第116話


警察本部の一室で無言のまま項垂れる俺達。

テーブルとソファーと壁際の椅子と、思い思いの場所で固まっている。

ルーシーに惨殺された犯人7名、逮捕されたメンバー18名。残った者は全員が確保された。


レーナとエレナが話す。


「窃盗グループ犯人確保に協力してくれてありがとう。これで多少落ち着くでしょう。」

「全員確保はできなかったけど、想定外の反抗だったし仕方ないねー。残った連中に計画犯との繋がりがあるやつが居たらいいんだけど。それはこっちの仕事だね。」


「いや、こんなことになってすまない・・・。」


俺は沈痛な面持ちでそう答えるしかなかった。想定外なのは俺の方だ。


「いいのよ。」

「ルーシーの行方は一応こちらでも探しておくよ。別に惨殺の容疑とかじゃないから安心して。」

「ありがとう。」


レーナとエレナは部屋を出ていった。


「いったい何があったんです?裏で俺達が一悶着やってたら、突然倉庫の屋根の上から飛び降りてきてそのまま校舎の屋上の上へ飛んでいったように見えたんですが?あれはクリスがルーシーの格好をしてたんじゃなくて、ルーシー本人なんですか?」

「私はここにいるよ。」


ベイトが壁際の椅子から質問する。それに答えるソファーのクリス。


「いろいろビックリして自分の目が信じられねえぜ。」


横のソファーでアレンも唖然としている。


「まあ、いろいろ人間離れしてるとは思ってたけど、やっぱりなーって感じかな。」

「それより犯人惨殺の方はどうなんだ?やむを得ずというわけではないのか?」


モンシアとアデルが口を開く。ベイトの横で椅子に座っている。


「そこまで緊迫した展開ではなかったと思う。確かに犯人達は興奮していたが、人数はこっちの方が多かったし、落ち着いてやれば犠牲は出さずに済んだはずだ。」


クリスの横に座っている俺が答える。


モンシアが言う通り、ルーシーは人間離れしていた。

ライラとの戦闘に始まり、魔人との戦いで圧倒的な戦闘力を示してきた。

正確な剣技と弓使い。1度も傷を負ったことがない回避能力。

しかし、それは人間の行える範囲での離れ業であって、魔人のような超能力的な身体能力ではない。

いや、離れ業過ぎて本当に人間にできるかは疑問だが。


俺はとてつもないショックを受けている。

ルーシーの嘘、ルーシーの素性、ルーシーの正体、彼女が何者なのか俺は知らなすぎた。


なぜ言ってくれなかったのか・・・。


マリアは何か知っていて、その事を教えてくれていたのか。


会わなければならない。

会ってルーシーの正体を教えてもらわなければ。






俺達は馬車で送ってもらい民宿へと帰った。

フラウ、ロザミィ、ルセットは今日は出掛けずに待っていてくれた。シノさんもやって来ていた。

沈痛な俺の表情とルーシーが居ないことに不安そうな顔をしていたが、アレンが説明して、一応は安心したようだ。

だが不安が拭えたわけでもない。


「頭を整理したいから部屋に戻るよ。」


俺は1人部屋に戻った。

マリア達が学校から帰るまで半日時間がある。


ベッドで横になり俺なりに考えてみた。


そもそも魔人とは魔王に拐われ血を受けたメイド達のこと。

クリスもセイラもキシリアも。可哀想だがそういう過去があったということ。

ルーシーは自分は違うと言っていたが、そこに嘘はなかったのか?

