第9話
さて、自警団の詰所に行かなくては。
詰所に入ると入り口すぐに受付カウンターがあり、横に椅子が何脚か置いてあった。
奥には見回りの交代要員が休憩でテーブルでくつろいだり、ベッドで横になってたり骨を休めている。
これもモンスターが居なくなったおかげだろうか。以前は自警団に休む暇など無かったものだ。
受付のカウンターに座っている男が俺達を迎える。
「やや!これは勇者殿。お久しぶりですなー。」
「やあ。覚えてくれたのか。嬉しいよ。」
「何をおっしゃる。国王の褒美をやっと受け取られたそうで、なによりです。」
もうそんなことがここまで伝わってるのか。
「それより、聞きたい事が。マドラスに向かう街道岬で行方不明の事件が起こっているそうだが、何か情報はないだろうか?」
受付の男は渋い顔になり。
「お調べになるんで?つい先日もアルビオンから調べに来た者が、帰らないままですぜ。」
「そう。それも調べなければ。」
俺を案じてか返答に困っていたが。
「よござんす。お連れのお嬢さん方も椅子にでも掛けて下さいな。何も長い話ってわけじゃねえですが。」
ルーシーはピョコンと座る。
「ありがと。遠慮なく。」
「じゃ、じゃあ私も。」
フラウも座る。
「あらましを最初から話しますぜ。まず事件に気付いたのは一週間前。
ここからマドラスに向かう2組の旅人がいまして、一方は歳を召されたご老人で林の街道を、一方は若い二人組が街道岬を通って行くと、示し会わせた訳じゃねえが、それとなく向こうでも一緒になるだろうと会話をしていた。」
一旦息をついて。
「ところがマドラスに先に着いたのは老人ですが、結局その日若い二人組は来なかった。いくら遠回りの道と言っても、そんなに時間がかかることはない。何かあったんじゃってんでマドラスの自警団に話を持っていった。そしてマドラスの自警団が捜索に行ったが、これも戻らない。」
つい話に飲み込まれてしまう。
「林の街道を通ってサウスダコタに使いをやる。そこで俺達も事件を知ったんですが、調べてみるとここ最近数名の旅人がどうやら街道岬を通ると言って出ていってどちらにも到着してないってことがわかった。えらいことですよ。
調べられたのが宿に泊まった旅人くらいのもので、実際どのくらいの人間があそこを通って戻ってないかは調べようがないときてる。
そこで、今はあそこは通行止めということにしてますが。何せ原因は不明なので、それを守ってくれてるかもどうだか。」
フーッとため息をする。
「しかし悲しいかな時が悪く、俺達は街の一時的な賑わいに警戒を強めてなきゃならんのですよ。
酔っぱらいの揉め事や、船乗りの犯罪では出港して逃げられれば最後、事件がうやむやにされてしまいかねない。
街の外ということもあって、どちらの管轄でもないって事がさらにややこしいときてる。
言い訳がましいでしょうがね。
そこで今はこの事件は棚上げということになっています。」
「ありがとう。大変参考になったよ。」
スコットの話とだいぶニュアンスが違う部分もあった。
事件は一週間前から起き始めたのでなく、さらに前から起こっていたということか。
「もうひとつ。これはマドラスの人間が言っていたそうなんですが、最初に行方不明になったのはマドラスにいた娘だったってことです。」
「マドラスの娘?」
「そう。何でも2ヶ月くらい前に帰ってきた娘が半月ほど前から戻らなくなって、それからこの事件が起こりだしたのだと。」
ドキッとした。
2ヶ月前に帰ってきた?
