04、魔人

第10話

04、魔人



宿の部屋で休んでいるとノックが聞こえてきた。



「開いているよ。」



ルーシーとフラウが入ってきた。


ベッドに横になっていた俺は、縁に座り直す。



「なんだ。一緒だったのか。」


「フラウが話があるからって。」


「話?」



うつむいて立っているフラウ。


ルーシーはその辺の椅子に背もたれに抱きつくように座る。



「勇者様、ルーシーさん。私、何も役にたてなくて、本当に申し訳ありませんでした。皆さんを守るどころか、気絶してしまってたなんて。」



痛恨の表情をうかべ、立ち尽くすフラウ。



「いや、君がアレに気付いてくれなければ、俺達は知らずに馬上で攻撃を受けてたかもしれないんだ。役にたたなかったなんてことはないよ。」


「そうね。私も見逃してた。」



ルーシーが同意する。


フラウは痛恨の表情を浮かべているが正直俺も役にたっていたか怪しい。



「しかし、俺が今まで戦ってきた危険とは種類が違いすぎて、君を巻き込むのは早計だったような気もしてる。ここでもう一度考え直してもらってもいい。」



ルーシーに視線を送り、同意を求める。


ルーシーはしょうがないとばかりに頷く。



「今まで俺達の戦いはモンスター相手の害獣駆除みたいなもんだった。知識と準備があればあとはむしろフィジカルでなんとかなるくらいのものだ。


しかし今の戦いは相手に知能があり、策があり、能力がある相手だ。全く別次元の戦いになると考えなければならない。」



肩を落としているフラウ。



「私はパーティー失格ということでしょうか?」


「いや、大神官の娘の君を、未知の危険に巻き込む訳にはいかないと思っただけだよ。」



とても俺に命の保証をしてやることが出来そうにない。


無責任に彼女を巻き込むわけにはいかない。



「考え直して、それでもやるつもりがあるなら、それでいいんじゃない。」



ルーシーが助け舟を出す。


ルーシーはフラウの参加をあくまで期待しているようだ。



「はい!やります!次こそはお役にたってみせます!」



フラウは落としていた肩を張って直立した。


やけに切り替えが早いな。



「まあ、今日は誰も怪我無かったし。ヒーラーは要らなかったでしょ。結果オーライよ。」



ルーシーは笑う。



俺達が町から戻ってルーシーが肩を落として座り込んでいたのを見たときはどうなるかと思ったが、こうして笑顔が戻ったのは安心する。



「ルーシーさんにも質問があるんですが。」



元気を取り戻したフラウがルーシーに向きを変える。



「私?」


「再び化け物が襲ってきたと言うのは嘘ですよね?どうしてそんな嘘を?」



嘘?


どういうことだ?



「もし化け物が不意討ちで襲ってきたなら、ルーシーさんの方を狙ったんじゃないかと思うんですが。なぜあの状態の旅人を先に狙ったんでしょう?」



フラウは気絶していたから知らないかもしれないが、ライラが俺達を一旦放置しておいて、旅人を狙った場面はあった。補給のために。


しかし、全員の首を切るという行動は確かに違和感はある。



「あちゃー、やっぱり勇者様と違って鋭いわね。」



ルーシーがばつの悪そうに舌を出す。


俺と違ってってどういうことだ。



「そうね。化け物なんて出てきてないわ。」



そうなのか?


それは良かったが、何かおかしくないか?


確かにあの時やけに手早く自警団の皆に事後処理をさせてあの場を去ったような気がする。暗くなったから急いだのだと思ったが・・・。



ちょっと待てよ。だとしたら、旅人達はなぜ首を切られていたんだ?