あの脚力は魔人のそれと言っても過言ではなかった。

ルーシーは自分で城に乗り込み魔王の隙を伺っていたという事だったが、2ヶ月の間に何があってもおかしくはない。


だが、問題は魔人の特徴とクリスの目だ。

魔人は本来青い肌、白い髪、赤い瞳、そういう見た目になってしまう存在で、クリスと出会って俺が自分に変身すればいいと提案するまでそれがコンプレックスになっていたほどだ。

ルーシーも実は魔人だったと仮定するなら、ここで躓く。

俺が提案する前からルーシーがそれに気付いていて、人間の姿になっていたとしたらクリスの目は誤魔化せない。


今までクリスはそんなことを言ったことはない。

もしクリスの目を欺く方法があるなら別だ。

そうなるとここでミネバやルカとエル、キシリアに似ている彼女達も怪しくなるが、それは別の問題だ。


ルーシーが何者であっても俺は構わない。現にクリス対して愛情、友情、仲間意識はハッキリあるが魔人どうこうという感情はない。

俺がショックなのはなぜ今まで隠していたのか、ということだ。

俺が引っ込んでいたソドン村。そこにやって来たルーシー。始めは褒美目当ての騙りとも怪しんだが、彼女を信用して今までついてきた。

謁見の間で初めて口にした爆弾発言の数々。魔王の首、魔王の娘。

ミステリアスでいたいのー。とか叫んでいたが、そういう秘密主義というかサプライズ好きで俺を驚かすのが楽しい風な所はあったが。何もそこまで隠さなくったって・・・。


しかも犯人グループとはいえ惨殺はやりすぎだ。

突然どうしたというのか?

そちらの方もショックは大きい。

そして突然どこかに逃げるように立ち去ったことも。


何かもが急展開だ。

頭の、というより心の整理がつかない。


ルーシー、君はいったい何に気付いたのか・・・。






昼頃になってベッドの中でうとうとしていたことに気付いた。

1階に降りてみると女性陣が円卓に集まって騒然としていた。


「なんだ?何かあったのか?」

「勇者。大変だよ。ボートが流されたって。」

「ボートが流された?」


俺の質問にクリスが答える。

意味が分からずおうむ返しにさらに問う俺。


「船着き場で救命艇を停めたままだったでしょ?それが流されてしまったみたい。」


ルセットが付け加えた。


「え?どこに?」

「分からない。アレンとベイト達が探しに行ってるけど、まだ戻らないから、見つかってないのかもね。」

「ロープが緩かったのかな?流されてしまったのなら仕方ないか。」

「違うよ勇者。ルーシーが流していったんだよ。」


クリスがもどかしそうに俺に訴える。


頭の中が真っ白になる。


「今朝がた船着き場にいたおじさんから警察に通報があったようです。停めてあった救命艇のロープをほどいて海に流した人がいると。金髪の長い髪の女で、確かボートの持ち主の1人だったと思うが念のため報告しておくと。先ほど警察の方に来ていただいて教えてもらいました。それでベイトさん達が探し行かれたという流れです。」


フラウが告げる。


「どうしてそんなことしたの?」


ロザミィが俺に問うが俺にだって分かるわけない。


俺も救命艇を探しに東の船着き場に行ってみた。だが、確かに救命艇がそこにないということ以外発見はなかった。

アレンやベイト達もどこを探しているのか見つけることはできなかった。

ヨットにでも乗せてもらって海を探しているのか。


そうこうしているうちに時刻は夕方に近付いてきている。

マリア達が住む高層タワーへと行ってみるとしよう。


歩いて高層タワーの近くまでやって来たが、高層タワーの周辺で人だかりができていて群衆で混雑していた。

何事かと周辺の人だかりを目を凝らして見ていると、高層タワーの上の方をみんな見ているように感じた。

俺もその視線の先を見る。


地上170メートル、50階建て。その真ん中よりも上辺りに壁にへばりついてよじ登っている人影が見えた。

金髪の長い髪。間違いない、ルーシーだ!


俺は泡を吹くようだった。何をやっているんだ!?

当然命綱もない。落ちたら例え魔人だってただでは済むまい。クリスだって空を飛ぶロザミィの頭の上からはロープで降りてきた。

二番星で70メートルの崖の上からハーケンひとつで飛び降りたこともあったが、これはその倍以上でハーケンを打ち付けるには壁は固そうだ。ハーケンもロープもおそらく持ってはいまい。


俺は人混みを掻き分けて高層タワーに入っていった。

管理人の居るであろう部屋に飛び込み屋上に入れるように頼む。そして出来るだけ長いロープを探してくれるようにも。

マリアの部屋は窓が開かなくなっていた。どこか途中の階でルーシーを引っ張り上げるのは無理だろう。あそこまで登っているなら屋上からロープを降ろして引っ張り上がる方が早い。

だが、表で割れるように騒ぐ群衆の叫びが聞こえた。

何があった!?


