06、クリス
第16話
06、クリス
そのあと俺達は漁師のお爺さんが迎えに来るまで、島に上陸した時の低い岩場の近くで4人で待っていた。
一つの大きな岩に俺、ルーシー、クリスが背中を向けて座っている。
フラウは俺の目の前で傷、主に左肩に受けた刺し傷を回復の施術で治してくれている。
「まったく、フラウが居たから勇者様が無事だったけど、もしそうじゃなかったら、あの時後ろから心臓ぶち抜いてたわよ。」
ルーシーが怖い事を言う。きっと冗談なのだろうが・・・。
「ごめんなさい。人に手を出すつもりは無かったのに。その傷痛む?」
クリスが俺を見ながら気遣う。
「自分の無力さを思いしるよ。」
俺は苦笑いした。
俺がクリスと対峙したのは10秒かそこらだったろうか。たったそれだけで一回死んでた並みのダメージを受けたのに、長い間クリスの猛攻を受けていたルーシーは無傷。
彼女の強さにこそ度肝を抜かれる。
「まあ、私の出番は出来ましたけどね。」
フラウが得意気に言う。
本当にフラウが居てくれて良かった。いったいいつ施術を俺に掛けたんだろうか。
「それで?クリスがそうなったきっかけは?」
ルーシーは納得いってないような様子だが別の話題に切り替える。
クリスはしばらく唸って考える。
「誰かに呼ばれた気がする。」
「誰か?」
ルーシーがクリスに向き直る。
「いつ、どこで、誰に?」
確かに気になる話だ。矢継ぎ早に質問するルーシー。
「そういう実質的なことじゃなくて、頭のなかで誰かが囁いたというか。でも、妄想とか夢とか自分の心の声とかでもなく、ちゃんと声が聞こえた。知らない他人の声。でも、なんと言っていたか思い出せない。」
「女の声だった?」
「そうだったように思う。けど、何で?」
質問の意味は一つしかない。
まさか、この事件の裏に魔王の娘が関係していると言うのか?
それはまだ解らないにしろ、魔王の血を受けた者達が変貌するきっかけを作った者がいる。ということだけは確かだ。
クリスは話を続ける。
「頭に声が響いて、何処かに行かなきゃいけない気になって、でも私は自分の体の変化に気付いたらどこにも行きたくない、誰にも姿を見られたくないって気持ちが強くなった。だからこの島に隠れて住むようにした。」
「何処かにって、どこ?」
「わからない。足が勝手に動いてた感じがした。」
「催眠だろうか?意志が強かったから催眠を打ち破れたとか。」
「その可能性はあるわね。ライラもある意味、意思は強かったからね。怖がりと言うか。人の話を聞かないと言うか。」
皆一様に頭の中で考えを巡らせているような、一瞬の間ができた。
「私をアルビオンに連れていくつもりなの?」
クリスが口を開く。
「そうしてもらえると助かるわね。」
答えるルーシー。
「条件がある。」
「何?」
「私の正体を誰にも言わないこと。」
当然そのつもりだ。大混乱が起きかねない。
「もし喋ったらアルビオンの城下町で変身を解いて、人間を殺戮していくから。」
大混乱どころではなかった。
声色が脅しというより夕飯何食べようかなぐらいの独り言のトーンなのが逆に怖い。
おいおい。大丈夫なのか?狂暴性がまだ残ってるんじゃ?