誰が・・・。



ルーシーを見つめる。



フラウも同じ事を考えたのか、青い顔になってルーシーを見つめる。



「埋まってなかったのよ。」



俺達の視線の意味を知ってか知らずか、ルーシーが応える。



が、意味が飲み込めず、しばらく言葉を反芻する。


やはり意味を理解できずに、そのままおうむ返しに聞き返す。



「埋まってなかった?」


「そう、あの首の下には体は無かった。」



口を手で抑え驚くフラウ。



「ライラにとっての食料は頭の中の脳ミソだけだったようね。だから体は要らなかった。逃げ出す可能性もある邪魔な体は、細い植物の根っこみたいに退化させてあの岩盤の下に伸びてた。そうやって地中の養分を吸収して生きてたんでしょうね。」



食事を取っていないままのはずで、割合元気だった理由がそれなのか。



「先に亡くなっていた5人の遺体を調べていたらそれがわかったのよ。思ったより簡単に引き抜けた。すでにライラが死んでる以上、元に戻す方法があるのか、分からない。」



絶句した。



「それがわかると、みんな泣き叫んでいた。私にはどうすることも出来ない。だから、選ばせた。このままの状態で生きて帰るか、人間の体だった事にして死ぬか。」



なんという選択だ。そんな姿で生きていても生きていると言えるのか?


死ぬより辛いのではないか?