ルーシーも顔色を変える。
「名前は?」
「さあ、そこまでは。でもメイドの服を着ていたそうですね。」
雲行きが怪しくなってきた。
俺達は情報の礼を言って詰所から街道岬へとブースターの馬車を駆った。
御者には俺がつき、二人は後部に乗せる。
フラウは俺とルーシーのただならぬ顔色を見て、何事かと肩を強張らせている。
街道の分かれ道には岬側に立て札が立てられ、行方不明者多発。通行禁止と書かれている。
もちろんそれを通り過ぎ街道岬へと、馬を進める。
ここから先は何が起こるかわからない。
緊張感が高まっていく。
林の影、岩の死角。そういったものに注意しながらブースターを走らせる。
上りの勾配がキツくなる。西側は林を抜けて、切り立った断崖の横からは海が見えてきた。
確かに見晴らしの良い風景だ。このまま丘を登ればさらに良い絶景が見られるのだろう。
しかし、今気になるのは木の影に潜んでいるかもしれない何者かだ。
注意を怠ることはできない。
慎重に進めていったが、丘の上まで来て今のところ何事も起こらなかった。
ここからマドラス方面に向かう道中に何かがあるのだろうか。
丘の上はちょっとした広さがあり、崖がせりだしていて岬になっている。
この突端で海を一望すれば、視界全てに海を見渡せるのだろう。
後ろ髪を引かれる気分だが俺達は先を急がねば。
「あれ!見てください!」
フラウが突然叫んだ。
叫びが異様だったので、俺は馬を手綱を引いて止めた。
「どうしたんだ?」
御者席をからフラウを振り返り、その様子をみる。
フラウは岬の突端を指差して固まっている。
ルーシーもフラウの肩越しにその方に目を凝らす。
海がどうしたのかと思ったが、それは思い違いだった。
フラウが指差していたものは、岬の突端。そこにあった。
首だ。
岬の突端にいくつもの生首が横一列に並べて置かれていたのだ。
海から吹く潮風が背筋を凍らせる。
呆然として、そのあってはならない情景を前にしていたが、待て待て待て。
誰かこれをやった奴が近くにいるのだ。
呆然としている場合ではない。
馬車を降り辺りを伺う。
ルーシーもピョンと飛び出す。
フラウはまだ馬車の中で固まったまま放心している。
馬車から降りたルーシーはそのまま首が並んでいる突端までスタスタ歩いていく。
俺は背後の林を警戒していたが、物陰に動くものはない。
どこかに潜み、こちらの様子を伺っているのか?
馬車で駆けて来た以上、蹄の音はこの静かな場所で響くはずだ。
この付近にこれをやった犯人がいるのだとしたら、絶対に俺達に気付いてない訳はない。
だが、やはり動きはない。
そこで俺もルーシーの行った突端に向かう。
ルーシーはそこでしゃがみこんでいた。
早足でそこに並ぶ。
「どうだ?」
どうだもなにもないのだが、そういう言葉しか出てこなかった。
強い潮風で俺やルーシー、そして生首たちの髪がなびく。
そのせいだと思ったが、生首が少し動いたように見えた。
すると。
「た、助けてくれぇ、化け物に襲われたんだぁ!」
弾けるように一歩後退る。
生首が喋った!いや、生首と思っていたが、この人はまだ生きている!
「大丈夫か!埋められているのか!?」
「わからねえ。襲われて気を失って、気付いたらこの有り様だぁ。」
話し声に気が付いたのか、辺りの生首と思っていた人達ももぞもぞと動きだし、助けを求めたり、恐怖を伝えたり、一斉に喋りだした。
なんてことだ。異常だ。何のためにこんなことをしたんだ?
ここは岬の突端だ。地質的には岩盤で、穴を掘って人を埋めるなんて到底考えられない。
それで俺は無意識に生首が並べられているものと勘違いした。
ここにいるのは全部で13名。若い人ばかりだ。残念ながら全員が生きているわけではなく、ぐったりして白目を剥いている人が4人いた。
今すぐ掘り出してやりたいが、硬い岩盤を掘り起こせるような道具は持ち合わせていない。どうやって埋めたんだ。
俺はとにかく皆を落ち着かせるためにも話を聞く事にした。
「一体何があったんだ?」
埋められた人達が口々に言うことを総合すれば、馬車で走行中だったりこの付近に立ち寄ったりした時に、突然何処からともなく刺されたという。
その痛みで気を失って、今こうなっていると。
しかし、一番古い被害で2周間前のはずだが、ずっとこうだったのか?
食事は?
