筆を置く。


リーヴァの消息は不明ということか。

マリアの情報の方が正確だったわけだな。

最後のページを捲ってさらに驚いた。


著者、アルテイシア。


昨日クリスが会ったと言ったセイラ似の学校の先生じゃないか!

何か陰鬱な感じがして本を置く。

1階に降りるとちょうどシノさんが荷物を持って帰ってきた。


「ただいま戻りました。」

「おかえりなさい。ご苦労様です。」

「ウフフ。なんだか家族みたいですね。あ、いえ、ごめんなさい。お昼ハンバーガーで良かったですか?」

「ええ。ありがとうございます。わざわざ買ってきてくれて。」


荷物を持って食糧庫に詰める俺。シノさんはハンバーガーを2つソファーの低いテーブルに並べる。


「あの、ご一緒してもいいですか?」

「ええ。もちろん。」


ソファーに並んで座る俺とシノさん。


「美味しいですねー。」

「ええ。凄く。」


俺の素っ気ない反応に気まずそうに俺を見るシノさん。


「あの、わたくし何か至らないところがありましたでしょうか?」

「え!?いや、とんでもない!そんなことはないですよ。ちょっと、以前あなたに似た人と同じようにハンバーガーを並んで食べた事があって、それを思い出してしまって・・・。」

「まあ。そうだったんですか。偶然なんてあるものなんですね。」

「本当に。」

「わたくしも最近ハンバーガー食べたばっかりでしたよ。」


ニコニコして横で食べているシノさん。

キシリアがハンバーガーを初めて食べた事は話していないのに。


「嘘がつけない人でした。」

「わたくしも苦手です。」

「あの、シノさん。キシリアという名前に何か心当たりとかありませんか?」

「え?さ、さあ、なんのことでしょう?」


誰の、ではなく、なんの、か。


「それと、最初会ったとき自分のことを私、と言っていたような気がするんですが、なぜ途中からわたくし、に変わったんですか?」

「え?そうでしたっけ?気のせいではないですか?ウフフ。」


笑って誤魔化した。


「あの、勇者さん。ちょっと恥ずかしいのですが、お願いごとを聞いてもらっても良いですか?」

「え?ええ。なんですか?」

「こんな年齢でこんなことを頼むのも引かれてしまうかと思うんですが、良かったら、あの、腕を組んでもらってもいいですか?」

「え?」

「あ、いえ、なんでもないんです。今のは忘れて下さい。」


驚いてシノさんの顔を見ると、恥ずかしそうに立ち上がろうとした。

勢いで腕を取り、彼女を制止する。


「忘れられませんよ。忘れられない・・・。俺なんかの腕で良ければ、どうぞご自由に使って下さい。」


驚いたが真面目な顔でそう言った。


「でも、宿のお客様にそんなこと頼むなんて、やっぱりおかしいですわ。」

「そ、そうですよね・・・。無理にというわけでは・・・。」


俺も冷静さを取り戻した。


「あ、でも、自由でしたらちょっとだけ。」


結局シノさんは俺の腕にしがみついた。


「あはは。シノさんは可愛い人ですね。」

「そんな!そんなことはないです・・・。」

「それと、気絶はしないように。」

「しません!」


冗談を言って和ませるが、正直ドキドキしてしまう。

シノさんも怒ったふりをしてから落ち着いて俺の肩に頭を預けている。


「わたくしに似ている人は、勇者さんにとってどういう方だったんですか?こんなこと聞いてもいいでしょうか?」

「どういう・・・。」


なんと答えるか迷う質問だ。助けた人、敵、仲間になって欲しかった人。


「シノさんと同じですよ。」

「え?」

「一緒に居たい人。」

「勇者さん・・・。」


静かな音の無い部屋で二人の声と呼吸音だけが響く。

感情が昂ったような、潤んだ瞳で俺を見上げているシノさん。

弾む呼吸で柔らかな肌が俺の腕を擽る。

感情が昂っているのはシノさんだけか?

実は俺も足に力が入っていない。キシリアの思い出に押し潰されそうだ。

シノさんとキシリアは別人。それは分かっているのに、どうしても重ねてしまう。

出来ることなら、彼女ともう一度・・・。


ガチャリと玄関のドアが開いてルーシーとクリスの声が聞こえてきた。


「勇者様ー。プリン買ってきたわよー。」

「勇者ー。ミネバホントに似てた。ビックリした。」


急いで立ち上がる俺とシノさん。


「おかえり。今日は早かったなー。」

「あら、シノさんも一緒だったの?そりゃ昨日の今日だし、突っ込んだ事はしない方が良いかと思って。」

「勇者が一人で寂しがるといけないから、帰ってきた。」


ルーシーとクリスがニコニコしながら俺に答えた。

別にやましい事をやってたわけじゃないのに俺とシノさんは微妙な雰囲気になってしまった。


「お昼も済んだことですし、お客様に貸した部屋にいつまでも私が居るのは何ですし、私は自分の家の方に戻ってますね。」


シノさんは気まずそうにイソイソとドアの方に出ていった。


「あら、別にいいのに。」

「勇者、お昼食べたの?」

「シノさんに買ってきてもらったよ。君達は?」

「食堂で食べてきた。じゃあプリンはデザートね。」

「ミネバのオススメのカレーうどん。」

「そ、そうか。似てた、と言ったのはやはり?」

「そうね。魔人の変身能力ではないみたいね。」

「あそこまでそっくりだと自分の方がおかしいのか信じられなくなる。」

「それだ。クリスの目は正常に機能しているのだろうか?」

「ロザミィにはクリス本人が変身させた例のナンバーが見えてるのよね?」

「うん。」

「ルカとエルが温泉島から二番星に追跡してきたとき、二人の姿を見つけることが出来なかったな。何とかしてクリスの目を誤魔化す手段があるんじゃないのか?」

「光の屈折を利用して見えないようにしてたやつね?何も無い状態には見せる事はできるでしょうけど、変身もしくは本人に似た姿を判別できないということは無いと思うのよね。」