「みんな迷わず後者を選んだ。だから、自警団の前ではその事は言わなかったわ。」



しばしの沈黙。


フラウの嗚咽が部屋に響く。


何もかもが悲しい結末だ。この事件はいったい何だったのか。


しばらくして絞り出すようにやっとひとこと言えた。



「そんなことがあったのか。辛い仕事をさせてすまない。」


「まあ、辛いわね。でも、これから相手する敵の情報だし、スコットには話さなきゃいけないわね。アルビオンの諜報部の人も居たんだし。」


「ああ、それがいいだろうな。明日は日が出たらすぐにここを出発しよう。二人も心配しているだろう。」



俺は話を切り上げ二人が出ていくのを見送るつもりだった。



「それじゃ早く寝ましょうか。」


「はい。おやすみなさい。」



二人は俺のベッドに横になろうとする。



「おいおい。せっかく3部屋取ったんだから、自分の部屋で寝てくれよ。」


「1人で眠れそうにありません。」



顔を涙でくしゃくしゃにしながらフラウが言う。



「さみしい。」



泣きそうな作り顔をさせながらルーシーも言う。



シングルベッドじゃ3人で寝れないだろう。


こんな悲しい結末では不安になるのも解らないではないが、さすがに寝苦しいのではないか。


仕方ない俺が隣の部屋に移るか。



腰を浮かして立ち上がろうとするのを、後ろから服を引っ張られる。



「すぐにキャンセルしたから鍵かかったままよ。」


「え?」



そのまま引っ張られてベッドの真ん中に。


左右からルーシーとフラウが俺の肩を枕にして横になる。



動けないじゃないか。



「じゃあおやすみ。」



ルーシーが俺の胸に抱き付きながら言った。


こんな状態じゃ眠れるわけない。


フラウもグスグス言いながら俺にすがり付いている。


こっちはショックを受けて可哀想な面もあるのだが。



やれやれいったいどういうつもりなんだ。


そんなに部屋代を浮かしたいのか。


狭いしこんなに近くに女性二人に囲まれたんでは寝れそうにないな。


今日は徹夜になりそうか。



と思ったが、気付いたら朝になっていた。



二人は夜と同じように俺の両肩で寝ていた。


凄い窮屈な体勢でよく眠れたものだと感心する。


思えばずっとまともな状態で寝ていたわけではないので、こんな状態でもベッドの上なだけましなのかもしれない。



フラウは目元が少し赤くなっている。


泣いていたのだろうか。



モゾモゾと体を居直して、ゆっくり目を開けるフラウ。



「おはよう。」



俺が挨拶する。ビックリしてすぐ近くにある俺の顔を見上げる。


凄く近い位置で視線が交差する。


顔を真っ赤にしてその場を飛び退いた。



「あ、あの!おはようございます!わ、私、なぜ、こんなことに!」



なぜ、と言われても。



「ああ!ルーシーさん!一緒に床を共にしておられる!やっぱり、お二人はそういうご関係だったのですね!」


「君も一緒だったじゃないか。」


「ああ!私、なんてことを!勇者様、この事はお父様には、いえ、誰にも内緒でお願いします!」



そう言って部屋を出ていった。


水汲み場まで行ったのだろう。


やっぱり、ってどういうことだ。



出会ったときは冷静沈着、清廉潔白、落ち着いたお嬢さんだと思ったが、なかなか賑やかな人のようだ。



さて、ルーシーも起こさなければ。


そう思ってルーシーの名前を呼び肩を揺する。



なかなか起きない。



強く揺らすと密着している体があちこち俺の体に当たる。



そういうつもりではないんだ、と自分で言い訳をして、そっと体を抜き出してその場から立ち上がる。



眠ってるルーシーの顔は気品さえ漂う端整な顔立ちだ。


どこかの王族の姫君が抜け出してきたかのようだ。



俺はルーシーの頬にかかった金髪の髪の一房を指でそっとなおして、小声で呟いた。



「お目覚めの時間ですよ。美しいお姫様。」



「こちらの狼さんは朝型ですか?」



突然ニヤリと口元を上げ、ルーシーが目を開ける。


ドキリとして思わず手を引っ込める。起きてたのか・・・。



「酷い話よね。狭いベッドで二人の女の子を両手にしながら、あっという間に寝ちゃうなんて。せっかく色仕掛けでイタズラしようと思ったのに、開いた口が塞がらなかったわ。」


「それは悪かったな。」


「今私が起きなかったら何するつもりだったの勇者様?目覚めのキスでもしてくれたのかしら?」


「まさかそんなことは・・・。」



ズイズイと俺の上で這いながら顔を近付けるルーシー。


いっそう体が密着してドキッとしてしまう。


これがイタズラか・・・。


そこでフラウが水の入った桶を持って入ってきた。



「さあ、顔を洗って支度して下さい。朝食を取ったら早速アルビオンに戻りましょう。」


「そうだな。ありがとう。」


「ブースターにも草をあげないとね。」



ルーシーはやっとベッドから起き上がり、服を整える。



「ブースターには私が飼い葉をやっておきました。」



フラウが事も無げに言う。



「あら?馬の世話が出来るの?」


「いえ、やったことはありませんが。」


「へー。怖くなかったか?」


「昨日1日走ってもらってますから。私からも何かやってあげたくて。それと、ちょっとお役にたてるような仕掛けを馬車に用意してみましたので、後でお楽しみに。」



顔を見合わせる俺とルーシー。


精神的に参っているのではないかと思ったが、大丈夫そうだ。



顔を洗い、宿の女将さんに朝食を作ってもらう。


ベーコンとスクランブルエッグにチーズをトッピングしたパンと、ヤギのミルクがテーブルに並んでいる。


どれも美味そうだ。



フラウは椅子に座ると、手を合わせ目を閉じ、神に祈りを捧げる。



「大いなる神よ、恵まれた命と捧げられた命に感謝します。あと何かいろいろと感謝します。未熟で至らぬ私達の罪をお許しください。勇者様の腕にかき抱かれ不埒に眠る私の罪をお許しください。」



これは、彼女は口に出していることに気付いているのだろうか?


端から聞かれればだいぶ誤解を受けることを言ってるような気がするが。



ゆっくりもしていられないので、朝食を早々に切り上げ馬車の用意をする。



御者席にはフラウが座った。



「大丈夫なのか?気性は穏やかみたいだが、かなりの荒馬だぞ?」


「はい。昨日皆さんのやり方を見せていただきましたから。」



俺達は馬車に乗り込み、サウスダコタの街を出る。


フラウがおもいっきり鞭でブースターを叩くと、一目散に走り出す。


昨日の朝と同じように、相当の揺れを覚悟したが、意外と揺れない。


スピードはかなり出ているようだが?



「乗り心地はいかがですか?」



フラウが御者席から振り返り尋ねる。



「揺れないな。どうなってるんだ?」


「フフフ。衝撃を吸収する施術を車輪に掛けたんです。段差や小石などで弾むのを防いでくれます。」



聞いたこともない術だ。そんなことも出来るのか。



「最近開発された試作品なんです。本当は防具等に使って身を守るのが目的ですが。試しに使ってみたんです。こうやって日々施術も進化しているのですよ。」



さすがにアルビオンの大神官の娘。施術開発の最先端にいるということか。



「凄いじゃない。これなら疲れずに済むわね。」


「まあ、ただ、効き目はずっと続くわけじゃないのですが。」


「え?どのくらい?」


「2時間くらいです。」


「それを過ぎたらやっぱりガタガタなのね。」


「そうです!」



無いよりは十分マシなのだが、急にガタガタになるときが怖くもある。




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