第15話



まだ日が登っていない早朝。


船着き場は既に慌ただしく漁の準備で忙しそうにしている。



浜辺で小舟の支度をしているお爺さんに話しかけてみる。


漁に出るときにカップケーキ型の小島まで乗せて欲しいと、そして漁から帰るときにも迎えに来てくれると助かると頼む。


もちろんルーシーの言ったように報酬はそれなりに用意した。



お爺さんはそれなら今日は漁はやめてその島で待っていても良いと言ったが、できれば人を近づけない方がいいと思い、漁には出てもらうことにした。



現在4時くらいだろうか。帰りは8時くらいになると言うことだった。



4時間。普通に探すだけなら時間はたっぷりある。


見たところ直径150メートルくらいか。普通に探せれば1時間とかからずに見て回れるだろう。


しかし、もしクリスがライラのように地中などにひそんでいたら話は別だ。


俺達側からクリスを見つけることはできない。


クリスを説得し、彼女から出てきてもらう必要がある。


彼女に対し俺達は何ができるのか、という根本的な疑問が解消されないまま、はたして説得できるのだろうか。



お爺さんの船は手こぎだが5メートルくらいはあって大きい。


俺もオールを漕いで船を進ませる。


40年危険と隣り合わせで細々とやっていた漁が解禁され、モンスターが人間以外を襲わなかったために、魚は繁殖し警戒心もなく、今や漁に出れば大漁という入れ食いらしいが、漁に出る人間も増え市場では値が付かず割りに合わないこともあるという。


氷術という施術による長期保存で長距離を運搬できる一部の業者だけが懐を暖められるという、漁師内での格差が生まれつつあるというシビアな話もしてくれた。


それも問題と言えば問題だ。



島には浅瀬や浜辺はなく、少し低くなった岩場を登るしかない。


打ち付ける波に足を取られないよう気を付けないと。



やっとの思いで岩場を登った俺達はお爺さんに礼を言い、4時間後に迎えを頼む。



島は周囲を高い断崖に囲まれ、うっそうと繁った木々でその上部を覆われていた。足場の悪いゴツゴツとした地面と急斜面にびっしりとその木々が並んでいるのだ。



島の面積はさほどでもないと思っていたが、これだけ死角が多いと目視で探すのも大変かもしれない。



とにかく人が隠れられるような横穴や、生活している形跡なども確認しながら島をぐるりと探索してみる。



「クリスー!居るなら出てきてちょうだい!」


「クリスさーん!」



二人は名前を呼びながら探している。



「クリス!ライラは死んだわ!力を使い果たして!私はあなたにそうなってほしくない!だから!話を聞いて!」



孤島にむなしくルーシーの声が響く。



次第に太陽も登り始めている。


探し始めて2時間は経っただろうか。もう島を何周かしているような気がする。



同じ様な風景ばかりで方向感覚が狂いそうになるが、幸い太陽が見えるので迷うことはない。



やはりクリスはどこかに隠れているのか。


それとも既に別の場所に出ていってるのではないか。


酒場の男がここに来て随分時間は経ってる。夜の闇に乗じてどこかに行ってしまっても不思議ではない。



「クリス!魔王の城で君達を救えたと思っていた!しかし、こんなことになってしまって申し訳ない!もう一度、君を救うチャンスをくれないか!」



俺も思いの丈を吐き出した。



反応はない。



「少し休憩にしませんか。足がガタガタです。」



フラウが息を切らして座り込んだ。



「そうね。これだけ呼んで出てこないっていうのは、いないか、出る意思がないってことなんでしょうね。」



ルーシーも俺の横に来て腰掛ける。


俺は立ったまま首だけキョロキョロと辺りを見回してみた。



すると、木陰からスルッと人影が出てきた。



思わず肩を引いてしまう。



わかっていた事とはいえ、青い肌、黒い目、赤い瞳、白い髪、牙のような歯。そんな姿を見て驚いたからだ。


彼女もメイド服を着ている。変に不釣り合いな感じだ。



「クリス・・・なの?」



立ち上がる二人。


ルーシーも見た目だけでは判別がつかないようだ。



「なんの用なのか知らないけど私に近付かないで。」



開口一番に拒否されてしまった。


背筋が凍りそうな冷ややかな声だ。怒り・・・を露にしている。



「あなたを助けに来たのよ。話を聞いて。」


「助ける?どうやって?あなたに何かできるの?」



それだ。俺達に彼女を救うことが出来るのか?



「それはまだわからない。でもライラがあなたと同じようになって、力を使い果たして灰になってしまった。無闇に力を使うのだけはやめて欲しい。」


「忠告どうも。じゃあもうわかったから帰って。二度と来ないで。」


「もうひとつ聞くわ。あなた、私たちを見て食人衝動は起きない?」


「なにそれ。吐き気ならするわ。早く消えてほしくて。」



かなり攻撃的になっているようだ。


ライラのように人間を食うつもりがないのは良かったが、別の感情が湧いているのだろうか。



「私たちはアルビオンで魔王に影響されている存在を調査している。娘達のような、あなたのような。だからあなたに私達に協力して欲しい。アルビオンに着いてきて欲しい。」


「は?」


「あなたにしか頼めないわ。クリス。」



理想を言えばそうなのだが。可能なのか?