「いないわね。」
ルーシーが呟く。
何がだと聞こうとすると、突然ルーシーが俺に体当たりしてきた。
不意を突かれて地面に倒れる。
そして頭上から風を切る鋭い音が唸る。
「化け物だ!化け物が出た!」
首まで埋められた人達が騒ぎ出す。
見ると、俺達の背後の地面から細い刃のようなものが生えて伸びていた。
ゆうに5メートルはあるだろうか。ゆらゆらと恐ろしく柔らかいが、その切っ先が鋭利であることは見ただけでわかる。
俺の首を狙っていたのか!
今ルーシーに助けられなければ、この一撃で死んでいた!
背筋が凍る。
「すまない!助かった!」
「いいのよ。出たわね。」
地面から伸びた刃がさらに俺達に襲いかかってくる。
背中の剣を抜刀するルーシー。襲い来る刃をいなし、それが伸びている地面を目指して突き進む。
ルーシーが走るよりも早く、刃は地面の中にスルスルと引っ込んでいく。
完全に消え穴だけが残る。
俺も立ち上がり剣を抜く。
敵は地中から襲ってきているのか!
辺りを警戒してもこれでは見つからないはずだ。
こうやって皆は何処からともなく襲われたんだ。
この硬い地面をどうやって移動しているのかはさっぱり不明だが、今はそんなことはどうでもいい。
次に何処から現れるのか、全くわからないということだけは確かだ。
全身を集中させる。
鼓動がうるさく辺りの音を上手く聞き取れない。
フラウはまだ少し離れた場所で馬車に乗ったまま動かない。
あまりにも危険だ。このままブースターを走らせて、ここから離脱させた方がいいかもしれない。
すると、俺達からちょっと離れた右横の地面がボコボコと盛り上ってきた。
さきの刃だけの穴よりだいぶ大きい。
俺とルーシーはそちらに向かって剣を構える。
「ルーシーィィィ・・・。なぜあんたは美しいままなの?」
盛り上った地面から人間大のものが沸き上がる。
ルーシー?何を言っているんだこいつは?
「あんただって、なかなか可愛かったじゃない。ライラ。」
ルーシーが答える。
出てきたモノが顔を上げ、姿を見せる。
「なぜ、あんただけがこうならない!?」
メイドの服を着た女!
しかし、肌の色が青く変色し、髪は白く色が抜け、目は黒、瞳は赤い。口には牙のようなギザギザの歯が並んでいる。
息を飲む。
なんだこの姿は?
それよりルーシーと知り合いという話ぶりと、この見覚えのある服は?
まさかこの女は、魔王の城に捕まっていたメイドの1人なのか?
俺達が救い、脱出させた、あの・・・。
「だけって言った?ってことは他の娘達もみんなこうなったってことなの?」
「知るかぁああああ!私だけがこうなったなんて考えたくもない!」
ライラと呼ばれた女は、背中からメキメキとさっきの刃を伸ばしている。
2本、3本、先程よりもさらにリーチも長い。
どうやらあれは肋骨を変形させて体の外に出しているらしい。
「ああああああああああぁっ!死ねぇえええええええ!!」
俺達に6本の骨針が一度に襲いかかる。
剣でそれを払い退ける。
一瞬の油断が命取りだ。
2回、3回。
一つ一つの攻撃が重い。体を持っていかれそうになる。
「やるわね勇者様。」
同じように剣で応戦していたルーシーがニヤリと笑顔を向ける。
だいぶ余裕があるように見える。俺にはそんなものはない。
6メートル以上の射程、6本の同時攻撃。それが継続して続いてくる。
集中して一つ一つを剣で弾き返し身を守るのが精一杯だ!
このままでは近付くことさえ出来ない!
そしてこれはいったいいつまで続くのか。
「それは任せたわ!」
迎撃回数が10回を超えた頃、そう言ってしびれを切らしたルーシーがライラの近くに駆けていく。
このままではマズイとは言え、飛び込むつもりか!?無茶な!!
「んん!こっちに来るなあぁあああ!」
ライラは骨針をルーシーの方に集中させようとする。
やはり狙われる!彼女だけを攻撃にさらされるわけにはいかない。
任されたのならやってみせる!
