第8話



次の日。


朝の爽やかな空気が石畳の路を濡らし、ひんやりとした風がまだ冴えきっていない頭を引き締めてくれる。


俺達は朝食もそこそこに、例の案件の進捗を伺うため、ブースターを駆り城へと訪れていた。


まだ朝方だというのに衛兵もテキパキと働いているようだ。


馬屋を借りそこにブースターをつなぐと、昨日の神官の宿舎へ行ってみる。



「フラウは話し合いは済んだのかな。」



昨日の夜に話が済んだのなら結論は出ているはずだ。



宿舎に着くとフラウは身支度を整えて外に出ていた。


何やら小箱を抱え思案しているようだ。


昨日見た2つの衣装とも違い、大分砕けた格好をしている。


水色の半袖シャツと青い膝丈のスカートだ。彼女の人柄らしく真面目だが可愛らしさも忘れていないという感じで好感が持てる。



俺達を見つけると顔を明るくさせ手を振って出迎えた。



「おはようございます。勇者様。ルーシーさん。今日お見えになるとは聞いていましたが、いつ来るかわからず、迷っていました。」



「おはようフラウ。時間を決めておけば良かったね。それで?その箱は?」


「これはただの私の私物です。ペンとか紙とか。」


「それじゃお父様との話は済んだのかしら?」


「はい。昨日の夜話を聞きました。はじめは私に勇者様の手伝いは出来ないのではないかと消極的でしたが、なんとか父を説得しました。それで謁見の間でのことは一通り聞かせてもらいました。」



と言うことは魔王がまだ首だけで生きている事も聞いたということか。


一緒に冒険するのなら知っていてもらった方がいいだろうな。


大神官も自分の娘を危険にさらすのは断腸の思いだったろう。


許可をいただいて感謝せねば。



「それで、お持ちしていたのは、正式な辞令はまだですが、総務局本部にて勇者様を室長とした新たな組織を立ち上げることになったようです。」



新たな組織?


ルーシーが言った諜報機関の情報の流用は流石に無理だったが、その妥協案として別の新たな組織自体をあてがったというわけか。



「特別捜査室。というのだそうです。部屋に案内しますので、付いてきてください。」



フラウは俺達の前を歩いていく。



「室長ですって。出世したわね。」


「組織そのものがお飾りじゃなければいいがな。」



大聖堂と総務局本部は城をはさんで反対側にある。本部は城の左側ということだ。


そこは王の決定した任務を事務的に実務的に行うための各機関の本部として使われている。


食料、水、インフラ、医療、事件事故、災害、財政、税、今までであればモンスターの襲来といった問題だ。


本部は石造りの飾り気のない箱といった無骨な見た目をしている。


もちろんかなりの大きさだ。


流石にここに入ったことはなかったな。



城の裏をぐるりと回って本部の前まで来た。


ここも忙しく人の出入りが激しい。



中に入ると意外に清潔感のある小綺麗なエントランスが目に入った。


入り口の脇の衛兵が敬礼をして出迎える。



「315号室ですから3階ですね。」



フラウが辺りを見回しながら俺達に話しかける。



エントランスの正面に階段がある。階段は2階の踊り場を突き抜けて3階まで伸びている。階段を上がると一旦そこで階段は途切れているが、左右に上へと続く折り返しの階段がまだある。