落ちたという声も聞こえたが、まさか!まさか!

入ってきたばかりの管理人の部屋を飛び出し、表に急ぐ俺。


群衆は輪になり一点を囲むように呆然突っ立っている。

その輪の中心に急ぐ。


何があった!?何が!?


焦る俺を尻目に群衆の輪の中心には何も無かった。

上を見上げる。


そこにも何もない。


ルーシーはどこにいった!?


群衆の1人に聞いてみる。


「何があったんです?」

「金髪の女が飛び降りたけどそのまま歩いてどっかに行っちまった。なんかのマジックショーだったのか?」


声が出せなかった。飛び降りた?100メートル以上の高さはあったはずだ・・・。

そんな馬鹿な・・・。



「勇者君。どうしたの?」


突然背後からマリアに声をかけられた。


「マリア・・・。教えてくれ。ルーシーの嘘、ルーシーの正体。」

「そっか。勇者君も分かったんだね。いいよ。私の部屋に行こう。」


ファラとカテジナもマリアの後ろからついてきている。

俺達4人はまだざわつく群衆を置き去りにして、50階の部屋へエレベーターで上がっていった。


部屋に入ると俺は待ちきれないという様相で切り出した。


「このあいだのしりとり、ルーシー、嘘、寝不足、素性、正体、そして、あ、で始まる言葉。あれはなんだったんだ?君はルーシーが何者か知っているのか?ルーシーもやはり君達と同じように・・・。」

「あは。勇者君は鋭いなー。」


マリアはふざけた調子で俺の質問に真面目に答える気はないという感じだ。


「勇者君はルーシーの寝顔を見たことがある?」


さらにおかしな質問を向こうからしてきた。


「なんのことだ?まあ、君達は知らないだろうから仕方ないが、恥ずかしながら俺は昔からルーシーと一緒に眠っているからいつも見ているよ。」

「寝顔を?」


質問の意味が分からずマリアの顔をまじまじと見つめる俺。

照れた部分もあるが半笑いで同じ返答をするしかなかった。


「だからそう言ってるだろう。いつも一緒に寝て・・・。」


思考を張り巡らせる。


待てよ・・・。


記憶を辿る。


ない。


ルーシーの寝顔を見たことがない。


俺は寝つきがいい方だ。誰よりも先に寝る。だから他人の寝る姿を見ることが少ない。

だが、起きるのは早いはずだ。

その時寝顔を見ることだってある。


ライラを倒してサウスダコタの宿で泊まったとき、寝ているルーシーを見たんじゃなかったか・・・。いや、違う。俺の肩の上で眠っているルーシーにお目覚めの時間ですよ。美しいお姫様。などと言ったら実は起きてて狸寝入りだった。

これだけ一緒に眠っているのに寝顔を見たことがない・・・。


「寝不足って・・・。」

「ルーシーは寝たことがないの。」


足が震えそうだ。


ルーシーは俺と一緒じゃないと眠れないと冗談みたいなことをよく言う。

そんなわけないだろうと取り合いもしなかった。

だってそうだろ?じゃあ俺と出会う前は寝てなかったのかという話になる。

だから冗談だと思い、その言葉の意味を考えたこともなかった。

俺と一緒だろうが、そうでなかろうが、ルーシーは寝ていない・・・。


ゴクリと生唾を飲む。


眠らない人間。そんな人が居るとは思えない。

俺の眠っている肩の上で眠らずにじっとしているルーシー。いったい何者なんだ?