俺は骨針に向かって飛び上がり、剣でできるだけ地面に叩き付ける。
「ナイスー。」
腰を落とし放射線状に走りながらライラへと斬りかかるルーシー。
が、あと少しという所でライラは地面へと逃れる。
骨針もスルスルとまた地面に戻ろうとする。
が、それをルーシーが掴む。
引っ張り出そうというのか。
俺も剣を捨て残った骨針を掴もうとしたが、ルーシーの足下に地面の盛り上がりを見た。
「ルーシー危ない!」
俺が言い終わる前には、新たな骨針が地面から飛び出て、ルーシーはそこから飛び退いていた。
そして骨針全てが穴の中に戻る。
「逃がしたか。」
ルーシーは惜しそうに言う。
この状況はヤバい。
次何処から攻撃されるか分からない。
「ねえ、話をしましょう?あなたのその姿。私にも何があったのか分からない。あなた、一体何をされた?」
ルーシーはライラに話しかけている。
何をされた?とはどういうことだ?
返事はない。
周囲を目で見回す俺とルーシーは次第に背中合わせになって辺りを警戒している。
油断は出来ない。いったいどこから来る?
俺達の足元の岩盤がバキッと音がした。
俺達は咄嗟にそれぞれ前に体を移してその場を飛び退いた。
次の瞬間俺達の居た地面から骨針が数本飛び出る。
反射的にそれを掴もうとするルーシー。だが、伸びた骨針は出たと思ったらすぐに引っ込んだ。
引っ込んだと言うことは・・・。
今着地した足元からさらに骨針が飛び出る。のけぞるように体を反らす!間一髪だった!
避ける、飛び出る、避ける、飛び出る、まるで逆もぐら叩きだ!
「勇者様、立ち止まらないで!」
ルーシーが叫ぶ。
その方が良さそうだ。
俺は後ろ歩きで常に動きながら骨針の地中からの攻撃を目で追いながら避けていく。
だが、ルーシーは立ち止まっている。
何をしているんだ!?狙われるぞ!
突然剣を地面に突き刺すように叩きつけるルーシー。
地面から飛び出てくる骨針にカウンター気味に剣撃がぶつかる。
狙ってくる場所が読めたのでそこを逆に狙ったのか。
だが、地面は固い岩盤だ。剣撃はライラに直接届かない。
骨針は結局地面から出ずに引っ込んだ。
そして今のルーシーのカウンターで地面からの攻撃は止まったようだ。
またも沈黙が訪れる。
しかも今度はさきよりも長い時間動きが見えない。
肩で息をしながら呼吸をととのえる俺。
疲労のため、というわけではない。
未知の敵の恐怖というか、まったく予想外の出来事に体が着いていけてない。
こんな戦いは始めてかもしれない。
どこから襲ってくるか分からない敵。何を考えているか読めない。
それにしてもルーシーの剣の腕を始めて見せてもらったが、こちらにしてもまったく予想外だった。
体の動きも機敏だし、剣に振り回されるということもない。
並の剣士ではない。
周囲に目を凝らしながら固唾を飲んで敵の動きを待つ俺達。
「うぎゃあああぁあっ!」
急に首だけ地面から出していた人1人が叫び声を上げた。
見ると、骨針が首だけの出ている人の背後の地面から伸びて頭を貫いていた。
なんだ?なぜ、このタイミングで?
「うわぁあああっ!!」
隣に埋まっている人が泣き叫ぶ。
俺達に対する挑発かと思ったが、様子が変だ。
骨針が頭を貫いたまま動かない。
俺達もあまりの事に身動きをとれないでいる。
「あいつ!ああやって人間を食べてるの!?」
気付いたルーシーがそうはさせまいと走って斬りかかるが、骨針はまた地面に戻っていく。
まさか、この捕まった人達は奴が食べるための食料として捕まえられたのか?
だからすぐに殺さずにこうやって自由を奪っていると?