ルーシーがやはり答える。
「アルビオンにまだ仲間が二人いるけど、彼らにも黙っていましょう。
今回の旅はクリスは魔人ではなかった事にして。あ、そうそう。あなたみたいに変貌した人間を魔人と呼ぶようにしたけど、あなたは関係ない素振りをお願いね。」
スコット達に嘘をつくのは申し訳ないが、彼等に話せば横の繋がりがある諜報部にも話さないわけにはいかないだろうから、ここは黙っていたほうが賢明か。
「もうひとつ。定期的に勇者の唾液を口移しでもらうこと。」
「は?」
今まで冷静に話していたルーシーが血相を変え、剣に手を掛ける。
「だってしょうがないでしょ?私の食事なんだから。」
クリスは冷静に言い返すが、肘から骨針がニョキニョキ伸びる。
君たちがやるとシャレにならないから止めてくれ。
フラウはそれを見ぬふりをしながら、
「ウーン。勇者様の唾液自体に栄養なんてないのでしょうけど、それが食事になるというのは、他人の唾液を摂取して自分の唾液と結合させることで化学反応を起こしてエネルギーに変換でもしているのかもしれませんね。」
さすが施術の研究をしているだけあって思考が柔軟だ。
「ということは別に勇者様のじゃなくたっていいでしょ!豚のヨダレでもすすってりゃいいじゃないのよ!」
「は?そんなもので食欲が沸くわけないでしょ。」
睨み合うルーシーとクリス。
「まあまあ、それは後で考えるとしよう。別の方法があるかもしれないし。」
と、話を保留にしたいところだ。
「あ、私は神官を志す身でありますので、女の子同士でそういうのは無理ですから。」
とフラウが先手を打った。
何とか話を別に持っていこう。
「そうそう、町外れの家を改修していたんだってな。あれもそのままになってしまうな。」
二人はどうやら落ち着いたようだ。
クリスはあまり興味がなさそうに返事する。
「どちらでもいい。あの家。」
「どうして町に住まなかったんですか?」
フラウが屈託のない質問をする。
それにも特に感情を込めずに答えるクリス。
「誰かの世話になって、借りを作るより一人で生きる方が気楽だから。」
そんなものだろうか。気楽と言えるほど気楽ではなかったのではないかと思えるが、何が重要なのかは人によって違うのかもしれない。
「それと、気になっていたんですが、なぜメイド服を?」
俺も少し気になっていた事をフラウが突っ込んだ。
ライラにしろ、魔王の城から解放されて1ヶ月は過ぎてるので、着替えることはできたはずだが?
「私の持ってる服で一番かわいくて生地が上等だから。」
「なるほどー。」
クリスはさも当たり前の事のように話す。
フラウは納得したようだが、俺は腑に落ちない。
忘れたい過去の記憶とか、辛く忌まわしい思い出とか、そういうのは引きずらないのだろうか。
これはこれ、それはそれで割りきっているのか。
気候自体やロケーションは悪くない場所だ。別段退屈ということもなく、それから無言で4人じっとして待っていた。
もうしばらくでお爺さんが来るだろうか。
ふとルーシーの顔を見る。
海を眺め頬杖をつきながらため息をついた。
昨晩も海を見て物思いに耽っていたな。クリスの問題は解決したが。
「まだ何か気になることでもあるのか?」
俺はルーシーに問う。
ルーシーは少しためらいながら。
「もし、街道岬の事件より先にクリスを仲間にできてたら、旅人達を元に戻せてたのかなって。」
そうか。戻す手段が無いと諦めていたからこそ、あの苦渋の判断があったわけで、もしそうでないなら。
しかし、クリスが事も無げに反論する。
「ライラの事ならそれは無理だと思う。他の人のは知らないけど、私が物質を変化させる場合、最終的な形に固定する時に数字の羅列のような鍵をかける。その鍵の番号をはめないと他人の変化させたものを元に戻したり、さらに変化させたりはできないかも。」
思ったより複雑な能力なのか。
ということはやはり街道岬での旅人達はライラが消滅した時点で元に戻す手段は無くなっていたということか。
「そうなの?それじゃあもしセイラ達が同じように魔人になって何かを変化させたりしても、それを戻したりはできないと?」
「そうなると思う。」
「ふー。そう都合よくいかないか。でも教えてくれてありがと。」
「いいよ。」
二人が落ち着いた顔で見つめあう。
背中越しで気付かなかったが、岩場に置いたクリスの右手にルーシーの左手が重なっているようだ。
本当に無事合流できて良かった。
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