第115話



朝5時。レーナとエレナが時間通りやって来た。

ドアを開けて声をかける。


「おはよう。勇者が泊まっている宿ってここなの?」

「表に書いてあるからここじゃない?」


俺達4人はすでに用意できていた。朝食を軽く食べて武器も一応持った。

二人を出迎え、玄関に出ていく。


「おはようございます。窃盗グループのアジトに突入するんだって?参加させてもらうよ。」

「協力ありがとう。時間もないから早速馬車に乗り込んでくれる。」

「行こう。」


挨拶もそこそこに通りに停めてあった大きな車の馬車に乗り込む俺達。

左右の壁を背に2列座席があり、レーナとエレナは奥の御者席の手前の壁に手摺を持って立ったまま体を壁に預ける。

他にも警察の突入班が中で待機していた。8人。彼らは手に警棒と黒い武器を持っている。

俺達は空いている座席に座る。全員で14人だとさすがに窮屈だ。


「抵抗するなら反撃はやむなしよ。無論全員無傷で逮捕できれば一番だけど。」


駆ける馬車の中でレーナが言った。


「倉庫でアジトが見つかったと言っていたが?」

「ええ。北西に昔建築資材を置いておいた空き倉庫があるの。今も備蓄が置いてはあるんだけど、建築自体は終わってるから使われてないのよね。」


俺の質問にレーナが答えてくれる。


「北西というと学校がある場所か。」

「出入りしてる奴等も若い連中が多いようだね。」


今度はエレナが。


うっすらと暗く人がまばらな通りを駆けていく馬車。

適度な緊張感で揺らされる俺達。

一同口を開かず目的地への到着を待つ。


馬車が停まって降りたのは数十分後の事だった。

そこは学校の校舎が建ち並ぶ物影で、校舎と校舎を結ぶ中庭になっている場所だった。

白い長方形と言っていい3階建ての大きな建物が、まだ暗いその周辺をひっそりと包み隠しているようだ。

他にも4台の馬車が停まっており、警官達が数十人そこで待機していた。

校舎の横に造りの違う大きな建物が3棟並んでいて、そのさらに奥にブロック塀と雑木林に囲まれて大きな屋根が見える。

あれが目的の倉庫というやつか。


「今から10分後に私が正面からドアを叩く。各員6班に分かれ周囲を警戒して。」

「2時間前に倉庫に馬車が一台乗り付けてるのを張り込みが確認してる。中に十数人の人間がいると予想されるね。出入りは表の搬入口の大きなシャッター、その横の勝手口、裏の通用口、建物全体に磨りガラスの窓が開くようになってる。一人も逃がさないようにね!」