階段の左右に部屋が並びそれぞれ各組織の役人が仕事をしているのだろう。


315号室を探すと、建物の入り口側に部屋があった。



「ここですね。」



フラウが扉に手をかける。


どうやらすでに中から人の気配がするが。



扉を開けると、中には二人の男女が忙しそうに書類やらの整理をしていた。


中央に大テーブルがひとつ、椅子が6脚。壁際に戸棚が並べられ、床に置いた箱に入った書類を戸棚に並べている。



入ってきた俺達に気付くと。



「これは勇者殿お早いですね。」



と男が手を休めた。



「ああ、おはよう。」



「はじめまして。私本日付でこの特別捜査室に配属になります、スコットと申します。以後よろしくお願いします。」


「同じく。シモンです。よろしくお願いします。」



二人はお辞儀をして、俺に挨拶した。


それにならって俺もお辞儀をした。



「こちらこそ、よろしくお願いします。」


「私達は昨日まで諜報部にいた者です。それで、役立ちそうな書類の写しを早速いただいてきました。」


「なんと、それは手をかけました。手伝えますか?」


「いえいえ、大丈夫ですよ。種類も分けておきたいですし。それに、敬語もいりませんよ。室長なんですから。」


「ん?それじゃあすまない。普通に喋らせてもらうが、君たちも気にしないでくれよ。それと、こっちがルーシー、こちらがフラウ。知ってるかもしれないがよろしく頼む。」



手を振るルーシーとお辞儀をするフラウ。



「はい。伺っております。よろしくお願いします。」



シモンはニッコリして書類整理に戻った。


スコットも同じく二人にお辞儀をする。と、テーブルの椅子に腰かける。



「まあ、皆さんお座りください。実は話がありまして。」



顔を合わせる俺達。促されるまま各自椅子に座る。



「事件事故不思議な現象を捜索することが我々の務めだと聞きました。」


「そうね。魔王の娘に関係するかは洗ってみないとわからないし、途方もない作業になるかもしれないけど。」



と、ルーシー。



「実はすでにそういう類いの案件がひとつ持ち上がっています。」



既に?早速か。



「アルビオンから南に少し離れた所に、サウスダコタの街とマドラス村という場所があります。その二つを結ぶ街道に、海を一望できる見晴らしのいい丘があるのをご存じですか?」


「街道岬と言われている場所だな。魔王歴中は海原から発生していた黒い霧のおかげで、見晴らしが良いどころではなかったそうだ。話には聞いているが俺達も含め、誰もあそこを通るものはいなかった。」


「そうです。普通は何代も前に林を伐採して作った近道の街道を使うことの方が多いのですが、勇者殿のおかげでモンスターもいなくなり、まだ見たこともない海を一望できる街道岬を通っていこうという若い者も出てきていたんです。」



それ事態は嬉しい事だが。



「それが、一週間くらい前からそこを通ったであろう人達が、どちらの街や村にも到着してないという話が諜報部に入ってきまして。」


「行方不明ということですか?」



不安そうに尋ねるフラウ。



「そういうことですね。諜報部でも問題視して人をやって調べさていたのですが、3日たってもまだ戻ったという話を聞いてませんね。」



なんということだ。アルビオンの目と鼻の先の街道で既に何事か起こっているというのか。



「確かに、私達が追ってる案件のようね。」



ルーシーが立ち上がる。


スコットは手で制するように。



「午後に国王より正式な辞令が申し渡されます。それまではお待ちください。」


「それにはあなた達が代理で出てちょうだい。」


「え?我々がですか?」


「人命に関わる事だし早い方がいいからね。」



それには同意だ。俺も立ち上がる。



「よし、行ってみよう。サウスダコタならブースターで早駆けすれば数刻で着く。」


「私もお供します。」



フラウも行ってくれるようだ。


こんなに早く機会が来ようとは思わなかった。


何が待っているのかわからない以上、不安はあるがそうも言ってられない。



スコットは諦めたように。



「了解です。国王には私から話しておきます。諜報部の人間が戻らないのはただ事ではないです。危険があると思っていいと思います。どうかご無事で。」



来たばかりの本部を後にし、ブースターの馬車に乗り込む。


ルーシーが手綱を握ってくれるようだ。



「相当揺れるから、しっかり掴まってなさいよー。」


「は、はい。」



フラウは恐る恐る車の縁に掴まっている。


俺もそうした方が良さそうだ。



サラミス海域に隣したサウスダコタやマドラスは、魔王歴中の黒い霧によって港町や漁村という生業を失い、困難な生計を余儀なくされていた。


それでも40年存続できたのは、アルビオンによる援助によるところも大きい。


少なくとも俺が旅していた4年間は、外目にはアルビオンと変わらない賑わいを見せていた。



この周辺地域の自警団も、アルビオンから出向いた兵士が街の者などを統率し組織として育て上げてきた。警備、モンスター討伐などはもちろん、人間の起こす犯罪にも捜査、容疑者の確保、拘留などもこなしている。