「私を晒し者にして実験台にするって?」



一段と声に怒気が増している。


単刀直入なのはルーシーの良い部分だが、もう少しクッションが必要だったのではないか?



「絶対に嫌。」



クリスの背中から6本の骨針が伸びる。ライラと同じ能力なのか。


しかし、刃物についての良し悪しは疎いが、そんな俺でも分かるくらい、それは鋭利で強度が段違いに見える。


冴え渡ると言うのだろうか。ゾッとして冷や汗で汗ばむ。



「晒し者にはならない。こんな姿を誰にも見られたくはない。」


「そうでしょうね。でも、ここにずっと居たって問題は解決しないわよ?誰かがここに来たらまた逃げ回るの?」



こんな状態なのにまだ挑発するような事を言うのか?


一旦ここは落ち着かせた方が良いのではないか?



「ルーシー、今日のところは一旦引き下がろう。考えてもらう時間も必要だろう。」



俺は提案した。



「いいえ、今ここで決めてもらうわ。明日私達がここに来ても出てきてもらえるかわからない。」



それはそうだ。今も彼女から出てこなかったら俺達はずっと探し回っていた。それに、さき考えたように本当にこの島から出ていってしまえば、二度と話す機会は無いかもしれない。



俺も腹を括った。



「わかった。君の言う通りだ。」



ルーシー同様、クリスを見据える。



「私は逃げないし、誰のいうことも聞かないし、晒し者には絶対にならない。」



両腕の肘からも骨針を伸ばすクリス。


俺達の右側から差す太陽の光を受けて、鋭く光っている。



一瞬ユラリと頭を横に振ったかと思ったが、次の瞬間、俺とルーシーの近くまで駆け寄っていた。


8本の骨針がルーシーを襲う。



肩の剣を抜きそれらを弾き返すルーシー。



「邪魔をするなら・・・!」



攻撃されている!



一瞬のことで呆気に取られたが、既に戦闘状態だ。


俺も剣を抜いたが、攻撃されているのはルーシーだけか。


ルーシーは後ろに下がりながらクリスの8本の骨針の猛攻を受けている。



足場が悪く木々が邪魔なこの場所では戦いにくいだろう。


足をとらわれれば一貫のおしまいだ。


しかし、ルーシーは上手く木を避け、足場を踏み外さず、尚も後退していく。



「ルーシーさん!」



フラウが叫ぶ。俺もフラウも圧倒されてその場から動けない。



クリスの骨針の攻撃は、それぞれが自在に動き隙間なく連続で攻撃している。


あれほどのラッシュを俺は捌けるだろうか。


さすがのルーシーでも徐々に押されていく一方だ。



いや、ルーシーはあえて後退して俺達からクリスを引き離しているのか?



剣を前方に突きだし上下左右からの骨針の連続攻撃を最速最短の動きで弾き返している。


木々が邪魔で剣を大きく払うことも振ることもできない状況では最適解とも思われるが、それをやれるかどうかは別問題だ。



クリスは背中の骨針二本を左右の木の幹に突き立てる、それを支えにして自身の体を空中に持ち上げる。


そこから残り6本の骨針を使い、空中からの連続攻撃だ。


ルーシーは間一髪で後ろに飛び退く。


地面に叩き付けられた骨針の衝撃が20メートル近く離れた俺達のもとにも届く。


さらに自分を支えていた左右の木を骨針で一瞬で切り裂き、飛び退いたルーシーの頭上に倒す。


それを見上げさらに飛び退こうとするが、正面からはクリスも直進してくる。


飛び退くのを止めルーシーからも前進する。


8本の骨針を一つに束ね突撃するクリス。


剣を盾のようにして受けるルーシー。



再びクリスのラッシュが始まるが、最初と違い急所を直接狙うというより足元、頭上という体勢を崩すようなよりトリッキーな動きが加わったようだ。


それも上手くかわしていくルーシー。



「ルーシーさん、大丈夫なんでしょうか。」



フラウが震えながらつぶやく。


クリスの驚異的な力はともかく、ルーシーの神業的な動きにも次元の違いを禁じ得ない。



だが、このままではやがてやられる。



そもそも俺達は戦いに来たわけではない。


攻撃できないルーシーは防戦するしかない。


この戦いを終わらせるには彼女を止めるよりほかない。



そう。今俺に出来るのはクリスを説得することだ。



俺もフラウと横に距離を取りながらルーシー達のいる前方に出る。



どんな言葉を使えば彼女を説き伏せられるだろう?


逆上しているいま、何を言っても効果があるとは思えない。


しかし、やるしかない。



「クリス!話を聞いてくれ!俺達は君の言うように、君を晒し者になんか、ましてや実験台なんかには絶対にしない!ただ、話を聞かせてくれるだけでいい!今は何も出来ないかもしれないが、もう一度救うチャンスをくれ!」



クリスの動きが止まった。


そして振り向き俺の方へ視線を送る。


その視線には殺意が含まれている。



やはり駄目か。これ以上の言葉を用意できない。俺に彼女を説得することはできないのか。



「私の邪魔をしないで!」



クリスの標的が変わった。ルーシーを放置し40メートル先から一直線に俺の方に向かってくる。



「勇者様!」



ルーシーが叫ぶ。


俺にあの猛攻を防ぐことが出来るだろうか?