「あ、から始まる言葉、とは・・・。」


俺は恐る恐る聞いた。


「ルーシーは悪魔だよ。」


事も無げにマリアが言った。眉間にシワを寄せる俺。

場合が場合じゃなければ吹き出してしまう答えだ。


悪魔ってなんだ。魔王が居てその血で生まれた魔人もいる。

だが、悪魔というのは聞いたことがない。


「ルーシーの本当の名前は・・・6対の・・・。まあいいや。」

「ほらー。やっぱり信じてくれないよー。」

「あはは。そりゃそうだ。いきなり言われたって信じれるわけないでしょ。」


マリアのあとに今まで黙っていたファラとカテジナが喋った。

ファラが言葉を変えて、あ、から続きを言わせなかったのはそういうことだったのか。


ルーシーが何者であっても構わないと言った。

確かにマリアの言葉は信じがたいが、或いは悪魔だとしても、天使だとしてもそれならそれで構わない。

ルーシーがルーシーならそれでいい。

だが、問題はルーシーが悪魔だとして、何をしようとしているのか、目的は何かだ。


「ルーシーは何を?」

「ルーシーは悪の手先なんだよ。勇者君達を騙し、私達を殺そうとしている。」


マリアの言葉に俺の眉間のシワがさらに深くなる。

悪の手先ってなんだ。具体的に誰の手先なんだ。

もともと信じがたい話が冗談ぽくなってきたぞ。


「でももう大丈夫。私達が勇者君達を守るから。私達は絶対に倒れない!」

「みんなの安全は私達が守るよ。」

「ルーシーを探しだして取っ捕まえてやる!」


固く決意して宣言する3人だが、俺は呆然としている。

マリア達がもともとおおらかなキャラクターなので本気なのか冗談なのか分かり辛い。


そうだ。ルーシーを探さないと。

何の手先でも手羽先でもいいが、真意を直接本人から聞かなければ。


俺はフラフラと部屋を出て群衆がまだちらほら残っていた高層タワーの表の広場に戻った。

そこでもう一度ルーシーの様子を聞きどこに向かって行ったのかを尋ねた。


東の方という。研究所、船着き場、それらがあるところか。

行ってみよう。


足取りが重い。途中で引き返した方が良いのかと思うくらいだ。

だが、のんびりはしていられない。ルーシーに早く会いたい。


船着き場に行ったが昼同様何も発見はない。救命艇が無いままだ。

研究所はどうだ?アポイントメントをとった来客に交渉すると言っていなかったか?

そっちを当たってみよう。

研究所東棟。入り口が見えるポイントで辺りを見回す。

ルーシーは見当たらない。ハズレか。それとも交渉が成功してリーヴァと会っているとか?

いや、そんな簡単にやれるとも思えない。

まさか最終手段とやらに手を出して、職員を襲ってカードキーを手に入れたのでは・・・?

今のルーシーならやりかねない。レンダに状況を確認した方が良いかもしれない。


俺は体を引きずるように中央管理センターに向かう。

2階は来客用の受付になっているようでカードキーなしでも登り降りできるようだ。

早速受付に頼んでレンダを探してもらう。すでに定時を回っている、部屋に居ると良いんだが。

受付の人が答えるにはレンダがこっちに降りてくるという。

ありがたい。


しばらく待ったがエレベーターからレンダが降りてきた。


「ようこそようこそ。お一人であたしに会いにとはね。もう謹慎は済んだのかい?」

「ああ。昨日だけだったよ。それより研究所内で変わったことはないか?主に東棟で。」

「んー。特に聞いてないけどね。研究所の外なら薄い絵本の新刊が出る頃だからそろそろ買いに行こうかと思ってんだけどね。一緒に買って部屋でハッスルする?」

「いや、やめておくよ。それじゃあルーシーは見なかったか?」

「なんだい。痴情のもつれでケンカでもしてんのかいな。ニュ・・・。」

「にゅ?」

「乳頭が擦れて変な気分になっちゃうー。部屋に来ちゃう?」


もぞもぞしながら上半身を動かすレンダ。


「そうか。それじゃあ邪魔したな。ありがとう。俺はこれで。」


俺は礼を言って立ち去った。


「男に呼び出されてオメカシしてきたあたしのトキメキを返せー!まあいつもの格好だけどね。ニュフフフフ。あ。」


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