レーナとエレナが皆の前で発言する。

今夜もどこかで仕事をしてきたわけか。アジトを見張られてるとも知らずに。


「おとなしくするならそのまま確保。そうでない場合は発砲しても構わない。警察の威厳をかけてこの摘発で絶対犯行を止めるのよ。以上。持ち場に着いて。」


レーナが締めて一同敬礼して動き出す。

60人は居るだろうか。レーナとエレナの本気度が伺える。


俺達4人と後ろの方で待機していたベイト達3人はレーナとエレナの元に集まった。


「犯人達は拳銃等の火器は所持していないようだとの報告はあったけど、油断しないように。」

「ベイト達は裏の通用口を見張ってて。勇者達は私達と表で待機。」


レーナとエレナの言葉に頷く俺達。

銃というのは警官達も持っている黒い先っぽに穴が開いてるやつだろうか。


「俺達は裏方かー。ここまで来て役を奪われちまったなー。」

「犯人がどこから出てくるか分からんからな。裏が戦場になるかもしれんぞ。」

「気を抜かないようにしてくださいよ。」


モンシア、アデル、ベイトが話す。元気そうで安心した。


それからすぐにレーナは行動し俺達も一緒に倉庫の周囲を囲むように配置についた。

木の影からシャッターが降りている搬入口を見張る俺達4人と警官数人。

倉庫内は静かだ。だが、明かりが洩れている。誰か居ることは間違いない。


こういった団体での作戦行動は久しぶりだ。モンスター相手では各地の自警団との共同で討伐作戦に参加したことがあった。

ただし今回は人間相手。倒すのが目的ではない。どういったものになるのか、緊張が高まる。

ルーシー、クリス、アレンも戸惑っているような、そんな顔で声を押し殺している。


「10分経ったわ。」


腰を下ろしていたレーナが立ち上がり表の勝手口のドアに向かう。

息を飲む俺達。


「ごめんください。どなたか倉庫に居られます?近所で異臭の苦情が寄せられているんですけど。」


レーナがドアをノックして声をかける。異臭とは?もちろん嘘だ。


反応がない。時間が刻々と過ぎていく。

やがてガサッと音がしてドアがゆっくり開いた。

中からがらの悪そうな若い男が顔を見せるが出てきてはいない。


「あ?誰だ?」

「警察よ。中を改めさせてもらうわね。」

「ヤベエ!さつだ!」


ドアを勢いよく閉めようとするがレーナの体は半分入っている。

エレナが警笛を鳴らして怒鳴る。


「突入!」


表に待機していた警官と俺達はドアへ踏み込む。

ドアの内側は事務所のようなテーブルとソファーが置いてある部屋になっていた。

大きな開き戸が横にあって倉庫に続いている。男はその先に逃げた。当然それを追う警官と俺達。

倉庫は大きな棚のような積み荷置き場が列をなしていた。そのせいで全体がパッと把握できない。シャッターの内側には目撃された馬車が停まっている。馬も繋がれたままだ。

数人の男達が倉庫内でまさかという顔で棒立ちになり警官を見ている。中には奥に逃げた者もいる。


「臭いものが出てきたわね。窃盗容疑で逮捕するわ。」


レーナが棚を改めている。ここにあるはずない食料品が山になっているのが一目で分かる。


「このやろう!捕まってたまるか!」


男の一人が逆上して近くにあった鉄パイプを拾ってレーナに襲ってきた。剣を抜きそれを受け止める俺。

それを機に他の男達も一斉に回りの警官に暴れ始める。


「おとなしくしなさい!この倉庫はすでに包囲されてる!逃げることはできないわよ!」


レーナが叫ぶ。

ここにいる犯人達は十数人だ。60人の武器を持つ警官に勝てるわけはない。

だが、暴走した連中が聞くわけもない。


犯人の誰かがシャッターを開けた。馬車に乗り込もうとしている者もいる。

シャッターを開けた男にアレンが体当たりをして地面に伏せさせ確保する。

馬車の御者席に乗った男にはクリスがジャンプして席から突き飛ばす。

奥からも怒号のような声が聞こえてきた。ベイト達も犯人確保に勤しんでいるようだ。


俺とルーシーも手に長いパイプや竿のようなものを持った男達の相手で手が離せない。

動き自体は素人の隙だらけのそれだが、斬りつけるわけにもいかないので、なんとか羽交い締めにできるタイミングをみはかって動きを止めるしかない。


相手の大振りな動きから次第に戦線が広がる。開いたシャッターから外にまで後退させられる俺達。


外で待機していた警官も戦闘に加わり、混乱の状態になってきていた。

若い男達だけに無鉄砲で恐れを知らない。自棄っぱちになっていて後の事を考えてないようだ。

それに、報告よりも人数が多いような気がする。馬車で戻った奴等以外にも元から待機していた連中も居たのか?


「発砲するわよ!おとなしくしなさい!」


俺達の後ろに後退し混乱の様子を見ていたレーナが叫ぶ。

手には拳銃が握られ、バンと乾いた炸裂音がした。

空に向かって威嚇したようだ。だが、犯人達はそれでも怯まない。

むしろ興奮が高まったように向かってくる。


コイツらなんなんだ!?

狂暴とかいう問題じゃないぞ!こいつは一種の集団心理が働いてる状態で、ここで引くことが敗北以上の汚名になると思い込んでいる。

拘束確保しなければ止まらないだろう。


鉄パイプをむやみやたらに振り回す男相手に剣で応戦するも、確保のタイミングが掴めず手を焼いている俺。

目線の先にルーシーの姿も見えた。

俺と同様苦労しているようだが様子が変だ。

人間相手にいつもの殺意の高い剣技は鳴りを潜めているようだが、何か動きがぎこちない。


「おかしいわ・・・。」


ルーシーが口の中でそう言ったように聞こえた。遠くでよくは聞こえなかったが。


次の瞬間。ルーシーが相手の男を無惨に斬り殺した。

肩口から袈裟斬りで真っ二つ。

俺は鉄パイプの男を相手しながら唖然とした。

確かに思った以上の反抗だが、なにもそこまでやらなくても・・・。


いや、それ以上だった。


周囲の暴れている犯人メンバーをそこから走り込んで、バサバサと剣で斬りつけ惨殺していくルーシー。

俺の相手の男も後ろから首をはねて殺した。


固まる現場。


残った犯人達はさすがにおとなしくなった。


レーナ、エレナ、警官達、俺とクリスとアレン。

全員の視線を受けて佇むルーシー。


ルーシーは突然その場に膝をついた。


「お腹すいた・・・。」


うつむきながら震えるルーシー。

どうしていいか分からず戸惑い立ち尽くす俺達。


今朝軽い食事なら済ませてきたはずだ。


「確保!犯人を拘束して!」


ハッとしたレーナが警官に指示を出す。

動き出す警官達。あまりの衝撃に反抗する気が失せた犯人達は今までのは何だったんだというばかりに簡単にお縄につく。


「勇者様・・・。」


膝をついたままのルーシーが俺を見上げる。

その表情は泣いているように瞳が潤んでいる。


俺は手を差し伸べようとしたが、それをルーシーは振り払うように倉庫の方へ走り出した。

壁に向かって全力疾走。何事かと呆気にとられていたら、20メートルはあろうかという倉庫の壁を飛び越え、屋根の上を一瞬で走り去った。


愕然とそれを見ている俺達。


その朝の出来事はそれで終わった。


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