やるしかない!



骨針を木々に突き刺しながら縫うように近づくクリス。


2秒ほどで俺の鼻先に骨針が伸びてくる。


咄嗟に剣でそれを弾く。


だが、なんて重さだ!


骨針の一突きを捌くのにそれなりの力を込めないと弾ききれない。



こんな攻撃を連続で、しかもどこから攻められるか分からずに8本同時に相手しなければならないのか!



2手、3手、何とか弾いたが完全に捌ききれず体にかすり傷ができる。



後退して距離を取ろうとするが、足をとられそうになる。


すかさず攻めてくる骨針。


何とか避けるが間に合わず左肩に傷を負う。


しまった!



さらに頭上に降り下ろされる骨針を視界に捉えそれを払う。


が、同時に足元から突き上げられた骨針を見逃した!



懐が完全に無防備になった。


骨針はそのまま俺の胸に突き立てられた。



「勇者様!」



ルーシーが俺の方に走り寄っていた。クリスの背後5メートルくらいか。



何とか役にたとうとでしゃばってみたが、ルーシーの足を引っ張るだけだったようだ。


パーティーの盾にはなれなかった。



情けない勇者の物語はここで・・・。




俺の胸を貫いたと思っていた骨針が、ヌルリと滑って脇腹に抜けて背後に通り抜けた。



なんだ?これは?



「勇者様!衝撃を吸収する施術です!効果は2時間ですが1度に大きい衝撃を吸収すると消滅してしまいますから!」



フラウが叫ぶ。



ありがたい!一度限りの即死回避か!



俺は剣を手放し、通り抜けた骨針を両手で掴んだ。


そしてそれを引っ張る。



これ以上クリスの猛攻を凌ぐのは俺には不可能だ。


何とか懐に潜り込めば・・・!



と、その時は思ったが、よく考えれば他の7本の骨針で切り裂かれるだけだったかもしれない。



クリスは何が起きたかよく分からずに戸惑っている。


俺に引っ張られ体勢を崩し、俺と抱き合う形になる。



ルーシーがクリスのすぐ後ろに立っている。


無言で剣を振るう。



一太刀で背中の骨針6本が切り落とされる。


クリスがルーシーを振り向く。


骨針が切り落とされたことで俺とクリスが自由になる。


ルーシーから逃れようとクリスが前に跳ぼうとする。


当然前に立っていた俺とぶつかる。


再びクリスと抱き合う形になるが、ぶつかった勢いで背後に倒れる。



しかし、そこには地面が無かった。


急な斜面が広がっている!その先に景色がない!断崖絶壁だ!


俺はクリスと転がりながら斜面を下っていく。



なんとか木のある方へ体をよじらせ方向転換する。


ゴロゴロと斜めに転がっていく俺とクリス。



背中に衝撃。


パラパラと小石が落ちていく音を聞きながら、そのままの姿勢でかたまっている。何とか木の幹にぶつかって落下を防いだようだ。


下は岩場になっていたようで、切り立った崖から落ちれば無事では済まなかったろう。



だが、危険が去ったわけではない。クリスにはまだ両肘の骨針が残っている。この密着状態で首でも突かれたらおしまいだ。



クリスの様子を見る。


体を固くしてうつむいたままだ。



俺はもう一度説得を試みることにした。



「君が姿を見られたくないと言うなら、フードをかぶって見えないようにするか、いっそ変化の能力で元の姿に戻してみたらどうだ?」



クリスがハッとして俺を見上げる。



そして鼻先から光に包まれるように白い肌の人間だった姿に戻っていく。



見覚えがある。魔王の城で放心して動けなくなってた娘だ。


黒い艶のある、濡れたような長い髪が特徴的だ。ルーシーほど長くはないが、さっぱりしてまとまっている。



彼女の目が潤む。



「気付かなかった・・・。」



そうか、容姿に対する劣等感はやはり耐え難いものだったろう。それをもっと早く考えてやればよかった。



彼女から怒気が消えて、俺は一安心した。



と、クリスが顔を寄せ俺の唇に唇を合わせてきた。



さきまでの敵意が嘘みたいな熱烈ぶりだ。まあ、感激しているのなら嬉しい事だが・・・。



「勇者様!大丈夫なの!あ!」



ルーシーが斜面の上で俺を見つけたようだ。



俺はまだクリスに熱烈な口づけを受けている。



長い口づけだ。



もっと言うと熱烈な口づけだ。



舌が・・・。




「あんたなにやってんの!」



ルーシーが上でぶちきれてる。



ようやく口を離すクリス。うっとりした顔をしている。



「今気付いたけど、他人の唾液が凄く美味しそうに見える。」



ええ?気付いたのそっち?


俺の唾液を飲んでいたのか。脳を食われるよりはマシだが、ちょっとゾッとした。




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