「それができたのならセイラも私を襲っては来なかったと思う。ルセットに入り込んでまで。」


そうだよな。ということはミネバも別人か。

そうは思えないが・・・。


「あ、そうだ。もうひとつ気になったことがあったんだった。クリス、君は食事をとるようになったのか?」

「勇者何いってるの?食べ物なんて食べないよ。」

「あんた今カレーうどん食べてきたじゃない。」

「あ。」

「あ、って・・・。」


気付いてなかったのか?そんなことあり得るか?


「やっぱり、何かおかしいんじゃないの?知らず知らずのうちに何かされた?」

「いや、ロザミィも食べてたし、クリスだけの問題じゃないぞ。」

「そうよねえ。プリン11個買ってきたけど、一個いらないかしら。」

「いるよ。」


頭を捻って理由を考えてみても心当たりが全く思い当たらない。

誰かの攻撃?誰の?マリア達とは俺しか会っていないし、敵意があるとは思えない。

セイラ似の女も怪しいが、ロザミィとは会っていないはずだ。

第一意味が分からない。

クリスに対しセイラの正体を隠し、生きていたミネバ達を他人と思わせる。そこまではわかるが、ついでに食べ物をいつの間にか食べれるようにする。

他人と思わせるならそのままの姿で出てくる意味はない。食べ物については理解不能だ。

方法もあるとは思えない。


「そうだ。アポイントメントの方はどうだった?」

「ダメねー。そもそもリーヴァは研究所内でもおおっぴらに認知されてないようなの。上層部だけが名前をしっている。所長なのにね?一般の職員に聞いても名前も知らないんじゃ答えようがないわね。レンダに聞いてもアポとった相手なんて教えてくれなかった。」

「そうだろうなー。どんな話をするか知らないが、邪魔者が入ってこられては困るだろう。」

「とは言え3ヶ月先まで予定が埋まってるってことは、リーヴァの存在は公然の秘密という感じなのかしらね。かくなるうえは最終手段は後にするとして、研究所東棟に張り込んで、出入りしているはずの来客に直接交渉に出るしかないわね。何時間かおきに出入りしてるはずだからね。それにしても研究所だけでも職員が100人はいるだろうけど、いったいこの島は何人人口がいるんだか。」

「最初は100人くらいと書いてあったけどなー。40年前のモンスター出現で多少増えて豊かになったそうなので、そこから増えたのかな。そうだ。フラウが買ってきた本、クリスが会ったというアルテイシアが書いたものだったんだ。幼少の頃一度会っているらしい。」

「なにそれ。面白そうね。」

「勇者読んで。」

「え?」


午後の朗読会が突然始まった。

暇をもて余すよりはいいのだが、いったい俺は何をしているのか。


「書店で売られてる本に書いてあるくらいだから、リーヴァという名前は知らずとも存在はなんとなく認知しているのね。」

「こんな何でもあるような場所でも問題があるんだね。」


ルーシーとクリスは感想を言った。


さて、夕方になって、フラウ、ロザミィ、ルセット、アレンはいつもの感じで帰ってきた。

シノさんもまたやって来てくれて夕飯の用意もした。

だが、ベイト達は夜になっても帰ってこなかった。通信装置を使って呼び掛けてみたが受信をオフにしているのか返答は無かった。

何かあったのだろうか?

心配はするが探しにいくにもどこに行ったのかも分からない。


夜遅くシノさんも引き上げてそろそろ俺達も休もうかという時間になって、ベイトから通信が入った。


『どなたか聞いてますか?』

「ベイトか!?まだみんな居間にいるよ。どうしたんだ?今どこに?」

『いやー。申し訳ない。先に遅くなりそうと言っておくべきでした。何せこれに慣れなくて遠くにいても話ができると忘れてましたよ。』

「それはいいが、モンシアもアデルも一緒なんだろうな?」

『もちろん。それより要請です。明日午前5時にレーナとエレナが迎えに上がります。敵のアジトへ突入に協力してほしいとの事です。』

「敵のアジト!?」

『あ、窃盗グループの方です。勇者殿、ルーシー、クリス、アレンの4名に参加をお願いします。ロザミィは人前では難しいでしょうからね。』

「突入だって!?アジトが見つかったのか!?」

『連日捕まった男達の足取りから、複数の男が頻繁に現れる地域を特定しました。そこらをしらみ潰しで捜索して当たりを引きましたよ。誰も使っていない倉庫なんですが、中には盗品が山積み。しかも若い男が何人も出入りしている。』


なんてこった。俺が公園に行って遊んだり、家でゴロゴロしている間にベイト達はしっかり危険な任務を勤めているとは・・・。

なんと情けない。


「分かった。手伝わせてもらうよ。」

『では、俺達は本部で休憩して朝にそのまま出ます。明日会いましょう。』


通信は切れた。


急展開だ。こんなにも早く出番が来るとは。


「そんなに時間はないわね。一旦休みましょうか。」


ルーシーの言葉に皆が言葉なく頷く。

クリスの部屋に行って3人で横になる。眠れるだろうか?


突然の捕り物に不安と緊張と使命感で気持ちが引き締まる。

なんとか何もできなかった分役に立って取り返したい。

しかし、本当の急展開はその後だった。

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