あまりにも想像を絶する事態に目眩がする。
ルーシーが俺の近くに急いで戻る。
「気を付けてよ。何かヤバいものがくるわよ。」
これ以上何が来るというのか。
再び膠着状態が訪れるかと思いきや、それは違っていた。
周囲から地鳴りのようなものが聞こえたかと思うと、俺達を囲むように全方位から何十もの骨針が一度に生えてきた。
足がすくむ。
避けようがない。
俺は死を覚悟した。
ルーシーが俺の手を握り引っ張る。
囲まれた一方に走り寄り、剣を払い生えてきた骨針の根本を断ち切る。そして俺達は開いたスペースから囲いの外へ走り抜ける。
なんという切れ味だ。
魔王の首を一刀両断できたのも頷ける。
そしてルーシーはそのまま距離を取るのではなく、俺達を囲んでいた骨針の外周をぐるりと回りながら全て根本から断ち切っていった。
いや、全部ではない。一本だけ残している。
一瞬の出来事だ。
俺が死を覚悟した状況を無傷かつ一瞬で打破し、逆に相手を追い詰めようとしている。
俺は唖然としてルーシーの行動を見守っているだけになっていた。
「これがあんたの出せる肋骨の最後の一本?まあ、そうよね。全部出して一気に止めを刺そうとしたんだから。引っ張り上げるから待ってなさい。」
ルーシーが力を入れようとしたが、ボコボコと自分から出てきた。
予想外の反撃だったらしく、うなだれて臥せっている。
「あ、あんた一体なんなの?」
「話をしましょう?あなた、一体何をされたの?」
一瞬の膠着。
「い、嫌だ!!」
戦意を喪失したのかと思ったが、ライラは肘から骨針を伸ばしルーシーを攻撃する。
しかしルーシーはそれを掻い潜り、剣を振り上げライラの腕を切断する。
「ぎゃああああぁあああ!」
激しく仰け反り叫びを上げるライラ。
しかし、逆の腕の掌からも骨針を突きだし、さらに攻撃しようとする。
「うあああああぁぁっ!死ねぇえええええええ!」
ルーシーはそれを難無くかわし、そちらの腕も上から切り落とす。
「うわあぁあああああああ!」
痛みに耐えかねて仰け反った後地面に倒れるライラ。
両腕を無くしたせいで上体を起こすことさえ困難になる。
その足元まで静かに歩み寄るルーシー。
「次は足から骨を出す?出した瞬間両足を切り飛ばすわよ?」
剣先を伸ばし、ライラの腿辺りにつける。
激しく呼吸をしている。一瞬間があり、数呼吸後、ルーシーの言うようにライラの両膝から骨針が飛び出す。
そしてこれもルーシーの言うように、骨針を出しきる前にその両足が切り飛ばされる。
一方的だ。もう勝負は着いている。さっきまで不気味な敵として驚異を感じていた相手を不憫にさえ感じるくらい実力の差は歴然。
それがわかっていても憎しみの執念が攻撃を止めることが出来ないと言うことなのか。
「なぜ、なぜ私は勝てない・・・。」
ライラが力尽きたように呟く。
「変な能力を身に付けたようだけど、あなた自身は戦闘の素人だからね。それより、何があったの?」
観念したのか今度はルーシーの問いに答えだした。
「分からない。半月ほど前から、人間の頭を見るとお腹が減るような感じがした、美味しそうに見えるような気がした。怖くなって私はここに逃げ込んだ。体が変色し醜くなっていった。人がここに近付くと臭いに我慢できなくなってた。」
太陽が海に沈み始めていた。
ライラは一言一言吐き出すように言葉を捻り出した。
泣いていた。
「気が付くと、私は人間じゃなくなってた。あああぁ、痛い。苦しい。」
彼女の慟哭に哀れみを感じずにはいられなかった。
「なぜ、私だけが、こんな酷いめにあうの?魔王がいたときでさえ、この世界中の人達は私より酷くはなかった。なぜ私だけが辱しめを受け、汚されなきゃいけないの?なぜ私だけ・・・。」
衝撃の告白に顔を伏せるルーシー。
「やっぱり。そうだったのね・・・。魔王の血を受けた。それがその体の原因。」
なんてことだ。考えたくは無かった。
何のために魔王が女を数多く拐って行ったのか。
そこで何があったのか・・・。
「痛い、苦しい・・・。助けてルーシー。体が崩れる・・・。」
顔を伏せていた俺達はその言葉にライラを再び注視する。