俺の住んでいたベース村では犯罪捜査などはなかったが、大きな街ともなると、いろんな人間がいるという事なのだろう。



街へと着いた。


馬車の揺れが激しく舌を噛みかねないので道中では全く話が出来なかった。


遊びに来たのではないので、それは仕方ないが、フラウは早くもヘトヘトとしているようだ。



「移動だけでもこんなに大変とは。」


「大丈夫大丈夫。ここまで駈け足させることなんか、ほとんどないから今日は特別よ。」



アルビオンと同じく街の周囲には防壁がぐるりと廻らせれている。


違うのはその防壁が丸太で組み上げた天然物ということと、海に面した港側にはないということだ。


出入りに許可書などは必要なく、自由に往来ができる。


それでも入り口の門には警備の者が立っている。


街に入ると、入り口はやや高台になっていて港が見下ろせる。


驚いたことに、大きな帆船が数隻停泊している。



よい時間なので昼食をとるためパブへ入る。


港には商船が寄港しているらしく、一時の休養を満喫しようと、船乗り達が大いに羽を伸ばしている。


街の女達もその相手に余念がない。


俺が2ヶ月田舎の村に引っ込んでる間に、世界は随分元の生活を取り戻しているのだろうか。


この先街の防壁も取り除かれるのも近いかもしれない。


俺達の探す魔王の娘達の存在が、今はただ不気味ではあるのだが。



フラウは旅慣れないからか、珍しそうに辺りを見回している。


こんなときでなければ街の観光案内でもしてあげたいが、今はそういう場合でもない。残念だが、次の機会があることに期待しよう。



食事くらいは地域の名産品を食べるのもいいかと思い、ルーシーとフラウに食べたいメニューを聞きもせずに、パブの店員に海鮮パスタを3つ頼んだ。



二人は不満というわけでもないが、ちょっと意外というような顔で俺を見ている。


食べれば分かるから。心配しないでいいぞ。



パブの端の丸テーブルに座り、昼間からビールをあおっている船乗りたちの喧騒を横目に見ながらパスタを待つ。



「この後、自警団の詰所に行って話を聞いてみようと思うが。」


「そうね。何かわかるかも。」


「勇者様はこの街でも活動していたんですか?」


「ああ、道すがらにモンスターを退治していたからね。今から行く街道岬から見える海の霧からは、大魚や怪鳥といった剣士だけではどうにもできない相手が発生するのが主だったので、自警団やアルビオンの騎士団との共同でモンスターを一掃する作戦なんかに参加してたよ。」


「スゴいですね。」


「一時的なものだけどね。またすぐにモンスターは沸いてくるから。」


「自警団の人とは顔見知りってわけなのね。」


「だからすぐに話は聞けると思う。」



店員が海鮮パスタを運んできた。


見るからに美味そうだ。


ルーシーもフラウも満足そうに笑う。


貝、イカ、エビなどの魚介を刻んで、ほんのりしょっぱいソースに混ぜた、シンプルだがプリっプリの新鮮な食材が生きた特上なパスタだ。



「なにこれ。美味しい。」



ルーシーは一口でこの魅力の虜になったらしい。



「ほんとですね。海鮮の歯応えがいい食感で、塩味なのがこの料理のコンセプトを引き立てて、シンプルなのにかなりの満足感です。」



フラウもこのパスタの良さがわかったらしい。



「そしてパスタ自身の喉ごしも絶妙で、ソースによく絡むやや細めなのが憎い。そしてこの一般的なパブでふるまわれ、値段も手頃というのがさらにいい!」



二人は頷きながら一心不乱に食べている。


俺もあっという間にたいらげてしまった。



ごちそうさま。



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