残っていた手足の先からズブズブと黒ずんでいく。灰のように崩れていく。
「途中で腹が減るくらい魔王の血の力を使い果たしたから、体が持たなかったのね。」
「嫌だ!死にたくない。死にたくないよ、助けてルーシー・・・!あの時みたいに助けてよ・・・!」
「もう・・・ひとつだけ教えて。あなた以外、魔王に寵愛された人はいるの?全員がそうっだったの?」
返す言葉はなかった。
ライラは体をモゾモゾさせ上体を起こそうとさせながら、殺意に満ちた眼差しで言い放つ。
「お前ら全員死ねぇえええええええ!醜くなって滅びちまえぇぇえええええっ!!!」
まだ攻撃してくるのかと思い体制を整えたが、攻撃することは出来なそうだ。
「苦しんで死ね。死ね。わたし、みたいに・・・。」
そう呪いの言葉を吐きながらライラは灰となり崩れていった。
虚しさが残った。あの魔王の城の女を救えなかった。
無力感を感じずにはいられなかった。
「さあ、埋まってる旅人達を助けないと。」
ルーシーはすぐに動き出す。
そうだ、日が陰ってきている。急がねば。
そしてフラウはどうしたんだろう?馬車の方を見る。
ブースターはそこらの草をもりもり食べている。こいつもなかなかの度胸がある。驚いて逃げそうなものだが。
フラウの姿が見えないので、ドキリとして馬車に歩み寄る。
どうやら気絶して馬車の中で倒れていたようだ。
取り敢えず安心だ。
ルーシーのいる岬の突端に戻る。
「やっぱり。掘り出すには道具が必要ね。」
「そうだろうな。どうやってこんなところに体をスッポリ埋めたのやら。」
「あんた達、ひょっとして勇者様なのかい?あんな化け物をやっつけちまうなんて。」
「そうよ。あなた達を助けに来たの。」
「ああ!助かった!俺達助かったんだ!」
「喜ぶのはまだ早いけどね。一旦、道具と人手を呼んで体を掘り起こさないと。」
ルーシーのその言葉が耳に入ったのかどうか。埋められて首だけになった人達は感極まって喜びあった。
なんとか安心はしたが、やはり異様な光景だ。
岬の絶景等はもはや意識に入らない。
こんな恐ろしい体験をした人達を一刻も早く助けたいが。どうするか。
「勇者様。ちょっと悪いんだけど、私はここに残るから、馬車でサウスダコタの自警団何人かと掘り起こす道具を手配してくれない?」
「そうだな。それが良さそうだ。だが、1人で大丈夫か?」
「フラウを1人で行かす訳にもいかないしね。」
俺は納得した。
ブースターには悪いがあと少し頑張ってもらおう。
俺と気絶したフラウは恐る恐る南下した道を早足で北上した。
流石にフラウは途中で気が付いた。
サウスダコタの詰所に着く。
事情を説明して、人手と岩盤を掘り起こせるツルハシを数個用意してもらった。
辺りは日が暮れていた。
そこからとんぼ返りで街道岬に戻った。俺達と自警団の馬車の2組が並んで走る。
岬にたどり着く。夜の作業は視界も悪いだろうが、あのまま放置もしていられない。
急がねば。
勢い勇んで馬車を飛び降りると、そこにいたルーシーが力なく座り込んでいた。
何事かと近づく。
今度はフラウも一緒に降りてきた。自警団の馬車からも数人、様子を伺うように辺りに散らばる。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
うずくまっていたルーシーが顔を上げる。
「やられたわ。化け物がまた襲ってきて、あの人達を・・・。」
そう言って突端を指差す。
「ひっ!」
フラウが驚く。
そこには地面から切り離された人々の首が転がっていた。
13人分ある。
なんてことだ、行方不明になった人々全員救えなかったというのか。
「みんなには悪いけど、その人達の首を弔ってやって。」
自警団の皆は顔を見合わせながらも、言われた通りに転がった本当の生首になった遺体を麻袋に入れ、街へと引き返していった。
俺達も脱力感を感じながら、サウスダコタに戻る。
夜が更けていたので、今夜はこの街の宿に泊まることにする。
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